第十二話 五本の橋
ドレナ川を渡る道は、五本残っていた。
鉄道橋一本。道路橋二本。帝国軍が架けた浮橋二本。
そのすべてを失えば、東岸の占領軍は補給を車両から舟艇へ積み替えなければならない。渡河そのものは止まらない。燃料、弾薬、負傷者を同じ速度では運べなくなる。
「完全切断、という言葉は使わない」
午前四時、西部司令部でザハルチェンコが言った。
「帝国には工兵も舟艇もあります。こちらが買えるのは、三十時間から二日です」
「十分だ」
ヴォロディミルは五本の渡河点を見た。
「西岸の部隊を前へ出す。その時間を買う」
攻撃は三系統に分けた。
鉄道橋はSu-34二機が誘導爆弾で橋脚を狙う。北道路橋は現地抵抗組織が保守用通路へ爆薬を設置する。南道路橋と浮橋は航空隊が車列を止めた後、砲兵が渡橋部を叩く。
問題は、橋を軍隊だけが使っているわけではないことだった。
東から逃げる住民と、西へ連行される労働者。帝国軍の燃料車。そのすべてが同じ道路にいる。
「攻撃時刻は固定できません」
ソフィアが言う。
「交通監視班の合図を待ちます。待ちすぎれば夜明けです」
「何分までだ」
「十二分。それ以上は攻撃隊が敵防空に捕まります」
*
午前五時二十七分。
《ウラル》はドレナ川西岸上空で旋回していた。
ヴォロディミルは攻撃機の照準映像と、地上監視班から届く低解像度の動画を同時に見る。
鉄道橋へ、軍用貨物列車が近づいていた。
先頭に機関車二両。燃料タンク車。弾薬車。最後尾には兵員車両。
その直前を、作業員を乗せた通勤列車が走っている。
『軍用列車、橋まで四分』
「通勤列車が西岸へ抜けるまで待つ」
『敵防空、捜索開始』
ソフィアの警告が入る。
『残り九分』
通勤列車の最後尾が橋を離れた。
「第一隊、実行」
二機のSu-34が降下する。
一発目は橋脚の基部へ命中した。二発目は誘導を外れ、河岸の保守棟を吹き飛ばす。
橋は折れなかった。
軍用列車が非常制動をかける。先頭機関車が橋の手前で止まり、後方の車両が圧縮される。
『橋脚損傷。落橋せず』
「三番機、もう一度」
『地対空ミサイル、発射』
シェレメートが割り込んだ。
『大公様〜、二射目を待つ余裕はないよ〜』
攻撃機の後方で迎撃弾が炸裂する。破片を受けた一機が燃料を漏らした。
ヴォロディミルは照準映像を見た。
橋は残っている。だが、橋脚は傾き、軍用列車が入口を塞いでいた。
「再攻撃中止。列車ごと障害物にする」
*
北道路橋では、抵抗組織の爆薬が予定どおり起爆した。
中央径間の片側が落ち、もう片側は斜めに残る。爆破班六人のうち、西岸へ戻ったのは四人だった。
南道路橋では、帝国軍が避難車列を先に渡した。
監視班は十二分を使い切った。
『時間です』
ソフィアが告げる。
橋上には軍用車両と民間車両が混在したままだった。
「南橋は見送る。浮橋へ切り替えろ」
砲兵の斉射が、河川敷の浮橋二本を捉えた。一つは中央で切れ、もう一つは岸へ繋ぐ部分だけを失う。
五本のうち、完全に落ちた橋は一本。
大破一。閉塞一。浮橋二本は損傷。
南道路橋だけが残った。
*
帝国軍は、その日の午後には南道路橋へ車列を集中させた。
渋滞は二十キロに伸び、燃料車と救急車が同じ列へ閉じ込められる。工兵は夜までに浮橋一本を仮復旧した。
補給は止まらなかった。
速度が落ち、順番が崩れただけだった。
「三十六時間」
ザハルチェンコが推定する。
「西岸の機甲部隊を動かせる時間です」
ヴォロディミルは、戻らなかった爆破班二名の欄を見た。
「五本落とす計画だった」
「計画は、敵も民間車両も動かない紙の上で作ります」
「四本半で三十六時間か」
「正確には、一本は残っています」
「分かっている」
背骨は折れなかった。
ただ、帝国軍は次の一歩を踏み出すたびに、詰まった橋の前で順番を待つことになった。




