↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下を取るには紐がいる  作者: 古江 門


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/37

第六話 宴と西 二

二 宴


 広間には、すでに人が集まっていた。


 コウガ。


 ソウゲン。


 南から来た諸将。


 途中で合流した反乱軍の頭たち。


 帝国との戦で名を上げた者もいる。


「多いな」


「今さら?」


「飯、足りるのかな」


「それも今考えなくていい」


 席へ案内された。



          *



 酒が出た。


 肉が出た。


 魚も出た。


 リュウは少し安心した。


 宴は普通に始まった。


 帝国軍を破った戦の話。


 逃げた将軍の話。


 どこの軍が何人倒したか。


 誰が最初に敵陣へ入ったか。


 リュウには半分くらい分からなかった。


 分かるところだけ聞いた。


「それ、コウガがやったのか」


「ああ」


「よく生きてたな」


 コウガが笑った。


「お前なら死んでいた」


「たぶん」


「そこは否定しろ」


「俺じゃ無理だろ」


「それはそうだな」


 近くの将たちが笑った。


 リュウも笑った。



          *



 しばらくして、ソウゲンが口を開いた。


「リュウ殿」


「何だ」


「都へ入ったとき、兵は三百ほどだったとか」


「そのくらい」


「それだけで、よく門を開けさせましたな」


「シエンが話した」


「それだけではございますまい」


「守備兵を殺さず、官吏も残した」


「ああ」


「略奪も禁じた」


「ああ」


「労役と徴発も止めた」


「ああ」


「それで都の民から、ずいぶん信を得た」


「増えたな」


「どれほどです」


「数えてない」


「見れば分かるでしょう」


「多いと途中から面倒になる」


「お前、本当に数えてないのか」


 コウガが聞いた。


「ああ」


「自分へ集まる紐だぞ」


「一本ずつ数えるのか?」


「普通は気になる」


「そうなのか」


 コウガがシエンへ顔を向けた。


「いつもこうか」


「だいたい」


「大変だな」


「分かってくれる?」


「ああ」


 シエンが少し嬉しそうだった。



          *



「では、都をどうなさるおつもりです」


 ソウゲンが続けた。


「コウガに任せる」


 近くで杯を持ち上げかけた男の手が止まった。


 コウガが眉を上げる。


「俺に?」


「ああ」


「なぜだ」


「帝国軍に勝ったのはお前だろ」


「お前が先に都へ入った」


「早く着いただけだ」


「都の民は、お前を信じ始めている」


「お前もいれば、そのうちそっちにも伸びるだろ」


 すでにコウガへ伸びている紐もある。


「もう伸びてるし」


「確かにな」


 コウガは酒を飲んだ。


「では、天下を望むお心はないと」


「ない」


「王になるおつもりも」


「ない」


「何を望まれる」


 リュウは少し考えた。


「戦が終わればいい」


「それだけですか」


「あと、できれば家に帰りたい」


 隣でシエンが小さく息を吐いた。



          *



「不思議ですな」


 ソウゲンが言った。


「何が」


「それほど欲しがっていない方のところへ、人が集まる」


「俺に聞かれても分からん」


「あなたが望まずとも、人があなたを王に望めば?」


「断る」


「それでも従えば?」


「困る」


「さらに集まれば?」


「もっと困る」


 何人かが笑った。


「お前らしいな」


 コウガも笑った。


「頼まれて断れずに面倒を増やす」


「好きで増やしてるわけじゃない」


「知っている」


「ですが」


 ソウゲンが続けた。


「人望は、本人がいらぬと言えば消えるものでもありますまい」


「じゃあ、どうすればいい」


「それを考えるのが、天下を争う者です」


「俺は争ってないぞ」


「そこが問題なのです」


 すぐには笑いが起きなかった。



          *



「まだ早いわ」


 シエンが口を挟んだ。


「地方には帝国兵も残ってる。反乱軍も一枚岩じゃない。今ここで敵を決めれば、その敵と戦う仕事まで増える」


「仕事が増えるのは嫌だな」


「あなたは黙ってて」


「ああ」


「いずれ決めねばなりません」


 ソウゲンが言う。


「いずれなら、そのとき決めればいい」


「もういい」


 コウガが止めた。


「リュウが天下を欲しがっていないのは、俺も知っている」


「本人については、私も疑っておりません」


「なら何だ」


「この男へ集まった者たちです」



          *



「こいつらか?」


 コウガが、リュウの周囲へ伸びる紐を示した。


「はい」


「前にも話しただろう。自分で使うか、人へ渡すか。その違いだ」


「以前から気にはなっておりました」


「今はもっと?」


 リュウが聞いた。


「数が違います」


「紐が?」


「人が」


 ソウゲンは続ける。


「あなた自身の力は、ほとんど変わっていない」


「ああ」


「バンは強くなった」


「ああ」


「ハクヨウは、以前より多くの仕事を扱える」


「ああ」


「その者たちを働かせている間に、さらに人が集まる」


 リュウは少し考えた。


「便利だぞ」


「それを申しております」


「便利なのが?」


「はい」


 返事が早かった。



          *



「これまで、紐を見る者が天下を取るとき、その力は一人へ集まりました」


「知っている」


 コウガが答える。


「ならば、その一人に勝てばよい」


「俺ならそうする」


「ですが、この者は違う。本人を強くする代わりに、周囲へ力を分けている」


「リュウを倒せば、その紐は切れる」


「今の形ならば」


 コウガが少し考えた。


「形が変わるのか?」


 リュウが聞いた。


「分かりません」


 ソウゲンは答えた。


「だから気になるのです」



          *



「考えすぎだ」


 コウガが言った。


「かもしれません」


「今のこいつは弱い」


「ああ」


 リュウも認めた。


「お前は黙っていろ」


「ああ」


「兵も三百ほどだ」


「もうちょっと増えた」


 コウガの眉間にしわが寄る。


「また増えたのか」


「ああ」


「何人だ」


「そこまでは知らない」


「自分の兵数くらい把握しろ」


「ハクヨウが知ってる」


「お前が天下を取る姿だけは、やはり想像できんな」


「俺もできない」


 広間に笑いが戻った。



          *



 楽師が入ってきた。


 笛。


 弦。


 太鼓。


 料理が追加される。


 酒も回った。


「もう飲んでいいか」


 リュウが小声で聞いた。


「今までも飲んでたでしょ」


「控えてた」


「どれくらい」


「いつもの半分」


「そのままで」


「まだ?」


「まだ」


 リュウは不満そうに杯を置いた。



          *



 曲が変わった。


 二人の男が広間へ入ってきた。


 鎧は着ていない。


 腰には剣。


 一人が抜く。


 もう一人も続く。


 刃が灯りを返した。


「剣舞か」


「そうみたいね」


「見たことある?」


「ある」


「俺はない」


 二人が動き始めた。


 刃が交差する。


 離れる。


 回る。


 また近づく。


「うまいな」


 リュウが身を乗り出した。


 シエンの手が袖を押さえた。


「何だ」


「座ってて」


「座ってるぞ」


「もっとこっち」


 引かれるまま、少し後ろへ下がる。


 一人が大きく踏み込んだ。


 もう一人がかわす。


 位置が入れ替わる。


 さっきより近い。


「リュウ」


「何だ」


「今から、私の言うとおりにして」


「なんで」


 刃がひるがえった。


「いいから」


 今度の声は低かった。





 剣舞は続いた。


 一人が踏み込む。


 一人が下がる。


 刃が交差する。


 さっきより近い。


「右へ」


 シエンが言った。


「何が」


「いいから」


 リュウは少し右へずれた。


 その直後。


 剣先が、さっきまで肩のあった場所を通った。


「おお」


「感心しないで」


「近かったな」


「だから言ってるの」


 二人の踊り手は離れた。


 だが、一人だけがすぐに戻ってきた。


 もう一人は動きを止めている。


 剣舞の型から外れていた。



          *



「コウガ」


 シエンが声を上げた。


「何だ」


「西のことを聞きたい」


「今か?」


「今」


「西?」


「帝国軍がまだ残ってるでしょう」


「ああ」


「都を取ったあと、誰を向かわせるつもり?」


 話しながら、シエンはリュウの椅子を引いた。


「おい」


「黙ってて」


「椅子ごと?」


「動かないから」


 一尺ほど下がる。


 男もまた距離を詰めた。


 もう、舞ってはいなかった。



          *



「その話なら明日でもできる」


「明日までに死んだらできないわ」


 広間が静かになった。


 リュウがシエンを見る。


「誰が?」


「あなた」


「俺?」


「そう」


 ようやく分かった。


 少し遅かった。


 男が踏み込んだ。


「やめろ」


 コウガの声と、男の剣がほとんど同時だった。


 刃が横へ走る。


 シエンがリュウの肩を引いた。


 椅子が倒れた。


 剣が、その上を通る。


 もう一人の踊り手は完全に動きを止めていた。


 男の剣が止まった。



          *



「ソウゲン」


 少し間があった。


「はい」


「お前か」


「今、残せば禍根となります」


 リュウにも分かった。


「俺?」


「そうです」


「何した」


「それが問題なのです」


「何もしてないのが?」


「そうです」


 やはり分からなかった。


「コウガ様。今なら、まだ――」


「俺は命じていない」


 コウガが遮った。


「こいつが危険だという話は聞いた」


「あればこそ」


「聞いた上で言っている」


 剣を持つ男へ顎を動かす。


「下がれ」


 男は剣を納めた。


「ソウゲン」


「はい」


「次は先に俺に言え」


 短い沈黙があった。


「……はい」



          *



 そのとき、外が騒がしくなった。


 何かが倒れる。


 怒鳴り声。


 扉が勢いよく開いた。


 バンが入ってきた。


 後ろで二人ほど兵が転んでいる。


「いた」


 リュウを見つけるなり、まっすぐこちらへ来た。


 剣を抜いたまま、リュウの前に立つ。


 完全に盾になる位置だった。


「無事か」


「ああ。もう終わったみたいだ」


「そうか」


 それでも動かなかった。



          *



「お前、どうやって入った」


 コウガが聞いた。


「通してくれなかった」


「だから?」


「入った」


 コウガは扉の向こうで起き上がる兵を見る。


「それは見れば分かる」


「ああ」


「俺の兵だぞ」


「悪かった」


「謝ればいいと思ってるのか」


「駄目か」


 コウガは息を吐いた。


「もういい」



          *



 コウガは席へ戻った。


「ソウゲン」


「はい」


「こいつが俺を倒すと思うか」


「本人だけならば、いいえ」


「兵を率いて?」


「現状では、いいえ」


「剣で?」


「論外です」


「そこまで言う?」


 リュウが口を挟んだ。


「なら、今ここで殺す必要はない」


「ですが、人が集まり続ければ」


「都から離す」


 シエンが聞く。


「離す?」


「ああ」


「それで十分だ」


 リュウは息を吐いた。


 バンはまだ前にいた。



          *



 倒れた卓が直された。


 料理も片づけられた。


 剣舞は終わった。


 当然だった。


 バンは帰らなかった。


「お前、招かれてないぞ」


「もう入った」


「そうだけど」


「今さらだろ」


 近くにいた兵が、何とも言えない顔をした。


「座らせてやれ」


 コウガが言った。


 バンに席が用意された。


「酒も出る?」


「お前らはそればかりだな」


「出るなら飲む」


「勝手にしろ」


 酒が運ばれてきた。


 リュウも杯へ手を伸ばす。


 シエンが先に取った。


「なんで」


「今からもっと大事な話をするから」


「さっき死にかけたぞ」


「だからよ」


「一杯くらい」


「駄目」


 バンには酒が出た。


 リュウには出なかった。


 少し納得できなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。