第二十話 遠い囮
首都キミロフを守る帝国航空部隊は、まだ多い。
正面から減らせないなら、別の場所へ動かす。
Day 37、午前三時。
西部司令部の作戦室に、帝国本土南西部のヴァロネフ航空基地が映っていた。
長距離迎撃機と防空予備隊の集積地。首都から遠く、帝国軍が安全圏と考えている場所だった。
「ヴァロネフを攻撃する」
ヴォロディミルが言った。
「目的は基地の壊滅ではない。帝国に、本土防空の穴を見せる」
ザハルチェンコが兵器表を開く。
「Tu-160四機。搭載するKh-101は十六発です」
「前回より少ないな」
「補給された分を含めて、即応弾はこれだけです。首都作戦用の予備は崩しません」
目標は長距離レーダー、滑走路交差部、燃料積替設備、航空作戦棟。
政治施設も市街中心部も狙わない。道徳的宣言ではなく、そこへ命中しても首都方面の部隊は動かないからだった。
「帝国が本当に移動させる保証は」
「ありません」
ソフィアが答えた。
「移動しなければ、ヴァロネフの基地機能を落とせます。移動すれば、キミロフ正面が薄くなる。どちらでも最低限の利益はあります」
「どちらも起きない可能性は」
「巡航ミサイル十六発を失い、帝国の宣伝材料だけが残ります」
「正直だな」
「兵器表は期待値で埋まりません」
ヴォロディミルは発射を承認した。勝てる作戦ではない。損失の形を選べる作戦だった。
*
午前四時二十六分。
四機のTu-160はヴェルナ海北西部の発射空域へ到達した。
護衛戦闘機は敵国境へ入らない。A-50の捜索波を監視し、迎撃機が発射母機へ届く前に進路を変えさせる。
『長距離迎撃機、北東から四』
ソーコルが報告する。
『こちらを見ています』
「見せてあげようか〜」
シェレメート機が高度を上げ、爆撃機から離れた。
『二機が追従』
「残り二機は?」
『爆撃機へ直進』
ソーコルが正面へ出る。
射程外から一発を放ち、帝国機へ回避を強いた。
警報を受けた帝国機が機首を振る。ほんの数十秒、空の正面から爆撃機の姿が消えた。
その数十秒で、Tu-160は発射点へ入った。
「十六発、発射」
回転式発射装置が動き、巡航ミサイルが夜空へ落ちていく。翼を展開した機体が順に点火し、海面すれすれへ降りて暗闇に消えた。
全弾を放つと、爆撃機は西へ反転した。
「大きい子たち、帰ったよ〜」
『私たちも帰還します』
「もう少し遊べるけど〜」
『目的は達成しました』
シェレメートは追ってくる二機へ翼を見せ、それから西へ機首を向けた。
*
ヴァロネフ防空区は、最初の巡航ミサイルを百二十キロ手前で捉えた。
S-400部隊と戦闘機が迎撃する。
三発が撃墜された。
一発はエンジン異常で落下し、農地に着弾した。
十二発が基地周辺へ到達する。
長距離レーダーに二発。滑走路交差部に三発。燃料設備へ四発。航空作戦棟へ向かった三発のうち、一発は近距離防空に破壊され、破片が基地外周の住宅へ落ちた。
夜間映像の中で燃料設備が白く膨らみ、数秒遅れて巨大な火球へ変わる。滑走路には三つの黒い穴が並び、消火車両が炎を横切った。
戦果確認画像では、滑走路二本が交差部で使用不能。燃料火災。主レーダー停止。
地下指揮区画と掩体の航空機は残っていた。
*
帝国参謀本部は、すぐには首都方面の部隊を動かさなかった。
最初に行ったのは、各基地へ航空機を分散させ、防空部隊へ常時警戒を命じることだった。
その命令だけで、帝国各地の整備員は夜中に起こされ、迎撃機は燃料を積み、レーダー員は交代時間を失った。破壊できなかった基地にも、疲労という損害は届く。
六時間後、ヴァロネフへ迎撃機一個連隊と地対空ミサイル一個大隊の増派が決まる。
その半数はキミロフ北方の予備から引き抜かれた。
二個航空師団ではない。
首都の守りが消えたわけでもない。
それでも、次の作戦で相手にする迎撃機と発射機は減った。
「陽動成功、としますか」
ザハルチェンコが尋ねる。
「限定的成功だ」
ヴォロディミルは帝国の国営放送を見た。
画面には基地外周の壊れた住宅と、負傷者を運ぶ住民が映っている。軍用施設の損害は一切映されていない。
『敵は帝国本土の市民を攻撃した』
放送は繰り返していた。
「嘘ではありません」
ソフィアが言う。
「全部でもない」
「宣伝は、事実を最も安い角度から撮影します」
攻撃は帝国軍の一部を首都から引き離した。
同時に、それまで遠い戦争だと思っていた帝国の住民へ、戦争を自分たちのものとして見せた。
囮に食いついたのは、航空部隊だけではなかった。




