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王冠の亡命――八百日の建国戦争  作者: シルヴァン・レーデル


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第二十五話 首都への道



 キミロフへ続く道路は、三本あった。


 帝国軍は、その全部を壊していた。


 北西の高速道路は高架橋が落ち、南の幹線は対戦車壕で切られ、川沿いの旧道には地雷と放棄車両が並ぶ。


 Day 45、午前三時五十分。


 ホロボロドコ元帥は、地図の三本へ同じ印をつけた。

 仮設指揮所は、廃業した自動車修理工場に置かれていた。作業灯を地図台へ吊り、油染みの残る床へ通信機と野戦電話を並べている。


 壁には、四十五日前まで使われていたタイヤの価格表が残っていた。


 首都奪還作戦の指揮所としては格好がつかない。砲撃を受けても、宮殿より修理工場の方が直しやすい。ホロボロドコには、それで十分だった。


「全部を直すな。二本は敵に見せる。通るのは一本だ」


「どれを」


「旧道。幅が狭い分、帝国軍は主攻に使わないと思っている」

「敵も同じ結論へ達した場合は」


「その時は、狭い道で正面から殴り合う」


 幕僚は冗談だと思わなかった。


 ホロボロドコは三本の道路へ、それぞれ異なる色で予定損失を書き込んだ。


 北西高速。仮橋架設に最短三時間。敵砲兵の射界内。予想車両損失十二から十八。


 南幹線。対戦車壕二列。突破に一時間半。敵予備戦車の正面。


 川沿い旧道。地雷密度不明。大型車両の離合不能。だが、帝国軍の主砲陣地から死角が多い。


 最良の道はない。敵が最悪だと思っている道を選ぶだけだった。


「主攻を知る者は」


「この室内で十一名。工兵第一中隊へは出発二十分前に通知」


「十一人は多い。通信を切れ。外へ出る者は作戦開始まで二人組」


 自軍を疑う命令だった。


 コヴァルの裏切りから五日も経っていない。信用は精神論では回復しない。知っている人数を数え、通信経路を閉じ、漏れた時に追える形へする。


 四十年の忠誠が三十秒で反転した後では、十一人の善意を前提にする方が無責任だった。


 先頭へ置かれたのは戦車ではなく、BMR-3M地雷処理車とBREM-84装甲回収車だった。


 首都奪還戦の最初の三十分は、砲声ではなく、鋼索と工兵の合図で始まった。

 先頭のBMR-3Mには、三日前に別部隊から寄せ集めた部品が使われている。左の履帯は旧型、右は新型。艦隊倉庫から持ち出したKMT-7地雷処理ローラーは一組だけだった。


 後続のBREM-84《アトレート》は、T-84と部品を共用できる数少ない回収車だった。ウインチは規定荷重を超えるため、整備員が鋼索を二重にした。


 首都へ戻る軍隊は、式典用の新兵器ではなく、異なる年式の部品を溶接した車両から動き始めた。


 泥の中でワイヤを掛け、壊れた乗用車を一台ずつ引く。英雄を撮りたい報道班には不向きでも、省けば誰も首都へ着かない。


 BMR-3Mのローラーが窪みへ落ちるたび、車体前部が地面へ叩きつけられた。操縦手の歯が鳴り、車内へ吊った工具箱が隔壁を蹴る。外では工兵が腹這いになり、土へ刺した探針を数センチずつ進めていた。

 工兵隊長は、撤去した最初の車両の下から圧力式地雷を見つけた。


 放棄車両そのものを罠にしている。鋼索を正面から掛けていれば、引き寄せた瞬間に処理車の腹下で爆発した。


「以降、全車両を遠隔確認。二台ごとに五分追加」


「予定より四十分遅れます」


「死人を片づければもっと遅れる」


 予定表の時刻は、敵が協力した場合にだけ守れる。戦場で遅延を恥じる者は確認を省き、後で大きな遅延を作る。


    *


 午前四時十八分。


 南の幹線道路で公国砲兵が発砲する。


 煙幕と照明弾、短い制圧射撃。帝国軍はそこを主攻と判断し、予備戦車中隊を南へ動かした。


 同時に、北西の高架橋へ空挺部隊が接近する。渡るためではない。爆破された橋の手前で工兵車両を動かし、あたかも仮橋を架けるように見せるためだった。


 帝国側の無人機がそれを撮影した。

 無人機が映像を送った三分後、帝国軍の暗号通信量が南方面で増えた。


 ソフィアが傍受情報を地上指揮所へ送る。


『敵予備戦車中隊、南西へ移動。T-72B3、少なくとも八両』


「餌を食ったか」


『移動は確認しました。欺瞞を信じたか、別の理由かは未確認です』


「相変わらず夢がないな」


『夢を根拠欄へ記載できません』


 ホロボロドコは南幹線の陽動部隊へ、砲撃を二分延長するよう命じた。敵が疑い始める前に、移動した戦車をもう少し南へ引く。


 陽動部隊は本物の砲弾を受ける。偽物なのは目的だけで、死傷者まで偽物にはならない。


 旧道では、エンジンを止めた車列が人力で障害車両を動かしていた。


 工兵の一人が地面へ白線を引く。


「ここから外れるな。地雷原の幅は分からない」


 T-84《オプロート》の履帯が、白線二本の間をゆっくり進んだ。


 速度は時速六キロ。


 首都へ帰る軍隊は、歩兵より遅かった。


 車列の両側には、住民が捨てた荷物が残っている。靴、空の水缶、子供用の鞄。工兵は中身を確かめてから退かした。地雷は軍用品の顔をして待つとは限らない。

 子供用の鞄を開けた工兵が、しばらく動かなかった。


 中には教科書と、乾いたパンが一切れ入っている。爆薬はない。


「退かせ」


「持ち主が戻るかもしれません」


「戻るための道を作っている。端へ置け」


 数分後、後続車両の振動で路肩の地雷が一発起爆した。破片が工兵二人を倒す。


 一人は防弾衣で止まり、もう一人は腿から出血した。


「止血帯。時刻を腕へ書け」


 隊長は負傷者を後送し、白線を二十センチ内側へ引き直した。


 作戦は止めない。止めないことと、損失を無視することは違う。白線の位置には、二人分の学習が残った。


    *


 空では、別の戦いが始まっていた。


 キミロフ周辺に残る帝国戦闘機は、確認できただけで二十六機。Su-35S、Su-57、MiG-31BM。首都防空隊のS-300V4も、ヴァロネフへ一部を割いたとはいえ残っている。


 公国側は数で勝っていない。


 MiG-29OVTを率いるシェレメートとソーコルの編隊は西から入り、大公直属近衛飛行隊のF-2Aは南へ回った。Su-24MPは直接戦闘へ入らず、防空レーダーの周波数と捜索周期を拾う。


『北東、MiG-31四。高いよ〜』


「上がるな」


 ヴォロディミルは濃紺のSu-35BMウラルから命じた。


「長距離戦へ付き合えば、地上軍上空が空く。発射を見たら南へ引け」


『大公様、今日は慎重〜』


「四十五日で学んだ」


『遅い〜』

 ヴォロディミルはレーダー上の四機を見た。


 MiG-31BMは高高度を保ち、R-37Mの射程を使おうとしている。こちらが上がれば、速度と高度を揃えた正面戦になる。勝てる可能性はある。


 その間、低空へ回ったSu-34とKa-52が地上軍を叩く。


 自分が一機を落とすことと、地上の一個中隊が進めることを同じ表へ載せる。


 王が戦闘機へ乗ると、周囲は撃墜を期待する。本人も期待する。分かりやすい成果は、判断を盗む。


 ヴォロディミルは操縦桿を押し、高度を下げた。


 逃げたように見えても構わない。地上軍が首都へ着けば、戦果欄の見栄は必要なかった。


 MiG-31BMの腹下から、R-37Mが四発放たれた。


 固体燃料ロケットの白煙が高空へ四本の直線を引き、次の瞬間には細い点へ縮む。見えている煙は過去の位置で、弾体そのものはすでに数キロ先へ進んでいた。


 A-50U早期警戒管制機が発射点と推定迎撃線を配信する。警報音が重なり、味方機の記号が一斉に高度を落とした。


 ヴォロディミルは一発が自機を追っていることを確認した。


 ヴォロディミルは《ウラル》を背面近くまで傾け、機首を南へ落とした。ハーネスが肩へ食い込み、ヘルメットが座席へ押しつけられる。出力を落とさず降下。チャフを二連射し、翼端妨害装置の出力を上げる。


 ミサイル警報は消えない。


 背後を見る余裕はなかった。画面上の距離だけが減る。


 十七キロ。


 十二。


 八。


 警報音の間隔が詰まり、一続きの電子音へ変わった。雲底を突き抜けた瞬間、灰色の地表が風防いっぱいに広がる。引き起こしが遅れれば、R-37Mより先に地面が来る。


 そこで警報が途切れた。


『一発、欺瞞へ逸れました。残り三発も目標喪失』


 ソフィアの声が入る。


『ただし、再捕捉の可能性があります。低高度を維持してください』


「分かった」


 助かった、と口にする代わりに、ヴォロディミルは燃料残量を見た。


 降下と回避で予定より消費している。首都上空に残れる時間が六分減った。


 ミサイル一発を避けても、無料ではない。敵が買ったのは六分だった。


 公国機は高度を落とし、妨害と地形の陰へ逃れた。撃ち返さない。


 追ってきた帝国機二機だけを、南へ回っていた近衛飛行隊が横から捉える。


 撃墜一。もう一機は損傷して離脱。


 公国側もF-2A一機がR-77-1の近接炸裂を受け、尾翼と右主脚庫へ破片を浴びた。油圧圧力が落ち、ハルシヴ前進基地へ緊急着陸する。


 操縦士は射出せず、非常系で脚を下ろした。接地と同時に右主脚が外側へ折れ、増槽が舗装を削る。F-2Aは火花と白煙を引きながら滑走路脇の草地へ飛び出し、機首を三十度振って止まった。


 救難車両が着く前に、操縦士はキャノピーを開き、自力でコックピットから這い出した。


『操縦士生存。機体は大破』


 報告を聞き、ヴォロディミルは一度だけ息を吐いた。


 機体を失って安堵するのは、空軍指揮官として正しくない。操縦士を失わなかったことへ安堵しないのは、人間としてもっと正しくない。


 着陸後の機体は再出撃不能と報告された。撃墜欄には載らない損失だった。戦況図では一機が残り、現場では一機が消える。


 空の戦いは、撃墜数を競う形にはならなかった。


 敵機を首都上空から十数分ずつ遠ざけ、その間に地上軍を進ませる。公国航空隊が買ったのは、空域ではなく時間だった。

 その時間をどこへ使うかは、地上軍の責任になる。


 航空隊が十分稼ぎ、工兵が地雷処理で十二分使えば、収支は赤字だ。だからといって工兵へ急げと言えば、地雷が利息を取る。


 ヴォロディミルは地上進捗を確認した。


『旧道先頭、外環道まで三・二キロ。予定より二十七分遅延』


「遅延理由」


『罠線二、地雷三、負傷者後送』


「そのまま続けろ。航空隊側で二巡目を作る」


『燃料が厳しくなります』


「交代隊を八分早めろ。帰投機はオスタヴァではなく前進基地へ」


 飛行場の整備能力は低い。だが帰投距離を縮めれば、上空へ残す時間を買える。


 買った分は、前進基地の整備員が徹夜で払う。


 戦争の時間は、いつも別の誰かの睡眠から作られていた。


    *


 午前五時四十六分。


 旧道の先頭が、キミロフ外環道へ達した。


 そこで帝国軍の対戦車砲火を受ける。


 外環道の橋脚脇から、9M133対戦車ミサイルが飛び出した。


 弾頭は先頭のBMR-3Mの車体前部へ入り、KMT-7ローラーを支える腕を吹き飛ばした。爆圧で前部ハッチが浮き、黒煙が乗員区画へ逆流する。処理車は燃えながら右へ寄り、道路を斜めに塞いだ。


 後続のT-84《オプロート》が急制動し、路肩へ避ける。左履帯は白線内に残ったが、右履帯が二十センチ外へ出た。


 その下で対戦車地雷が起爆した。


 車体右側が跳ね上がり、転輪二個と履帯の一部が防音壁へ叩きつけられる。砲塔内では未固定の薬莢受けが飛び、車長が照準器へ顔を打った。


 道路は二両で塞がった。


「回収に二十分」


 工兵隊長が報告する。


「二十分あれば、敵の予備が戻る」

 ホロボロドコは炎上車両の映像を見た。


 BMR-3Mの乗員二名は後部ハッチから脱出した。T-84は車長が負傷、操縦手が変形した床板と操縦席の間に残っている。回収班が近づくたび、橋脚側から曳光弾が路面を削った。


 道路を開けるには、二両を押し出すか、脇へ新しい経路を作る必要がある。


 戦車を守れば歩兵が止まる。歩兵を進めれば、車内の操縦手を後へ残す。


 選択肢はいつも、守りたいものを二つ並べてから一つを選ばせる。


 ホロボロドコは旧道沿いの排水路を見た。


「歩兵を先へ。車両は後で通す」


「装甲支援なしで市街外縁へ入ります」


「装甲が来るまで敵が待ってくれるなら、そうしろ」

「炎上車両の乗員救出は」


「煙幕班を一個残す。回収を続けろ。主力は歩兵で前へ」


 置き去りにはしない。救助のために全軍も止めない。


 中途半端に見える命令ほど、現場では多くの人間を必要とする。煙幕、狙撃警戒、衛生班、回収車。歩兵を前へ出しながら、それらを道路へ残す。


 予備は薄くなった。兵力は、決意で増えない。


 ホロボロドコの命令で、歩兵百二十名が排水路へ降りた。首都へ最初に入る部隊の軍靴は、泥と生活排水で膝まで黒くなった。


 歩兵が車列から降り、排水路へ入る。


 膝まで泥に沈みながら、外環道の下を抜けた。


 午前六時十二分。


 公国軍はキミロフ西部の物流団地へ入った。

 最初に入った歩兵小隊は、倉庫の壁へ公国旗を描こうとした兵を止めた。


「まだ屋上を取っていない」


 その直後、向かいの建物から狙撃弾が来た。旗を持った兵の肩を掠め、壁へ穴を開ける。


 小隊は倉庫の荷役口へ伏せた。


 帝国軍は物流団地の監視塔と冷蔵倉庫を火点にしている。民間のトラックが遮蔽物として並べられ、荷台には土嚢が積まれていた。


 首都へ入ったという事実は、最初の交差点を安全にしなかった。


 首都へ到達した。

 無線へ短い歓声が流れた。


 ホロボロドコは止めなかった。三秒だけ聞き、その後で回線を開く。


「喜ぶのは呼吸一回分にしろ。屋上、地下、倉庫内を確認。負傷者の後送路を先に開け」


『了解』


 兵たちは首都へ入った。


 だが、そこにあったのは凱旋路ではない。割れた窓、放置された検問所、帝国軍の標語を塗った壁。通りの奥で白い布が揺れたが、人なのか風なのか判断できない。


 住宅の一室から老女が顔を出し、水の入った瓶を掲げた。


 先頭の兵は受け取らなかった。


 瓶へ何か入っているからではない。立ち止まれば小隊全体が路上へ固まる。狙撃手にとっては、それだけで十分な目標になる。


 兵は手だけを上げ、前進した。


 老女は瓶を下ろした。


 解放する側と待っていた側の間にも、止まれない距離があった。


 首都を奪還したわけではなかった。


 帝国軍は空港、中央駅、行政区、東岸の橋を保持している。地下鉄網には指揮所と弾薬庫が作られ、住民がどこまで残っているかも分からない。


『全軍へ』


 ヴォロディミルが回線を開いた。


『王冠を取り戻す、と俺は言った。だが、街は王冠ではない。道路、水道、病院、そこに残った人間だ』


『旗を先に立てるな。退路、救急路、給水所を先に取れ』

 ホロボロドコはその命令を聞き、地図へ三つの円を描いた。


 物流団地西門を後送口。冷蔵倉庫脇を臨時救護所。貯水槽を給水点。


 宮殿は、地図のさらに先にある。


 王冠を取り戻す軍隊が最初に確保するのは、王冠から最も遠い施設ばかりだった。


 その命令の直後、物流倉庫の屋上から機関銃が撃ち下ろされた。


 首都への道は終わった。


 首都の中の戦争が始まった。


 帰還を告げる無線は、物流倉庫からの機関銃音にかき消された。

 ホロボロドコは送信キーを押した。


「第一小隊、正面へ撃ち返すな。冷蔵庫西壁を抜け。第二小隊は監視塔の階段を押さえろ」


『砲撃支援を』


「倉庫内の人員が不明だ。機関銃座だけを狙えるか」


『煙で見えません』


「なら撃つな。迫撃砲は照明弾。歩兵で行け」


 火力を使わない判断は、接近する歩兵へ危険を移しているだけだ。


 ホロボロドコはその損失を承知で命じた。倉庫ごと潰せば、避難民か在庫か捕虜が中にいた場合、首都へ入った最初の公国軍が説明することになる。


 三分後、冷蔵倉庫の西壁へ線状爆薬が貼られた。


「点火、点火、点火」


 歩兵が壁から伏せる。爆発で断熱パネルが内側へ折れ、白い発泡材と冷気が噴き出した。開口部へ最初に入った兵の銃口灯が、停止したフォークリフトの影を一瞬ずつ切り取る。


 屋上のPKM機関銃が向きを変えた。弾列が開口部の上を走り、コンクリート片を雨のように落とす。二番手が床へ滑り込み、柱の陰から短い三点射を返した。


 銃声は冷蔵倉庫の硬い壁に反射し、数を倍にして聞こえた。


『火点制圧。捕虜四。こちら戦死一、負傷三』


 ホロボロドコは数字を書いた。


 首都到達、午前六時十二分。


 最初の戦死、午前六時十五分。


 帰還と損失の間には、三分しかなかった。

 午前六時二十二分、炎上したT-84の操縦手が回収された。


 意識はなく、両脚に火傷。回収班は煙幕弾を使い切り、装甲回収車の鋼索も一本切れた。


『救出完了。道路開通まで、あと十二分』


 ホロボロドコは時刻を書き込んだ。


 歩兵は既に物流団地へ入っている。戦車が追いつくまでの十二分、装甲支援なしで持ちこたえなければならない。


「迫撃砲班を団地西端へ。対戦車班は排水路から前進。撃てる場所ではなく、退ける場所を先に決めろ」


『了解』


 帝国軍の予備戦車中隊が南の陽動に気づき、北へ針路を戻したという報告が入る。


 距離十一キロ。


 こちらの主力戦車は道路上で止まっている。


 欺瞞が破れたのではない。役目を終えた。


 陽動が買った時間を使い切る前に、次の障害へ移るだけだった。


「南部隊へ。追撃するな。敵戦車を北へ返せ」


『見送るのですか』


「燃料と砲弾を使わせた。もう十分だ」


 撃破しなければ戦果にならない、という考えを捨てる。


 敵の進路を変え、時間を使わせ、主攻から遠ざけた。それで陽動は成立する。


 ホロボロドコは地図の南線を消し、物流団地の防御へ赤鉛筆を移した。


 首都への道は一本開いた。


 同時に、帝国軍へも主攻がどこか伝わった。


 次からは、騙す時間ではなく耐える時間だった。

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