第十五話 滑走路の灯
クレヴァル航空基地は、帝国軍の東岸補給を支える中継点だった。
滑走路二本。燃料地下庫。強化掩体二十四。西部から奪った航空機の整備施設。
破壊するより、奪う価値がある。
そのためには、爆撃で滑走路を耕すことができなかった。壊さずに奪えという命令は、たいてい壊すより多くの人間を必要とした。
午前一時五十分。
四機のIl-76が、西部前進基地を離陸する。搭乗するのは空挺兵三百二十名と、滑走路応急修復班、航空管制要員だった。
貨物室では赤い灯の下で、兵士たちが互いの主傘と予備傘を確認していた。
先行するのは、シェレメートとソーコルのMiG-29OVT二機。
『敵機、基地上空に四』
ソーコルが報告する。
「こっちを見てくれるなら、仕事は半分終わり〜」
シェレメートは高度を上げ、基地レーダーへ大きな反射を見せた。
帝国軍の迎撃機が二機、彼女へ向かう。
残る二機は輸送機の進路を探した。
『ソーコル、東の二機お願い〜』
『了解』
ソーコルは正面から長距離ミサイルを一発放った。撃墜するためではない。帝国機へ回避を強い、輸送機の到達時刻をずらさないためだった。
帝国機が左右へ割れる。その隙間を、四機の輸送機が低空で進んだ。
*
空挺部隊は基地そのものではなく、南西六キロの農地へ降下した。
滑走路上へ降りれば集結は早い。対空砲と車両に狙われる標的にもなる。
風は予報より強かった。
第一波の兵士が用水路と林へ流され、十七人が予定区域から外れる。一人は高圧線へ接触し、二人は着地時に骨折した。
暗い畑で兵士が傘布を切り離す。風に引きずられた一人を、二人が泥へ伏せて止めた。
隊長は点呼を途中で切った。
「揃うまで待たない。第一中隊は管制塔、第二は燃料庫。修復班は南滑走路へ」
帝国軍は降下を探知していたが、どこへ集まるかを掴めていない。
空挺部隊は農業用道路を三列で進み、基地南門の監視所を襲った。
銃撃は七分続いた。
南門が開く。
*
管制塔の守備隊は、窓を土嚢で塞いでいた。
正面階段へ二度突入し、空挺兵四人が倒れる。隊長は三度目を命じず、保守用ケーブル溝から地下階へ入った。
幅の狭い溝を一列で這い、工具室の床を爆薬で抜く。先頭の兵士が上がった場所は、帝国兵の背後だった。
午前三時四十二分。
管制室を確保。
航空管制員が端末へ公国側の暗号器材を接続する。滑走路灯が一度消え、三十秒後に識別信号で点滅を始める。
『滑走路灯を確認』
上空でソーコルが言った。
「きれいだね〜」
『戦闘中です』
「戦闘中でも、きれいなものはきれい〜」
二人の下で、帝国軍の残存部隊が北側掩体へ退いていく。
シェレメートは機首を向けたが、攻撃しなかった。掩体の間には、奪取対象の航空機と燃料車が残っている。
「地上隊〜、北側にまだいるよ〜。空から焼くと、欲しいものも焼ける〜」
『了解。こちらで処理する』
「中古品は丁寧にね〜」
『撃たれている側へ言う台詞ではありません』
*
基地全域の抵抗が終わったのは、降下から四時間後だった。
滑走路は南端に一箇所の損傷。応急修復に六時間。
格納庫で確認された帝国機十二機のうち、即時飛行可能は三機。四機は部品交換が必要。残る五機は撤退前に配線とエンジンを破壊されていた。
燃料地下庫は無傷ではない。配管へ爆薬が仕掛けられており、解除まで使用できない。
公国側戦死十一、負傷三十四、行方不明二。Il-76一機が破片で油圧系統を損傷したが帰投した。
修復班は戦闘が終わる前から滑走路へ出ていた。投光器を伏せ、砲撃を避けるたび作業を止め、また穴へ常温合材を流し込む。勝敗が決まるより先に、時刻表だけが動き始めていた。
「三十分で基地を取った、とは書けませんね」
ソフィアが報告書を見た。
「誰がそんな報告を欲しがるの〜?」
「勝った後の広報部です」
「じゃあ、四時間で取って、十八時間で使えるようにしたって書けばいい〜」
「珍しく正確です」
「私、いつも正確だよ〜」
「着陸時刻の申告以外は」
「あれは時計が遅いの〜」
「全基地の時計が、ですか」
夜が明けると、滑走路の片側だけに灯が戻った。
最初の輸送機が雲を抜け、暗い基地へ降下する。片翼だけの光の列が、その巨体を地上まで引いた。
完全な基地ではない。
だが、公国の輸送機が東へ進むための、次の一歩にはなった。




