第八話 東へ 二
二 今までと同じ
リュウはガクを見た。
ガクも少し止まっていた。
「降りるって」
「聞こえました」
「今日、攻めるんじゃなかったのか」
「その予定でした」
ガクはシエンを見る。
「何をしたんですか」
「話しただけ」
「誰と」
「城の中の人と」
「いつ」
「昨日」
ガクは黙った。
*
シエンは北から戻る途中、もう一人使者を出していた。
敵の城へ。
伝えたのは、南へ出た兵が敗れたこと。
北の土地がコウガ側へ兵を出さないこと。
降れば、今いる役人も兵も殺さないこと。
「それだけ?」
リュウが聞いた。
「あと、食料」
「何て」
「こっちは、しばらく持つって」
ハクヨウを見る。
「持つ?」
「はい」
ガクが聞いた。
「向こうは?」
「昨日、荷を押さえたでしょ」
バンがうなずく。
「押さえた」
「食料は?」
「多くなかった」
「補給が止まれば、長くは持たないでしょう」
ハクヨウが言った。
ガクが地図を見る。
「それでも、降りるとは限りません」
「だから、降りなかったら攻めればいいと思って」
「私が?」
「あなたが」
「……そうですけど」
ガクは少し不満そうだった。
*
昼前。
城門が開いた。
先頭から兵が出てくる。
剣。
槍。
弓。
一つずつ、門の外へ置いていった。
バンが兵を連れて確認する。
「追い詰めないでください」
ガクが言った。
「分かってる」
「城内にも兵を散らしすぎないでください」
「分かってる」
「倉は――」
「ハクヨウだろ」
ガクが止まった。
「はい」
「俺も覚えた」
バンは少し得意そうだった。
*
城へ入った。
官吏も兵も、そのまま使うことになった。
帳面はハクヨウが調べる。
兵はガクが分ける。
「昨日まで敵でした」
元の武官が言った。
「我らを信用できるのですか」
「まだ全部は」
ガクは答えた。
男の顔が固くなる。
「だから、全部は任せません」
「ああ」
リュウがうなずいた。
「それでいいな」
男はリュウを見る。
それからガクを見る。
「……承知しました」
ガクへ頭を下げた。
*
午後。
北から使者が来た。
「我らも兵を出します」
シエンが顔を上げる。
「昨日は出さないって」
「状況が変わりました」
使者は城の外を見る。
昨日まで敵だった旗が、今はこちら側に立っている。
「どれくらい?」
「二百」
使者はガクを見る。
「二百で足りますか」
「十分です」
「では」
話が進んだ。
*
次の城では、戦った。
ガクは朝に兵を出した。
昼には敵の横へ回っていた。
夕方には終わった。
「ちゃんと戦えたな」
リュウが言った。
「はい」
ガクは満足そうだった。
バンは泥だらけだった。
「俺はあまり満足してないぞ」
「勝ったじゃないですか」
「走らされた」
「必要だったので」
「またか」
三日前まで敵だった城から、翌朝には東へ兵糧が出た。
*
さらに東へ進んだ。
一つ勝った。
一つ降った。
一つは、こちらが来る前に隣の土地へ使者を出した。
その使者をシエンが捕まえて、話をした。
翌日、その隣もこちらについた。
「何て言った?」
リュウが聞いた。
「今こっちと戦うと、次に助けてくれるところがなくなるって」
「それだけ?」
「あと少し」
「何を」
「いろいろ」
教えてくれなかった。
*
一つ勝つたび、次に使えるものが増えた。
兵が増えた。
食料が増えた。
通れる道が増えた。
昨日まで敵だった城が、次の日には後ろを守った。
そこで浮いた兵を、ガクが前へ回した。
ハクヨウが荷を流した。
シエンは、その先へ使者を出した。
また勝った。
また増えた。
*
紐も増えた。
新しく加わった者が、みなリュウを見るわけではない。
元から仕えていた将を見る者。
ガクを見る者。
自分の隊長を見る者。
それでも、リュウへ届くものはあった。
届いたものを、必要なところへ流す。
ガクへ。
シエンへ。
ハクヨウへ。
バンへ。
*
「疲れるな」
昼飯を前に、リュウが言った。
「あなた、何もしてないでしょう」
シエンが言った。
「紐を渡してる」
粥を一口食べた。
「痛っ」
「何が」
「口の中」
頬の内側を舌で探る。
「口内炎できた」
「それで?」
「さっき紐を増やしてからだ」
「たぶんね」
「つらいんだぞ」
もう一口。
また顔をしかめる。
「飯が食いづらい」
シエンは黙った。
「何だよ」
「何でもない」
*
ひと月もしないうちに。
最初に使者が来たころの地図は、ずいぶん変わっていた。
西方から東へ。
こちらについた土地が続いている。
飛び飛びだった印が、つながり始めていた。
「ここも?」
リュウが指す。
「昨日」
シエンが答える。
「ここは?」
「三日前」
「これは?」
「ガクが取った」
「覚えてないな」
「いたでしょ」
「いた」
「何してたの」
リュウは考えた。
「城を見てた」
「そう」
それなら覚えていなくても仕方がなかった。
*
さらに数日後。
コウガの配下が率いる軍とぶつかった。
これまでより兵が多かった。
動きも速かった。
ガクが正面を押さえた。
バンが川を渡った。
シエンが、その将と仲の悪い隣の土地を動かした。
ハクヨウは二つの道から兵糧を送った。
昼に始まった戦いは、日が落ちる前に決まった。
敵将は逃げた。
残った兵は武器を置いた。
*
「勝ったな」
リュウが言った。
「勝ちました」
ガクが答えた。
「コウガのところの将だろ?」
「そうです」
バンが剣の泥を拭いている。
「前に戦った連中よりは強かった」
「でも勝った」
「ああ」
シエンは地図を見ていた。
その先。
さらに東。
コウガの支配する土地が続いている。
「このまま行ける?」
リュウが聞いた。
「行けます」
ガクが答えた。
シエンも否定しなかった。
リュウは東へ続く印を眺めた。
「東に進んで、何するんだっけ?」
シエンが顔を上げた。
*
「最初は、助けを求められたから来たの」
「ああ」
「その相手はもう助かった」
「ああ」
「そのあと、コウガ側の軍がこっちへ来るから押し返した」
「ああ」
「押し返してたら、土地が増えた」
「ああ」
リュウは地図を見る。
「じゃあ、どこまで行く?」
「それを今考えてる」
「決まってなかったのか」
「ここまで来ると思ってなかったのよ」
それは全員同じだった。
*
翌朝。
軍議には、知らない顔が増えていた。
東の当主。
降った武官。
途中から加わった者たち。
「この道を使えますか」
ガクへ。
「隣の領主には、いつ使者を」
シエンへ。
「兵糧はどこへ集めます」
ハクヨウへ。
「この村に兵を置いても大丈夫ですか」
バンへ。
話は次々に進んだ。
必要なところへ、必要な話が行く。
紐も同じだった。
リュウへ届けば、また流した。
それで進んできた。
*
昼過ぎ。
次の進路が決まった。
東へ二日。
川沿いの城を押さえる。
そこを取れば、北の二つが孤立する。
南には、シエンが先に使者を出す。
「俺は?」
リュウが聞いた。
「来てください」
ガクが答えた。
「何する?」
「何か気づいたら言ってください」
「見る係か」
「はい」
「分かった」
役目があった。
*
その日の夕方。
伝令が来た。
馬から降りる前に叫んだ。
「東より報告!」
広間にいた者たちが顔を上げる。
男は息を整えた。
「コウガ軍が動きました」
シエンが立つ。
「どこへ」
「こちらへ」
「兵は?」
「確認中です」
ガクが地図を開いた。
「将は誰ですか」
伝令が少し黙った。
「コウガ本人です」
広間が静かになった。
「あいつも来るのか」
リュウが言った。
少し考える。
「久しぶりだな。元気かな」
「会いに来るんじゃないぞ」
バンが言った。
リュウがバンを見る。
「……ああ。戦うのか」
「そうだ」
「コウガと?」
「そうだ」
「そういうことか」
リュウはもう一度、東を見た。
*
コウガの強さは覚えている。
大量の紐を一人で受けたまま、先頭に立っていた男だ。
「強かったよな」
「強かった」
バンが答えた。
「軍も?」
「分かりません」
ガクが言った。
「コウガ本人が率いる軍とは、まだ戦っていません」
「そうか」
リュウは地図を見る。
「勝てる?」
ガクは少し考えた。
「勝ちます」
「どうやって」
「分けます」
ガクの指が地図を動く。
「正面は私が見ます。バン殿には、ここをお願いします」
川沿いを指す。
「分かった」
「シエン殿には、周囲の勢力をお願いします」
シエンはすぐには答えなかった。
地図の東を見た。
「……分かった。先に使者を出す」
「ハクヨウ殿、兵糧をお願いします」
「もう確認しています」
「早いな」
ハクヨウは帳面から顔を上げなかった。
「俺は?」
「紐をお願いします」
「ああ」
それならできる。
ガクは地図を見る。
川。
街道。
山。
これまで何度も使ってきたものが並んでいる。
「人数が分かったら、配置は組み直します」
「分かった」
ガクが東の街道へ指を置いた。
「今までと同じです」




