閑話 零番設計局
※本稿は、戦後に公開された公国特殊装備調査庁の組織規程、試験記録、調達台帳およびDay 1防衛戦の戦闘詳報をもとに再構成した技術機関史である。職員の個人記録と、公開時点で継続中だった研究項目は含まれていない。
概要
公国特殊装備調査庁――通称OKB-0は、キミロフ大公国が保有した軍事技術機関である。
表向きは民間の情報技術研究所だった。地上階には会議室、事務室、ありふれたサーバーラックが置かれ、納税記録にも軍需工場とは記載されていない。
地下には実験工房、暗号設備、兵器試験用演算機、環境試験室および技術資料庫があった。
ただし、OKB-0は大量の兵器を製造する工場ではない。
同庁が作ったのは、試作機、変換装置、制御ソフトウェア、試験手順、そして「本来は一緒に動かない装備」を同じ作戦へ参加させるための接続方法だった。
戦車を一両増やす組織ではない。
残っている十両のうち、何両を明日の朝にも動かせるかを考える組織だった。
*
一 なぜ「零番」なのか
OKBは、旧帝国圏で試作設計局を表すために用いられてきた慣用的な略号である。
通常、設計局には所管官庁と識別番号が与えられる。予算が付き、工場が指定され、何を設計したかが少なくとも政府の帳簿には残る。
OKB-0には、その順番が逆だった。
先に技術者と仕事があり、後から法的な器が作られた。空軍、海軍、情報機関、大学、民間企業から持ち込まれた案件を扱ったため、単一の省庁へ所属させることができなかった。
公文書上の名称は「公国特殊装備調査庁」である。「第零試作設計局」は法令上の機関名ではなく、職員が使った呼称にすぎない。
零という数字について、戦後には多くの説明が作られた。
最初の設計局だから。
存在しない設計局だから。
予算書のどの項目にも入らなかったから。
初期の庶務記録には、もっと実務的な記述がある。
――既存の番号を使うと、別の部署から苦情が来るため。
秘密機関の命名理由としては、驚くほど官僚的だった。
*
二 工場ではなく、設計局である
工場は、同じものを一定の品質で繰り返し作る。
設計局は、何を作れば工場がそれを繰り返せるかを決める。
OKB-0の初期成果には、完成品より改修仕様書が多い。旧式航空機へ新しい誘導兵器を接続する火器管制装置。異なる暗号機を持つ艦艇間で、最低限の目標情報を渡す変換器。部品供給の止まった装備を、入手可能な代替品で動かすための試験表。
開戦初期、公国海軍航空隊のSu-33は、OKB-0で火器管制装置を換装したことにより、対レーダーミサイルとKh-35対艦ミサイルを運用できた。
R-9Mも、同庁が旧時代の弾道弾へ通常弾頭、終末誘導装置および飛翔中止機能を加えた改修兵器だった。
新通信網では、固定回線、衛星通信、短波無線、量子鍵配送および既存の認証方式を、一つの万能技術へ置き換えずに併用した。
これらに共通するのは、未知の原理ではない。
古い装置と新しい装置の間に、翻訳者を置くという発想である。
翻訳者は、入力された情報を増やせない。古いレーダーが測っていない高度は、変換器を通しても現れない。破損したアンテナの感度は、ソフトウェアでは戻らない。弾薬がなければ、火器管制装置だけが正常でも撃てない。
OKB-0は、兵器の限界を消したのではない。
どの限界が残っているかを、別の兵器へ伝えた。
*
三 互換性という兵器
異なる国の装備を同じ戦場へ並べるだけなら難しくない。
同じ敵を見て、同じ味方を撃たず、同じ時刻に補給を受けられるようにするのが難しい。
東側規格と西側規格では、通信形式だけでなく、電源電圧、接続端子、座標系、単位、時刻同期、整備思想および故障の報告方法まで異なる。
ある艦の「目標一」は、別の艦では「未確認航跡七」かもしれない。速度の単位を誤れば、高速艇が航空機になり、時刻が二秒ずれれば、味方の掃海艇が予定外の接近目標になる。
OKB-0は、この差を消す共通兵器を提案しなかった。
全軍の装備を統一するには、工場と予算と年月が必要になる。公国が持っていたのは、異なる装備と限られた予算と、次の攻撃までの時間だけだった。
そこで同庁は、装備そのものではなく、装備と装備の間を標準化した。
何を測ったか。
どの単位で渡すか。
何が失われた情報か。
誰が射撃許可を出すか。
変換に失敗した場合、どの機能を止めるか。
これは華やかな技術ではない。変換器が正しく働いた日は、何も起きないためである。
誤って味方を撃たなかったことは、普通、撃墜記録に残らない。
それでも、多国籍部隊が一つの作戦図を使うためには、戦闘機や艦艇より先に必要な兵器だった。
*
四 研究部門ではなく、問題別班
OKB-0の組織図は、一般的な研究所と異なっていた。
航空、船舶、電子、暗号、材料、医学といった専門部門は存在したが、実際の作業班は案件ごとに組み直された。
航空機へ新しい誘導兵器を載せる場合、必要なのは航空技術者だけではない。機体構造、電源容量、データバス、誘導弾の信号、整備員の作業時間、搭乗員の表示方法、誤作動時の切離し手順まで一つの試験計画へ入れなければならない。
そのため、OKB-0の会議には、博士号を持つ研究者、軍の整備員、暗号担当者、操縦士、調達係が同席した。
職階はあった。
ただし試験機から煙が出た後は、最初に電源を抜いた者の発言力が一時的に上がった。
同庁の技術記録には、成功した試験と同じ形式で失敗が保存された。故障箇所だけでなく、その故障を事前に予測できなかった理由、再現条件、現場での迂回手順も記録された。
試作品は一台動けば完成、という考えを取らなかった。
別の部隊が、別の場所で、説明した本人がいなくても同じ結果を出せた時点で、初めて設計と呼んだ。
*
五 Day 1――「炉心」への攻撃
開戦翌朝、ルーデニア帝国軍はOKB-0を攻撃した。
帝国側の目標呼称は「炉心」だった。
攻撃にはSu-35四機、Il-76輸送機六機、Ka-52攻撃ヘリコプター八機、Mi-8輸送ヘリコプター十二機が投入された。空挺部隊は施設東側へ降下し、ヘリボーン部隊は南北から防御線を迂回した。
公国側は第88特務支援群、ヘーチマン社の機甲部隊、Patriot射撃隊およびAH-64E部隊で防衛した。研究棟には帝国兵が侵入し、中央サーバー室前まで到達している。
技術者は地下へ退避した。研究資料は西側サーバーへ複製され、地上端末は消去された。
施設は奪取を免れ、技術者も全員生存した。
防衛側の死者は二十二人だった。
帝国が投入した兵力は、OKB-0の価値を最も早く公表した資料になった。公国政府が同庁の存在を説明するより先に、敵が大規模な空挺作戦で説明してしまったためである。
また、後にJED-88と判明する第88特務支援群が、侵攻以前からOKB-0の技術と人員を確保する任務を負っていたことも明らかになった。
帝国は奪うために来た。
西方側の一部は、帝国へ渡さないために人員を置いた。
公国は、それを使い続けるために守った。
三者の目的は同じではなかった。
銃口の向きだけが、その朝は一致していた。
*
六 作れないものを数える
OKB-0は、しばしば「超兵器開発機関」として紹介される。
この表現は、半分だけ正しい。
同庁は、通常なら同じ体系に属さない装備を組み合わせた。その結果だけを見れば、既存兵器が突然新しい能力を得たように見える。
しかし、同庁の内部記録で多くを占めるのは、能力ではなく不足の一覧である。
交換できない部品。
足りない電力。
保証できない精度。
試験していない条件。
敵に知られた周波数。
現場で修理できない箇所。
作れないものを正確に数えなければ、作れたものの使い方も決められない。
これは、公国軍が開戦後に採用した戦い方とよく似ている。
無限の弾薬があるとは考えない。
通信が常に届くとは考えない。
味方が同じ規格を使うとも考えない。
壊れない仕組みを求めるのではなく、どこが壊れたかを分かるようにする。
OKB-0が提供した最大の技術は、特定の兵器ではなかった。
限界を隠さないという設計思想だった。
*
七 評価
OKB-0は、東側兵器を西側兵器へ置き換えるための機関ではない。
西側兵器を東側方式へ統一するための機関でもない。
どちらとも異なる第三の軍隊を作ったわけでもなかった。
それは接着剤だった。
接着剤は、装甲にも翼にもならない。単独では飛ばず、走らず、敵を撃たない。
そして、接着する材料より先に名前を呼ばれることは少ない。
だが、開戦から四十日を過ぎた公国が、多数の旗、多数の暗号、多数の兵器を同じ海図の上へ置こうとした時、その地味な機能が必要になった。
OKB-0は、すべてを一つにしたのではない。
違うままのものが、互いを壊さず働けるようにした。
同庁の試験室に残された標語には、二通りの版がある。
正式な掲示は、次の通りだった。
――資源が不足する場合、設計によって補え。
電子工房では、もっと短く書かれていた。
――金がないなら、頭を使え。
それが、零番設計局だった。




