第七話 西の国 二
二 変えなくていい
城壁の上から声が飛ぶ。
シエンが答える。
何度かやり取りが続いた。
リュウは隣で聞いていた。
半分くらい分からなかった。
しばらくして、城壁の上で人が動いた。
シエンが振り返る。
「開けるって」
「早いな」
「帝国はもう都を失ってるから」
「それだけ?」
「こっちの人数も見てる」
リュウは後ろを振り返った。
兵と荷車の列が、山道まで続いている。
「多いもんな」
「やっと分かってきた?」
「並ぶと分かる」
門が開き始めた。
城内は静かだった。
都よりずっと小さい。
道の両側に店はあるが、人影は少ない。
戸口や窓から、こちらを見ている者がいる。
兵を見る。
旗を見る。
リュウを見る。
「歓迎されてないな」
「まだ敵か味方か分からないもの」
シエンが言った。
「門は開けてくれたぞ」
「負けたくないのと、歓迎するのは別よ」
それは分かった。
道の先に、役所が見えた。
*
役所の前には、十人ほどの官吏が並んでいた。
一番前の男が膝をつく。
後ろも続いた。
「西方の政務を預かっております、ホウセンと申します」
「リュウだ」
「存じております」
「そうか」
ホウセンは頭を下げたままだった。
しばらく待つ。
まだ上げない。
「立っていいぞ」
「は」
全員が立った。
だが、顔は固いままだった。
「何かある?」
ホウセンがわずかに目を動かした。
「我らは、旧帝国に仕えておりました」
「ああ」
「都が陥ちた後も、この地の政務を続けております」
「ああ」
「ゆえに、処分をお申し付けください」
「処分?」
「我らを残されるのか、罷免されるのか」
リュウはハクヨウを見た。
「替えたほうがいい?」
「今、替える理由はありません」
ハクヨウが答えた。
「仕事の中身を見てからです」
「じゃあ、それで」
ホウセンが顔を上げた。
「よろしいのですか」
「ハクヨウがいいって」
「まだ、いいとは言ってません」
「違うのか」
「見てからです」
「じゃあ、見て」
「そのつもりです」
ハクヨウが前へ出た。
「戸籍はありますか」
「ございます」
「倉は?」
「三か所ございます」
「収支の記録も?」
「残しております」
「見せてください」
「どこまで」
「全部」
ホウセンは、もう一度リュウを見た。
リュウはうなずいた。
ハクヨウはすでに奥へ歩き始めていた。
ホウセンが慌てて追う。
ほかの官吏も続いた。
「終わった?」
リュウが聞いた。
「あなたはね」
シエンも役所へ入っていった。
*
役所の庭では、レイカが人を振り分けていた。
「子供がいる家は、あっち」
空いている建物を指す。
「怪我してる人はこっち。馬は役所の裏に入れないで」
「何してる?」
リュウが聞いた。
「今日寝る場所を決めてるの」
「まだ仕事あるのか」
「あなたにはない」
「そうか」
邪魔にならないところへ移った。
日が落ちかけたころ。
ハクヨウが戻ってきた。
腕に帳面を何冊も抱えている。
「どうだった?」
「思っていたより、残っています」
「何が」
「倉も、戸籍も、官吏も」
「いいこと?」
「使えれば」
帳面を机へ置く。
「ただ、都へ送ることを前提に組まれています」
「もう送らなくていいだろ」
「当面は西で使っていいと認められています」
「ああ」
「なので、使います」
「何に?」
「兵への給金。村の穀物。落ちた橋」
ハクヨウが一冊開く。
「ホウセン殿」
「は」
「この橋、三度修理を願い出ていますね」
ホウセンの顔が変わった。
「……はい」
「なぜ直していないんです」
「都から許可が下りませんでした」
「では、直してください」
ホウセンが止まった。
「よろしいのですか」
「必要なんでしょう?」
「はい」
「なら」
ホウセンはリュウを見る。
リュウも見た。
「俺を見るな」
「しかし」
「橋はハクヨウのほうが分かる」
今度はハクヨウを見る。
「やってください」
「……承知しました」
ホウセンは頭を下げた。
さっきより、少しだけ速かった。
*
翌朝。
役所の前に人が集まっていた。
新しい札が掲げられている。
都へ送っていた穀物の一部を、西で使う。
不要な労役を減らす。
落ちた橋の修復を始める。
「もう始めたのか」
リュウが言った。
「昨日、任せたでしょ」
レイカが答えた。
役所の前では、ホウセンが人を振り分けていた。
昨日までより声が大きい。
別の官吏が帳面を抱えて走っている。
「忙しそうだな」
「止められてた仕事があるんでしょ」
「止めてたの、誰?」
「都」
リュウは山の向こうを見る。
「もう遠いな」
「そういう問題でもあるわね」
昼になると、リュウのところにも人が来た。
「橋を直していただけるとか」
「ああ」
「ありがとうございます」
「ホウセンに言って」
次が来た。
「今年の労役について――」
「ハクヨウが知ってる」
また来る。
「倉の穀物はどこまで――」
「それもハクヨウ」
また来た。
「兵の配置について、お伺いが」
「バンかな」
何人か続いた。
そのうち、誰も来なくなった。
「静かになったな」
リュウが言った。
「みんな行き先を覚えたのよ」
レイカが答えた。
「便利だな」
「あなたにとってはね」
夕方。
リュウは城壁へ上がった。
盆地が広がっている。
畑。
川。
街道。
遠くでは、落ちた橋のほうへ人が向かっていた。
昨日より、人が動いている。
紐も増えていた。
城から。
役所から。
街道から。
リュウへ届き、その先でハクヨウたちへ流れていくものがある。
「増えたわね」
隣でシエンが言った。
「ああ」
「何したの?」
リュウは考えた。
「任せた」
シエンはしばらく紐を見ていた。
「それだけなのよね」
「ああ」
西では、昨日まで止まっていた仕事が、あちこちで進み始めていた。
リュウが細かく決めたものは、一つもなかった。




