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天下を取るには紐がいる  作者: 古江 門


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第七話 西の国 一

一 西へ


「三日?」


 レイカが言った。


「ああ」


「三日後に、西へ?」


「ああ」


 レイカがシエンを見る。


「三日?」


「私は最低でも三日と言ったの」


 シエンは答えた。


「三日後にしたのはリュウ」


 リュウは絶望的な顔でシエンを見た。


 シエンは目を逸らした。


 レイカがリュウを見る。


「何人連れていくの」


「ハクヨウが知ってる」


「荷は?」


「これから」


「兵糧は?」


「これから」


「家族は?」


 リュウは黙った。


 バンが一歩離れた。


 シエンも、少し離れた。


「お前ら」


「これは無理だ」


 バンが言った。


 レイカはしばらくリュウを見ていた。


「分かった」


 声は静かだった。


 リュウは安心しかけた。


「三日間、勝手に何も決めないで」


「ああ」


「誰かに何か頼まれても、いいって言わない」


「ああ」


「今夜は寝て」


「ああ」


「酒はなし」


「それは――」


 レイカが見た。


 リュウは寝た。



          *



 翌朝。


 役所の中を、人が走っていた。


 帳面が運ばれている。


 庭には袋が積まれている。


 荷車が何台も入ってきた。


「何してるんだ」


 リュウが聞いた。


「西へ行く準備です」


 ハクヨウが答えた。


「こんなに?」


「これでも足りません」


 袋を指す。


「兵糧。馬の飼葉。薬。縄。天幕。工具」


「多いな」


「人が多いので」


 リュウは積まれた荷を見た。


「西へ行くって、大変なんだな」


「今さらですか」



          *



 庭の向こうを、子供が走った。


 女が追いかけている。


 その横で老人が荷車へ荷をくくりつけていた。


 リュウはしばらく見た。


「みんな行くのか」


「行く人はね」


 レイカが答えた。


「兵だけじゃないのか」


「兵だけで西に住めると思ってた?」


 リュウはもう一度、庭を見る。


 子供。


 老人。


 荷をまとめている女たち。


「思ってたかもしれない」


「でしょうね」


「馬を扱う人もいる。荷車を直す人もいる。飯を作る人もいる。傷を診る人もいる」


 レイカが一つずつ指した。


「家族もいる」


「ずいぶんいるな」


「西で暮らすんだから」


「暮らすのか」


「何しに行くつもりだったの」


「西を治めろって」


「だから暮らすの」


 そこでようやく分かった。


「引っ越しだな」


「最初からそうよ」


 リュウは庭を見た。


 兵。


 家族。


 馬。


 荷車。


 食料。


 鍋まである。


「俺、西へ行くだけだと思ってた」


 レイカは驚かなかった。



          *



 二日目。


 リュウには、することがなかった。


 荷はレイカ。


 兵糧はハクヨウ。


 道はシエン。


 兵はバン。


 馬も荷車も、それぞれ分かる者がやっている。


「何かないか」


「ない」


 レイカが言った。


「何かあるだろ」


「じゃあ、それ運んで」


 袋を指された。


 リュウは持ち上げた。


 重かった。


「何だこれ」


「豆」


「こんなに食うのか」


「あなた一人じゃないの」


 運んだ。


 一袋で疲れた。


 戻る途中、同じ袋を二つ抱えた男とすれ違った。


 リュウは道を空けた。


「ほかに何かないか」


「もういい」


「そうか」


 少し嬉しかった。



          *



 三日後の朝。


 西門の外に、長い列ができた。


 兵。


 家族。


 馬。


 荷車。


 都へ来たときより、ずっと荷が多い。


「こんなにいたのか」


「三日間ずっと見てたでしょ」


 レイカが言った。


「並ぶと多い」


「増やしたの、だいたいあなたよ」


「俺?」


「頼まれるたびに、いいって言ったでしょ」


 リュウは少し考えた。


「しばらく言ってないぞ」


「三日間ね」


「ああ」


「よくできました」


 褒められた気がしなかった。



          *



 門を出た。


 街道は西へ伸びていた。


 しばらく進むと、都の城壁が少しずつ小さくなった。


 その先に山が見える。


「本当に山だな」


 リュウが言った。


「コウガが言ってたでしょ」


 シエンが答えた。


「道も悪い。帝国兵も残ってるって」


「聞いてたぞ」


「なら何で嬉しそうなの」


「遠くなってきたから」


 シエンが振り返る。


 都はまだ見えた。


「コウガから?」


「ああ」


「さみしいんじゃなかったの?」


「さみしいぞ」


「どっちなの」


「離れられるのは嬉しい」


 少し考える。


「会えないのはさみしい」


 シエンは前を向いた。


「面倒ね」


 リュウもそう思った。



          *



 昼を過ぎるころには、道が細くなった。


 荷車の速度が落ちる。


 山が両側から近づいてくる。


「この向こうが西か」


「山を越えてから」


「まだあるのか」


「あるわよ」


「どんなところだ」


「盆地。農地もある。倉もある。旧帝国が西を守るために使ってた土地」


「住みやすい?」


 シエンがリュウを見る。


「そこ?」


「住むんだろ」


「まあ」


「なら大事だろ」


 シエンは少し考えた。


「今は、あまり住みやすくない」


「そうなのか」


「戦で荒れてる。帝国兵も残ってる。徴発も重かった」


「じゃあ、どうする」


「住みやすくするのよ」


「誰が?」


 シエンがリュウを見る。


 リュウも見返した。


「俺?」


「あなたが治める土地なんだから」


「俺がやるのか」


 シエンは少し黙った。


「……できる人にやらせればいいでしょ」


 リュウは考えた。


「ああ」


 それなら、できそうだった。





 山を越えるのに、二日かかった。


 最後の坂を下ると、急に視界が開いた。


 畑。


 川。


 その向こうに城壁がある。


「広いな」


 リュウが言った。


「思ってたより、ちゃんと土地がある」


「何だと思ってたの」


「山の中に城があるのかと」


「それじゃ畑がないでしょ」


 遠くまで、田畑が続いていた。


 城門は閉まっていた。


 壁の上に兵がいる。


 弓も見えた。


「降りてないな」


 バンが言った。


「そうみたいね」


 シエンが城壁を見る。


「攻める?」


 リュウが聞いた。


「その前に話す」


「ああ」


「私が話すから、余計なことは言わないで」


「まだ駄目なのか」


「三日で終わると思ってたの?」


「少し」


「終わってない」


 リュウは諦めた。


 リュウとシエンが門の前まで進んだ。


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