第十一話 網になる 二
二 負ける
翌朝、ガクが出す兵の数が決まった。
三百。
バンが顔をしかめた。
「多くないか」
「少ないです」
ガクが答えた。
「多い」
「少ないです」
「間を取れ」
リュウが言った。
二人がリュウを見る。
「何人ですか」
「知らん」
「では黙っていてください」
ガクに言われた。
リュウは黙った。
結局、三百になった。
ガクが連れていくのは、歩兵を中心に、斥候と弓兵、それに荷を運ぶ者たちだった。
ハクヨウが食料の日数を計算し、シエンが進む道を確認する。
バンは残る兵を見た。
「こっちは随分減るな」
「コウガとまともに戦うつもりはありません」
ガクが言った。
「逃げるだけなら足ります」
バンはリュウを見た。
「逃げるのは得意だな」
「任せろ」
「そこは任せたくない」
ガクは地図を畳んだ。
「では、北へ回ります」
コウガがリュウを追う間に、ガクはその外側を進む。
城を取り、街道を押さえる。
戦わずに済むなら戦わない。
戦うなら、コウガ本人のいないところで戦う。
ガクは最後にリュウを見た。
「途中で状況が変わった場合は?」
「お前が決めろ」
「城を取るか、領主と話すかも?」
「俺に聞いて分かると思うか」
ガクが黙った。
「……分かりました」
話はそれで終わった。
リュウは、自分が何か大きなことを決めたつもりはなかった。
ガクにしかできないので、ガクに任せただけだった。
出発前、ガクは兵を並べた。
三百人。
その中には、以前ガクの指揮で戦った者も多い。
リュウには、兵たちから伸びる紐が見えていた。
自分へ伸びる紐。
その横に、ガクへ伸びる紐。
以前より増えている。
中には、もう細いとは言えないものもあった。
そのうち一本は、リュウへ伸びるものより太かった。
ガクも、それを見ていた。
自分へ伸びる紐と、リュウへ伸びる紐を見比べる。
それから、リュウを見た。
「……気にならないのですか」
「何が」
ガクは少し黙った。
リュウはまだ紐を見ていた。
「あいつ、俺よりガクのほうを信用してるな」
レイカが言った。
「軍のことなら、そのほうがいいんじゃない?」
「だな」
それで終わった。
ガクはしばらくリュウを見ていた。
やがて馬へ乗る。
「リュウ殿」
「なんだ」
「預かったものは、必要に応じて使います」
兵のことか。
権限のことか。
紐のことか。
リュウには分からなかった。
「頼んだ」
ガクは頷いた。
隊が動き出す。
リュウから離れていく。
見えている間は、ガクへ預けた能力の紐も残っていた。
ガクを中心に、その一部はすでに兵や将へ分かれている。
やがて隊列は街道の向こうへ消えた。
紐も見えなくなった。
そこから先は、ガクの仕事だった。
「大丈夫でしょうか」
ハクヨウが言った。
「ガクなら大丈夫だろ」
「ガク殿ではなく、こちらです」
リュウは残った兵を見た。
「……逃げるだけなら足りるんじゃなかったか」
バンがため息をついた。
「その言い方だけはやめろ」
ガクが北へ出て三日目、コウガが来た。
「早いな」
リュウが言った。
「来ると思っていたでしょう」
シエンが答えた。
「思っていたのと、来てほしいのは別だ」
もっともだった。
コウガ軍は街道を西へ進んでいた。
その先頭に、コウガがいる。
それだけで話が変わる。
ガクはいない。
三百の兵もいない。
残った兵で正面から受ければ、勝てない。
「どこまで下がる」
バンが聞いた。
シエンが地図を指した。
「ここまで」
「二日分か」
「できれば三日かけてください」
「敵が待ってくれるならな」
「待たせるのはあなたの仕事です」
バンは嫌そうな顔をした。
「最近、仕事が増えたな」
リュウは少し嬉しかった。
自分だけではなかった。
翌朝、両軍がぶつかった。
バンは前へ出た。
リュウから流された力を受け、残った兵をまとめる。
コウガ軍を押し返す必要はない。
崩れなければいい。
追われながら下がる。
それだけだった。
コウガが前へ出た。
兵の間から、ひときわ太い紐が何本も集まっている。
その姿が見えたところで、リュウは後ろへ下がった。
「早くないか」
バンが言った。
「見えた」
「何が」
「コウガ」
「まだ遠いぞ」
「見えたなら十分だ」
バンは何も言わなかった。
理解したからではない。
言っても戻らないと知っていた。
戦は昼まで続いた。
リュウ軍は一度も押し返せなかった。
だが、崩れもしなかった。
日が傾くころ、予定していた場所まで下がった。
「今日は負けたな」
リュウが言った。
「予定どおりです」
シエンが答えた。
「負ける予定というのは、あまり聞きたくない」
「では、下がる予定だったと」
「それなら少しましだ」
そのとき、腹の奥が鳴った。
リュウが止まった。
「……来た」
レイカが見る。
「何が?」
「ガク」
「見えるの?」
「いや」
腹が少し痛んだ。
リュウはそこを押さえた。
「たぶん、向こうで何かやった」
シエンが北を見る。
「再配分ですか」
「たぶん」
分かったのは翌朝だった。
北から伝令が来た。
「ガク将軍、街道沿いの砦を落としました」
バンが笑った。
「やったな」
リュウは腹をさすった。
「やっぱりあれか」
「何がです」
伝令が聞いた。
「いや、いい」
砦は大きくない。
だが、そこを押さえれば北の街道が使える。
食料を運べる。
兵も動かせる。
コウガがこちらにいる間に、ガクは一つ先へ進んでいた。
翌日もコウガは来た。
リュウは退いた。
その翌日も来た。
また退いた。
バンが前を支え、シエンが下がる道を決める。
ハクヨウは先に荷を送り、レイカは負傷者を後ろへ回す。
リュウがやることは、コウガの前にいることだった。
そして、負けても帰ることだった。
ガクから次の報告は来なかった。
数日後の夕方。
リュウは突然、足を止めた。
「どうしたの」
レイカが振り返る。
リュウはこめかみを押さえた。
「……痛い」
レイカが少し笑った。
「また腹痛?」
リュウは首を振った。
「違う」
しばらく目を閉じる。
「今度は頭だ」
レイカの表情が変わった。
痛みはすぐには引かなかった。
頭の奥を、内側から強く押されているようだった。
シエンが北を見た。
「ガクが何かしていますね」
「たぶんな」
「大きく動かしたのかもしれません」
リュウは眉間を押さえた。
「腹の次は頭か」
それ以上は何も言わなかった。
二日後、伝令が来た。
「ガク将軍、北の城を落としました」
「砦の次は城か」
バンが言った。
「兵は?」
「大きな損害はありません。斥候が裏道を見つけ、夜のうちに兵を二手へ回したとのことです」
「城兵の一部は降りました」
シエンが地図へ印をつけた。
「これで北の道が一本つながります」
リュウはその印を見た。
こちらは何日もかけて、西へ下がっている。
北では、ガクが砦を取り、道をつなぎ、城を一つ落としていた。
リュウはこめかみを触った。
「あの頭痛は、これか」
「おそらく」
「俺たちは負けてるんだよな」
「はい」
「ガクは勝ってる」
「はい」
「じゃあ、今はどっちだ」
シエンは地図を見た。
「地図の上では、我々の勝ちです」
リュウも地図を見た。
「変な戦だな」
その日も、コウガは勝った。
リュウはまた西へ退いた。
北では、次の城が戦わずに門を開いた。




