第五話 先に入った者 一
一 正面は任せた
コウガの軍は、さらに大きくなっていた。
各地の反乱軍が合流し、七千を超える兵が都へ向かっている。
その端に、リュウの三百人もいた。
朝、軍議に呼ばれた。
都へ続く大街道には、帝国軍の主力が集まっている。
一万を超えるという。
「俺が正面から破る」
コウガはそう言った。
誰も驚かなかった。
できると思っている。
リュウもそう思った。
ソウゲンが地図を広げる。
「全軍が同じ道を進めば、補給が詰まります。西側にも兵を回すべきでしょう」
街道から外れた村。
橋。
食料。
帝国兵が回り込める道。
それらを押さえながら進む必要がある。
その役目が、リュウに回ってきた。
「三百で西へ行け」
コウガが言った。
「分かった」
正面の一万と戦わなくていい。
それだけで、ずいぶん気が楽になった。
「正面は任せた」
「ああ」
コウガは普通にうなずいた。
任せられるほうも、慣れたものだった。
*
昼前には軍が分かれた。
大半の兵は、コウガとともに大街道を進む。
無数の紐も、そちらへ動いていった。
一人の男へ集まり、そのまま前へ進んでいく。
リュウはしばらく見送った。
自分たちは反対に、西の細い道へ入る。
三百人ほど。
急に静かになった。
しばらく進んだところで、ハクヨウが馬を寄せてきた。
「そういえば、地元から伝令が来ていました」
「何かあったか」
「食料を積んだ荷車が、こちらへ向かっています」
「ありがたいな」
「衣服、塩、薬、銭も。それから、兵士の家族が何人か同行しています」
「誰がまとめた」
「レイカさんです」
リュウは少し黙った。
「本人も来ています」
今度は振り向いた。
「なんで」
「必要なものが増えすぎて、後ろにいては分からないそうです」
リュウは前を向いた。
少し考える。
「俺、最近レイカに何か報告したか」
「元気だとは伝えていましたね」
「ほかは」
「特には」
兵が増えたこと。
負傷者が出たこと。
馬が増えたこと。
荷車が増えたこと。
食料が毎日減っていること。
だいたい全部、別の人間が知らせていた。
「怒ってるかな」
「怒っているでしょうね」
リュウは後ろを見る。
三百人ほどがついてきている。
「今から手紙を書くか」
「もうこちらへ向かっています」
「遅かったか」
「かなり」
西の道が、少し短く感じられた。
翌日の午後、道が二つに分かれた。
ハクヨウが古い地図を広げていると、前方から三騎の馬が来た。
先頭は若い女だった。
軽い革鎧を着ている。
二人の男が後ろについていた。
女はリュウたちの前で馬を止めた。
「リュウの軍?」
「ああ」
バンが答えた。
女の視線がリュウへ向く。
顔ではなかった。
胸元。
その後ろ。
何本にも分かれて伸びている紐を見ている。
リュウにも分かった。
「見えるのか」
「あなたも?」
「ああ」
女は馬を降りた。
「シエン」
「リュウ」
「知ってる」
「そうか」
シエンは近くまで来ると、改めて紐を見た。
「それ、何?」
「どれ」
「あなたに入って、また出てるやつ」
「渡した」
「誰に?」
リュウはバンを見る。
「強いやつには戦う分」
次にハクヨウ。
「計算ができるやつには、そっち」
シエンはしばらく紐を追った。
「そんなこと、できるの?」
「できた」
「誰に教わったの」
「コウガにも聞かれたな」
「それで?」
「誰にも」
「どうして自分で使わないの?」
「俺につけても、あまり役に立たなかった」
「どれくらい?」
「百五十本くらいつけても、剣が少し長く持っただけだった」
「どれくらい?」
「元々は一合で負けてた」
「三合になった」
バンが補った。
「そこは言わなくていい」
シエンはバンを見る。
太い紐が何本も入っている。
次にハクヨウを見る。
「それで、得意な人に渡したのね」
「ああ」
シエンはもう一度、全体を眺めた。
「変わってる」
「よく言われる」
「たぶん、今は違う意味で言った」
「そうか」
シエン自身にも、いくつか紐が集まっていた。
ここにいる二人だけではない。
「お前も人がいるのか」
「近くに四十人くらい」
「十分だな」
「あなたは、どうやって三百まで増やしたの?」
「増えた」
シエンは少し待った。
それ以上の説明はなかった。
*
「どこへ行くつもり?」
シエンが聞いた。
ハクヨウが地図を見せた。
西の村を回りながら、都へ向かう。
「その道、先で止まってる」
「なぜです」
「橋が落ちた。十日くらい前」
シエンが地図の何も描かれていない場所を指した。
「こっちに古い道がある」
「使える?」
「荷車も通れる。峠だけ少し狭いけど」
ハクヨウが距離を確かめる。
「本当なら、こちらのほうが早いですね」
「じゃあ、そっちでいい」
リュウが言った。
シエンが彼を見る。
「今会ったばかりよ」
「嘘なのか」
「いいえ」
「ならいいだろ」
ハクヨウは地図を畳んだ。
「先に斥候を出します。確認できれば、明朝からそちらへ」
「そうしよう」
ハクヨウは、後ろから来る荷車にも道を変えると伝令を出した。
シエンは少し考えた。
「いつもこうなの?」
「何が」
「できると言った人に任せるの」
「できるなら」
「失敗したら?」
「そのとき考える」
夕方、斥候が戻った。
道はあった。
荷車も通れる。
「じゃあ、都まで案内する」
「いいのか」
「その紐、もう少し見てみたいから」
シエンは連れの一人を仲間のもとへ戻した。
日が暮れるころには、四十人ほどが合流した。
翌朝、三百四十人ほどの一行は、地図にない道へ入った。




