表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王冠の亡命――八百日の建国戦争  作者: シルヴァン・レーデル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/148

第五十八話 海岸まで四十ノット



 CB90高速戦闘艇は、平水面なら四十ノットを超える。


 今朝のアンバー海は平らではなかった。


 波高一・八メートル。


 北東風。


 兵員十八名、弾薬、携帯対戦車ミサイル、衛生装備を満載。


 艇首が波へ入るたび、船体が一度持ち上がり、次の瞬間に海面へ落ちた。アルミ合金の底が水を叩き、衝撃が兵士の歯を鳴らす。


「四十ノット出てないぞ!」


 公国海兵が操舵室へ叫んだ。


「出したらお前の背骨が先に上陸する!」


 艇長が返す。


 実速三十二ノット。


 海岸まで十一分。


 上陸目標は、ラトヴァ西岸のセーレ岬。


 岬には帝国の低空監視レーダー、沿岸監視所、短距離防空小隊がある。そこを奪えば、ヴァイガ駅へ続く海上回廊を開ける。作戦範囲は岬と回廊に限られた。


 二百人を乗せた移送列車が出る前に、救出部隊を入れるための扉を作る作戦だった。


     *


 第一波はCB90六隻。


 先頭艇の兵員室では、十八人が膝を噛み合わせるように座っていた。


 装具が触れるたび、金属音がする。波を越える衝撃でヘルメットが天井へ当たり、誰かが悪態をつく。


「上陸したら最初に何を食う」


 第八十八群の兵士が聞いた。


「砂」


 海兵が答える。


「その次だ」


「豆」


「夢がない」


「お前は」


「卵。黄身が二つのやつ」


「選べるのか」


「夢の中ではな」


 隣の衛生兵は会話へ入らず、止血帯の本数を数えていた。十八人に対して二十四本。胸腔穿刺針。輸液。鎮痛薬。


 食べ物を考える者。


 弾薬を考える者。


 帰った後の休暇を考える者。


 誰も死後の名誉を考えていない。


 艇内放送が残り七分を告げる。


 兵士たちは会話を止め、互いの装具を確認した。顎紐。弾倉。無線。背中側の救出取手。


 愛情を口にする時間はない。


 代わりに、隣の人間が倒れたとき掴む取手を、手袋で一度引いた。


 第二波はエアクッション揚陸艇LCAC三隻。第一艇と第二艇は、ブッシュマスターIII 35ミリ機関砲を備えるCV9035歩兵戦闘車を各二両。第三艇は工兵支援車両と地雷処理器材を載せていた。


 海上援護は《ネポコルヌイ》とFREMM級アルバトロス。上空にはAH-64E二機、F-2A二機。Su-35BMは陸上基地から東側の防空を担当する。


 上陸指揮はホロボロドコ。


 彼自身は《アルバトロス》の統合作戦室にいた。


「元帥は先頭艇へ乗らないのですか」


 若い海兵将校が出撃前に聞いた。


「俺が乗ると艇が一隻、司令部になる」


「士気は上がります」


「通信が切れたら全体が下がる。士気で帯域は増えん」


 ホロボロドコは前へ出たい人間だった。


 だから、前へ出ない理由を毎回言葉にする必要がある。


     *


 海岸まで七分。


 帝国の低空監視レーダーは沈黙している。


 Su-24MPとグラウラーが作った十五分の穴へ、艇隊が入る。


 五分。


 岬の監視塔が見えた。


 灰色のコンクリート。右に小さな漁港。砂浜には対上陸障害物が二列。地雷原標識はない。


「熱源!」


 先頭艇の電子光学装置が、防波堤裏の車両を捉えた。


 パンツィリ-S1。


 SEADを避けてレーダーを切り、光学照準で待っていた。


 十二連装ミサイル筒が海へ向く。


『パンツィリ、射撃準備!』


 AH-64Eはまだ岬の西。建物が射線を遮る。


「艇隊、煙幕!」


 CB90が発煙弾を撃つ。白煙が海面へ落ち、風に伸びる。


 パンツィリが二発発射した。


 最初のミサイルは先頭艇の上を通り、後方の二番艇へ向かう。艇長が左へ急転舵。船体が横波を受け、右舷が海面へ深く沈む。


 ミサイルは操舵室上空で近接起爆した。


 破片が窓を白く曇らせ、レーダーマストを切る。艇長の左腕へ破片が入った。副艇長が操舵を取る。


「二番艇、航行可能!」


 二発目は煙幕へ入った。


 パンツィリの光学追尾が一瞬、目標を失う。


 その一瞬で、アパッチ一番機が岬を回り込んだ。


『ガン、ガン、ガン』


 三十ミリ機関砲がパンツィリ前方を叩く。最初の弾着は短い。修正射が光学照準器と右前輪を破壊する。


 車両はミサイルを撃てる。


 乗員は撃たなかった。


 運転席扉が開き、三人が防波堤へ逃げる。


 アパッチは追わない。


 任務は艇を浜へ届けることだった。逃げる人間を追う時間はない。


     *


 先頭艇が砂浜へ乗り上げた。


 艇首ランプが落ちる。


 海兵が二列で走り出す。砂は足首を取り、背負った弾薬箱が肩を後ろへ引く。銃声は監視塔から来た。


 七・六二ミリ弾がランプへ当たり、火花を散らす。


 先頭の海兵が砂へ倒れた。胸の防弾板へ一発。息が止まり、身体が動かない。


 後ろの兵士が襟を掴んで艇の陰へ引く。


「呼吸は!」


「ある!」


「なら後で文句を聞く!」


 別班が障害物の間へ発煙手榴弾を投げる。


 監視塔の射手は煙へ撃ち続けた。


 公国海兵の狙撃手が、塔の窓枠へ一発。射手が頭を下げる。二発目は窓上のコンクリートを砕き、破片を室内へ降らせた。


 射撃が止まる。


「工兵、地雷確認!」


 携帯地雷探知機が砂を走査する。


 金属反応。


 対人地雷ではなく、遠隔起爆式の対舟艇爆薬が三列。海岸へ埋めた導爆線が監視塔へ伸びている。


 工兵が線を切った。


 十秒後、監視塔から起爆信号が送られた。


 砂浜の一部が爆発する。切断できなかった北側の二基が、三番艇の前で砂柱を上げた。船体下面が衝撃で凹み、機関一基が止まる。


 艇は着岸できない。


 兵士が胸まで海へ入り、負傷者と弾薬を抱えて浜へ向かった。


     *


 第二波のLCACが地平線から現れた。


 四基のガスタービンが轟き、ゴム製スカートの下から海水を霧に変える。艇上のCV9035が塩水を浴び、砲塔だけを海岸へ向けている。


 海岸北側から、帝国T-72B3二両が出た。


 土塁の陰に隠れていた。


「敵戦車!」


 先頭T-72が一二五ミリ砲を撃つ。


 砲弾はLCAC一番艇の前方へ落ち、海面を黒く抉った。飛沫が操舵室を覆う。


 CV9035は揚陸前で主砲を安定して撃てない。


 海兵班がNLAWを構えた。距離八百。正面装甲へは不利。


「待て。横を見せる」


 ホロボロドコが回線へ入る。


 《アルバトロス》の七六ミリ砲が、戦車ではなくその東側の土塁を撃った。


 砲弾が土を吹き飛ばし、T-72の退路を塞ぐ。二両は浜へ出て南へ回ろうとし、側面を海兵へ見せた。


「今だ」


 NLAWが一発。


 ミサイルは照準線の上を飛び、先頭戦車の砲塔上面で下向きに起爆した。車内から白煙が噴き、戦車が止まる。乗員二名が脱出し、三人目を引き出そうとする。


 二両目は後退した。


 アパッチがAGM-114Rを発射する。ミサイルは砲塔ではなく履帯前部へ命中し、起動輪を吹き飛ばした。戦車はその場で旋回し、砂へ腹をつける。


『敵戦車二、走行不能。乗員脱出』


 戦車は走れなくなっただけで、砲も乗員も残っている。


 その違いが、捕虜を三人増やした。


     *


 上陸開始から二十七分。


 監視塔を制圧。


 低空レーダー停止。


 パンツィリ一両鹵獲。


 海岸障害物の通路二本を確保。


 CV9035四両が上陸した。


 味方重傷三、軽傷十一。


 死亡確認なし。


 ホロボロドコは戦果報告を聞き、安堵を表へ出さなかった。


 死亡なしは、作戦終了を意味しない。


 敵増援は内陸から来る。


「ヴァイガ駅までの回廊を開け。追うな。岬を固めろ」


『敵は退いています』


「退ける敵を追えば、待っている敵に会う」


 海兵隊は監視塔の屋上へ橙色の識別布を掲げた。公国旗を立てて占領を宣言するより先に、味方航空機へ、ここを撃つなと知らせる必要があった。


 監視塔の一階は臨時救護所になった。


 胸部へ被弾した海兵は、防弾板が弾を止めていた。肋骨二本骨折。呼吸のたび、顔をしかめる。


「文句を聞くと言ったな」


 彼を引いた兵士が言う。


「艇長の操船が下手だ」


「それだけか」


「食堂の豆もまずい」


「正常だ」


 隣では、鹵獲したT-72B3の乗員が治療を受けていた。戦車長は額を切り、装填手は肩を脱臼している。


「我々を撮影するのか」


 戦車長が聞いた。


「必要なら記録用だけ」


 衛生兵が答えた。


「宣伝に使わない?」


「パンツを履いてる映像は需要がない」


 戦車長は自分の下着姿を見て、初めて少し笑った。


「うちの宣伝部なら使う」


「趣味が悪いな」


「知っている」


 笑いの後、彼は真顔になった。


「三人目が車内にいる」


「生きている?」


「分からない。火が出た」


 公国工兵が消火器と切断具を持って走った。


 敵の三人目を救うために、上陸予定は七分遅れた。


 助け出された操縦手は重度熱傷だったが、呼吸があった。


 衛生兵が挿管する。


 戦車長は横たわったまま、その手を一度握った。


 制服が違っても、乗員同士の手の形は同じだった。


 上陸開始から四十九分後、第三波が漁港へ入った。


 LCU Mk10型揚陸艇二隻。


 一隻目にはヘーチマン社のT-72M1二両とM60A3二両。二隻目にはBREM-1、Bergepanzer 2、弾薬車、燃料車、野戦整備車が載っていた。


 年代も砲弾も部品も揃っていない。


 揃えていたのは、上陸時刻と無線呼称と、どの車両がどれを引けるかを書いた回収順序だけだった。


 マゼパはLCUのランプから降り、鹵獲したT-72B3と履帯を損傷したCB90を交互に見た。


「歓迎の花束は」


 海兵将校が聞いた。


「回収車の後ろです。泥と油に埋まって見えません」


「戦車隊は岬へ」


「いいえ。南の補給路へ置きます」


 マゼパは地図の細い道路を指で叩いた。


「先頭で勝つのは軍の仕事です。会社は、勝った軍が燃料切れで歩いて帰らないようにする」


 T-72M1とM60A3は混成小隊を作らなかった。車種別の二個班として南へ動き、同じ道路を別々の手順で守った。


 BREM-1は鹵獲戦車へ。


 Bergepanzer 2は走行不能車両へ。


 野戦整備車は漁港へ残り、弾薬車と燃料車の間へ土嚢を積む。


 公国軍は、ヘーチマン社を一つの軍隊へ作り替えなかった。


 不揃いなまま、同じ回廊を閉じないために使った。


 海岸まで四十ノット。


 そこから先は、歩兵の速度になった。


 さらに負傷者を運ぶときは、担架の速度になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ