第四話 天命の英雄 一
一 英雄を見る
帝国兵を退けてから三日で、リュウの軍は三百人を超えた。
本人は何も募集していなかった。
「また増えてないか」
「増えていますね」
ハクヨウが帳面を見た。
「昨日だけで四十二人です」
「どこから来た」
「東の村から十九人。南から十一人。残りは、途中で合流した者です」
「帰らないのか」
「何人か帰しました」
「それで増えてるのか」
「増えています」
計算は合っていた。
リュウは広場を見る。
バンが兵を並べている。
馬を見る者が馬をまとめ、荷車を見る者が車輪を調べている。
炊事場では昼の粥が煮えていた。
人が増えても、前ほど騒がしくはならなかった。
仕事ごとに、見る者が決まっている。
その中央に、リュウの旗が立っていた。
今日は誰かが持っていた。
「俺の仕事がなくなった」
「旗を持つ人も決めましたので」
「そこまで取るなよ」
「移動中に疲れるでしょう」
「旗くらい持てる」
「では、交代してください」
そこまでして持ちたいわけでもなかった。
*
昼前、南から使者が来た。
馬を下りるなり、リュウの前へ通された。
「コウガ殿の軍が、西へ進んでおります」
「コウガ?」
リュウはハクヨウを見る。
「旧南国の名門です」
「有名なのか」
使者が少し驚いた顔をした。
ハクヨウは慣れていた。
「かなり」
「そうか」
使者は咳払いをした。
「各地の反乱軍へ合流を呼びかけています。帝国の主力を破り、都へ進むためです」
「何人いる」
「すでに六千を超えています」
リュウは広場を見た。
三百人ほどいる。
少し増えたと思っていた。
「多いな」
「比べないでください」
ハクヨウが言った。
「まだ何も言ってないぞ」
「顔に出ています」
使者は続けた。
「南の街道で合流する予定です。リュウ殿にも、ぜひ加わっていただきたいと」
「俺が?」
「帝国兵と二度戦ったと聞いております」
「一度目は俺たちが退いたぞ」
「二度目は勝ったと」
「それはバンがやった」
使者が黙った。
「ほかの者もやった」
さらに説明する。
「俺は人がいないところを見つけただけだ」
使者はハクヨウを見た。
「それで合っています」
「合ってるのか」
使者は少し困った。
「ともかく、コウガ殿は、紐を見る者でもあります」
リュウが顔を上げた。
「見えるのか」
「はい」
それなら少し興味があった。
*
翌朝、軍は南の街道へ入った。
最初は、いつもの道だった。
やがて脇道から別の軍勢が入ってきた。
五十人ほど。
次は百人。
その先では旧王国の旗を掲げた一団が加わった。
進むほど旗が増えた。
前にも兵がいる。
後ろにもいる。
荷車が続き、馬が続き、その間を伝令が走っていく。
「食わせるだけでも大変だな」
「そちらを最初に心配するんですか」
「六千人だぞ」
一人一杯食べても、六千杯である。
英雄より先に、鍋の大きさが気になった。
昼を過ぎるころ、その人の流れの先に軍営が見えた。
街道の先から丘の裾まで、旗と天幕が続いている。
途中で加わった軍勢が、そのまま次々と中へ入っていった。
軍営へ入ると、リュウは別のものへ目を奪われた。
紐だった。
これほど大勢いるのに、向きが散っていない。
隊長へ向くものもある。
家族や故郷へ向くものもある。
だが、多くの紐が同じ方向へ伸びていた。
軍営の奥。
まだ姿も見えない場所へ。
「ハクヨウ」
「はい」
「コウガは、あっちか」
指をさす。
「たぶんそうですが、なぜ分かるんです」
「紐が向いてる」
進むほど増える。
百。
二百。
数える気がなくなるほど。
しかも、コウガへ向かう紐は、途中で誰かへ分かれていない。
どれもまっすぐ、一人へ向かっている。
「……あれ、全部使うのか」
「何の話です」
「紐」
前方で兵たちが道を空けた。
話していた者が口を閉じる。
座っていた兵が立ち上がる。
命令されたわけではない。
皆が同じ方向を見た。
一人の男が歩いてきた。
若い。
長身だった。
鎧を着ているが、護衛の後ろにはいない。
むしろ周囲の武将たちが、その男の歩幅に合わせていた。
リュウには、顔を見るより先に分かった。
無数の紐が、男の胸元へ集まっている。
男のところへ、三人の伝令が続けて来た。
一人目の報告を聞く。
「西の隊を半刻待たせろ」
二人目を見る。
「荷車は南へ回せ。道を塞ぐ」
三人目から書簡を受け取り、目を通す。
「返事は夕方に出す」
その途中で、遠くの馬が暴れた。
男が顔を上げた。
「手綱を離せ。右から二人で囲め」
近くの兵がすぐ動いた。
馬は静まった。
男はもう、手にした書簡へ目を戻していた。
リュウは、その胸元へ集まる紐を見た。
一本も先へ流れていない。
その男が、コウガだった。
*
コウガの軍に加わって、二日目の朝だった。
帝国軍が街道を塞いでいた。
丘と川に挟まれた狭い場所に砦を築き、木の柵を並べている。
正面から攻めれば狭い。
回れば時間がかかる。
「面倒そうだな」
リュウが言った。
「面倒です」
ハクヨウも認めた。
*
昼前、軍議が開かれた。
リュウも呼ばれた。
「俺も行くのか」
「一軍の旗頭ですから」
「三百人だぞ」
「三百人でも軍です」
昨日は一応だった。
少し昇格していた。
大きな天幕の中には、十人以上の将がいた。
地図が広げられている。
コウガはその前に立っていた。
その横には、白髪の老人がいる。
ほかにも鎧を着た武将や、書簡を持った官吏らしい男がいた。
リュウは端へ座った。
なるべく口を出さなくて済みそうな場所だった。
「正面は狭すぎます」
一人の将が言った。
「一度に出せる兵が少ない。数はこちらが上でも、生かせません」
「川沿いは?」
「崖があります」
「北から回れないか」
「半日はかかります。その間に敵が退けば、また次で止められる」
話は早かった。
誰かが案を出す。
別の者が問題を言う。
それを受けて、また案が出る。
リュウは黙って聞いていた。
知らない地名が三つ続いたあたりで、少し分からなくなった。
ハクヨウを見る。
真面目に聞いている。
任せることにした。
「コウガ殿」
白髪の老人が言った。
「急ぐ必要はありません。二日かけて北へ兵を回せば、砦は捨てるでしょう」
コウガは地図を見た。
「二日か」
「都へ向かう道は一本ではありません」
「帝国の援軍は?」
「早くても四日」
「なら、ここで二日使えば、残り二日になる」
「そうなります」
コウガの指が、川沿いで止まった。
「ここは」
「乾いた水路です」
「人は通るな」
「三人ほどなら並べます」
「百人通す」
老人がコウガを見る。
「見つかります」
「見つかる前に出る」
コウガは立ち上がった。
「俺が行く」
さらに天幕が静かになった。
老人がため息をつく。
「またですか」
「一番早い」
「あなたが倒れれば、軍が止まります」
「倒れなければ止まらない」
「それを毎回言いますな」
「毎回倒れていない」
反論としては強かった。
リュウは地図を見た。
結局、どの水路なのかは分からなかった。
*
午後。
砦の正面で太鼓が鳴った。
帝国兵の目がそちらへ向く。
コウガは百人ほどを連れて、川沿いへ消えていた。
しばらくして鐘が鳴る。
見つかったらしい。
リュウがそちらを見る。
水路から兵が飛び出してきた。
先頭はコウガだった。
止まらない。
矢を盾で受け、そのまま柵まで走る。
帝国兵の槍を一本つかんで引いた。
相手が崩れる。
コウガが剣を振った。
木が鳴る。
もう一度。
柵の支柱が折れた。
「……切れるのか、あれ」
リュウが言った。
「普通は切れない」
バンが答えた。
「そうだよな」
安心した。
自分だけ知らない可能性があった。
コウガは開いた隙間へ入った。
そこからは、剣だけを見ていても追えなかった。
「左へ回れ!」
敵を払う。
「弓は外だ!」
振り返る。
「そこを広げろ!」
また前へ出る。
戦いながら周りを見ていた。
見たものを、その場で判断する。
判断が、そのまま命令になる。
必要なら自分で動く。
どれも途切れない。
周りには将も兵もいる。
誰も不要なわけではない。
それでもリュウには、コウガが一人で戦場の中心を動かしているように見えた。
先日の戦いでは、自分が右側の隙間を見つけた。
バンへ伝えた。
バンが意味を判断して、兵を戻した。
コウガは、一人でそこまでやっている。
「便利だな」
「何がだ」
バンが聞く。
「あいつ一人でだいたい済む」
バンはしばらく戦場を見た。
「便利って言い方するやつ、初めて見たぞ」
ほどなく、砦の中から退却の鐘が鳴った。
追う兵が動きかける。
「止めろ!」
コウガの声が飛んだ。
兵が止まる。
「負傷者を運べ! 柵を開けろ! 荷車を通す!」
つい先ほどまで剣を振っていた。
もう次に必要なものを見ていた。
*
夕方。
コウガが戻ってきた。
鎧には泥がつき、袖には血がついている。
兵たちが道を開けた。
「コウガ殿!」
「見事でした!」
声が飛ぶ。
紐が、また太くなっていた。
勝つ。
信頼される。
力が集まる。
その力で、また勝つ。
「強いな」
バンが言った。
「ああ」
「俺より強い」
「ああ」
バンがリュウを見る。
「少しは迷え」
「見ただろ」
「まあな」
リュウはコウガへ集まる紐を見た。
見る。
考える。
決める。
人を動かす。
自分も動く。
集まった力を、全部その中で使っている。
昔の王や皇帝が何をしていたのか。
初めて、形になって見えた。




