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王冠の亡命――八百日の建国戦争  作者: シルヴァン・レーデル


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第十六話 夜の降下



 ザポリナ空港を使える状態で奪う。


 その条件が、作戦を難しくしていた。


 滑走路を爆撃すれば、帝国軍は飛べなくなる。公国軍も降りられない。軍事作戦では、欲張った条件ほど現場の人数に換算される。


 午前零時四十分、西部司令部の作戦卓には、空港周辺の防空陣地だけが赤く表示されていた。


「Tu-160は使いません」


 ザハルチェンコが言った。


「無人標的機でレーダーを上げさせ、対レーダーミサイルで射撃管制を止める。滑走路と管制塔は攻撃禁止です」


「降下兵は」


「五百名。第一波三百六十、第二波百四十。風が強ければ中止します」


 ヴォロディミルは輸送機の搭乗表を見た。


「第二波へ入れろ」


 作戦室が静かになった。


「陛下に空挺資格はありません」


「自動開傘なら――」


「資格は開傘装置の種類で生えません」


 ソフィアが遮った。


「第一波が滑走路を確保した後、輸送機で着陸してください。国家元首を予定外の着地点から捜索する余裕はありません」


「全員で止めるのか」


「はい」


 ザハルチェンコは即答した。


「王冠は落下傘の代わりになりません」


 ソフィアが付け加える。


「重りにはなる」


「なお悪いです」


 ヴォロディミルは搭乗表を戻した。


「分かった。滑走路を先に取れ。俺は二番機で入る」


     *


 午前二時二分。


 無人標的機六機が空港北側へ入った。


 帝国軍の防空隊は二機を無視し、四機へ射撃管制レーダーを向けた。安価な標的機へ高価な迎撃弾を撃つか、背後にいる本命へ目を残すか。防空隊へ与えられた時間は二十秒だった。


『発振源、四』


 Su-24MPの右席でソフィアが位置を固定する。


『対レーダー隊、実行』


 西から飛来したミサイルが、二つのレーダー車と通信中継所を襲った。一両は送信を止めて退避し、残る一両が破壊される。


 防空網は消えていない。


 互いの目標を共有できなくなった。


 同じ空を見ている部隊が、別々の戦争を始める。その隙へ、四機のIl-76が入る。


『第一波、降下』


 三百六十の落下傘が夜空に開いた。


 風は許容値の上限に近い。空挺兵は空港南側へ流され、一部は倉庫街と灌漑水路へ落ちた。


 地上へ集結できたのは、最初の十分で二百八十九名。


「全員を待つな。誘導灯班は滑走路へ。第一中隊は管制塔、第二は駐機場」


 空挺隊長は、散開した兵を回収する班だけを残した。


 無線には、着地点を見失った兵士の呼び声が重なっている。隊長は一つずつ返さなかった。現在位置、負傷の有無、見える構造物。それだけを送らせ、地図上へ孤立した点を増やしていく。


     *


 帝国軍は管制塔を放棄し、空港消防署と燃料地区へ防御線を移していた。


 滑走路へ装甲車が二両入り、着陸を妨害する。


 公国側の携行対戦車弾が先頭車両を止めた。二両目は炎上車両を避け、誘導路へ退く。


 その間に、工兵が滑走路を走った。


 撤退する帝国軍は、中央交差部へ爆薬を仕掛けている。


「起爆線を切れ!」


 一人が制御箱へ飛び込み、銃弾を受けた。


 別の工兵がその体を引きずり、ケーブルを切断する。


 爆薬の一部が作動した。


 滑走路脇で土煙が上がったが、舗装面は残った。爆風で携帯灯火が転がり、一本ずつ向きの違う光を投げる。


『南北滑走路、暫定使用可能。障害車両一、東側へ寄せます』


『負傷者は』


『後送します。着陸を止めるほどではありません』


 その答えをした工兵の手袋には、他人の血が染みていた。


     *


 午前四時二十一分。


 ヴォロディミルを乗せたIl-76が着陸した。


 完全に制圧された飛行場ではない。北側格納庫では銃声が続き、滑走路灯は携帯灯火で代用している。


 輸送機は接地直前に横風へ煽られ、主脚が強く舗装を叩いた。貨物室の誰かが悪態をつき、誰かが十字を切る。機体は滑走路端の炎上車両を横目に減速した。


 大公は戦闘服の上から防弾装具を着け、タラップを降りた。


「陛下、前線は燃料地区の向こうです」


 空挺隊長が報告する。


「俺を案内する必要はない。指揮所を置く」


「先頭へ行かれるかと思いました」


「行けば、君が止めるだろう」


「はい」


 迷いのない返事だった。


「今夜は、部下に恵まれているな」


「国家に必要なのは、命令を聞く部下だけではありません」


 大公は携帯端末を開き、散開した降下兵の回収と第二波の着陸を優先した。


 空港消防署が確保されたのは夜明け後だった。


     *


 作戦終了時、五百名のうち集結四百三十一。戦死十九、負傷四十六。残る四名は行方不明だった。


 帝国軍は北東へ撤退し、市街への道路を保持している。


 空港を奪ったことと、ザポリナ市を解放したことは同じではない。


 滑走路には輸送機が一機ずつ降り、弾薬、医薬品、工兵資材を吐き出した。荷を降ろした機体には負傷者が乗せられ、同じ滑走路から西へ戻っていく。


「空から来た王、という見出しを広報が考えています」


 ソフィアが言った。


「降下していないぞ」


「だから却下しました」


「理由はそこか」


「事実と違うので」


「もう少し威厳のある理由はないのか」


「威厳は修正履歴に残りません」


 夜の降下で得たのは、伝説ではなかった。


 東へ兵站を運び込める、ひび割れた一本の滑走路だった。

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