第十八話 ドレナの夜明け
ドレナ航空基地を取れば、東岸の空を支えられる。
ドレナ市を取れるわけではない。
Day 30、午前四時二十分。
公国軍は基地西側へ機甲部隊を集め、南側には砲兵、北側には空挺部隊を置いた。
上空の航空任務指揮は《ウラル》のヴォロディミル。シェレメートとソーコルが戦闘機隊を率いる。
地上防空はルツェンコ大佐が指揮していた。
ドレナ川東岸で発射機を捨て、西へ戻した射手と整備員。その生き残りが、新たに受領したBuk-M1と短距離防空車両を扱っている。
新品ではない。塗装の違う車両を寄せ集め、他部隊から外した部品で稼働率を作った。戦争でいう再建は、同じものを元に戻す作業ではなかった。
「三週間前は、装備を捨てて逃げた」
若い射手が言った。
「訂正しろ」
ルツェンコはレーダー画面を見たまま答えた。
「装備を捨てたから、今ここで撃てる」
東から帝国攻撃機が接近する。
「全隊、発射機を生かすな。車列を生かせ。撃ったら移動」
「発射機を生かさない?」
「機械へ忠誠を誓うな。明日撃つ射手を残せ」
*
午前五時。
公国砲兵が基地西側の監視所と通信塔を撃つ。
滑走路へは撃たない。奪取後に使うためだった。
帝国軍は掩体から戦闘機六機を緊急発進させた。二機は誘導路上で公国側の長距離射撃を受け、離陸を中止する。四機が空へ上がった。
『ジュラーヴリク、上の二機を取るよ〜』
『ソーコル、低空二機』
「ウラルは攻撃隊との中間を維持する」
ヴォロディミルは空戦へ入り込まず、地上部隊と航空隊の位置を更新した。
敵機を追えば、基地上空から離れる。
この日の仕事は撃墜数ではなく、地上軍へ九十分の局地優勢を渡すことだった。
『ウラル、北の一機が離脱します。追えます』
「追うな。帰り道を覚えさせろ」
『了解』
逃げる敵機の尾を見送る判断は、撃つより画にならない。だからこそ、指揮官の仕事だった。
*
帝国攻撃機四機が西側の公国砲兵へ向かった。
ルツェンコの射撃隊がレーダーを上げる。
「一番、先頭。二番、後続。三番は撃つな、位置を変えろ」
二発の迎撃弾が上がった。
一機が撃墜され、二機が兵装を投棄する。最後の一機は低空へ降り、ルツェンコのレーダー車へ対レーダーミサイルを放った。
「停波。全車、第二陣地へ」
アンテナが畳まれるより早く、車列が動き出す。整備員の一人は開いた工具箱を抱えたまま荷台へ飛び乗った。
ミサイルは最後に記憶した位置へ飛び、空になった畑を吹き飛ばした。
土と破片が第二陣地へ向かう車列の後ろへ降る。
射手が息を吐く。
「今度は置いていかなくて済みました」
「次は分からん。移動しろ」
「もう移動しています」
「なら喋るな。速くなる」
*
午前六時十四分、機甲部隊が基地西門を破った。
北側から入った空挺部隊が燃料庫を確保し、帝国軍による爆破を阻止する。管制塔では二十分の銃撃戦が続いた。
西門を抜けたT-84の砲塔へ、小火器弾が火花を散らす。後続歩兵が車体の陰から展開し、整備棟と格納庫の間を一棟ずつ進んだ。
帝国側守備隊は全滅しなかった。
一部は市街へ撤退し、一部は地下通信壕へ残る。午前七時前、公国軍は滑走路と燃料地区を確保したが、基地東側では射撃が続いていた。
最初の輸送機が降りたのは午前九時三十二分。
完全制圧後ではない。滑走路へ砲撃が届く前に、弾薬と医療班を入れる必要があった。
輸送機が接地すると同時に、基地東側から黒煙が上がった。貨物扉が開き、担架と弾薬箱が逆方向へ流れていく。奪った滑走路は、到着口と退路を同時に務めた。
*
夕方までの損害は、公国軍戦死五十八、負傷百七十六。航空機二機損傷。帝国側は捕虜三百四十一、撤退兵力不明。
ドレナ航空基地は公国軍の管理下へ入った。
ドレナ市の行政区と東部工業地帯は、なお帝国軍が保持している。
「東部解放、と発表しますか」
ザハルチェンコが尋ねた。
「航空基地奪還だ」
ヴォロディミルは答えた。
「解放と言うなら、市役所、水道、病院まで責任を持ってからにしろ」
「見出しは短い方が好まれます」
「責任まで短くするな」
*
その夜、西部の臨時政府庁舎で小さな会議が開かれた。
祝宴ではない。補給表と戦死者名簿を囲み、紙コップへ酒を少しだけ注いだ。
シェレメート、ソーコル、ソフィア、ルツェンコ、ペトレンコ。海と空と地上から戻った者が同じ机についた。
「三十日だ」
ヴォロディミルが言う。
「首都を失ってから、三十日」
誰も乾杯の言葉を急がなかった。
地図では領土が戻り始めている。
その色の下に、壊れた橋、止まった原子炉、未回収の遺体、占領下に残る都市がある。
「戻った者と、戻らなかった者へ」
大公が紙コップを上げる。
「次に進むために、今夜だけ飲む」
「明日の飛行予定は午前四時です」
ソフィアが言った。
「一杯で止める理由ができたな」
「理由がなくても一杯です」
誰かが短く笑った。笑いは長く続かなかったが、それで十分だった。
ドレナの夜明けは、首都へ続く道を照らした。
まだ、その道を歩き切った者はいなかった。




