表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王冠の亡命――八百日の建国戦争  作者: シルヴァン・レーデル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/154

第五十六話 帝国の返事


 公国の共同声明が終わってから、帝国皇帝アレクサンドルが画面へ現れるまで十一分かかった。


 早すぎた。


 帝国は声明が読み上げられる前から、答えを発射台へ載せていた。


 帝国の返事は、最初から用意されていた。


『キミロフの僭称政権と、その背後にいる西方諸国は、帝国の平和を破壊しようとしている』


 皇帝は金色の双頭章を背に立っていた。


 机はない。


 原稿も見えない。


 映像は胸から上だけを切り取り、部屋の場所を特定できる窓や調度品を避けている。


『北方三地域は歴史的に帝国の安全保障圏であり、我が軍は住民を過激主義者から保護している』


 エスティア、ラトヴァ、リトネアを国と呼ばない。


 占領を保護と呼ぶ。


 強制移送を一時避難と呼ぶ。


 礼拝堂襲撃は、公国軍指揮官を狙った合法的攻撃とした。


貨物船ストリボグに武器があったとの映像は捏造である』


 帝国は、公開映像の時刻情報が改変されていると主張した。根拠として、画面の一部に一フレームだけ発生した圧縮ノイズを示す。


 ソフィアは再生を止めた。


「反論資料を」


 広報官が聞く。


「もう公開しています」


「ですが、帝国は捏造だと」


「同じ資料を大声で出し直しても、真実は増えません」


「黙っていれば認めたと思われます」


「第三者検証の手順だけ示してください。原本のハッシュ値、保全者、閲覧申請先。帝国の形容詞へは返答しない」


 相手は事実を争っていない。


 事実を確認する行為そのものを疲れさせようとしている。


 嘘を百個作るのは簡単だ。百個を一つずつ否定する間に、次の百個が来る。


 ソフィアは追いかけなかった。


 代わりに、検証可能な扉を開けたままにした。


     *


 皇帝の演説が七分を過ぎたとき、アーレン島の長距離レーダーが三つの弾道目標を捉えた。


 同時に、公国の通信網へ偽の警報が流れ込んだ。


 《キミロフへ十発》


 《化学弾頭を確認》


 《西方艦隊旗艦撃沈》


 どれも、正規警報文とよく似た書式だった。送信元は民間の災害通知サービス。乗っ取られた端末が二千台、同じ文を一斉に拡散している。


「全部止めますか」


 通信班が聞く。


 ソフィアは首を振った。


「止めれば本物の民間警報も消えます。偽警報へ赤い訂正署名を付け、正規軍回線とは分離」


「市民は混乱します」


「もう混乱しています。混乱していないふりをさせないでください」


 公国は《現在確認された弾道目標は三。化学弾頭情報なし。キミロフへの飛翔なし》と出した。


 三発に減ったことを、安全とは書かない。


 三発で死ぬ人間には、十との差がない。


 帝国の返事は、ミサイルだけではなかった。


 どの警報を信じればいいか分からなくすることも、攻撃の一部だった。


 方位東。


 上昇角七十八度。


 推定9M723《イスカンデル-M》三発。


「弾道警報!」


 第一防空旅団の指揮車内で、ルツェンコは画面へ身を寄せた。


 発射地点はカレングラード東部。飛翔時間は六分に満たない。


「予測着弾」


「一、滑走路北端。二、TPS-77レーダー。三、港湾燃料区画」


「民間回線へ警報。全員、掩体へ。迎撃班、順番を崩すな」


 PAC-3 MSE中隊とS-400大隊が同じ空を見ていた。


 どちらも撃てる。


 同じ目標へ全弾を使えば、次が来たとき空になる。


「目標一、PAC-3。目標二、S-400。目標三は予備判定まで保持」


 若い管制官が振り返る。


「三を待つのですか」


「終末軌道が出ていない。燃料区画とは限らん」


 決断できる瞬間まで、迎撃弾を残す。


 ルツェンコは指揮卓の縁を握った。


 怖くない者は、迎撃弾の数を雑に使う。怖いから数える。


     *


 アーレン島の警報サイレンが鳴った。


 滑走路ではC-130Jが荷下ろし中だった。後部ランプからフォークリフトが後退し、兵士が血液製剤の箱を抱えて防壁へ走る。


 港では給油ホースが緊急遮断された。


 《ヤリナ》が機関を始動する時間はない。乗員は防火服を着け、空の燃料区画へ海水を満たし始めた。


 島の診療所で、看護師が手術台を壁から離した。麻酔中の患者を動かせない。窓へマットレスを立て、照明を落とす。


 皇帝の演説は続いている。


『帝国は脅迫に屈しない。侵略者が一歩でも進めば、相応の代価を支払わせる』


 画面の中では、まだ何も起きていない。


 画面の外では、三発が大気圏上層から落ちてくる。


     *


 PAC-3 MSEが二発、連続して発射された。


 キャニスターの蓋が飛び、白いミサイルが垂直に上がる。空中で東へ折れ、音を置き去りにした。


 S-400の48N6DMも二発。


 アーレン島の空へ、四本の白煙が交差する。


「目標一、迎撃まで八秒」


 PAC-3は直撃した。


 高度二万四千メートルで、9M723の弾頭部が砕ける。雲の上で光が瞬き、数秒遅れて破片が燃えながら落ちてきた。


「目標二、迎撃」


 S-400の一発目は外れた。


 二発目が近接起爆し、弾道弾の姿勢を崩す。破壊しきれない。弾頭は回転しながら落下を続け、TPS-77レーダーから八百メートル離れた林へ着弾した。


 地面が持ち上がった。


 土と樹木が黒い柱になり、爆圧がレーダーアンテナを横から叩く。展開脚の一基が浮き、車体が半メートルずれた。導波管が外れ、画面が消える。


「レーダー一、沈黙!」


「予備TPS-75へ切替。移動開始」


 ルツェンコは第三目標を見る。


 終末軌道が出た。


 第三目標は、島中央の通信中継所だった。


 民間避難所と二百メートルしか離れていない。


「目標三、PAC-3、二発!」


 残り時間二十一秒。


 迎撃弾が上がる。


 一発目は弾道弾の機動で外された。9M723が小さく横へ滑る。二発目が追う。


 上空六千メートルで直撃。


 弾頭は空中で破壊された。


 だが、エンジン部と破片は慣性で島へ降る。


 燃える残骸が通信中継所の屋根を突き破り、非常発電機室で火災が起きた。避難所の窓が割れる。子供一人がガラス片で負傷した。


 迎撃成功。


 被害あり。


 その二つは矛盾しない。


 通信中継所の消火班は、屋根へ食い込んだエンジン残骸へ泡消火剤を浴びせた。


 マグネシウム合金の一部が白く燃え、水を弾く。工兵が乾燥砂を運び、残骸を覆う。


「触るな! 推進薬が残ってる!」


 屋根の梁が熱で曲がる。


 内部では通信員が可搬端末を抱え、別棟へ移動した。光回線は切れている。衛星回線は生きているが、帯域は十分の一。


「優先順位を」


「防空、救急、港湾。広報動画は切れ」


「皇帝の演説中です」


「録画を見ろ」


 国家宣伝より、救急車の行先が先だった。


 避難所で負傷した子供は、頬に三針の傷を負った。母親は血を見て泣き、本人は割れた眼鏡の方を気にしていた。


「明日、学校で笑われる」


 看護師が傷を洗う。


「学校は休みです」


「いつまで」


「レーダーが直るまで」


「じゃあ、長い?」


 看護師は答えられなかった。


 迎撃に成功した日、島の学校は閉じた。


 それが戦果表の外側にある被害だった。


 滑走路南側では、ヘーチマン社の車列が警報解除を待たずに動いていた。


 M88A1戦車回収車が、展開脚を損傷したTPS-77のアンテナ車へ牽引索を掛ける。ZIL-131三台は荷台に広帯域送信機を積み、予備陣地へ散った。防空旅団の管制員が出力と送信時刻を決め、会社の運転手は指定された座標まで機材を運ぶ。


 本物のTPS-75が再配置を終えるまで、三台のうち二台がレーダーらしい短い放射を繰り返す。敵の偵察装置に、まだ生きている目がどこにあるのか迷わせるための囮だった。


 マゼパは防弾帽の下へ受話器を挟み、肋骨を固定したまま配置図を睨んでいた。


「二号車、北へ四百。三号車は送信してから移れ。止まったまま喋るな」


『帝国がまた撃ってきた場合は』


「会社の資産番号を読んで避けてはくれない。だから先に動かす」


 損傷したレーダーを直すのは軍の技術隊だった。


 直せる場所まで運び、代わりの目が立つまで空白を埋める。それがヘーチマン社の仕事だった。


 予備TPS-75が回転を始めるまで、十九分。


 公国防空網は、その十九分を三台の古いトラックで買った。


     *


 帝国皇帝の演説は、最後まで予定どおり放送された。


 攻撃については一言も触れなかった。


 公国側も、皇帝の演説を嘲笑する編集動画を出さなかった。


 代わりに、弾道警報の時刻、発射地点、迎撃映像、民間避難所の損傷を公開した。


「帝国は、軍事通信施設を狙ったと言うでしょう」


 広報官が言う。


「実際、その一つです」


 ソフィアは答えた。


「では、こちらが不利に」


「軍事目標だったことと、避難所の隣へ弾道弾を撃ったことを両方出します。都合の悪い半分を消せば、帝国と同じになる」


 夜、ルツェンコはアレクセイとの定時連絡に三分遅れた。


『通信できない日かと思った』


「三分だ」


『悪態は?』


「帝国の弾道計算屋は、地図の縮尺を読めない糞野郎だ」


『それ、言っていいの?』


「契約だ」


 画面の向こうで少年が笑った。


 ルツェンコも一度だけ笑い、消えたTPS-77の表示へ目を戻した。


 帝国の返事は、言葉と三発のミサイルだった。


 公国の返事は翌朝になる。


 今度は、撃たれる場所を帝国に選ばせない。


 ルツェンコは定時連絡を切った後、迎撃弾の残数を数えた。


 PAC-3 MSE、即応十六。


 S-400、即応二十二。


 再装填車は到着まで三時間。


 帝国が同数をもう一度撃てば防げる。


 十発なら、一部が抜ける。


 防空指揮官は、守った数より次に守れない数を見る。


「少将、休まれますか」


「再装填が終わったら」


「三時間です」


「知っている」


 通信兵が黙って、甘すぎる紅茶を置いた。


「砂糖が多い」


「手が震えていました」


 ルツェンコはカップを持つ手を見た。


「見なかったことにしろ」


「記録はしません」


 彼女は紅茶を飲んだ。


 甘さは嫌いだった。


 今夜は、ありがたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ