↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王冠の亡命――八百日の建国戦争  作者: シルヴァン・レーデル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/251

第九十四話 銃を捨てる値段



 帝国第十七機械化旅団は、十一週間、給与を受け取っていなかった。


 兵員三千八百六十四。


 主力戦車四十二両。


 歩兵戦闘車八十一両。


 自走榴弾砲十八門。


 燃料は五日分。


 食料は三日分。


 砲弾は、都市一つを壊すのに十分あった。


 旅団長の要求は簡単だった。


 兵士の給与と家族の生活費を保証するなら、重装備を集積地へ移す。


 保証しないなら、兵士が装備を持って故郷へ帰るのを止められない。


「脅迫だな」


 ボンダレンコが言った。


「現状報告だ、と旅団長は」


 ペトレンコが答える。


「銃口を見せながらする現状報告を、脅迫と呼ぶ」


「払いますか」


「払う」


 即答だった。


 会計官が顔を上げる。


「敵軍へ?」


「敵政府へは払わない。兵士本人と扶養家族へ払う。武器登録と引き換えだ」


「公国予算に根拠がありません」


「共同緊急勘定を使う」


「対象は救命、証拠保全、追跡です」


「戦車四十二両が給料代わりに市場へ出れば、全部に該当する」


 会計官は反論しようとした。


 ボンダレンコが支出額を先に表示する。


「旅団全員の未払給与、二か月分。戦車一両を市街戦で止める費用より安い」


「比較が極端です」


「戦争は、穏当な比較を先に殺す」


 共同緊急勘定の規定には、敵軍兵士の給与という項目がない。会計端末は《救命》《証拠保全》《兵器流出防止》の三つへ同じ支出を分け、どの欄にもエラーを出さなかった。


 制度が承認したのではない。拒否する条件を、まだ教えられていなかった。


     *


 支払い条件は、兵士一人につき七項目だった。


 本人確認。


 所属確認。


 武器番号。


 弾薬返納数。


 扶養家族。


 送金先。


 戦争犯罪捜査上の保留の有無。


 旅団参謀は、最後の項目で怒った。


『無罪推定に反する』


「支払い停止ではない」


 ボンダレンコが答える。


「保留口座へ入れる。捜査終了後に本人か遺族へ払う」


『公国が我々を裁くのか』


「公国一国では裁かない。だが、金だけ受け取って名前を隠す自由も売っていない」


『兵士は従っただけだ』


「なら、誰の命令へ従ったか書け」


 映像の向こうで、旅団参謀は黙った。


 銃を捨てるには、手を開くだけでよい。


 軍隊を解くには、名前、家族、罪、明日の食事まで記録しなければならない。


     *


 武装集積地は、旧農業機械工場に設定された。


 長いコンクリート敷地。


 入口は二か所。


 戦車の砲塔を封印し、機関銃を外し、燃料を抜く場所がある。


 公国軍は中へ入らない。


 それを決めたのは、ホロボロドコ陸軍元帥だった。


 黒い野戦服のまま工場図を見て、入口二か所と外周道路へ短い線を引いた。義眼の表示光が紙面へ淡く反射する。


「...中へ入れば、包囲に見える」


「裏切った場合は」


 参謀が聞いた。


「尾根の向こうに戦車を置く」


「見せないのですか」


「...見せれば、向こうも砲塔を回す」


 彼は集積地中央の燃料抜取所を指した。


「封印は、帝国兵自身に付けさせろ。銃を捨てた記録を、こちらの手柄にするな」


 それだけ言い、予備装甲部隊の位置へ戻った。


 ラトヴァ軍警察が外周。


 帝国第十七旅団自身が車両を並べる。


 公国の役割は、登録端末と送金回線を提供することだった。


 その役割が本当に端末の中だけで完結しているか確認するため、ソフィアは管理棟の仮設機械室へ入っていた。


 護衛は第八十八特務支援群、JED-88先遣班三名。


 先頭員が通路。


 二番員が窓と階段。


 三番員がソフィアの背後。


 ボンダレンコも同じ部屋にいた。


「送金処理は遠隔で確認できます」


 ソフィアが言った。


「壊れた端末が遠隔で直るなら帰る」


「予備機は三台です」


「壊す奴は四人で来るかもしれん」


「根拠は」


「貧乏な国では、予備より敵の方が多い」


 根拠としては不十分だった。


 経験則としては、正しかった。


 その上空には、第八十八特務支援群航空分遣隊のAC-130U《スプーキー01》が待機していた。


 役割は、外周監視と記録。


 左旋回の中心には工場ではなく、西側の刈り終えた農地を置く。二十五ミリ、四十ミリ、百五ミリの照準線が武装解除列へ重ならないよう、旋回半径そのものを交戦規定へした。


 AN/APQ-180は地上車両の動きを拾い、電子光学・赤外線センサーは屋根と林縁を見た。火器使用欄は灰色。地上指揮官と機上指揮官、二つの承認が揃うまで変わらない。


 それでも現場の兵士は、端末の向こうにキミロフを見た。


「名前」


 登録官が聞く。


「アンドレイ・セルコフ」


「階級」


「上等兵」


「個人火器番号」


 若い兵士はAK-74Mの機関部を読み上げた。


「扶養家族」


「母、妹」


「送金先」


「口座がない」


「現地受取所を指定できます」


「誰の金だ」


「共同緊急勘定です」


「公国の?」


「十一か国の」


 兵士は少し考えた。


「昨日まで撃ってきた国も?」


「含まれます」


「変な戦争だ」


「普通の戦争を知りません」


 登録官は答えた。


 送金票が印刷される。


 上等兵は銃を台へ置き、紙を両手で受け取った。


 銃より軽い紙を持つ方が、彼には難しそうだった。


     *


 午後三時四十一分、東門で爆発が起きた。


 送金端末を積んだシェルパ・ライト装甲車の前、二十メートル。


 道路脇へ埋められた指向性地雷。


 破片が前輪と装甲板を叩く。


 鉄球と切断片がシェルパの左前輪を裂き、ホイールハウスの内側で跳ねた。床板が踵を突き上げ、端末の熱転写紙が白い帯になって車内へ舞う。爆薬の甘い臭気とタイヤの焦げたゴムが、開いた銃眼から押し込んだ。


 車体が左へ傾き、列を作っていた兵士が地面へ伏せた。


 続いて、工場屋根から銃撃。


 登録台の透明板が白く砕ける。


 ラトヴァ軍警察が応射しようとする。


『撃つな! 未登録兵が射線にいる!』


 ペトレンコの声が共同回線へ入った。


 敵は、武装解除前の兵士と登録官を同じ場所へ集めて撃った。


 帝国兵が反撃すれば、停戦違反。


 軍警察が撃てば、降伏兵への発砲映像になる。


 撃たなくても、送金所は潰れる。


 よく設計された卑怯さだった。


     *


 卑怯さは、屋外だけで完結していなかった。


 管理棟西側の保守扉が、内側へ弾けた。


 成形爆薬ではない。


 事前に錠受けを削り、外から車体修理用ラムを当てている。扉は蝶番ごと床へ倒れ、塗料片と金属粉を機械室へ撒いた。


「接触、四!」


 JED-88の先頭員が叫んだ。


 三名はソフィアを囲むのではなく、侵入口へ三つの射線を作った。


 先頭員が正面。


 二番員が扉右の死角。


 三番員が背後とソフィア。


 侵入者の一人が短銃身小銃を上げる。


 JEDの二発が胸部装具へ入り、三発目が喉元を抜いた。


 男は撃ち返す前に倒れた。


 二人目は機械棚の陰へ滑り込み、拳銃だけを出して撃つ。


 弾丸が端末ラックの縁を削り、基板の破片と火花が床へ散った。


 JEDの二番員が低い姿勢で距離を詰め、銃を持つ手首を棚へ押しつける。三番員が肩を取り、男を床へ伏せた。


 三人目は煙幕筒を転がし、反対側の登録媒体保管室へ走った。


 先頭員が追う。


 ソフィアの視界には、破損した送金端末の状態表示が残っていた。


 主記録、正常。


 予備記録、正常。


 証拠媒体消去回路、外部から起動。


 残り、十一秒。


 武装を置いた兵士の氏名。


 扶養家族。


 支払保証。


 それが消えれば、丸腰になった三千八百六十四人は、もう一度、銃を取る理由を得る。


「元帥、後ろへ!」


 JEDの制止が聞こえた。


 通常なら従った。


 危険度を計算し、護衛へ任せ、自分にしかできない操作だけを選んだ。


 だが、割れた窓の向こうで、武器を置いたセルコフ上等兵が負傷者を引きずっていた。


 自分たちの制度を信じた人間が、そのために撃たれている。


 怒りを計算へ変換する処理が、その瞬間だけ間に合わなかった。


 ソフィアは護衛より先へ出た。


 保管室へ入り、壁際の非常遮断器を引く。


 消去回路が残り三秒で停止した。


「媒体保全」


 報告した直後、棚の裏から四人目が現れた。


 距離、一・六メートル。


 ソフィアは携行拳銃を上げる。


 近すぎた。


 男の踵が外側から右手首を打った。


 拳銃が指を離れ、床を二度跳ね、配管の下へ滑り込む。


 人工心臓は拍動を変えなかった。


 生身の肺だけが、一度に空気を吸った。


 男が刃渡り十八センチほどのナイフを抜く。


 ソフィアは腰の工具用ナイフを開いた。


 長さも、重さも負けている。


 最初の突きを手首で外す。


 刃先が黒い上着を裂き、左前腕の皮膚を浅く開いた。


 痛覚信号。


 出血、軽度。


 相手の二撃目は下から来た。


 ソフィアは一歩退き、工具用ナイフの背で受ける。金属が噛み、指へ衝撃が返った。


 機械の臓器は、格闘経験の代わりにならない。


 反応できても、間合いの主導権までは奪えない。


 男はそれを見抜き、肩から押し込んだ。


 ソフィアの背中が端末ラックへ当たる。


 ラックが揺れ、排気ファンの回転が一段高くなった。


「ソフィア、伏せろ!」


 ボンダレンコの声だった。


 彼は壁際の粉末消火器を支持金具から外していた。


 六キロ級の鋼瓶が、横向きに飛んだ。


 男は頭を庇い、反射的にナイフを持つ腕を上げる。


 消火器が前腕と胸へ当たり、刃先がソフィアから外れた。


「がははは! 昔のラグビーを思い出すな!」


 ボンダレンコが走った。


 背広の肩を男の腹へ入れる。


 腰を抱え、脚を止めず、そのまま薄い間仕切り壁へ運んだ。


 石膏板が割れる。


 二人の身体が隣室へ半分抜け、軽量鉄骨が鈍い音を立てた。


 床へ落ちる直前、ボンダレンコは身体を半回転させた。


 ナイフを持つ右腕だけを下へ敷く。


 男の手首を膝で押さえ、親指の付け根へ体重を掛ける。


 指が開いた。


 ナイフが床へ落ちる。


 ボンダレンコは刃を靴底で蹴り、壁際へ滑らせた。


 男が左手を腰へ回す。


 その手が予備拳銃へ届く前に、ボンダレンコの肘が肩関節を床へ固定した。


「財務卿」


 煙幕の向こうで三人目を拘束して戻ったJEDの先頭員が言った。


「最後の動きは、ラグビーではありません」


「昔は競技が荒かったんだ」


「どちらの国で?」


「予算を出したら教えてやる」


 JED隊員は男を引き取り、両手を結束した。


 ソフィアは工具用ナイフを畳んだ。


「財務卿は、ご自分へ負債を残さない術を熟知されているのですね」


「こんな国だからな。落ちている物は、資産か武器だ」


 ボンダレンコは床の拳銃へ、先に靴底を置いた。


 銃口を壁へ向けてから屈み、グリップを握る。弾倉を抜き、スライドを引いて薬室の一発を排出した。銃口を誰にも向けないまま、JED隊員へ渡した。


「飛び道具を失って、刃物へ付き合うのは分が悪い。機械の身体を相手に間合いへ入ったこいつも、見積もりが甘いがな」


「私の判断も甘かったと?」


「お前は計算を忘れた」


 ソフィアは一秒だけ黙った。


「……はい」


「なら覚えておけ。計算しなかった分まで、生き残った奴が払う」


 ボンダレンコは割れた間仕切りから立ち上がった。右肩を一度回し、痛みがないふりをする。


「いい身のこなしだったぞ。だが次は、刃物へ付き合う前に、そこの三人を使え。三人分も買ったんだ。減価償却くらいさせろ」


「我々は備品ですか」


 JEDの二番員が聞いた。


「備品は勝手に口を利かん。人件費だ」


 管理棟侵入班四名。


 二名拘束。


 一名死亡。


 残る一名は、ボンダレンコの膝の下からJED-88へ引き渡された。


 消去回路は止まった。


 ソフィアの左袖からだけ、細い血が落ちていた。


     *


 ルツェンコ少将の短SAM班は、対空レーダーを地上監視へ切り替えた。


 彼女が大佐の階級章を外したのは、残存する防空部隊を一つに束ねた夜だった。戦時昇任で少将になっても、手元の発射機は一両も増えなかった。


 屋根上の射手は三。


 工場裏へ逃げる車両一。


 《スプーキー01》のTV-OPが三つの熱像へ番号を振った。


『屋根一、二、三。西側配送バン、機関始動。民間熱源は東門へ集中』


 FCOは射撃解を作ったが、発砲同意欄を空白のまま送った。


 解があることと、撃つ理由があることは違う。


「対空屋が泥棒を追う日が来たか」


 ルツェンコは煙草を捨て、短く踏み消した。


「二番車、北壁へ。機関砲は撃つな。サーマルで位置だけ送れ」


 オプロート戦車が砲塔を回す。


 撃たない主砲が、屋根を睨む。


 射手の一人が身を伏せた。


 その間に、第十七旅団のセルコフ上等兵が登録台の下から這い出た。


 銃はもう台へ置いている。


 丸腰だった。


 彼は負傷した登録官の襟を掴み、装甲車の陰へ引きずる。


「動くな!」


 軍警察が叫ぶ。


「この人が死ぬ!」


「手を見せろ!」


「二本しかない!」


 セルコフは両手を上げた。


 登録官は彼の足元で血を流している。


 屋根から二発。


 オプロートの遠隔機銃が、射手の前方へ短く土煙を上げた。


 命中させず、頭を下げさせる。


 ルツェンコが吐き捨てる。


「今度撃ったら、屋根ごと請求書にするぞ」


 射手は西側の足場へ逃げた。


 残る二名も屋根上の排気塔を盾に後退した。


 足場の下には、伏せた帝国兵と工場職員がいる。


 ルツェンコは追撃を許可しなかった。


 三名の熱像は西側倉庫群へ消えた。


 工場裏の配送バンが鉄門を押し開け、刈田沿いの整備路へ出た。後部扉からPKMの銃身が伸び、ヘーチマン社の回収車へ曳光弾を送る。弾列が回収車の前部装甲を叩き、外付け工具を道路へ撒いた。


『地上から機関銃射撃。背景、刈田。民間熱源なし』


 FCOが報告する。


『二十五ミリ、抑圧射撃を要請』


「許可。車体を撃つな。後方百メートルから六十まで。左へ二十振って逃走線を切れ」


 ルツェンコが答えた。


 機上のスペード・ゼロが二つ目の鍵を入れる。


『GAU-12/U、短点射。射線よし』


 AC-130Uの左舷で、五砲身が回転を始めた。


 最初に聞こえたのは砲声ではない。上空から連続して降りてくる低い唸りだった。次の瞬間、配送バンの後方百メートルから畑土が一直線に爆ぜ、二十五ミリ弾の着弾列が左へずれながら六十メートルまで迫った。凍土と石片は車体へ届かない。遅れて、布を引き裂くような発射音が工場へ届く。


 PKMの射手は銃を引っ込めた。


 運転手が反射的にハンドルを切り、配送バンの右輪が路肩へ落ちる。速度が削がれた。


『射撃停止。十二発』


 《スプーキー01》の最初の実戦射撃は、車両も人間も破壊しなかった。


 十二発で、相手が撃ち続けられる三秒を奪った。


 ヘーチマン社の回収車が工場裏から入り、逃走車両へ横付けする。


 重量二十六トンの装甲回収車が、軽い配送バンを壁へ押しつけた。


 バンの側面が凹み、後輪が空転する。


 後部のPKM射手が白布を振り、運転手が両手を窓から出した。


 ヘーチマン社の二名が扉を開け、二人を路上へ伏せる。


 PKMから弾帯を抜き、運転席の拳銃も回収した。


 マゼパの声が無線へ入る。


『車体損傷、請求先は灰環戦線でよろしいか』


「住所が分かればな」


 ボンダレンコが答えた。


『では共同勘定へ』


「却下だ」


『交渉中に撃たないでください』


     *


 襲撃者は五名拘束、一名死亡、三名逃走。


 登録官一名と帝国兵三名が負傷。ソフィアは左前腕裂傷と右手首打撲。


 武装解除側と警備側に死者は出なかった。


 拘束された五人は、灰環戦線の名を使わなかった。


 一人は元帝国軍曹。


 もう一人は、武装解除対象の第十七旅団へ三日前まで燃料を売っていた業者だった。


 管理棟で拘束された三人は、身分証も軍歴も持たず、指紋照会にも一致しなかった。


「目的は送金所の破壊ですか」


 尋問官が聞く。


「知らない」


「屋根へ上がった理由」


「仕事だ」


「依頼人は」


「自動送金」


「残金の条件は」


「登録停止が報道されたら」


 依頼人は、兵士を殺す必要すらなかった。


 武装解除が失敗したという映像があればよい。


 帝国兵は公国を信用できない。


 参加国は基金を止める。


 武器市場へ、戦車と砲弾が戻る。


 灰環は戦争を始める組織ではない。


 終わりかけた戦争を、もう一度売れる状態へ戻す市場だった。


 ボンダレンコは尋問記録を閉じた。


「残金はどこから払われる」


「使い捨て口座です」


 イリーナが答える。


「入金条件は、三社のニュース配信へ《武装解除停止》の文言が出ること」


「では、出してやれ」


「虚偽報道を?」


「違う。《襲撃により十二分停止後、再開》と正確に出す。自動判定が前半だけ読むか試す」


 記事が配信された。


 七秒後、使い捨て口座へ残金が入る。


 送金元は三つの口座を経由。


 最後の一つが、旧造船所の警備会社だった。


「住所が分かったな」


 ボンダレンコが言う。


「請求書を送りますか」


 イリーナが聞く。


「その前に、捜索令状だ」


 財務官が法律を先に口にしたので、室内の何人かが彼を見た。


「何だ」


「学習されましたね」


「違う。払わせる相手を生かして捕まえるだけだ」


 送金端末は一台破損。


 予備端末が十三分後に稼働した。


「続けるのか」


 ラトヴァ軍警察長が聞いた。


「止めれば、襲撃者へ成功報酬を払うことになる」


 ボンダレンコは割れた透明板の横へ座った。


「次」


 列の先頭にいたセルコフ上等兵が戻ってくる。


 登録官は別の者に替わっていた。


「個人火器は」


「さっき置いた」


「確認しました。扶養家族は母、妹。現地受取所」


「はい」


「負傷者救助への協力を備考へ入れます」


「金が増える?」


「増えません」


「正直だな」


「国家の帳簿は、英雄欄だけ増やしても食事になりません」


 送金票がもう一度印刷された。


 夕方までに、千九百八十一人が武器を返納した。


 翌朝までに、主力戦車四十二両すべての砲尾へ封印が付いた。


 一発も撃たず、旅団一個が戦列から消えた。


 その費用は、巡航ミサイル一発より安かった。


 各国財務官は、成功を喜んだ。


 そして、自国にも同じ仕組みを作ってほしいとキミロフへ要請した。


 ボンダレンコは、要請書を数えた。


 十一通。


 自動失効まで、残り五十二時間。


「銃を捨てる値段が分かった」


 彼は言った。


「次は、財布を置かせる値段か」


 制度は、撃たずに勝つたび大きくなった。


 夜、ヴォロディミルは武装解除の映像を見た。


 戦車が一両ずつ工場門を通る。


 砲身の封印。


 燃料抜き取り。


 兵士の署名。


 最後にセルコフ上等兵が、給与票を上着の内側へ入れる。


「買った忠誠ですか」


 そばにいたシェフチェンコが聞いた。


「忠誠は買っていない」


 ヴォロディミルは答えた。


「撃たない一日を買った」


「明日も要ります」


「だから制度になる」


 口にしてから、その言葉の重さに気づいた。


 一日の例外。


 七十二時間の口座。


 三十日の議定書。


 人を守るたび、期限は長くなる。


 延ばす判断をしているのは、いつも同じ顔ぶれだった。


「止める人間も要るな」


 ヴォロディミルが言う。


「誰にします」


 彼はすぐに答えられなかった。


 自分たちより遅い人間へ任せれば、救えない。


 自分たちより速い人間へ任せれば、怖い。


 その迷いが、すでに王の発想であることを、彼はまだ認めなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。