第五十話 二度目の補給
軍隊は、最初の補給で戦える。
二度目の補給が来て、初めて戦い続けられる。
アーレン島の仮設埠頭へ最初の船団が入った翌朝、ボンダレンコは空になったコンテナを数えていた。
燃料。
航空機用油圧作動液。
三十五ミリ弾。
野戦手術用血液製剤。
パン。
缶詰。
簡易便所。
「便所を弾薬より下に書くな」
彼は補給将校へ言った。
「優先順位表です」
「三日便所がなければ、兵士は戦う前に革命を起こす」
「弾薬がなければ三十分で負けます」
「だから両方運べ。財務官へ二者択一を持ってくるな。両方高いことは知ってる」
最初の船団は、集積地の空腹を一度だけ満たした。
二度目は四十八時間後に来る予定だった。
予定という言葉を、ボンダレンコは信用していない。予定は港を出るまで政治家のもの。海へ出てからは天候と敵と機関故障のものだ。
*
二度目の船団は、三つに分けられた。
海路は中型貨物船二隻と給油艦。ノルド海峡での被弾箇所を仮修理し、燃料搭載量を七割へ落としている。
空路はC-17A一機、C-130J三機。
陸路はノルド海峡西岸の鉄道集積地から、貨車四十六両。
一つを止められても二つが残る。
効率は悪い。
戦時の冗長性とは、平時の会計監査が最初に削りたがる無駄のことだった。
「三経路に分けると輸送費が二・四倍です」
若い財務官が言う。
「全損すれば何倍だ」
「比較不能です」
「なら安い」
*
午前九時、陸路が止まった。
鉄道橋の直前で、機関士が信号異常を見つけた。停止して調べると、橋脚へ爆薬が仕掛けられていた。解除に五時間。
午前九時十七分、空路が止まった。
アーレン島上空の横風が制限値を超え、C-17Aは西方の代替基地へダイバート。C-130Jは待機旋回に入った。
午前九時四十分、海路へ潜水艦警報。
ウダロイ級大型対潜艦のポリノム・ソナーが、船団前方二十七キロで低速接触を得た。
「三つとも止まったな」
ボンダレンコは言った。
「予算だけは予定どおり出ていく」
ペトレンコは海上作戦室の画面を見ていた。
「接触は潜水艦と確定していません」
「機雷か、鯨か、古い冷蔵庫か」
「冷蔵庫なら、帝国の粉ミルクが入っています」
ボンダレンコが彼女を見る。
「お前、悪くなったな」
「周囲の教育です」
*
《グロム》からKa-27PL《ヘリックスA》二機が発艦した。
一機はディッピングソナーを降ろし、もう一機はRGB-16ソノブイを扇状に投下する。海面へ落ちたブイが小さなアンテナを立て、水中音をデータリンクで送った。
接触は速度四ノット。
深度百二十。
スクリュー音は不明瞭。
《グロム》は船団を西へ変針させた。貨物船は旋回が遅い。後方の《ヤリナ》が速力を落とし、前方船との間隔を作る。
『接触、変針。船団へ接近』
潜水艦なら、魚雷発射位置へ動いている。
「攻撃許可を」
対潜指揮官が求めた。
ペトレンコは音紋表を見た。
帝国キロ級潜水艦の低速音紋と似ている。だが、周期が一つ足りない。
不明は不明のまま扱う。
確信がないから撃つのではなく、確信がないから確認する。
「攻撃保留。能動ソナーで警告。ヘリックス二番機、磁気探知へ」
『魚雷を撃たれれば遅れます』
「船団は回避運動を継続。デコイ準備。確認前には撃ちません」
《グロム》の船体ソナーが強い音を海中へ放った。
低い衝撃が水を走る。
接触は突然、速度を上げた。
八ノット。
十二。
そして海面へ浮上した。
浮上したのは、大型の自律式無人潜航体だった。上面に帝国軍の回収用標識。魚雷発射管はなく、側面に音響模擬装置が付いている。
潜水艦のふりをして、船団を遅らせる囮だった。
「撃沈しますか」
「回収してください」
「時間がかかります」
「次の船団では、同じ音に迷わなくなります」
十七分後、ヘリックスが無人潜航体へ吊索を掛けた。
船団は航行を再開した。
*
午前十一時、鉄道橋の爆薬解除が終わった。
ただし、最初の貨物列車が橋へ入る直前、橋脚内部から二つ目の無線受信機が見つかった。解除班を狙う二次装置だった。
工兵は悪態をつき、さらに一時間を使った。
正午、横風が収まり、C-130J一番機がアーレン島へ着陸した。
後部ランプから最初に降りたのは血液製剤だった。次がパン。三番目がパンツィリ-S1用の三〇ミリ弾。
兵士が箱を運ぶ横で、島の診療所から来た看護師が血液製剤を数えた。
「O型陰性が二箱足りません」
「送り状では積んでいる」
「送り状を輸血しますか」
補給将校は端末を握り直し、代替基地へ連絡した。
四十分後、C-17Aに誤積載されていた二箱が見つかった。
次便で運ばれる。
帳簿の誤りは、砲撃より静かに人を殺す。
だから、公国は誤りを恥として隠さず、次便の貨物表へ赤字で残した。
血液製剤だけではなかった。
F-2A用の二〇ミリ弾が、公国MiG-29OVT部隊へ送られていた。弾薬箱の外寸が似ており、識別票だけが入れ替わっている。
一二〇ミリ滑腔砲弾は届いたが、一二五ミリ砲を積む北方地上群のT-80Uには使えない。
パンツィリ-S1用の三〇ミリ弾は同じ口径でも、CV90のブッシュマスターⅢへは装填できない。
「三十五ミリ弾の箱へ三〇ミリを入れた奴を連れてこい」
補給将校が怒鳴った。
ボンダレンコが止める。
「怒鳴る前に、どこで札が替わったか調べろ。人を吊るすと原因が一人になって楽だが、次の便でも起きる」
「現場は弾が要るんです」
「だから調べる。今日の犯人より明日の弾だ」
追跡すると、三か国の倉庫管理番号が同じ六桁へ変換され、そのうち二つが衝突していた。人間の怠慢ではなく、統合在庫システムの設計ミスだった。
会議室の扉が開き、マゼパが油染みのついた帳面を机へ置いた。
「電子台帳が直るまで、こっちを使ってください」
帳面は国別でも口径順でもなかった。
《何を撃てるか》《何を曳けるか》《どの工具で開くか》《誰が修理できるか》。四列だけで整理されている。
一二五ミリ砲弾はT-72とT-80U。一〇五ミリ砲弾はM60A3とレオパルト1。BREM-1は東側戦車、M88A1はM60系、ベルゲパンツァー2はレオパルト系。口径が同じでも薬莢長と給弾方式が違う三〇ミリと三五ミリには、赤い斜線が引かれていた。
ボンダレンコが帳面をめくる。
「会計上の所属がない車両が十二両ある」
「走れる車両です」
「質問への答えになっていない」
「戦場から戻すときには答えになります」
ソフィアは帳面を端末で撮影し、誤配された弾薬箱の記録と重ねた。
「分類原理は使えます。ただし手書きの矢印が十九本、意味不明です」
「整備主任の機嫌です。悪いほど線が太くなる」
「削除します」
「人間性が失われるな」
「在庫表には不要です」
マゼパは反論せず、ボンダレンコへ契約書の束を渡した。無償提供ではない。だが、戦闘で失った車両の代金より先に、負傷した整備員の治療費が記載されていた。
戦争を商売にすることと、雇った人間を消耗品にすることは、同じではなかった。
ソフィアが変換表を修正する。
「同じ番号を使わないでください」
「各国が譲らない」
「では先頭へ国別二文字を足します」
「単純すぎないか」
「複雑にして失敗しました」
十二分後、修正版が全倉庫へ配られた。
量子暗号だけが国家を強くする技術ではない。
箱の番号へ二文字足すことも、明日の砲弾を正しい砲へ届ける技術だった。
同じ日の午後、西部前進基地には、連合側の保管施設で再生されたSu-24MP予備機一機が回送された。既存の二機と合わせて三機。ただし電子戦装置の仕様は揃っておらず、部品表にはまた赤字が増えた。
「飛ぶんですか」
受領士官が聞いた。
「二機は飛ばす。一機は、二機を帰すために置く」
整備主任は答えた。予備機という言葉は、余っている機体を意味しない。次の出撃を一度だけ成立させる、部品と時間の塊だった。
*
海路船団が入港する前、《ヤリナ》は洋上補給の訓練を一度行った。
受給艦は《ネポコルヌイ》。両艦が十二ノットで並走し、距離を五十メートルへ詰める。
索発射銃で細索を渡し、太い距離索、給油ホースの順に繋ぐ。海がうねるたび、二隻の甲板は別々の方向へ傾いた。
「接続部、漏洩!」
ホース継手から燃料が霧状に噴いた。
非常遮断。
甲板員が吸着材を被せる。静電気一つで火になるため、金属工具を落とせない。
原因は規格ではなかった。
《ネポコルヌイ》側の接続面に、古い塗料片が一枚噛んでいた。
「港でやれば十分でしょう」
若い士官が言った。
ペトレンコは漏洩記録を見た。
「港を使えない日が来ます」
「今日、燃料を失いました」
「今日の百二十リットルで、戦闘中の一万トンを守ったと思ってください」
「高い授業料です」
「安い失敗は、失敗したと気づけないものです」
継手を清掃し、二度目を行う。
今度は漏れなかった。
《ネポコルヌイ》の燃料計が、ゆっくり上がった。
撃たない海上作業にも、二隻を衝突させ、燃やし、乗員を海へ落とす危険がある。
それを平時のように繰り返せることが、戦時の強さになった。
*
午後四時二十八分、海路船団が入港した。
《ヤリナ》の左舷には、前日の破片痕が黒く残る。仮修理鋼板の周囲から錆止め塗料が垂れ、甲板の一部は立入禁止。それでも給油ホースは使えた。
岸壁で、ボンダレンコが艦長を迎えた。
「遅い」
「潜水艦が出た」
「偽物だ」
「分かるまでは本物だった」
「燃料は」
「予定の六十八パーセント。二パーセントは移送管の汚染で使えん」
「正直で結構。あとで泣く」
給油ホースが接続される。
航空燃料が陸上タンクへ流れ始める。流量計の数字が上がり、前進基地の稼働可能時間が十八時間から五十一時間へ伸びた。
夕方、貨物列車も到着した。
四十六両のうち四十五両。最後尾の一両は軸受過熱で切り離された。中身は簡易便所だった。
「革命が起きますね」
若い財務官が言った。
「海軍のを借りろ」
「海軍が拒否しています」
「では交渉しろ。これが共同作戦だ」
夜、三経路の到着記録が一枚の表へまとまった。
定時到着は一つもない。
損耗ゼロでもない。
予定量の全ても届かなかった。
それでも、前線は明日も動ける。
ボンダレンコは表の最下段へ署名した。
第一便を届かせる国はある。
演説と勢いで、奇跡の一便を走らせることもできる。
二便目を、壊れた橋と横風と偽潜水艦の向こうから持ってくる国は少ない。
公国は、その少ない側へ片足をかけた。
ペトレンコは左腕を吊ったまま、表の最下段を指で追った。
「休んでください」
ボンダレンコが言う。
「あなたに言われるとは」
「俺は休まん。だから、休まない奴がどんな間違いをするか知ってる」
「あと一枚です」
「戦争で一番多い嘘だ」
彼は表を取り上げた。
「寝ろ。四時間後に起こす」
「三時間で」
「四時間」
「統合海上作戦準備室長命令です」
「財務卿は給料を止められる」
ペトレンコは立ち上がった。
「権力の乱用です」
「国家運営だ」
廊下へ出る前に、彼女は振り返った。
「ありがとうございます」
「聞こえん」
「では、記録しません」
ボンダレンコは一人になってから、第三便の表を開いた。
「明日の第三便は」
補給将校が聞く。
ボンダレンコは新しい表を開いた。
「もう出ている」




