↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下を取るには紐がいる  作者: 古江 門


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/37

第十三話 誰もいない英雄 三

三 誰もいない英雄


 翌朝。


 地図の上では、昨日と同じことが起きていた。


 北を塞がれ、南からの荷が遅れ、東では退かせた兵が戻っていた。


 コウガは地図を見た。


「リュウは」


「西です」


「ガクは」


「北かと」


「シエンは南におります」


 コウガは立ち上がった。


「なら、リュウへ行く」


 センリが顔を上げる。


「北は」


「放っておけ」


「南も?」


「ああ」


 昨日まで、一つずつ潰してきた。


 その間に、別の場所が動いた。


「全部、あいつから始まってる」


 コウガは地図を畳んだ。


「リュウを倒せば終わる」



*



「コウガが来る」


 報告を聞いて、リュウはバンを見た。


「何人」


「千ほど」


「コウガは?」


「いる」


「じゃあ多いな」


 バンが剣を取った。


「狙いはお前だ」


「逃げるか」


「逃げる。ただ、兵を下げるまで待て」


「分かった」


「俺が止める」


「またか」


「まただ」


「死ぬなよ」


「早く行け」


 バンは外へ出た。



*



 コウガ軍はまっすぐ来た。


 道も取らない。


 陣も囲まない。


 リュウだけを目指した。


 バンが前へ出る。


 二人がぶつかった。


 一度。


 二度。


 三度目で、バンの剣が大きく弾かれた。


 それでも構える。


 以前より強い。


 リュウから流れた力が来ている。


「どけ」


「嫌だ」


 コウガが踏み込んだ。


 次の一撃でバンの肩を打ち、地面へ転がした。


 後ろから別の隊が来る。


 コウガは破った。


 また次が入る。


 それも破った。


 その向こうに、リュウがいた。


「リュウ!」


 リュウが振り返る。


「お前を倒せば終わる」


 リュウは少し考えた。


「……たぶん、終わらないぞ」


「なぜだ」


「ガクは俺がいなくても動く。シエンも」


 少し考える。


「ハクヨウなんか、俺がいても勝手にやる」


「お前の兵だろ」


「そうだけど、俺が全部決めてるわけじゃない」


「リュウ、行け!」


 バンが立ち上がっていた。


 肩から血が出ている。


 その横へ、別の将が並ぶ。


 リュウは馬へ乗った。


「じゃあ頼む」


「早く行け」


 馬が走り出す。


 コウガが追う。


 バンが入った。


 押し退ける。


 まだ届く。


「コウガ様!」


 センリが馬で駆けてきた。


「後ろが!」


 コウガが振り返った。


 後方の道が、リュウ軍の旗で埋まっていた。


「補給隊は」


「まだ守っています。ですが、このままでは」


 コウガはリュウを見る。


 馬が遠ざかっていく。


 もう一度、後ろを見る。


「戻る」


「はい」


 コウガは馬を返した。



*



 後ろへ入った敵は、コウガが戻ると退いた。


 補給隊も守った。


 コウガ軍に大きな損害は出なかった。


 その日の戦も、コウガは負けなかった。


 夕方。


 リュウはさらに西へ移っていた。


 北の道はガクが押さえている。


 南では、また一人、領主が兵を引いた。


 リュウを追えば、ほかが動く。


 ほかを止めれば、リュウが逃げる。


 どこへ行っても、コウガは勝てた。


 だから、コウガがいない場所で戦が進んでいた。



*



 夜になっても、各地へ出した兵の多くは戻ってこなかった。


 逃げたわけではない。


 北の道を守っている。


 西で敵を見ている。


 食料を取りに出ている。


 それぞれ、必要な場所にいた。


 幕舎の周りだけが静かだった。


 コウガは地図を見ていた。


 ユラが入ってきた。


「食べた?」


「まだだ」


「また?」


「ああ」


 ユラは卓を見る。


 地図と帳面で埋まっている。


 椀を置く場所がなかった。


「どけて」


 コウガが地図を半分畳んだ。


 ユラが椀を置いた。


「負けたの?」


「負けてない」


「そう」


 ユラは向かいに座った。


 しばらく、何も言わなかった。


「人、減ったね」


「ああ」


「帰ったの?」


「帰ったやつもいる」


「そう」


 コウガは椀を取った。


 まだ温かい。


「明日は?」


「西へ出る」


「また戦う?」


「ああ」


「勝てそう?」


 コウガは少し考えた。


「俺がいるところなら」


 ユラが顔を上げた。


 コウガも、自分で言ってから黙った。


「帰ろう」


 ユラが言った。


「どこへ」


「家」


「まだ帰れない」


「どうして」


「リュウがいる」


「いたら帰れないの?」


「ああ」


「ずっと?」


 コウガは答えなかった。


 ユラは少し待った。


「前に言ったよね」


「何を」


「帰ってきてって」


「ああ」


「勝ってじゃなくて」


「覚えてる」


「じゃあ帰ろう」


 コウガは椀を置いた。


「お前は帰れ」


 ユラが眉を寄せる。


「一緒に」


「俺はまだ帰れない」


「またそれ」


「ああ」


「いつなら帰れるの」


「終わったら」


「何が?」


 コウガは答えなかった。


 リュウを倒す。


 北を押さえる。


 南を戻す。


 故国が二度と攻められないところまで取る。


 まだ、どれも終わっていない。


 外からセンリの声がした。


「コウガ様」


「入れ」


 センリが入ってくる。


「西の斥候が戻りました」


「どうだった」


「敵が増えています。明日の朝には、さらに二隊が合流するかと」


「分かった」


 コウガは立った。


「それと、センリ」


「はい」


「明日、ユラを故国へ送れ」


 ユラがコウガを見る。


 センリも固まった。


「私が、ですか」


「ああ」


「護衛なら、ほかの者でも」


「お前が行け」


「ですが、私はコウガ様のそばに」


「命令だ」


 センリが黙った。


「……戻ってきてもよろしいですか」


「ユラを届けてから考えろ」


「すぐ戻れます」


「急いで戻る必要はない」


 センリの顔が変わった。


「戻ります」


 コウガは何も言わなかった。


「では、明朝出ます」


 頭を下げ、外へ出る。


 ユラはしばらく黙っていた。


「勝手に決めたね」


「ああ」


「私は帰るって言ってない」


「帰れ」


「あなたは?」


「残る」


 ユラが立ち上がった。


 コウガの前まで来る。


「一緒に帰りたかった」


「ああ」


「分かってる?」


「ああ」


「本当に?」


 コウガは少し考えた。


「ああ」


 ユラはそれ以上言わなかった。



*



 翌朝。


 ユラとセンリの馬が用意された。


 護衛は十人だけだった。


 センリが馬上から言う。


「必ず戻ります」


「ああ」


 ユラは何も言わなかった。


 馬が歩き出す。


 少し進んだところで、一度だけ振り返った。


 コウガはまだそこにいた。


 ユラから細い紐が伸びている。


 馬が遠ざかる。


 コウガは地図へ目を戻した。


 西から、敵が来ていた。



*



 西から来た兵を、コウガは退けた。


 昼には北からも来た。


 それも退けた。


 夕方、南の道が塞がった。


 コウガが向かうと、敵は下がった。


 戻ると、また塞がった。


 夜には、手元の食料も尽きかけていた。


 翌朝。


 残っていた兵を集めた。


「何人いる」


「三百ほどです」


「動けるのは」


「二百」


 コウガは南を見る。


 細い道だけが残っていた。


「そこから帰れ」


 兵たちが顔を上げた。


「コウガ様は」


「残る」


「なら我々も」


「いらない」


 誰も動かなかった。


「故国へ帰れ」


「ですが」


「もういい」


 コウガは周囲を見る。


 荷はほとんどない。


 食料もない。


 旗だけが残っている。


「帰れ」


 一人が頭を下げた。


 それを見て、隣も下げる。


 少しずつ列が動き始めた。


 コウガへ伸びていた紐も、一緒に遠ざかっていった。



*



 昼過ぎ。


 リュウが来た。


 バンもいた。


 肩にはまだ布が巻かれている。


 コウガは一人で旗の前に座っていた。


 剣だけがそばにある。


 リュウが馬を止めた。


 かなり遠かった。


「さすがに離れすぎだろ」


「だって怖いから」


 リュウは少しだけ馬を進めた。


「兵は?」


「帰した」


「そうか」


 リュウは周りを見る。


「お前も帰ればいいだろ」


 コウガが顔を上げた。


「お前まで言うのか」


「誰かにも言われたのか」


「ああ」


「じゃあ帰ればいいのに」


 コウガは少し笑った。


「お前は簡単に言うな」


「帰るだけだろ」


「俺には違う」


 リュウは黙った。


 コウガが立つ。


「俺はお前より強い」


「ああ」


「今でも勝てる」


「たぶんな」


「バンにも勝った」


「見れば分かる」


 コウガはリュウを見る。


「なら、なぜ俺が負けた」


 リュウは少し考えた。


 北を見る。


 ガクの旗がある。


 南にも兵がいる。


 さらに遠くでは、別の領主の旗が動いていた。


「俺に聞くなよ」


「お前が勝ったんだろ」


「俺は、ほとんど何もしてない」


 コウガはしばらくリュウを見た。


「そういうところが嫌いだ」


「そうか」


「ああ」


 コウガは剣を取った。


 バンが一歩前へ出る。


 リュウが言った。


「コウガ」


「なんだ」


「本当に帰らないのか」


「ああ」


「故国は残ってる」


「知ってる」


「奥さんもいるんだろ」


 コウガの目が少し動いた。


「ああ」


「なら」


「俺は帰れない」


 それ以上は言わなかった。


 剣を抜いた。



*



 コウガは強かった。


 正面から入った兵を退けた。


 横から伸びた槍を払い、踏み込んだ相手を倒す。


 バンが入る。


 剣がぶつかった。


 バンが下がる。


 もう一度。


 また下がる。


 別の兵が横から入る。


 コウガは振り向き、退けた。


 その間に矢が飛んだ。


 一本は払った。


 もう一本が肩をかすめた。


 正面の相手には勝った。


 だが、正面だけではなかった。


 左から槍が来る。


 右から兵が回る。


 遠くから矢が飛ぶ。


 退けても、別の場所から来た。


 傷が増えた。


 肩。


 脇腹。


 脚。


 血が地面へ落ちる。


 膝をついた。


 それでも剣を杖にして立った。


 遠くへ、一本の紐が伸びていた。


 細い。


 昔から、ほとんど変わっていない。


 ユラの紐だった。


 コウガはそれを見た。


 少しだけ笑った。


「帰れと言ったのにな」


 誰にも聞こえない声だった。


 また兵が来る。


 コウガは剣を上げた。



*



 日が落ちるころ。


 旗が倒れた。


 リュウはしばらく、その場所を見ていた。


 バンが隣に立つ。


「勝ったな」


「俺は何もしてない」


「知ってる」


 リュウは倒れた旗を見る。


「……強かったな」


「ああ」


 しばらくして、リュウが言った。


「じゃあ、帰るか」


「どこへ」


 リュウは少し考えた。


「とりあえず、みんなのところ」


 歩き出した。


 バンもついていった。


 北から来た兵。


 南から来た兵。


 別の領主の兵。


 それぞれの兵が、それぞれの旗の下へ戻っていく。


 その中心に、リュウの旗はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。