第十一話 原子炉の外側
ザポリナ原子力発電所を、空から攻撃することはできない。
だから、地上から入る。
午前零時十二分。発電所の北西三キロにある資材集積場で、第88特務支援群の隊長は暗視装置を下ろした。
帝国軍は原子炉建屋そのものへ司令部を置いてはいない。管理棟、外部変電所、工事用倉庫へ通信車と短距離防空部隊を分散させ、拘束した発電所職員を同じ区域へ集めていた。
攻撃されれば、発電所を危険にさらしたと宣伝できる。
攻撃されなければ、安全地帯から半島と東岸の部隊を指揮できる。
よくできた配置だった。
『隊長、確認します』
通信回線の向こうでソフィアが言った。
『原子炉安全系、非常用電源、使用済み燃料設備、中央制御室には接触しない。爆薬を使えるのは北管理棟の軍用中継器と、外部変電所から帝国軍宿営地へ伸びる専用配電盤だけです』
「三回目だ」
『三回言っても、爆発物は賢くなりません』
「了解している」
発電所の運転を止める作戦ではない。
帝国軍だけが使う通信と電力を切り、拘束者を外へ出す。それで十分だった。
*
発電所の主任当直員は、工具庫の扉を内側から開けた。
「遅かったですね」
「予定より警備が二人多い」
「こちらは予定より拘束者が七人増えました」
責める口調ではない。数字を交換しただけだった。
隊長は構内図を広げる。
「三十一人を搬出する。歩けない者は」
「二人。中央制御室の運転員は残ります」
「救出しないのか」
「全員が消えれば、帝国兵が原子炉を動かすことになる。さらに危険です」
現場の技術者は、逃げる順番まで自分たちで決めていた。
支援群は二班に分かれた。
一班は北管理棟へ向かい、屋上の軍用中継アンテナと暗号装置を破壊する。もう一班は拘束区画の扉を開け、職員を工事用車両へ乗せる。
外部変電所では、主任当直員が操作票を読み上げた。
「第三母線を切り離します。発電所の所内電源は第二母線と非常用系統で維持。帝国軍宿営地へ伸びる配電盤だけが無電圧になります」
『系統図と一致』
ソフィアが遠隔で確認する。
「遮断」
巨大な開閉器が動いた。
構内北側の照明が消え、帝国軍の通信車が沈黙する。
同時に、管理棟屋上で小さな爆発が二度起きた。
*
警報は、予定より早く鳴った。
暗闇の中で帝国兵が発砲し、支援群の一人が肩を撃たれた。別の隊員が二発を返す。帝国兵は配電盤の前へ倒れた。
「拘束者、二十七まで乗車!」
「残り四!」
隊長は時計を見る。
短距離防空車両が補助動力を始動するまで、長くても三分。構内道路を封鎖されれば、工事用トラックでは抜けられない。
「二分で出す。残った者は第二経路だ」
「全員を待たないんですか」
「全員を待てば、全員残る」
最後の二人が担架を運び込む。
点呼は二十九。
二人足りない。
主任当直員が首を振った。
「中央制御室へ戻った。あの二人は、自分で選びました」
隊長は発進を命じた。
トラックが工事門を破り、暗い農道へ出る。後方で短距離防空車両のレーダーが回り始めたが、指揮回線は戻っていない。
追撃車両は、第88特務支援群が道路へ置いた遠隔地雷で先頭を止められた。爆発は一度だけだった。
*
夜明け前、作戦報告が西部司令部へ届いた。
拘束者二十九人を搬出。
第88特務支援群、負傷一名。
帝国兵、死亡一名。負傷者数不明。
軍用中継器と宿営地配電盤は破壊。原子炉設備、所内電源、放射線監視値に異常なし。
ただし帝国軍は発電所から撤退していない。中央制御室には公国側へ協力した運転員二名が残った。
「盾を外したわけではないな」
ヴォロディミルが言った。
「はい」
ソフィアは報告書を閉じる。
「盾の裏に置いた目と耳を、一晩だけ潰しました」
「一晩で足りるか」
「足りる仕事を、次にしてください」
原子炉は動き続けていた。
その外側で、帝国軍の指揮網だけが暗闇に沈んでいた。




