第八話 東へ 一
一 三つ同時に
西方へ入って十日ほど経ったころ。
東から使者が来た。
*
男は二人いた。
どちらも旅装のまま、役所の広間に通された。
「東の領より参りました」
一人が頭を下げる。
「リュウだ」
「存じております」
「そうか」
最近、これを言われることが増えた。
「我らの東に、コウガ殿についた軍が入っております」
「コウガがいるのか」
「いえ。配下の将です」
少し安心した。
シエンが横から聞く。
「兵は?」
「千ほどです。すでに二つの城が落ちました。このままなら、次は我らです」
男はもう一度、リュウへ頭を下げた。
「兵をお貸しいただきたい」
「ああ」
「何人ほど、お貸しいただけますか」
「何人?」
リュウはガクを見る。
「三百なら出せます」
「三百だそうだ」
使者はガクを見る。
「承知しました」
それから、リュウへ向き直る。
「では、いつごろお越しいただけますでしょうか」
「いつ?」
今度はシエンを見る。
「まず道と向こうの状況を確認する。最短なら五日ほど。ただ、まだ決めない」
「承知しました」
使者はシエンへ頭を下げた。
少しして、また口を開く。
「兵糧については――」
リュウを見る。
途中で止まった。
広間を見回す。
そして、ハクヨウへ向き直った。
「こちらでは、どれほど用意すればよろしいでしょうか」
「向こうで調達できる量を先に教えてください。足りない分はこちらで持ちます」
「承知しました」
リュウが使者を見る。
「覚えるの早いな」
「……何をでしょう」
「いや」
*
使者が下がったあと。
シエンが紙を広げた。
「あ」
「覚えてる?」
「この前の」
西と東。
いくつかの土地と、そこを治める者の名。
紐の実験で使った紙だった。
あのとき、シエンは仮に東へ出る場合を考えていた。
今は、そのうち一つに印がついている。
「仮じゃなくなった」
「さっきのところ?」
「そう」
シエンが印を指す。
「前に、最初に話をつけるならここって言ったところ」
「当たったな」
「当てたわけじゃない」
その指が別の印へ動く。
「ここが落ちた。その隣も」
「さっき言ってたな」
「次がここ」
使者が来た土地。
「その次は?」
「こっち」
さらに西。
「最後は?」
「山を越えてくる」
リュウは紙を見た。
「じゃあ、行くか」
「そのつもり」
「いつ?」
「準備を見て決める」
「三日後?」
シエンが顔を上げた。
「何で三日なの」
「前は三日だった」
「あれを基準にしないで」
今回は五日になった。
*
それでもレイカには怒られた。
「五日?」
「ああ」
「五日後に東へ?」
「ああ」
「いつ決めたの」
「さっき」
「誰と」
「シエンとガク」
レイカがシエンを見る。
「私は日程を決めただけ」
「何で俺を見る」
「前にも言ったでしょ」
「何を」
「勝手に何も決めないでって」
「あれ、三日間じゃなかったか」
レイカはしばらく黙った。
「出発まで酒なし」
「何でだよ」
「今決めた」
リュウはシエンを見る。
シエンは目を逸らした。
*
五日後。
東門の外に兵が並んだ。
前に西へ来たときとは違い、家族も老人もいない。
荷車も少ない。
「今回は少ないな」
リュウが言った。
「戦に行くんだから」
レイカが答えた。
「前も戦だったぞ」
「前は引っ越し」
「ああ」
今回は分かっていた。
レイカは西方に残る。
ホウセンたちも残る。
ハクヨウは同行するため、役所の仕事を残った官吏へ渡していた。
「ちゃんと帰ってきて」
「ああ」
「勝手に東の土地までもらってこないで」
「そんなことあるか?」
「あなたはあるの」
否定できなかった。
*
東へ出て三日目。
使者の城へ着いた。
門は開いていた。
中へ入ると、兵が並んでいる。
「何人いる?」
リュウが聞いた。
「戦えるのは四百ほどです」
先日の使者が答えた。
「合わせたら七百か」
「はい」
敵は千。
リュウはガクを見る。
「足りる?」
「足ります」
「ならよかった」
使者はガクへ頭を下げた。
今度は迷わなかった。
*
城へ入ってすぐ、地図が広げられた。
東に敵の城。
その手前に川。
南に細い道。
北には、どちらにもついていない土地がある。
「敵は全部、城にいますか」
ガクが聞いた。
「七百ほどです。百五十ほどが南の道を押さえています。残りは川沿いに」
「兵糧は?」
「東から運んでいるはずです」
ガクの指が道をなぞる。
次に北を見る。
「どうする?」
リュウが聞いた。
「三つ動かします」
「三つ?」
「はい」
ガクが南を指した。
「まず、ここからです」
*
「バン殿」
「何だ」
「二百、お願いします」
「どこへ行く」
「南です」
「戦うのか」
「まだです」
「またか」
バンの顔が険しくなった。
「今回は逃げろとは言いません」
「ならいい」
「見つからないでください」
「それも戦ってないな」
それでも地図を受け取った。
*
「私は北へ行く」
今度はシエンが言った。
「何しに?」
リュウが聞く。
「話をしに」
北の土地を指す。
「今はどっちにもついてない」
「味方にする?」
「できれば」
「できなかったら?」
「コウガ側につかないようにする」
「同じじゃないのか」
「違う」
「そうなのか」
「かなり」
シエンは使者を見る。
「この領の人も、一人ついてきてほしい」
「我々が?」
「北とは行き来があるでしょう。私だけで行くより話が早い」
使者は一度リュウを見た。
それからシエンへ向き直った。
「承知しました」
*
「倉を見せてください」
ハクヨウが言った。
城の役人が止まる。
「今ですか」
「今です」
「軍議の途中ですが」
「だからです」
ハクヨウは帳面を持って立ち上がった。
「七百人が何日食べられるか分からないと、何日戦えるかも分かりません」
「承知しました」
役人も立った。
二人が出ていく。
*
地図の前には、ガクとリュウが残った。
「南が動いたら、次は?」
リュウが聞いた。
「城です」
「北は?」
「シエン次第です」
「食料は?」
「ハクヨウ次第です」
「全部、待つのか」
「はい」
ガクは地図を見たままだった。
リュウも見る。
三か所とも、まだ何も変わっていない。
*
先に戻ってきたのはハクヨウだった。
「どうだった?」
「今ある分だけなら、七百人で六日ほどです」
「短い?」
「長くはありません」
「どうする」
「近くの村から買います」
「あるのか」
「徴発を避けて隠していた分があるそうです」
「買える?」
「払えば」
「じゃあ買って」
「もう話を始めています」
ハクヨウはまた役人のところへ戻っていった。
「早いな」
ガクが小さくうなずいた。
*
しばらくして、南から伝令が来た。
「敵兵、およそ百五十。道を西へ動いております」
「バン殿の隊は」
「見つかっておりません」
「そのままで」
ガクは別の兵を呼んだ。
「こちらの兵を百、南へ出してください」
「バン殿の援軍ですか」
「いいえ」
ガクが道を指す。
「敵から見えるところまで進んで、そこで止まってください。追ってきても戦わず戻るように」
「承知しました」
兵が出た。
*
次の伝令が来た。
「敵城から二百が出ました。南へ向かっています」
ガクがうなずく。
「先ほど出した百は戻してください」
「はい」
伝令が走る。
「これで、城は五百くらいか?」
リュウが聞いた。
ガクが少しだけ顔を上げた。
「そうです」
「合ってた」
「はい」
少し嬉しかった。
*
午後。
また伝令が来た。
「敵城から出た二百、南の百五十へ近づいております」
「バン殿の隊は」
「二百の後ろへ回っています」
ガクが立った。
「こちらも出ます」
「どこへ?」
「敵の城へ」
「攻める?」
「近づくだけです」
「また戦わないのか」
「相手が出てくれば戦います」
今度はリュウも馬へ乗った。
*
敵の城の西に兵を並べた。
城壁の上にも兵が見える。
だが、出てこない。
「来ないな」
リュウが言った。
「出にくいので」
ガクが答える。
「南へ二百出しましたから」
しばらくして、南の道に土煙が上がった。
「あれ何だ」
「バン殿の隊でしょう」
ほどなく馬が来た。
「南の敵、崩れました!」
バンの隊は、敵城から出た二百をやり過ごしたあと、その後ろを進む兵糧隊を襲った。
敵の二百は、兵糧を守るため引き返した。
先にいた百五十も動きを止めた。
隊列が伸び、向きが乱れたところへ、バンの隊が横から入った。
長い戦いにはならなかった。
南の兵は散り、残った者は城へ戻ろうとしているという。
川沿いにいた兵も、城へ引き上げ始めた。
「城から兵を出させたかったのか」
リュウがガクを見る。
「はい」
「最初から?」
「はい」
「言ってくれればいいのに」
「言いました」
「いつ」
「三つ動かします、と」
「あれで?」
「はい」
分からなかった。
*
城壁の上が騒がしくなった。
南で負けたことが伝わったらしい。
「攻める?」
リュウが聞いた。
「今日は攻めません」
「帰る?」
「はい」
「勝ったのに?」
「勝ったからです」
今度も、少し分からなかった。
*
戻ると、シエンも帰っていた。
「どうだった?」
「北は、こっちにつかない」
「駄目だった?」
「コウガ側にもつかない」
「じゃあ、どっちなんだ」
「今はそれでいいの」
シエンは地図の北側へ小さな印を置いた。
「少なくとも、向こうへ兵は出さない」
「半分味方?」
「それくらい」
ハクヨウも来た。
「穀物は集められます」
「買えた?」
「はい」
ガクが地図へ印をつける。
南。
敵の兵が崩れた。
北。
敵へ行くはずだった兵が止まった。
こちらには食料が増えた。
リュウは地図を見る。
「今日だけで?」
「今日だけで」
シエンが答えた。
朝には同じ色だった紙が、三か所変わっていた。
*
翌朝。
敵の城から使者が来た。
男は広間へ通されると、頭を下げた。
「降ります」




