第六話 宴と西 二
二 宴
広間には、すでに人が集まっていた。
コウガ。
ソウゲン。
南から来た諸将。
途中で合流した反乱軍の頭たち。
帝国との戦で名を上げた者もいる。
「多いな」
「今さら?」
「飯、足りるのかな」
「それも今考えなくていい」
席へ案内された。
*
酒が出た。
肉が出た。
魚も出た。
リュウは少し安心した。
宴は普通に始まった。
帝国軍を破った戦の話。
逃げた将軍の話。
どこの軍が何人倒したか。
誰が最初に敵陣へ入ったか。
リュウには半分くらい分からなかった。
分かるところだけ聞いた。
「それ、コウガがやったのか」
「ああ」
「よく生きてたな」
コウガが笑った。
「お前なら死んでいた」
「たぶん」
「そこは否定しろ」
「俺じゃ無理だろ」
「それはそうだな」
近くの将たちが笑った。
リュウも笑った。
*
しばらくして、ソウゲンが口を開いた。
「リュウ殿」
「何だ」
「都へ入ったとき、兵は三百ほどだったとか」
「そのくらい」
「それだけで、よく門を開けさせましたな」
「シエンが話した」
「それだけではございますまい」
「守備兵を殺さず、官吏も残した」
「ああ」
「略奪も禁じた」
「ああ」
「労役と徴発も止めた」
「ああ」
「それで都の民から、ずいぶん信を得た」
「増えたな」
「どれほどです」
「数えてない」
「見れば分かるでしょう」
「多いと途中から面倒になる」
「お前、本当に数えてないのか」
コウガが聞いた。
「ああ」
「自分へ集まる紐だぞ」
「一本ずつ数えるのか?」
「普通は気になる」
「そうなのか」
コウガがシエンへ顔を向けた。
「いつもこうか」
「だいたい」
「大変だな」
「分かってくれる?」
「ああ」
シエンが少し嬉しそうだった。
*
「では、都をどうなさるおつもりです」
ソウゲンが続けた。
「コウガに任せる」
近くで杯を持ち上げかけた男の手が止まった。
コウガが眉を上げる。
「俺に?」
「ああ」
「なぜだ」
「帝国軍に勝ったのはお前だろ」
「お前が先に都へ入った」
「早く着いただけだ」
「都の民は、お前を信じ始めている」
「お前もいれば、そのうちそっちにも伸びるだろ」
すでにコウガへ伸びている紐もある。
「もう伸びてるし」
「確かにな」
コウガは酒を飲んだ。
「では、天下を望むお心はないと」
「ない」
「王になるおつもりも」
「ない」
「何を望まれる」
リュウは少し考えた。
「戦が終わればいい」
「それだけですか」
「あと、できれば家に帰りたい」
隣でシエンが小さく息を吐いた。
*
「不思議ですな」
ソウゲンが言った。
「何が」
「それほど欲しがっていない方のところへ、人が集まる」
「俺に聞かれても分からん」
「あなたが望まずとも、人があなたを王に望めば?」
「断る」
「それでも従えば?」
「困る」
「さらに集まれば?」
「もっと困る」
何人かが笑った。
「お前らしいな」
コウガも笑った。
「頼まれて断れずに面倒を増やす」
「好きで増やしてるわけじゃない」
「知っている」
「ですが」
ソウゲンが続けた。
「人望は、本人がいらぬと言えば消えるものでもありますまい」
「じゃあ、どうすればいい」
「それを考えるのが、天下を争う者です」
「俺は争ってないぞ」
「そこが問題なのです」
すぐには笑いが起きなかった。
*
「まだ早いわ」
シエンが口を挟んだ。
「地方には帝国兵も残ってる。反乱軍も一枚岩じゃない。今ここで敵を決めれば、その敵と戦う仕事まで増える」
「仕事が増えるのは嫌だな」
「あなたは黙ってて」
「ああ」
「いずれ決めねばなりません」
ソウゲンが言う。
「いずれなら、そのとき決めればいい」
「もういい」
コウガが止めた。
「リュウが天下を欲しがっていないのは、俺も知っている」
「本人については、私も疑っておりません」
「なら何だ」
「この男へ集まった者たちです」
*
「こいつらか?」
コウガが、リュウの周囲へ伸びる紐を示した。
「はい」
「前にも話しただろう。自分で使うか、人へ渡すか。その違いだ」
「以前から気にはなっておりました」
「今はもっと?」
リュウが聞いた。
「数が違います」
「紐が?」
「人が」
ソウゲンは続ける。
「あなた自身の力は、ほとんど変わっていない」
「ああ」
「バンは強くなった」
「ああ」
「ハクヨウは、以前より多くの仕事を扱える」
「ああ」
「その者たちを働かせている間に、さらに人が集まる」
リュウは少し考えた。
「便利だぞ」
「それを申しております」
「便利なのが?」
「はい」
返事が早かった。
*
「これまで、紐を見る者が天下を取るとき、その力は一人へ集まりました」
「知っている」
コウガが答える。
「ならば、その一人に勝てばよい」
「俺ならそうする」
「ですが、この者は違う。本人を強くする代わりに、周囲へ力を分けている」
「リュウを倒せば、その紐は切れる」
「今の形ならば」
コウガが少し考えた。
「形が変わるのか?」
リュウが聞いた。
「分かりません」
ソウゲンは答えた。
「だから気になるのです」
*
「考えすぎだ」
コウガが言った。
「かもしれません」
「今のこいつは弱い」
「ああ」
リュウも認めた。
「お前は黙っていろ」
「ああ」
「兵も三百ほどだ」
「もうちょっと増えた」
コウガの眉間にしわが寄る。
「また増えたのか」
「ああ」
「何人だ」
「そこまでは知らない」
「自分の兵数くらい把握しろ」
「ハクヨウが知ってる」
「お前が天下を取る姿だけは、やはり想像できんな」
「俺もできない」
広間に笑いが戻った。
*
楽師が入ってきた。
笛。
弦。
太鼓。
料理が追加される。
酒も回った。
「もう飲んでいいか」
リュウが小声で聞いた。
「今までも飲んでたでしょ」
「控えてた」
「どれくらい」
「いつもの半分」
「そのままで」
「まだ?」
「まだ」
リュウは不満そうに杯を置いた。
*
曲が変わった。
二人の男が広間へ入ってきた。
鎧は着ていない。
腰には剣。
一人が抜く。
もう一人も続く。
刃が灯りを返した。
「剣舞か」
「そうみたいね」
「見たことある?」
「ある」
「俺はない」
二人が動き始めた。
刃が交差する。
離れる。
回る。
また近づく。
「うまいな」
リュウが身を乗り出した。
シエンの手が袖を押さえた。
「何だ」
「座ってて」
「座ってるぞ」
「もっとこっち」
引かれるまま、少し後ろへ下がる。
一人が大きく踏み込んだ。
もう一人がかわす。
位置が入れ替わる。
さっきより近い。
「リュウ」
「何だ」
「今から、私の言うとおりにして」
「なんで」
刃がひるがえった。
「いいから」
今度の声は低かった。
剣舞は続いた。
一人が踏み込む。
一人が下がる。
刃が交差する。
さっきより近い。
「右へ」
シエンが言った。
「何が」
「いいから」
リュウは少し右へずれた。
その直後。
剣先が、さっきまで肩のあった場所を通った。
「おお」
「感心しないで」
「近かったな」
「だから言ってるの」
二人の踊り手は離れた。
だが、一人だけがすぐに戻ってきた。
もう一人は動きを止めている。
剣舞の型から外れていた。
*
「コウガ」
シエンが声を上げた。
「何だ」
「西のことを聞きたい」
「今か?」
「今」
「西?」
「帝国軍がまだ残ってるでしょう」
「ああ」
「都を取ったあと、誰を向かわせるつもり?」
話しながら、シエンはリュウの椅子を引いた。
「おい」
「黙ってて」
「椅子ごと?」
「動かないから」
一尺ほど下がる。
男もまた距離を詰めた。
もう、舞ってはいなかった。
*
「その話なら明日でもできる」
「明日までに死んだらできないわ」
広間が静かになった。
リュウがシエンを見る。
「誰が?」
「あなた」
「俺?」
「そう」
ようやく分かった。
少し遅かった。
男が踏み込んだ。
「やめろ」
コウガの声と、男の剣がほとんど同時だった。
刃が横へ走る。
シエンがリュウの肩を引いた。
椅子が倒れた。
剣が、その上を通る。
もう一人の踊り手は完全に動きを止めていた。
男の剣が止まった。
*
「ソウゲン」
少し間があった。
「はい」
「お前か」
「今、残せば禍根となります」
リュウにも分かった。
「俺?」
「そうです」
「何した」
「それが問題なのです」
「何もしてないのが?」
「そうです」
やはり分からなかった。
「コウガ様。今なら、まだ――」
「俺は命じていない」
コウガが遮った。
「こいつが危険だという話は聞いた」
「あればこそ」
「聞いた上で言っている」
剣を持つ男へ顎を動かす。
「下がれ」
男は剣を納めた。
「ソウゲン」
「はい」
「次は先に俺に言え」
短い沈黙があった。
「……はい」
*
そのとき、外が騒がしくなった。
何かが倒れる。
怒鳴り声。
扉が勢いよく開いた。
バンが入ってきた。
後ろで二人ほど兵が転んでいる。
「いた」
リュウを見つけるなり、まっすぐこちらへ来た。
剣を抜いたまま、リュウの前に立つ。
完全に盾になる位置だった。
「無事か」
「ああ。もう終わったみたいだ」
「そうか」
それでも動かなかった。
*
「お前、どうやって入った」
コウガが聞いた。
「通してくれなかった」
「だから?」
「入った」
コウガは扉の向こうで起き上がる兵を見る。
「それは見れば分かる」
「ああ」
「俺の兵だぞ」
「悪かった」
「謝ればいいと思ってるのか」
「駄目か」
コウガは息を吐いた。
「もういい」
*
コウガは席へ戻った。
「ソウゲン」
「はい」
「こいつが俺を倒すと思うか」
「本人だけならば、いいえ」
「兵を率いて?」
「現状では、いいえ」
「剣で?」
「論外です」
「そこまで言う?」
リュウが口を挟んだ。
「なら、今ここで殺す必要はない」
「ですが、人が集まり続ければ」
「都から離す」
シエンが聞く。
「離す?」
「ああ」
「それで十分だ」
リュウは息を吐いた。
バンはまだ前にいた。
*
倒れた卓が直された。
料理も片づけられた。
剣舞は終わった。
当然だった。
バンは帰らなかった。
「お前、招かれてないぞ」
「もう入った」
「そうだけど」
「今さらだろ」
近くにいた兵が、何とも言えない顔をした。
「座らせてやれ」
コウガが言った。
バンに席が用意された。
「酒も出る?」
「お前らはそればかりだな」
「出るなら飲む」
「勝手にしろ」
酒が運ばれてきた。
リュウも杯へ手を伸ばす。
シエンが先に取った。
「なんで」
「今からもっと大事な話をするから」
「さっき死にかけたぞ」
「だからよ」
「一杯くらい」
「駄目」
バンには酒が出た。
リュウには出なかった。
少し納得できなかった。




