第六話 宴と西 三
三 西をやる
「西へ行け」
コウガが言った。
「どこまで?」
「山を越えた先に盆地がある」
シエンが反応した。
「旧帝国の西方領?」
「ああ」
「そこをリュウに預ける」
広間が静かになった。
*
「預けるって」
リュウが言った。
「何をすればいい」
「治めろ」
「俺が?」
「ああ」
「無理じゃないか」
「お前がやる必要はないだろ」
返事が早かった。
リュウは少し考えた。
「確かに」
「そこは納得しないで」
シエンが言った。
「でも、ハクヨウがいるし」
「そういう問題でもないの」
「レイカもいる」
「増やさないで」
コウガが笑った。
「だから任せる」
リュウも、少し気が楽になった。
*
「西方には、まだ帝国の兵が残っております」
ソウゲンが言った。
「だからだ」
コウガが答える。
「都に置いておくより役に立つ」
「しかし」
「山の向こうだ。都へ出るには、いくつも関所を越える」
卓の上を指でなぞる。
「東へ軍を出せばすぐ分かる。帝国の残兵が集まれば、リュウが抑える」
「負けたら?」
「勝て」
「急に難しくなったな」
「さっきまで都を治めていた男が何を言う」
「俺は治めてないぞ」
「それも知っている」
コウガは続けた。
「西へ行け。兵も連れていけ。お前についてきたい者もだ」
「都の人は?」
「残す」
リュウは少し考えた。
*
「俺を都から出したいのか」
「ああ」
コウガは否定しなかった。
「なんで」
「さっきまでの話を聞いていなかったのか」
「聞いてた」
「なら分かるだろ」
「分からなかった」
「お前のところへ人が集まりすぎる」
「ああ」
「今すぐ俺に逆らうとは思っていない」
「ああ」
「だが、都に置けばもっと集まる」
「そうかもしれない」
「それは困る」
「そうなのか」
「困る」
はっきり言われた。
「じゃあ、西へ行けばいいのか」
「ああ」
「それで困らない?」
「今よりはな」
「分かった」
決まった。
*
「待って」
シエンが言った。
「西へ行くこと自体は受ける」
「シエン」
「黙ってて」
「ああ」
リュウは任せた。
「兵糧は?」
「都から出す」
「何日分」
「西の倉へ着くまでに必要な分」
「馬は?」
「今いるものは持っていけ」
「帝国軍から得た馬の一部も」
「数による」
「荷車」
「必要な分は認める」
「西方の官吏は?」
「降ればそのまま使え」
「降らなければ」
「そこはお前たちで考えろ」
「税は?」
「当面は西で使え」
ソウゲンが口を開きかけた。
「西を守らせるなら、兵を食わせる金は要る」
コウガが先に言った。
「何も持たせずに山の向こうへ追いやれば、盗賊になるだけだ」
シエンは少し考える。
「もう一つ」
「まだあるのか」
「現地で兵や人手が必要になるたび、都へ伺いを立てていたら間に合わない」
「それくらい自分たちで決めろ」
「官吏も?」
「必要なら使え」
「土地の有力者も?」
「従うならな」
「分かった」
シエンはそこで引いた。
リュウが小声で聞く。
「大事だった?」
「ものすごく」
「そうか」
何が大事だったのかは分からなかった。
*
「いつ出る」
「いつがいい」
「早いほうがいい」
「明日?」
シエンが顔を上げた。
「早すぎる」
「じゃあ明後日」
「荷をまとめられない」
「三日後?」
「最低でもそれくらい」
「じゃあ三日後」
「待て」
今度はバンだった。
「何だ」
「レイカに聞かなくていいのか」
リュウは止まった。
「あ」
「忘れてたの?」
「忘れてない」
「今の間は何だ」
「考えてた」
「何を」
「怒るかなって」
「怒るだろ」
バンは即答した。
「西へ行くって言ったら?」
「怒る」
「三日後って言ったら?」
「もっと怒る」
「どうすればいい」
「俺に聞くな」
コウガが二人を見る。
「妻に決めてもらうのか」
「荷のことは、だいたい」
「お前の軍はどうなっている」
「よく動いてるぞ」
「それが一番分からん」
*
話は終わった。
宴も、もう終わりに近かった。
リュウが卓の酒へ手を伸ばす。
シエンが杯を遠ざけた。
「もう終わっただろ」
「屋敷を出るまで宴よ」
「さっきより安全だぞ」
「さっき死にかけた人が言わないで」
「一杯だけ」
「帰ってから」
リュウは諦めた。
*
屋敷を出る前。
コウガに呼び止められた。
「リュウ」
「何だ」
「西は楽な土地ではない」
「ああ」
「帝国の兵もいる」
「ああ」
「山もある。道も悪い」
「ああ」
「都からも遠い」
「そうか」
リュウは少し黙った。
「さみしくなるな」
コウガの眉が上がった。
「何が?」
「お前と離れるだろ」
「……お前は今、殺されかけたんだぞ」
「あれはソウゲンだろ」
ソウゲンは何も言わなかった。
「お前は止めた」
「ああ」
「じゃあ、お前じゃない」
コウガは返事をしなかった。
「お前は、俺が怖くないのか」
「怖いぞ」
「どっちだ」
「怖いし、さみしい」
今度こそ、コウガが言葉に詰まった。
しばらくして、鼻から息を吐く。
「……西へ行っても戦はあるぞ」
「そうなのか」
「ああ」
「そこは遠くても変わらないのか」
「変わるわけがないだろ」
リュウは少し残念そうだった。
コウガが笑った。
「さっさと行け」
「ああ」
リュウは屋敷を出た。
*
門を出る。
夜風が涼しかった。
「本当にさみしいの?」
シエンが聞いた。
「ああ」
「殺されかけたのに?」
「だから、あれはソウゲンだろ」
「そこはちゃんと分けるのね」
「コウガは止めたし」
シエンは何も言わなかった。
「ただし」
少しして言う。
「ソウゲンには近づかないで」
「ああ」
「絶対に」
「ああ」
「返事が軽い」
「近づきたくないぞ。殺されかけたし」
「ならいい」
バンが後ろから言った。
「俺も近づかないほうがいいか?」
「あなたは近づいたら殴りそうだから駄目」
「分かった」
それは素直に聞いた。
*
役所の裏には、二頭の馬がまだつながれていた。
鞍には荷がくくりつけられている。
使わずに済んだ。
中へ入ると、レイカが待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「無事ね」
「ああ」
「何もなかった?」
リュウ。
シエン。
バン。
三人とも黙った。
レイカの目が細くなった。
「何があったの」
「その前に」
リュウが言った。
「西へ行くことになった」
「……何?」
「三日後くらい」
レイカはしばらく動かなかった。
バンが一歩離れた。
シエンも離れた。
「お前ら」
「これは助けられない」
バンが言った。
「私も」
シエンが続いた。
「さっきは助けてくれたのに」
「剣より難しいものもあるのよ」
レイカが立ち上がった。
「リュウ」
「はい」
今夜二度目の危機だった。




