第十七話 最後の授業
帝国軍がザポリナ原子力発電所へ戻ってきたのは、空港陥落の翌朝だった。
戦車十二両、歩兵戦闘車二十余両。上空には攻撃機六機と戦闘機四機。
目的は原子炉ではない。
発電所を取り戻せば、公国軍は重火器を使いにくくなる。東岸の敗残部隊を、もう一度その陰へ集められる。
相手が撃ち返しにくい場所へ陣取る。それを卑怯と呼ぶのは簡単だった。戦術として有効であることの方が厄介だった。
午前五時四十分。
発電所西側の仮設指揮所で、コヴァリョフは車いすの前に三枚の画面を並べていた。中央は航空状況、右は地上部隊、左には原子炉と外部電源の状態が表示されている。
軍人の画面に、発電所技師の数字が割り込む。ここでは撃墜数より、冷却水ポンプの方が優先順位を持っていた。
「師匠、本当にここに残るんですか〜」
シェレメートの声が無線から聞こえる。
「俺が戦闘機へ乗れるように見えるか」
「昔なら乗ったって言いそう〜」
「昔の俺は、今より馬鹿だった」
「今もそんなに変わってないよ〜」
「離陸前に減点するぞ」
「卒業証書、まだもらってないから平気〜」
シェレメートが笑い、MiG-29OVTを滑走路へ出した。
隣にはソーコル機。後方にはSu-24MP。右席のソフィアが、帝国側の捜索波を分類している。
『先生、敵航空隊は二群。高高度の戦闘機四、低空の攻撃機六』
「戦闘機はシェレメートとソーコル。攻撃機は地上防空へ渡せ。お前は数を増やして見せろ」
『了解。虚像目標を展開します』
帝国側のレーダー画面に、実在しない編隊が三つ増えた。
*
帝国軍の先頭車両は、発電所から九キロの交差点へ入った。
公国軍は道路を爆破していない。
壊せば、発電所職員の退避路も失う。
代わりに、灌漑用水路へ架かる小橋の手前へ地雷と対戦車班を置いた。
「先頭を止める。最後尾は撃つな」
コヴァリョフが命じる。
「包囲しないんですか」
「退路を残せ。原発へ向かって散開される方が困る」
「逃がしたと批判されます」
「報告書に俺の名前を書け。批評家が戦車を止めてくれるなら、次から席を譲る」
対戦車ミサイルが先頭戦車の履帯を切った。
車列が止まり、後続が畑へ展開する。公国砲兵は発電所と反対側の畑だけを射界に入れた。
戦車をすべて破壊する必要はない。
発電所へ続く一本の道路を通れなくすればよかった。
帝国軍が故障車を押し退けようとした瞬間、二発目が回収車の前へ着弾する。殺すためではなく、仕事を増やすための射撃だった。
*
上空では、シェレメートが帝国戦闘機二機を引きつけていた。
『二機、そっちへ抜けます』
ソーコルが告げる。
「分かってる〜。先生、どっちを先にする〜?」
「攻撃機だ。戦闘機はお前を落としたがっている。攻撃機は発電所周辺へ兵器を落とす」
「最後の授業みたいだね〜」
「勝手に卒業するな」
シェレメートは戦闘機との旋回を切り上げ、低空へ降りた。
帝国攻撃機は、公国軍の野戦防空陣地へ誘導弾を放っていた。一発がレーダー車を破壊し、もう一発が外部変電所の資材倉庫へ落ちる。
火災が起きた。
中央制御室から緊急通信が入る。
『二号機、送電変動。原子炉を停止します』
「停止を承認。非常用電源の状態は」
『正常。放射線値に変化なし』
指揮所の左画面で、二号機の出力表示がゆっくり落ち始める。コヴァリョフは航空画面へ視線を戻した。祈っても周波数は変わらない。
原発は無傷ではなかった。
安全系が働き、壊れる前に止まった。
*
シェレメートとソーコルが攻撃機隊を分断する。
一機が撃墜され、二機が兵装を投棄して離脱した。残る三機は地上目標へ入れず、帝国戦闘機とともに東へ退いた。
地上の機甲部隊も、先頭戦車と歩兵戦闘車三両を失って後退を始める。
公国軍は追わなかった。
発電所から離れれば、帝国側は自軍砲兵と予備航空隊の援護下へ戻る。
午前八時十八分。
射撃は止んだ。
公国側戦死九名、負傷二十七名。レーダー車一両喪失。外部変電所の資材倉庫焼失。
二号機は停止状態。再起動時期未定。放射性物質の放出なし。
「原発は無傷、とは書けません」
ソフィアが言う。
「書くな」
コヴァリョフは、停止した二号機の表示を見た。
「安全だった、とも書くな。安全装置が働いた。それだけだ」
「広報には受けが悪い表現です」
「物理法則は支持率を気にしない」
着陸したシェレメートが指揮所へ入ってくる。飛行服の肩には汗が濃く染み、笑顔だけがいつも通りだった。
「先生〜、合格?」
「追撃しなかった点だけはな」
「点が少ない〜」
「次があると思うな。毎回、最後の授業だと思って飛べ」
彼女の笑いが、少しだけ小さくなった。
「了解〜」
コヴァリョフは減点表を閉じた。そこへ書かなかった評価だけが、一つ残った。
発電所の煙突から、通常運転の蒸気は上がっていなかった。
守った結果として、一基を止めた朝だった。




