第三十五話 違う理由
Day 63。
共同対応会議はキミロフ城を避け、空港西側のホテルで開かれた。
城には穴が開きすぎ、地下庁舎には各国代表を収容する回線が足りない。ホテルには厚いカーテン、業務用厨房、非常用発電機、そして防弾性のない大きな窓があった。
工兵隊は二十四時間で窓の内側へ土嚢を積み、正面玄関へBTR-82Aを置いた。屋上には短距離防空システムのアンテナと携帯式対無人機妨害装置。駐車場では救急車と消防車が、外交車列より出口に近い位置を占めた。
ロビーの噴水は止められ、空の水盤へ通信ケーブルが這っている。
ヴォロディミルはそれを見て思った。
国家間会議とは、豪華な部屋へ武器と延長コードを持ち込む仕事らしい。
「殿下、笑うところではありません」
補佐官が言った。
「笑っていない」
「その顔をなさっています」
「では外交用の顔だ」
*
会議卓へ着いたのは十二の政府と三つの亡命政府、二つの国際機構だった。
腕を吊った外相。
額に縫合痕のある北方亡命政府首班。
車椅子の国防次官。
礼拝堂にいなかった代表だけが無傷で、かえって居心地悪そうに見えた。
「最初に確認する」
西方連合代表が言った。
「これは追悼会ではない。共同軍事行動の準備会合だ。ただし、共同宣戦の会議でもない」
「要するに、戦争をする相談をしながら戦争とは呼ばない」
北方の代表が呟いた。
「外交は言葉を節約して人命を浪費する技術です」
ソフィアが言った。
何人かが彼女を見た。
「冗談です。半分は」
空気がわずかに動いた。
*
最初の争点は、誰が指揮するかだった。
西方共同防衛機構は、既存の統合司令部を使うべきだと主張した。
亡命政府側は反対した。加盟国でない部隊が、発言権なしに従属させられることを恐れた。
公国軍の一部は、攻撃を受けた国の大公が最高指揮を執るべきだと考えた。
「俺を据えれば、会議は早く終わる」
ヴォロディミルは言った。
「作戦も早く終わるでしょう。悪い意味で」
ペトレンコが応じた。
彼女は壁際の机にいた。職務指定どおり、議決権はない。海図と損失表を準備し、求められた時だけ答える。
「殿下は政治的責任を負う。作戦指揮官は軍事的実行を担う。両方を一人へ載せれば、失敗した時に交代できません」
「成功した時は?」
「銅像が一体で済みます」
会議卓の端で、負傷した外相が初めて笑った。
ヴォロディミルは反論しなかった。
自分が戦闘機へ乗れば、少なくとも一機は自分で動かせる。最高指揮官になれば、地図上の全部隊を動かせるように見える。
見えるだけだ。
異なる法体系、異なる交戦規定、異なる暗号、異なる議会の許可。それらは大公の命令一つでは動かない。
「政治評議会と統合幕僚委員会を分ける」
彼は言った。
「政治評議会が目的と限界を決める。統合幕僚委員会が作戦案を作る。実行指揮官は作戦ごとに指定し、国籍を固定しない」
「拒否権は」
「各国は自国部隊を撤回できる。ただし決定後に黙って任務条件を変えることはできない」
「誰が最終承認する」
「参加国代表の二段階承認。緊急防空だけは現場指揮官へ委任する」
一人の英雄を選ぶより、ずっと面倒だった。
だから長持ちする可能性があった。
*
次の争点は、何のために戦うかだった。
帝国を罰する。
発射能力を除去する。
アンバー海沿岸の占領地を解放する。
亡命政府を帰還させる。
公国への攻撃を止める。
同じ敵を指す五つの理由が、五つの終戦条件を生んだ。
「『帝国の無条件降伏』は削除を」
法務顧問が言った。
「できない約束です」
「弱腰に見える」
「書類を勇敢にしても、師団は増えません」
ソフィアは表示を切り替えた。
「共同戦争目的。第一、キミロフ攻撃に関与した発射・指揮・潜入支援能力の無力化。第二、アンバー海沿岸諸国への追加攻撃の阻止。第三、占領地における民間統治と人道回廊の回復。第四、責任者の証拠保全と法的手続」
「政権転覆は」
「共同目的には含めない。各国が個別に唱える自由まで止めません」
「敵の司令部に民間職員がいたら攻撃を止めるのか」
北方代表が訊いた。
ヴォロディミルは答えた。
「軍事目標なら攻撃する。比例性と予防措置を評価し、損害を予測する。民間人が一人でもいれば撃たない、という話ではない」
「では、昨日の演説は人道主義ではないと」
「帝国皇都の住宅街を焼く軍事的利益がないと言った。利益がない殺人は、道徳以前に無駄だ」
室内が静かになった。
公国が善良だから撃たないのではない。
何を壊せば戦争が終わるかを選ぶ。選んだ結果には、言葉でなく記録を残す。
*
昼休憩は十九分だった。
ペトレンコはホテルの厨房裏で、塩気の薄いサンドイッチを食べていた。ヴォロディミルが隣へ腰掛ける。
「銅像の話は必要だったか」
「会議が眠っていました」
「妻に評判を落とされた」
「大丈夫です。昨日より落ちる余地は少ない」
「慰めが下手だな」
「職務外です」
彼は彼女の左手の固定具を見た。
「痛むか」
「数値化するなら三です」
「怖さは」
ペトレンコは一瞬だけ答えを探した。
「数値化しません。すると管理できると勘違いします」
厨房から皿の割れる音がした。二人は反射的に身を低くし、それから互いを見た。
「新婚旅行には刺激が足りないな」
「次は厨房を避けます」
笑ったあと、二人とも十九分の残りを黙って使った。
*
午後一時七分、ホテル屋上の対無人機班が小型目標を捕捉した。
距離二・八キロ。高度百二十メートル。速度は遅い。
会議室では警報音を鳴らさず、各国警護員の端末だけが振動した。代表の背後へ防弾盾が運ばれ、土嚢のない廊下から人が消える。
『屋上班、目標は東から接近。映像なし』
『妨害装置、待機。携帯式ミサイルは使用禁止』
戦術管制回線と館内警備回線が別々に動く。短距離防空班はレーダー画面を追い、憲兵は会議室の扉を閉鎖した。
ヴォロディミルは席を立たなかった。
逃げなければ勇敢に見える。逃げ遅れれば、ただの馬鹿だ。昨日までなら自分で屋上へ上がったかもしれない。
「警備指揮官の判断へ従う」
三十秒後、光学装置が目標を捉えた。
白い民生用クアッドコプター。機体下にカメラ。送信元はホテル北側の集合住宅だった。
『妨害開始』
制御電波が塗り潰され、無人機がその場で揺れた。自動帰還へ入ろうとして方位を失い、街路樹へ落ちる。枝が折れ、機体が舗道で四つに割れた。
憲兵が操縦者を確保した。外国人記者だった。
「スクープを撮りたかった」と彼は主張した。
「戦争は始まっても、愚かさは平時運転だな」
北方代表が言った。
会議は九分で再開された。
誤警報ではない。敵機でもない。警備側が過剰反応しなかったことも含め、共同手順の最初の試験になった。
*
午後、交戦規定の草案が審議された。
敵防空レーダーが捕捉した時点で対レーダーミサイルを撃てるか。
民間登録船が軍需物資を運ぶ場合、どの段階で臨検・拿捕・攻撃へ移るか。
国境外から弾道ミサイルを発射する移動式発射機へ、越境攻撃を認めるか。
捕虜をどの国の施設へ収容し、誰が尋問するか。
地味な文章の一行ごとに、将来の死者がぶら下がっていた。
「緊急目標の承認待ち時間、平均十二分」
ペトレンコが計算を示した。
「イスカンデル-Mの発射車両は停止から数分で射撃へ移れます。十二分では空の道路を攻撃する」
「では現場へ全権委任を」
「誤認で農業トラクターを吹き飛ばす時間も短くなります」
彼女は代案を出した。
「事前承認区域を設定。移動式発射機の識別条件を三つに分け、二系統以上のセンサー一致で即時攻撃権限。単一情報源なら追尾継続。通信断時は攻撃せず、位置と時刻を記録」
規則が許すのは、条件を満たした標的への射撃だけだった。
全部を見逃す規則でもなかった。
*
日没後、十七の署名欄が埋まった。
名称は「キミロフ攻撃に対する共同対応枠組み」。宣戦布告ではない。軍事同盟でもない。参加国が同じ目的、同じ証拠基準、最低限の交戦規定で作戦準備を始めるための紙だった。
会議場を出る代表たちは、それぞれ違う記者発表をした。
「集団安全保障の防衛」
「亡命者の帰還」
「地域安定」
「帝国の侵略抑止」
違う理由を、無理に一つへ塗り潰さなかった。
ホテル地下の通信室では、各国の暗号士官が初めて同じ時刻表を受け取った。
公国はまだ連合を指揮していない。
ただ、互いに信用していない国々が同じ会議室から帰らずに済む手順を作った。
戦争は旗で始まることがある。
長く続く戦争は、たいてい署名欄から始まった。




