第七話 絵図という刃
※疫病と死の描写があります。子供の死にも触れます。
医者が最も多くの命を救うのは、たいてい、手術室ではありません。
弘治三年、初夏。
報せは、朝の粥の途中で来た。
「勘十郎さま。庄内川沿いの村で、疫が出ておりまする」
運び込まれた足軽が、汗だくで平伏する。
「村の名は」
「中村にございます。……もう、七人が」
言葉に詰まった男を、俺は手で制した。
「七人死んだのだな。何日で」
「十日ほどで」
「症は」
「腹を下し、熱が出て……その、便に、血が」
俺は箸を置いた。
(血便。発熱。急速な経過。子供と年寄りから死ぬ)
――赤痢だ。
念のため、頭の中で一つ、可能性を消しておく。
コレラではない。あの病がこの国に上陸するのは、まだ二百六十年ほど先の話だ。今の日本に、あれはいない。
ならば、赤痢か、それに近い腹の疫。
「与一郎! すず!」
俺は立ち上がった。
「塩と、甘葛と、味噌をありったけ荷にしろ。鍋も。それと竈の使える者を五人。……馬を引け」
「勘十郎さま」
すずが、めずらしく食い下がった。
「疫の村にございます。お行きになるのは」
「医者だからだ」
俺は袴の紐を締めた。
「他に何か理由が要るか」
◆
中村は、田と葦原に囲まれた、貧しい村だった。
入ってすぐ分かった。
人がいない。
いや、いるのだ。ただ、みな家の中でうずくまっている。表を歩いているのは、痩せた犬と、それから――莚に包まれたものを運ぶ男が二人。
俺が馬を下りると、村の者たちが、じりじりと後ずさった。
当たり前だ。武家が村に来る理由など、この時代には二つしかない。年貢を取り立てに来たか、人を狩りに来たか、そのどちらかである。
「名主は」
しばらくして、腰の曲がった老人が、震えながら出てきた。
「……七郎兵衛と申しまする。お、お代官さまでございましょうか」
「違う。医者だ」
「い……医者」
七郎兵衛が、ぽかんと口を開けた。
俺は袖をまくった。
「病人の家へ案内しろ。全部だ」
◆
一軒目に入った瞬間、匂いで診断が固まった。
薄暗い土間の奥、藁の上に、四十がらみの女が横たわっている。
脈を取る。速い。手首の血管が指の下でぺしゃんこに潰れている。皮膚をつまむと、つまんだ形のまま、ゆっくりとしか戻らない。
口の中を見る。舌が乾いて、ひび割れている。
(重度の脱水だ。もう小便も出ていまい)
「いつからだ」
「……四日、ほど」
「便は」
女は答えず、ただ首を横に振った。羞恥だろう。
俺は代わりに、傍らの汚れた布を見た。答えは、そこにあった。粘液と、血。
――赤痢の典型だ。
この病は、量で殺すのではない。
厠に行きたい感覚だけが繰り返し襲い、行っても少ししか出ず、そのたびに血と粘液を失う。しぶり腹という。腸の壁そのものが、細かく傷つき、剥がれ落ちていく。
そして熱が出て、水を失い、幼子と年寄りから、順に死ぬ。
「与一郎! 鍋を据えろ! 湯を沸かせ、ありったけだ!」
俺は土間から表へ怒鳴った。
「すず、塩と甘葛! あの割合だ、覚えているな!」
「はい!」
――《《甘い塩湯》》。
二年前、目覚めた俺が、この身体に最初に与えたもの。
あれを、今度は村ひとつぶん作る。
◆
この病に、俺は薬を持たない。
抗生剤はない。点滴もない。腸に開いた無数の傷を、閉じてやる手立てはない。
だが、赤痢で死ぬ者の多くは、《《腸の傷そのものではなく、失った水で死ぬ》》。
ならば、水を入れ続ければいい。
入れた端から出ていくのなら、《《出ていく量より多く入れればいい》》。
それだけの、単純で、途方もなく面倒な戦いだ。
「一口ずつだ! がぶ飲みさせるな、吐く! 匙で、絶え間なく、何刻でも!」
村の広場に、竈を五つ据えた。
湯を沸かし、冷まし、塩と甘葛を溶く。それを桶で各戸に配り、家族に匙で飲ませ続けさせる。
俺は一軒ずつ回って、皮膚をつまみ、舌を見て、脈を数えた。
「――足りぬ。倍飲ませろ」
「そんなに飲ませては、腹が」
「腹が下るのは病のせいだ。水のせいではない。飲ませろ」
夜通しやった。
二日目の昼、俺は広場の切り株に腰を下ろして、握り飯を口に押し込みながら、指を折って数えていた。
新しく倒れた者――昨日、四人。今日、三人。
……減っていない。
(治療は効いている。死ぬ者は確かに減った。だが)
俺は、握り飯を置いた。
(《《新しく病む者が、減っていない》》)
当たり前のことに、俺はようやく思い至った。
医者が一人で桶を配って回るのは、《《漏れ続ける船から水を掻き出している》》のと同じだ。
掻き出すのをやめれば沈む。だが、掻き出し続けても、船は治らない。
――穴を、塞がねばならない。
◆
俺は、板切れに炭で村の絵図を描いた。
家を一軒ずつ、四角で。道を線で。川と、田と、寺と、鎮守の森。
そして、七郎兵衛を呼びつけた。
「死んだ七人、それから今病んでいる者。どの家か、全部指せ」
「へ、へえ……」
老人は、震える指で四角を指していった。
俺は、指されるたびに、その四角を炭で黒く塗り潰した。
やがて、板の上に、黒い染みの群れが浮かび上がった。
俺は、しばらく黙ってそれを眺めた。
――《《偏っている》》。
村の東半分、鎮守の森に近いあたりに、黒が集まっている。西のはずれ、川に近い家々は、ほとんど白いままだ。
「七郎兵衛」
「へえ」
「この村で、水はどこから汲む」
老人は、きょとんとした。
――そして、俺の人生でも指折りに重要な答えを口にした。
「井戸が、二つございます」
「二つ」
「へえ。鎮守さまの脇の井戸と、川べりの新しい井戸と。……鎮守さまの水は、そりゃあ甘うございましてな。旨い水でございます。ですから、たいがいの者は、遠くても鎮守さまのほうへ汲みに参ります」
俺は、黒い染みの群れを見た。
鎮守の森を、ぐるりと囲むように広がっている。
「川べりの井戸を使う者は」
「西のはずれの、貧しい者どもばかりで。あれは水が濁っておりますで、まあ、鎮守さまへ行く暇のない者が」
――白いままの家々。
俺の背筋を、冷たいものが走った。
(旨い水を飲める者が死に、濁った水しか飲めぬ者が生きている)
「七郎兵衛。その鎮守の井戸へ、案内しろ。今すぐだ」
◆
鎮守の森の井戸は、確かに立派だった。
石で丁寧に組まれ、周りは掃き清められ、小さな注連縄まで張ってある。
俺は釣瓶を落とし、汲み上げた水を手に取った。
澄んでいる。匂いもない。
舐めてみた。――甘い。柔らかい、旨い水だ。
それから俺は、井戸を背にして、ゆっくりと周囲を歩いた。
地面の傾きを見る。井戸は、なだらかな斜面の、下のほうにある。
斜面を登る。二十歩。四十歩。六十歩。
――そこに、それはあった。
新しく掘られた、大きな穴。
肥溜めである。
俺は、しばらく動けなかった。
「……七郎兵衛。これは、いつ掘った」
「去年の秋にございます。田が増えましたで、肥が足りぬようになりまして」
「それまでは」
「川べりの、ずっと下のほうに」
俺は、目を閉じた。
傾いた地面。上に肥溜め。下に井戸。
春の長雨。土に染み込み、地の中をゆっくりと流れ、井戸へ落ちる。
――穴は、ここだ。
◆
「この井戸を、埋めろ」
俺がそう言った瞬間、村の空気が変わった。
「なっ……」
「な、なりませぬ!」
七郎兵衛が、初めて大声を出した。
「鎮守さまの井戸にございますぞ! 村ができたときからの井戸で、村の者が代々……そんな、埋めるなど、罰が当たりまする!」
周りの村人たちも、ざわざわと後ずさりながら、しかし敵意のこもった目でこちらを見ている。
俺は、深く息を吸った。
――ここが、正念場だ。
俺は、命じることができる。俺は織田の一族で、腰には刀があり、後ろには兵がいる。「埋めよ」と言えば、埋まる。
だが、それをやれば、俺が去った翌日に掘り返される。
俺は、板の絵図を掲げた。
「七郎兵衛。この黒いのが、死んだ者と、病んだ者だ」
「……へ、へえ」
「鎮守の井戸の水を飲む家に、集まっている。川べりの濁った水を飲む家には、ほとんどない」
俺は、指で線を引いた。
「そして、あの井戸の上に、去年、肥溜めを掘った。地面はこう傾いている。雨は、上から下へ流れる。……何が起きているか、分かるか」
沈黙。
一人の若い男が、掠れた声で言った。
「……糞が、井戸に、落ちておると?」
「目には見えん。だが、そういうことだ」
俺は言った。
「病は、罰でも祟りでもない。《《人の腹から出たものが、人の口に入っている》》。それだけだ。旨い水だから、みなが汲みに来た。だから、旨い水を飲める者から死んだ」
村人たちが、互いに顔を見合わせた。
誰かが、小さく呻いた。
「じゃあ……たねは……」
俺は、その声のほうを見た。
三十半ばの、痩せた男だった。三助という名だと、あとで知った。
「たねが死んだのは……わしが、鎮守さまの水を汲んできてやったからか」
――ああ。
俺は、その質問を知っている。
四十年、何百回と聞かされてきた質問だ。もっと早く連れてくれば。あのとき止めていれば。私のせいか。
この問いに、正しい答えなどない。だが、黙っていていい問いでもない。
「三助」
俺は、その男の前に立った。
「お前は、娘に一番旨い水を飲ませてやった。それは、親として正しいことだ」
「……」
「知らなかったことで、人は責められん。《《知る手立てが、なかったのだからな》》」
男の顔が、くしゃりと歪んだ。
「だが」
俺は、村じゅうに聞こえるように続けた。
「今、お前たちは知った。ここから先は、違う。ここから先に同じことが起きたら、それは――俺の落ち度だ」
◆
井戸は、埋めた。
石は残し、注連縄も残し、村の者に頼んで小さな祠を建てさせた。信仰を潰す必要はない。潰せば恨まれるだけで、何一つ良くならない。
肥溜めは、川べりの、ずっと下手へ移した。
川べりの井戸を掘り直し、深くし、周りを石で囲って、地面の水が直接流れ込まぬようにした。
そして俺は、村じゅうに触れを出した。
――《《飲み水は、必ず一度煮ること。》》
――《《厠と肥溜めは、井戸より低い所、遠い所に置くこと。》》
――《《病人の世話をした手で、飯を握らぬこと。》》
――《《腹を下したら、すぐ甘い塩湯を飲むこと。飲ませ続けること。》》
この四つを、板に書いて村の辻に立てた。字の読めぬ者のために、七郎兵衛に何度も読み上げさせた。
新しく倒れる者は、五日目にはいなくなった。
◆
村を発つ朝、一人の老婆が、俺の馬の前に手をついた。
「勘十郎さま。倅のことで、ひとつ」
「息子がどうした。病か」
「いえ。ずっと前に、村を出ましてな」
老婆は、皺だらけの顔を上げて笑った。
「猿のような面をした、口ばかり達者な倅でございます。今どこで何をしておるやら。……もし、どこぞでお目にかかることがございましたら、母は達者だと、そう」
「……ああ」
俺は、その顔をしばらく見つめてしまった。
中村。猿のような顔。口の達者な男。
(――まさか、な)
いや。
まさか、ではない。
俺は、この時代の登場人物を、たいてい知っている。
「――伝えておく」
俺はそう答えて、馬を進めた。
(あの男に会うのは、まだ少し先だ)
◆
清洲に戻ると、信長が待っていた。
俺が村での顛末を報告し終えると、彼はしばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「勘十郎。貴様、七人死んだと申したな」
「はい」
「その七人は、貴様が来る前に死んだ」
「……はい」
「では貴様は、《《何を助けた》》」
――鋭い。
この兄は、いつもこうだ。人が触れたくないところに、いきなり手を突っ込んでくる。
俺は、正直に答えた。
「あの村で、これから死ぬはずだった者を、助け申した」
「顔も知らぬ者をか」
「はい。名も知らず、顔も知らず、いつ助かったかも本人が気づかぬ者どもにござる」
俺は続けた。
「医者の仕事の、九割はそれにございます。切って、縫って、治す。あれは目に見えるゆえ、褒められる。……なれど本当に人を殺しておるのは、汚れた水と、白い飯と、洗わぬ手にござる。それを直しても、誰も礼を言わぬ。《《何も起きなかったのだから》》」
信長は、脇息に肘をついたまま、じっと俺を見ていた。
「……つまらん仕事だな」
「はい。つまらのうございます」
「なぜやる」
俺は、少し考えてから答えた。
「兄上。この国の男は、戦で死ぬと思われております」
「違うのか」
「違います。戦で死ぬのは、ほんの一握り。大半は、腹を下して死に、傷が膿んで死に、飯が足りずに死にまする。……それがしは、そちらのほうを殺しに参りました」
沈黙が落ちた。
やがて信長は、脇息から身を起こし、庭に向かって声を張った。
「誰ぞ、絵図を持て。尾張じゅうの村の絵図だ」
「兄上?」
「井戸を全部調べさせる」
彼は、こともなげに言った。
「肥溜めの位置もだ。上にあるものは全部下へ移させる。井戸を掘るときは、これからは代官に届けさせよ。……勘十郎、貴様が書いたあの四つの触れ、あれを尾張じゅうの辻に立てさせろ」
俺は、思わず息を呑んだ。
「兄上。それは、たいそうな銭がかかりまする」
「兵が腹を下して死ぬよりは安い」
信長は、いつもの乾いた眼でこちらを見た。
「――貴様がそう申したのだろう」
◆
その夜、俺はカルテに一行を書き足した。
弘治三年 夏
中村にて疫。死者七。以後、絶ゆ。
病巣は井戸にあらず。《《井戸の上に厠を掘った、その判断》》にあり。
――刃は、絵図であった。
残り、二十五年。
筆を置いて、俺は板の絵図を眺めた。
炭で黒く塗り潰された、七つの四角。
この絵図が、三百年後の英国で、ジョン・スノウという医者によって、もう一度描かれることになる。
俺は、それを三百年、待たなかった。
――待つ気が、なかった。
今回の病は赤痢です。汚れた水や手から口へ入り、腸の壁を細かく傷つけて、血の混じった下痢と発熱を起こします。作中で勘十郎が真っ先に「コレラではない」と否定したのは、コレラが日本に上陸するのが文政五年(一八二二年)で、戦国時代の日本にはまだ存在しないためです。
抗生物質のない時代、この病で亡くなる方の多くは、腸の傷そのものではなく、失われた水で亡くなります。ですから治療は「出ていく量より多く入れる」——第二話の甘い塩湯が、ここで村ひとつ分の規模になって戻ってきます。
そして今回の核心は、治療ではなく地図です。
一八五四年、ロンドンでコレラが大流行したとき、ジョン・スノウという医師が、死者の出た家を一軒ずつ地図に描き込みました。すると黒い点が、ブロード・ストリートのある井戸を中心に集まっていた。彼はその井戸のポンプの取っ手を外させ、流行は止まります。細菌が発見される三十年近く前、顕微鏡も使わず、病原体が何かも分からないまま、地図だけで疫病を止めた——疫学という学問が生まれた瞬間として知られています。
勘十郎が板切れに炭で描いたのは、その三百年早い一枚です。
「旨い水を飲める者から死に、濁った水しか飲めない者が生き残った」という逆転は、汚染源が特定の井戸に限られるときに実際に起こりうる現象です。
次話から、いよいよ尾張統一の戦が動き始めます。
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