第五話 先に入った者 二
二 戦わない
山へ近づくにつれ、道は細くなった。
それでも荷車は進めた。
昼前。
峠へ入るところで、列が止まった。
木の柵が道を塞いでいる。
その向こうに帝国兵がいた。
「何人だ」
「七十くらい」
バンが答えた。
「勝てる?」
「勝てる」
「死ぬ?」
「何人かは」
リュウは柵を見る。
兵たちの鎧は汚れ、何人も包帯を巻いていた。
紐も散っている。
帝国の旗。
故郷。
家族。
一つの場所へは集まっていなかった。
「ほかの道は」
「ない」
シエンが答えた。
「話してみれば」
リュウが前へ出た。
バンもついてきた。
*
柵の向こうから声が飛んだ。
「止まれ!」
止まった。
「何者だ!」
「リュウの軍だ」
少しして、一人の男が前へ出てきた。
「ここは通さん」
「通してくれないか」
「通すわけがない」
「こっちは三百以上いる」
「見れば分かる」
男の後ろには、疲れた兵が並んでいた。
大街道から退いてきた者たちらしい。
シエンが前へ出た。
「都へ戻るんでしょう」
男は答えなかった。
「道を開けて。食料を三日分と、薬を渡す」
「武器は」
「持っていけばいい」
リュウが言った。
男はしばらくこちらを見ていた。
やがて後ろへ手を上げた。
柵が開いた。
*
一行は峠を越えた。
食料と薬、それに負傷者を乗せるための荷車を一台置いていった。
朝と同じ人数が、山を下りていく。
リュウは後ろを見た。
「減らなかった」
シエンも振り返る。
「そうね」
それだけで、十分だった。
*
古い街道は、思ったより使えた。
峠を越えた翌日は二つの村を通り、その次の日には三つ通った。
食料は買った。
井戸を借りた。
壊れた車輪は村の職人に直してもらった。
帝国兵が来たと思って戸を閉めていた村でも、銭を払うと分かれば、やがて人が出てきた。
「何も取らないのか」
食料を運んできた老人に聞かれた。
「買っただろ」
「兵は取るものだ」
「じゃあ、うちは違うんじゃないか」
老人はしばらくリュウを見ていた。
村を出るとき、その老人から細い紐が一本伸びていた。
*
三日目の昼。
道の先が開けた。
平地の向こうに、長い城壁が見えた。
左右へ延びる壁の中には無数の屋根が重なり、そのさらに奥に、高い楼閣が立っている。
「都よ」
シエンが言った。
リュウは城壁を見た。
「もう着いたのか」
「ええ」
斥候が戻ってきた。
西門を守る兵は少ない。
帝国の主力はまだ東にいる。
コウガの軍と戦っているという。
報告が終わっても、シエンはすぐには口を開かなかった。
ハクヨウも地図を見たままだった。
「どうした」
リュウが聞いた。
シエンが都を見る。
「ここへ入れば、コウガより先になる」
「ああ」
「帝国の都に」
「ああ」
シエンはリュウを見る。
「それでも入る?」
リュウも城壁を見た。
ここまで来た。
門の兵も少ないらしい。
「入れるなら」
シエンは黙った。
ハクヨウが口を開く。
「コウガ殿には、いずれ説明が必要になるでしょう」
「入ってから考えよう」
「……分かりました」
ハクヨウは地図を畳んだ。
シエンも、もう一度都を見る。
「なら、門が開くか確かめましょう」
その声から、さっきまでの軽さが消えていた。
リュウは気づかなかった。
*
軍を進めようとしたところで、後方が騒がしくなった。
別の荷車の列が近づいてくる。
食料。
布。
薬。
先頭の荷車を見て、ハクヨウが言った。
「着きましたね」
リュウも見た。
御者の横にレイカが座っている。
逃げるには、もう遅かった。
*
荷車が止まった。
レイカが降りる。
リュウの前まで来た。
「久しぶり」
リュウが言った。
「あなた、私に何か言うことない?」
違ったらしい。
リュウは考えた。
「……元気だった?」
「私じゃない」
もう一度考える。
レイカは待った。
「兵が増えた」
「知ってる」
声は大きくなかった。
「百人を超えたのはハクヨウさんから聞いた。二百人を超えたのは、戻ってきた兵から聞いた」
レイカはリュウを見る。
「三百人になったのは、送る食料を増やしてくれって言われて知った」
「ああ」
そこでレイカは、リュウの後ろを見た。
並んでいる者たちを端から端まで見る。
「……三百人よりいるわね」
「ああ」
「何人?」
リュウも振り返った。
「今は、三百四十くらい?」
「くらい?」
「シエンの仲間が四十人くらい合流した」
「それはいつ知る予定だったの、私は」
リュウは黙った。
「馬が増えたのも、荷車が増えたのも、負傷者が帰ってくるのも、全部ほかの人から聞いた」
「うん」
「あなたから来たのは?」
「元気だって」
「それは来た」
レイカは深く息を吐いた。
それから突然、リュウの頬を両手で挟んだ。
「怪我は?」
「ない」
顔を右へ向けられる。
左へ向けられる。
「熱は?」
「ない」
「食べてる?」
「食べてる」
「寝てる?」
「だいたい」
手が離れた。
「ならいいわ」
リュウは少し安心した。
「報告しなかった話は、あとで」
安心するのが早かった。
*
レイカはそれ以上、そこで問い詰めなかった。
すぐにハクヨウと荷の確認を始めた。
食料。
薬。
布。
銭。
荷車を空で帰さないよう、戻す負傷者や手紙まで整理している。
荷を半分ほど下ろしたころ、レイカがシエンに気づいた。
「そちらは?」
「シエン。途中で会った」
リュウが紹介した。
シエンが軽く頭を下げる。
「この道を教えてもらった」
「そう。ありがとう」
「どういたしまして」
それだけだった。
二人とも、すぐ自分の見ていたものへ戻った。
*
荷を組み直したあと、レイカも都を見た。
「ここへ入るの?」
「ああ」
シエンが簡単に事情を説明した。
帝国の主力は東にいる。
西門の守りは薄い。
まず降伏を求める。
レイカは黙って聞いた。
「中には、どれくらい人がいるの」
ハクヨウが城壁を見る。
「正確には分かりません。かなりの数でしょう」
「食料は足りてるの?」
誰もすぐには答えなかった。
シエンは門を見ていた。
ハクヨウは兵と荷を考えていた。
レイカだけが、その向こうで暮らしている人間を見ていた。
一行は再び動き始めた。
三百人の兵。
シエンと、その仲間たち。
馬と荷車。
食料、薬、布。
後方から追いついた者たちも、その列へ加わる。
西の門が、少しずつ近づいてきた。




