閑話 余り物で足りるコントラクタ
※本稿は、戦後に公開されたヘーチマン社の契約書、整備台帳、損害記録および共同軍の輸送報告をもとに再構成した民間軍事組織史である。従業員の個人情報、調達先および開戦後も継続していた契約の一部は、公開版から除かれている。
概要
ヘーチマン社は、ボフダン・マゼパが代表を務めた民間軍事会社である。
マゼパは元海軍大佐だった。
彼の会社は、戦車、装甲回収車、工作車、輸送船、整備員および武装要員を契約に基づいて提供した。公国軍の一部ではなく、第八十八特務支援群のような非公然部隊でもない。
会社は登記されていた。
契約書があり、請求書があり、死亡者名簿があった。
その三つが揃っていることは、戦争をする組織としては当然に見える。
建国戦争初期には、必ずしも当然ではなかった。
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一 三種類の戦車
開戦翌朝、ルーデニア帝国軍はOKB-0を攻撃した。
施設南側を守ったヘーチマン社の機甲部隊には、T-72、M60A3、レオパルト1が含まれていた。
製造国も年代も異なる。
主砲の口径、照準装置、通信機、交換部品、工具および整備教育も異なる。同じ部隊として一列に並べれば、先頭の車両が故障した時点で、後続の回収車が牽引具を接続できないことさえあった。
マゼパは、三種類の戦車を一つの小隊へ混ぜなかった。
T-72は正面道路。
M60A3は南側農道。
機動性の高いレオパルト1は西側予備。
車種ごとに班を分け、共通化したのは無線周波数、射界および交戦開始時刻だけだった。
これは装備を統一したのではない。
装備が違うことで起きる事故を、戦う前に分離したのである。
マゼパは、施設へ近づいた敵だけを撃たせた。退く敵を追わせず、別の道路を守る小隊へ応援にも出さなかった。
撃破数を増やせば、防御線に穴が開く。
契約の目的は敵兵を多く殺すことではなく、技術者と研究施設を守ることだった。
戦闘後、ヘーチマン社では八人の死亡が確認された。
施設の技術者は全員生存した。
会社の戦闘詳報では、前者も後者も同じ頁に記載されている。
――寄せ集めには、寄せ集めなりの戦い方がある。
後に繰り返し引用されたこの言葉は、装備が雑でも構わないという意味ではない。
違いを無視しない、という意味だった。
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二 混ぜないための台帳
ヘーチマン社の装備一覧は、軍の編制表より中古車両の競売目録に近かった。
一二五ミリ砲を持つT-72。
一〇五ミリ砲を持つM60A3とレオパルト1。
東側戦車を回収するBREM-1、M60系を曳くM88A1、レオパルト系に対応するベルゲパンツァー2。
三種類のエンジンオイルと、五種類の燃料フィルター。
口径が同じでも、弾薬の寸法や給弾方式が違えば共用できない。車体を牽引できても、重量に耐えられるとは限らない。ボルトが入っても、必要な締付力を得られるとは限らない。
そこで同社は、装備を国別にも所属部隊別にも整理しなかった。
《何を撃てるか》
《何を曳けるか》
《どの工具で開くか》
《誰が修理できるか》
基本となる欄は、この四つだった。
軍の帳簿で所属不明とされた車両でも、故障車を曳けるなら回収計画へ入る。要求一覧にない部品でも、今夜動かす車両へ使えるなら列車へ積む。
これは、何でも代用できるという思想ではない。
代用できるものと、できないものを、現場へ着く前に分ける思想だった。
ヘーチマン社とOKB-0は、出自の異なる組織である。
それでも両者の記録には、似た言葉が残る。
すべてを同じものへ作り直す時間はない。
違うまま、互いを壊さず使う。
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三 撃たなかった部隊
アーレン島の先遣基地が破壊工作を受けた朝、ヘーチマン社のRO-RO船は予定より早く入港した。
船首ランプから最初に降りたのは、戦車ではなかった。
ベルゲパンツァー2。
滑走路補修用の鋼製マット。
移動式工作車。
燃料ホースの変換継手。
最後に、簡易便所六基。
直前の攻撃によって高機動車一両が全損し、滑走路には直径九メートルの穴が開いていた。ヘーチマン社の整備員は車両をどかし、鋼製マットを敷き、異なる規格の固定金具へ穴を一つ追加した。
この作業で、同社の人間は一発も撃っていない。
代わりに、次の輸送機が着陸できない理由を一つずつ取り除いた。
民間軍事会社という言葉から、武装した契約要員だけを想像すると、この仕事は見えにくい。
戦車を一両前線へ送るには、その戦車を貨車へ固定する者、降ろす者、燃料を入れる者、故障診断をする者、動けなくなった車体を射線から曳く者が必要になる。
撃つ者だけを雇っても、部隊は一度しか前へ進めない。
マゼパが売ったのは火力だけではなかった。
翌朝も同じ場所から出発できる状態だった。
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四 祖国愛の請求書
初期の会社案内には、ヘーチマン社を「金より祖国を選ぶ会社」と説明した版がある。
戦時の会計記録は、もう少し複雑だった。
同社の提供は無償ではない。
燃料費、輸送費、危険手当、車両損失、部品代および治療費が契約書へ記載された。支払いが延期された項目や、通常より低い金額で引き受けた仕事はあっても、費用そのものを存在しないことにはしなかった。
マゼパにとって、祖国のために戦うことと、従業員を無料で消耗させることは同じではなかった。
第二次補給で提出された契約書には、失われた車両の代金より先に、負傷した整備員の治療費が置かれている。
戦車は、別の倉庫から買えるかもしれない。
その戦車を十年直してきた人間は、注文書では届かない。
民間会社である以上、ヘーチマン社は利益を必要とした。
給与を払い、部品を買い、次の輸送船を動かすためである。
一方で、利益だけを目的とするなら、公国の戦時契約は条件が悪すぎた。支払い能力は不確かで、保険料は高く、納品先は攻撃を受けていた。
同社は慈善団体ではなかった。
しかし、最も高く買う相手だけを顧客にしたわけでもなかった。
商売は、何のために続けるかを選べる。
それが、マゼパの祖国愛だった。
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五 海軍大佐の機甲部隊
マゼパが海軍出身でありながら、なぜ各国製戦車の運用へ深く関わったのかについて、本人はまとまった説明を残していない。
ただし、彼が作った補給表は、陸軍の編制表より艦艇の応急部署表に近い。
艦は、機関、発電機、配管、通信装置、兵器、消火設備および乗員が同じ船体へ押し込まれた構造物である。
一つが壊れた時、同じ物へ交換できるとは限らない。
止める区画を決める。
残す機能を決める。
別系統へ切り替える。
火災を広げず、航行を続ける。
ヘーチマン社の混成部隊にも、同じ考え方が見える。
全車両を同じ規格へ直すのではなく、故障が別の小隊まで止めないようにする。最も新しい戦車から救うのではなく、道路を塞ぎ、後続全体を止める車両から回収する。
最強の一両を作るのではない。
壊れた一両のために、残りまで止まらない編成を作る。
元海軍大佐が率いる機甲部隊は、陸上を走る小さな船団だった。
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六 存在する民間軍事会社
第八十八特務支援群は、戦場には存在しても、公文書上の所属が曖昧な部隊だった。
ヘーチマン社は逆だった。
車両の出所が不統一でも、誰が雇い、誰が払い、誰が負傷し、誰が命令へ責任を負うかを、書類へ残そうとした。
その記録が完全だったわけではない。
第二次補給の時点でも、会計上の所属が決まらない車両は十二両あった。手書き台帳には意味不明な矢印があり、整備主任の機嫌まで線の太さとして保存されていた。
だが、記録が不完全であることと、記録を残さないことは違う。
民間軍事会社が有用であることは、そのまま正当であることを意味しない。国家の外にある武力へ、誰が射撃を命じられるのか。損害が出た場合、軍法と民法のどちらで扱うのか。契約が終われば、武器と人員を誰が管理するのか。
ヘーチマン社は、これらの問題を解決した組織ではない。
問題へ、契約番号と責任者名を付けた組織だった。
戦争では、それだけでも大きな違いになる。
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七 評価
マゼパは、寄せ集めを精鋭部隊へ変える魔法を持っていたわけではない。
古い戦車は古いままだった。
部品のない車両は止まり、規格の違う砲弾は撃てず、穴の開いた滑走路には輸送機を降ろせない。
彼がしたのは、限界を隠さず、使えるものを使える場所へ置くことだった。
足りない物を持ってきたのではない。
余っている物で、足りる編成を作った。
そこには戦車だけでなく、回収車、工作車、変換継手、整備員、治療費、そして簡易便所まで含まれていた。
軍隊は、撃てる兵器の数で強く見える。
戦い続けられる軍隊は、撃った後に残るものまで数える。
ヘーチマン社が公国へ提供したのは、余り物の兵器ではなかった。
余り物を、明日も使えるようにする方法だった。
そしてマゼパは、人間だけは余り物として数えなかった。




