第十三話 誰もいない英雄 二
二 帰っていく
翌朝、三十人ほどの兵が西から来た。
武器を持っていない。
先頭にいた兵を、センリが見つけた。
「止まれ」
兵たちが足を止める。
「どこの隊だ」
「ランショウ将軍の隊です」
センリの顔が変わった。
「戻ってきたのですか」
「故郷へ帰る途中です」
「ここへではなく?」
「はい」
怪我をしている者もいた。
腹に布を巻いている者。
杖をついている者。
それでも、歩いていた。
「リュウの軍に捕まったのでは」
「捕まりました」
「なら、なぜここにいる」
「帰っていいと言われました」
「誰に」
「リュウに」
「武器は」
「置いてきました」
「それだけ?」
「はい」
兵の一人が続ける。
「コウガ様のところへ戻る者もいました」
「なら、お前たちはなぜ戻らない」
兵は少し迷った。
「帰ります」
「どこへ」
「家へです」
センリの眉が寄った。
「戦はまだ終わっていない」
「俺たちの戦は、もう終わりました」
センリが何か言おうとした。
後ろから声がした。
「行かせろ」
コウガだった。
兵たちが一斉に頭を下げた。
「コウガ様」
「ランショウは」
「残っています」
「リュウについたのか」
「分かりません」
「そうか」
それだけ聞いた。
「帰れ」
兵たちは顔を上げた。
「よろしいのですか」
「帰りたいんだろ」
「はい」
「なら帰れ」
兵が深く頭を下げる。
一人ずつ、コウガの横を通った。
コウガへ伸びる紐は、まだある。
だが、どれも以前より細い。
もっと太い紐が、南へ伸びていた。
そのうちの一人が足を止めた。
「コウガ様」
「なんだ」
「今まで、ありがとうございました」
「ああ」
兵は去った。
三十人の列が、南へ伸びていく。
センリもそれを見ていた。
「まだ、コウガ様への紐はあります」
「ああ」
「なら、まだ信じています」
「そうだな」
「だったら、まだコウガ様の兵です」
コウガは遠ざかる背を見る。
「もう違うだろ」
センリは黙った。
「疲れているだけです」
しばらくして言った。
「帰れば、また戻ります」
コウガは答えなかった。
*
昼には、別の話が届いた。
ランショウの隊から帰された兵が、各地を通っている。
故郷へ向かう者。
親族のいる町へ向かう者。
コウガ軍へ戻る者。
リュウ軍にそのまま残った者もいる。
どれも止められていなかった。
「妙なことをしますね」
センリが言った。
「何がだ」
「捕らえた兵を放すなど」
「食わせなくて済む」
「そういうことでしょうか」
「知らん」
コウガは地図の印を一つ動かした。
「西の兵を北へ回せ」
書記が記す。
「ランショウの隊から戻った兵は何人だ」
「百二十ほどです」
「まとめろ」
センリが顔を上げた。
「またランショウ将軍の隊にするのですか」
「ランショウはいない」
「では」
「一度休ませる」
「休ませるのですか」
「昨日まで戦ってた」
「はい」
「今日は使わない」
「……はい」
センリは頷いた。
*
夕方。
故国から使者が来た。
「諸侯が集まり、今後の方針が決まりました」
「言え」
「故国へ戻った兵は、それぞれの領地へ戻します。新たな徴兵もしばらく行いません」
センリが使者を見る。
「戦はまだ終わっていません」
「故国では、田畑へ人を戻すことを優先すると決まりました」
「今さら畑ですか」
「今年の収穫を逃せば、来年の兵も養えません」
センリが口を閉じる。
「取り戻した城と街道には兵を置きます。東から敵が来れば戦います」
「こちらへは来ないのか」
コウガが聞いた。
「はい」
「食料は」
「送ります。ただし、故国の備蓄を割る量は出せません」
「馬は」
「国境を守る分を残し、余りを」
「金は」
「出します」
コウガは頷いた。
「分かった」
使者はまだ残っていた。
「ほかにあるのか」
「ございます」
少し間を置いた。
「故国へお戻りになるのであれば、兵を集める用意があります」
センリが顔を上げた。
「戻って、何をする」
「故国を治めていただきます」
「リュウは残る」
「はい」
「北にも敵がいる」
「はい」
「なら、また来る」
使者は答えなかった。
「だから今、倒す」
「その考えは、諸侯にも伝えております」
「何と言った」
「まず故国を固めるべきだと」
コウガはしばらく使者を見た。
「俺が戻れば、兵を出す」
「はい」
「戻らなければ、出さない」
「はい」
「俺には帰れと言ってるのか」
使者は少し迷った。
「帰ってきてほしい、と」
コウガは黙った。
センリが口を開く。
「同じことでしょう。コウガ様が天下を取れば、故国も安全になります」
「センリ」
「ですが」
コウガが使者を見る。
「もういい」
使者が頭を下げた。
「食料は送れ。街道も守れ」
「承知しました」
「それでいい」
使者が去った。
センリはまだ入口を見ていた。
「分かっていません」
「何がだ」
「あの者たちは、コウガ様が何をしようとしているのか分かっていません」
「分かってるだろ」
「なら、なぜ」
「帰ってきてほしいんだろ」
センリは黙った。
故国は離れたわけではなかった。
食料を送る。
金も送る。
道も守る。
コウガが帰れば、兵も集める。
ただ、コウガのいる場所まで来る者が減っていた。
*
その夜。
見張りが幕舎へ来た。
「兵が消えました」
「何人だ」
「今のところ、十二名です」
「荷は」
「持っていません」
「武器は」
「置いてあります」
「ならいい」
見張りが顔を上げる。
「追わなくてよろしいのですか」
「十二人だろ」
「はい」
「寝ろ」
「……はい」
しばらくして、また人が来た。
「先ほどの件ですが」
「増えたか」
「二十一人になりました」
「分かった」
「追いますか」
「追う兵がもったいない」
夜が深くなった。
もう一度、報告が来た。
今度は三十七人だった。
コウガは数だけ聞いた。
追わせなかった。
兵たちは武器を置いていた。
馬も盗んでいない。
ただ、自分の足で帰っていた。
幕舎の外では、少しずつ人の気配が減っていた。
コウガは灯りの下で、明日の配置を決めていた。




