第三話 人に渡す 二
二 できる者へ
「では、次は誰だ」
リュウは広場を見回した。
「何を始める気です」
「できるやつに回す」
「何を基準に?」
「できるかどうか」
「何がです」
「やってることが」
ハクヨウは少し考えた。
「もう少し整理してください」
「お前がやれ」
「分かりました」
早かった。
*
それから半日、リュウは適任者を探して広場を歩き回った。
馬を扱う男へ紐を回した。
しゃっくりが出た。
荷車を直す職人へ回した。
右のまぶたがしばらく痙攣した。
傷の手当てに慣れた女へ回すと、左耳の奥が急にかゆくなった。
炊事を仕切っていた男へ回したときには、足の裏がつった。
「今度は何だ」
バンが聞く。
「足」
「紐か」
「たぶん」
しばらくすると治った。
次の者へつなぐ。
くしゃみが三回出た。
何が起きるかは分からない。
どれも長くは続かなかった。
*
夕方には、広場の様子が変わっていた。
バンは兵をまとめている。
ハクヨウは二人の書記へ指示を出している。
荷車は通り道を塞がない場所へ移された。
馬はまとめて水を飲ませられている。
食料は使う順に分けられていた。
負傷者を見る者まで決まっている。
それぞれが、それぞれの仕事をしていた。
リュウは広場の中央に立っていた。
しばらく待った。
誰からも呼ばれなかった。
バンのところへ行く。
「何かやることあるか」
「ない」
ハクヨウのところへ行く。
「俺は何をすればいい」
ハクヨウは周囲を見た。
兵はバンが見ている。
食料と人員は自分が見ている。
荷車も馬も、それぞれ人がついている。
広場の中央には、旗が立っていた。
「旗でも支えててください」
リュウは旗を見た。
「倒れそうか」
「今のところは」
「では、要らないだろ」
「旗頭でしょう」
それはそうだった。
リュウは旗の横へ行った。
竿を持つ。
風が吹いた。
少し支えた。
仕事を人へ渡した結果、旗頭には旗が残った。
*
翌朝、見張りが駆け込んできた。
「帝国兵が来ます」
先日の戦いで退いた兵が、別の敗兵と合流したらしい。
「何人だ」
「百二十から、百五十ほど」
「今度はだいぶ狭まったな」
「近くで見ましたので」
広場では、すぐに人が動き始めた。
バンが兵を集める。
ハクヨウが人数と食料を確認する。
弓を持つ者が矢を受け取り、負傷者を見る者が場所を空ける。
荷車も道の端へ寄せられた。
リュウは旗を持っていた。
「俺は?」
ハクヨウが振り返る。
「そのままで」
「これを?」
「昨日お願いしたでしょう」
旗頭の仕事は継続していた。
*
先日と同じ街道だった。
あのとき、リュウたちは退いた。
相手は五十人ほどだった。
今度は、その倍以上いる。
こちらは二百人を超えていた。
人数なら、先日も勝っていた。
それでも押された。
バンが前にいる。
その周囲にいる兵は、先日より少ない。
そのぶん、左右の列が厚くなっていた。
リュウは後ろだった。
「遠くないか」
「近いと危ない」
「この前は前に立てと言っただろ」
「あのときは、お前が全部自分に集めてただろ」
「今も俺を通ってるぞ」
「通ってるだけだろ」
そのとおりだった。
人々から伸びる紐は、まずリュウへ集まる。
そこからバンへ。
ハクヨウへ。
それぞれ仕事を任せた者へ伸びていた。
軍は先日より、きれいに並んでいた。
*
帝国兵が来た。
鎧も衣服も汚れている。
それでも正規兵だった。
先頭が走る。
矢が飛ぶ。
槍がぶつかる。
先日と同じ音がした。
その後が違った。
バンが一人の槍を払う。
二人目を押し返す。
横から来た剣を受け、そのまま前へ出た。
バンの周囲の列も崩れない。
左右へ回った兵も、その場を保っている。
帝国兵の前列が止まった。
こちらが押し返した。
リュウは旗を地面へ立てた。
特にすることがない。
なので、戦場を見た。
*
バンのところには人がいる。
左にもいる。
右を見る。
「あそこ、人がいないぞ」
リュウが言った。
近くにいた若者が、同じ方向を見る。
右端の兵が、少しずつ中央へ寄っていた。
バンの戦いを見ている。
林との間に隙間ができていた。
敵兵が何人か、そちらへ動いている。
「バンに言ってこい」
「何と」
「あそこに人がいない」
若者が走った。
少しして、バンが右を見る。
「そっち戻れ! 中央見るな!」
兵が動いた。
隙間が閉じる。
敵兵は足を止めた。
リュウには、それが正しい配置なのかは分からなかった。
人がいなくなったことは分かった。
今度は左を見る。
後ろを見る。
負傷者が運ばれている。
さらに後ろには荷車がある。
バンは戦っていた。
ハクヨウは人と物を数えている。
傷を見る者も、馬を見る者も、荷車を直す者もいる。
どの仕事も、その仕事が得意な者がやっていた。
だからリュウには、どこにも属さないものを見る時間があった。
*
戦いは長く続かなかった。
前列を崩された帝国兵が退き始める。
こちらから追う者はいない。
バンがあらかじめ止めていた。
帝国兵は街道を東へ戻っていった。
今度は、こちらが退かなかった。
死者は一人。
重傷者が三人。
軽い傷を負った者はもっといた。
先日より敵は多かった。
犠牲は少なかった。
*
バンが戻ってきた。
「勝ったな」
「ああ」
リュウは旗を持ったまま答えた。
「右は助かった」
「人がいなかったから言っただけだ」
「それでいい」
そこへハクヨウも来た。
「旗も倒れませんでした」
「そっちは俺じゃなくてもいいだろ」
「では次から、誰かに任せますか」
「いや」
リュウは旗を持ち直した。
「これは持つ」
「そうしてください」
旗頭にも、一つくらい仕事は必要だった。
*
町へ戻るころには、また話が広まり始めていた。
今度は、リュウが敵の回り込みを見抜いたことになっていた。
「見ただけだ」
リュウは言った。
「皆、戦ってましたから」
ハクヨウが答える。
「俺は戦ってなかった」
「だから見えたのでしょう」
リュウは返事をしなかった。
広場では、バンが兵をまとめている。
ハクヨウは負傷者と食料を数えている。
ほかの者も、それぞれ動いていた。
リュウは旗を立てた。
仕事は少なかった。
見るものは増えていた。




