第十四話 橋頭堡
カリナ半島西岸は、地図で見るより浅かった。
沖から二キロまで砂州が続き、その内側には塩湖と湿地がある。重装備を揚げられる場所は限られ、帝国軍も当然そこへ砲兵を向けていた。
午前三時二十分。
高速揚陸群は海岸から四十キロの位置で二つに分かれた。
本隊三隻は北の広い砂浜へ向かうように見せ、照明と電波を出す。実際の第一波二隻は南へ回り、閉鎖された保養施設前の狭い浜へ入る。
北へ向かう囮艇から、意図的に雑な無線交信が流れる。帝国軍に聞かせるための失敗は、よく訓練されていた。
「南浜は出口が一本しかありません」
幕僚が言う。
「その一本を取るための工兵です」
ペトレンコは上陸図から目を離さなかった。
「北浜なら戦車を一度に出せます」
「敵砲兵も一度に撃てます」
前回のセヴァル港で、彼女は確信のない発振源を報告し、空母の位置を変えた。
今回は、何も発振していない。
沈黙した海岸ほど、判断材料が少なかった。レーダー画面は、何もない時も待ち伏せの時も同じ黒だった。
「少佐、北の囮へ敵捜索波」
「続けさせてください。こちらは発光信号も禁止」
暗闇の中で、二隻の艇だけが波を押し潰して南へ走った。
*
午前四時七分。
先頭のズーブル級が砂浜へ乗り上げた。
艇首扉が開き、工兵車両と歩兵戦闘車が外へ出る。
最初の百メートルには抵抗がなかった。
百一メートルで、工兵車両の左履帯が地雷を踏んだ。
爆発が砂を持ち上げ、後続車両が停止する。千切れた履帯が回転しながら飛び、濡れた砂へ突き刺さった。
『地雷原。通路閉塞』
同時に、内陸の林から迫撃砲弾が降り始めた。
帝国軍は海岸ではなく、出口を照準していた。
「第二艇、右へ百五十。別通路を作れ」
『予定区域外です。地雷情報がありません』
「予定区域は塞がれました。情報がない方へ行きます」
艇長が一瞬だけ黙る。
『了解。右へ百五十』
第二艇が向きを変え、別の場所へ車両を降ろした。
歩兵は下車し、砂丘の陰を進む。工兵は手作業で地雷を探し、白い標識を立てた。後続車両は、その細い白線へ命を預けた。
空ではソーコルが迫撃砲陣地の発射炎を見つけた。
『座標送信。林縁、三箇所』
海上の駆逐艦が射撃する。
一斉射の後、二箇所は沈黙した。三箇所目は位置を変え、さらに数発を撃ってから退いた。
最後の一発が揚陸艇の後部へ落ち、艦内灯が消えた。
『機関正常。揚陸を続行する』
「続けてください」
ペトレンコは、それ以外の言葉を飲み込んだ。無線で勇気を褒めても、装甲は厚くならない。
*
夜明けまでに、海岸出口は開いた。
だが、工兵車両一両と歩兵戦闘車二両が砂浜に残った。損傷した一隻の揚陸艇は、スカートを裂かれて浮上できない。
「曳航しますか」
艇長が尋ねる。
曳航作業には一時間以上かかる。その間、艇と救援船は岸に固定される。
帝国側のロケット砲が、半島中央から移動しているという報告が入っていた。
「燃料と暗号器材を抜いてください」
ペトレンコは答えた。
「艇は爆破します」
「就役して三年です」
「知っています」
「乗員が愛称を付けています」
「それも知っています」
自分の声が平坦すぎることに気づいたが、言い直さなかった。
乗員は操舵室から艇名板を外し、砂丘の向こうへ退避した。
腹へ響く爆発のあと、三年分の整備記録が黒煙になった。
上陸艇一隻を守って橋頭堡全体を砲撃下へ置く理由はない。理由がないことと、惜しくないことは別だった。
*
午前九時。
公国軍は海岸から七キロの範囲を確保した。
幹線道路へは届いていない。シメロフまでは遠く、帝国軍の主力も残っている。
確保できたのは、二本の補給路、野戦防空陣地、負傷者を海へ戻す経路だけだった。
戦死二十四。負傷六十八。行方不明九。
帝国側の損害は不明。
爆破された揚陸艇の黒煙が、海岸から上がっていた。朝日を背にした煙柱は、遠くからなら勝利の狼煙に見えた。近くで見れば、ただの請求書だった。
『橋頭堡確保を確認』
コヴァル提督の声が入る。
『よくやった、ペトレンコ少佐』
「まだ、浜を取っただけです」
『上陸作戦は、最初に浜を取れなければ始まらない』
「はい」
ペトレンコは内陸へ続く一本の道路を見た。
道路の先で、帝国軍の砲声がまた一度鳴った。工兵たちは振り返らず、地雷標識を持って歩き始める。
八十キロ先の都市を奪還した地図は、まだ描けない。
その日の公国軍が持っていたのは、地図の端に食い込んだ七キロの楔だけだった。




