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転生軍医、織田信勝 ―本能寺を消す処方箋―  作者: 東雲 諒杏
第一章 尾張診療録(第1話〜第12話)

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第六話 白い飯が兵を殺す

戦国時代、兵を最も多く殺したのは刀でも鉄砲でもありませんでした。

 今回は「飯」の話です。

 弘治二年、秋。


 その夜、末森城すえもりじょうの廊下を、裸足の足音が駆けてきた。


「勘十郎さま! 与一郎よいちろうが、与一郎が息をせぬと!」


 飛び込んできたのは、すずだった。夜着のまま、髪も結わずに。


 与一郎。


 ――半年前、清洲で長く正座して控えていて、立った拍子に倒れた、あの小姓こしょうだ。あれから何かと俺のもとへ出入りするようになり、今は末森で薬草の乾燥やら煎じ薬の管理やらを手伝わせている。十五になったばかりの少年である。


「息をせぬ、とは。まったくか」


「いえ……その、苦しそうに、はあはあと」


「呼吸はあるな。よし」


 俺は寝間着のまま部屋を飛び出した。


          ◆


 与一郎は、寝床の上で身体を起こしていた。


 いや、《《起こさねば息ができない》》のだ。しとねに積み上げた夜具に背を預け、上体を立てたまま、肩でぜいぜいとあえいでいる。


起坐呼吸きざこきゅうだ)


 寝かせると苦しくなり、起こすと少し楽になる。肺に水が溜まっている者の姿勢である。


「与一郎。俺だ。分かるか」


「……か、勘十、郎、さ、ま……」


 顔色は蒼白いのに、唇と頬にはうっすら赤みがある。俺は膝をついて、まず脈を取った。


 ――速い。毎分百四十を超えている。しかも脈が跳ねるように大きい。指を押し返してくる。


(頻脈。脈圧が大きい。……脈が「弱い」のではない)


 次に、手を握った。


 温かい。汗ばんでいるが、指先まで血が通っている。


(末梢は温かい。冷たくない。……これは、血が足りぬのではない)


 首を見た。顎の下、鎖骨の上のあたり。上体を起こしているにもかかわらず、太い血の管が浮き上がり、脈打つたびに膨らんでいる。


くびの血の管が張っている。心の臓に血が戻りきれずに、渋滞している)


 そして、すね


 俺は掛け物をめくり、少年の脛に親指をぐっと押しつけた。


 ――離すと、そこに指の跡が、ぽっかりと残った。


 しばらく消えない。


「……浮腫むくみだな」


 俺は、静かに息を吐いた。


 診断は、ついていた。


(《《衝心脚気しょうしんかっけ》》。――脚気の、心の臓に来る型だ)


          ◆


 脚気とは、この時代の言葉で言えば「足萎え」。


 現代の言葉で言えば、《《チアミン欠乏症》》である。


 米をしらげると――つまり玄米をいて白くすると――米粒の外側のぬかの部分が削り落とされる。そして、身体が糖を燃やしてちからに変えるために欠かせぬ小さな成分は、その削り落とされる部分にこそ多く含まれている。


 だから《《白い飯ばかり食う者ほど、脚気になる》》。


 後の世で、江戸の武士が「江戸患い」と呼び、明治の陸軍が二万人を超える兵を死なせることになる病だ。


 病の形は、大きく二つ。


 一つは、足から来る型。膝から下がしびれ、感覚が鈍り、足首に力が入らなくなる。爪先が上がらず、すり足になる。


 もう一つが――こちらだ。


 心の臓が、悲鳴を上げる型。


 身体の隅々の細い血の管が、原因も分からぬまま緩みきってしまう。行き場を失った血を巡らせようと、心の臓が異様な速さで、異様な量を送り出し続ける。全力疾走を昼も夜も続けさせられるようなものだ。


 やがて、心の臓が音を上げる。血が戻りきれず、肺に水がみ出す。おぼれる。


 ――《《衝心しょうしん》》。心をく、とはよく言ったものだ。


 放置すれば、数日で死ぬ。


「勘十郎さま」


 すずが、震える声で聞いた。


「与一郎は……助かりましょうか」


 俺は、少年の脛から指を離して、立ち上がった。


「――くりやへ行くぞ」


「は?」


「薬箱ではない。《《厨だ》》」


          ◆


 真夜中の厨に、俺は下女を叩き起こして案内させた。


ぬかはあるか。米を搗いたあとの、あの粉だ」


「ぬ、糠にございますか……そんなもの、漬物床か、鶏の餌にしか……」


「それでいい。ありったけ持て。それと、大豆。炒った胡麻ごまがあればそれも。麦は」


「麦なら、下男の飯に」


「よし」


 俺は、湯を沸かさせた。


 糠を厚手の布に包み、湯に入れて、じっくりと煮出す。糠は油気が多いから、煮すぎると胸が焼ける。ほどよいところで引き上げ、炒った大豆をすり潰したものと、少量の塩、それに味を殺すための味噌をほんの少し落とした。


 ――要するに、糠と豆の汁である。


 湯気の立つわんを見ながら、俺はふと、この構図のばかばかしさに笑いそうになった。


 四十年、俺は医者だった。日本有数の病院で、最新の機械と薬を使ってきた。


 その俺が今、真夜中の厨で、鶏の餌を煮ている。


(――だが、これが薬だ)


 この汁の中に、たった一つの、目に見えぬ成分がある。


 それが足りぬだけで、少年は死ぬ。


 それが満ちれば、少年は生きる。


「与一郎。飲め」


 俺は少年の口元に椀を運んだ。


「……に、苦……」


「知っている。俺も飲んだことがある。だが飲め。半刻はんときで楽になる」


 嘘ではなかった。


 脚気の心不全に対する治療は、医学の中でも際立って劇的なものの一つだ。


 足りぬものを補ってやれば、《《数時間で、目に見えて変わる》》。


          ◆


 果たして。


 一刻いっときも経たぬうちに、与一郎の脈が百二十を切った。


 夜明け前には百を切り、肩で息をするのをやめた。


 東の空が白む頃、少年は自分から横になって、静かな寝息を立てはじめた。


 俺は脛をもう一度押してみた。指の跡は――まだ残るが、さっきよりずっと浅い。


「……勘十郎さま」


 すずが、涙をこらえた声で言った。


「あの糠は、いったい何にございますか。あんな、鶏の餌のようなものが」


「すず」


 俺は、椀の底に残った濁った汁を見つめながら答えた。


「――《《人は、米を白くすることで、命を捨てている》》のだ」


「え」


「精げれば精げるほど、飯は白く、旨く、上等になる。だから貴人が食う。……だが、削って捨てているところにこそ、身体が要るものが詰まっておる。白い飯ばかり食う者ほど、この病になる。下男は玄米や麦を食うから、めったにならぬ」


 すずが、目を見開いた。


「では……上さまや、お城のお歴々ほど、危ういと」


「そういうことになる」


 言ってから、俺は自分の言葉の重さに気づいた。


 ――そういうことに、なる。


          ◆


 その十日後、俺は清洲城の広間にいた。


 上座に信長。左右に家老衆。末席に、なぜか具足姿の柴田権六勝家がいて、こちらを見て小さく頷いた。


「勘十郎。話とはなんだ」


 俺は、平伏してから顔を上げた。


「兄上。織田家の飯を、変えていただきたい」


 広間が、しんとした。


「……飯だと」


「はい。《《白飯を減らし、麦と豆と糠を混ぜていただきたい》》。兵の飯も、城中の飯も、すべて」


 案の定、家老の一人が鼻で笑った。


「勘十郎さま。武士に麦飯を食えと申されるか。下人の飯にござるぞ」


「その下人が、脚気になり申さぬ」


 俺は即答した。


「先だって、それがしの小姓が心の臓を病んで死にかけ申した。糠の汁で助かった。同じ病で、この一年に城中で三人が足をえさせ、一人が死んでおる。……調べ申した。《《死んだ者、患った者、すべて白飯を常食する身分の者にござる》》」


 ざわめきが起きた。


「兵が槍を持てぬようになる病にござる。矢も鉄砲も要らぬ。飯だけで、軍が半分になり申す」


「――しかし」


 別の家老が言った。


「そのお話、証はござるか。たまたま身分の高い者が病んだだけやも知れませぬ。飯のせいと、どうして言い切れましょうや」


 ――いい質問だ。


 俺は、内心で拍手した。


 この男は今、《《因果関係と相関関係の違い》》を突いてきたのだ。四百年早い。


「ごもっともにござる」


 俺は頭を下げた。


「ゆえに、《《確かめまする》》」


「……確かめる?」


「兄上」


 俺は、上座に向き直った。


「足軽を二百人、お貸しいただきたい」


 信長が、初めて身を乗り出した。


「聞こう」


「二百人を、くじ引きで二手に分けまする。百人と百人。年格好も、身分も、務めも、なるべく同じになるように」


「うむ」


「一方には、これまで通りの白飯を食わせる。もう一方には、麦と豆を混ぜた飯を食わせる。それ以外は《《一切、同じにする》》。同じ普請、同じ調練、同じ寝所」


 俺は指を二本立てた。


「そして三月みつきの後、両方の脛を押し、膝を叩いて数え申す。……もし飯が関わりなければ、二つの組で病人の数は同じになるはず。もし飯が原因ならば」


 俺は、指を一本折った。


「白飯の組にだけ、病人が出まする」


 沈黙。


 やがて、上座で、乾いた笑い声が上がった。


「――くくっ」


 信長が、脇息きょうそくを叩いた。


「面白い。貴様、《《人で試す》》と申すか」


「毒を盛るのではござらぬ。どちらの組も、これまでより悪くはなり申さぬ。片方が良くなるかどうかを見るだけにござる」


「それでも、試すのだろう」


 信長の眼が、あの乾いた光を帯びた。


「よい。二百と言わず、四百くれてやる」


「兄上」


「ただし」


 彼は、指を一本立てた。


「三月後、貴様の申した通りにならなんだら、二度と飯のことを言うな」


「――承知」


 俺は、深く頭を下げた。


 三百年後、明治の海軍軍医・高木兼寛たかきかねひろが、二隻の軍艦を同じ航路に出し、片方には白米を、片方には麦飯を積んで脚気の数を比べることになる。


 その原型を、俺は今、戦国の広間で提案した。


          ◆


 広間を出たところで、太い声に呼び止められた。


「勘十郎さま」


 柴田勝家だった。相変わらずでかい。


 だが半年前より、腹まわりが締まって、顔色がいい。


「権六殿。足はいかがか」


「毎朝、見ており申す。爪も深く切っており申さぬ」


 律儀な男だ。


「……ひとつ、お伝えしたきことが」


 勝家は、少し照れたように鼻の下をこすった。


「それがし、麦飯にしてから、《《膝が軽うござる》》。前は馬を下りるとき、脛のあたりが妙に重うござったが、近頃はそれがない」


 俺は、思わず足を止めた。


(――そうか)


 この男は、この一年、城中でただ一人、麦飯を常食していた。


 飲水病いんすいびょうの養生のために俺が命じた麦飯が、《《ついでに脚気を防いでいた》》のだ。


 城中で三人が足を萎えさせ、一人が死に、与一郎が心の臓を病んだ、その同じ一年に。


 俺は、この男の顔を見上げて、正直に言った。


「権六殿。それがし、貴殿を診たとき、飲水病のことしか考えており申さなんだ」


「は」


「――だが結果として、貴殿は二つの病を避けておられた。医者が思い至らぬところで、身体は勝手に助かることがある」


「……はあ」


 勝家は、よく分からぬという顔をした。


 構わない。俺が覚えておけばいい。


 医者は万能ではない。だが、正しいことをしておけば、《《自分が意図しなかった命まで、時々、拾える》》。


          ◆


 その日から、末森と清洲に、奇妙な光景が現れた。


 俺が、小さな木槌きづちを持って歩き回るのである。


 足軽を捕まえては座らせ、膝の少し下、皿の下のすじを、ぽん、と叩く。


 健やかな者は、脛が勝手にぴょこんと跳ね上がる。


 だが脚気の来ている者は、《《跳ねない》》。


 膝の反応が消えるのは、この病の早いしるしの一つだ。腕や口の中を見るより、はるかに手っ取り早く、はるかに正確である。


「うわっ、勝手に足が!」


「動くな。もう一度」


 ぽん。


「……跳ねぬな。お前、近頃、飯は」


「へ、へえ。組頭に取り立てていただいてから、白い飯を」


「今日から麦を混ぜろ。糠の汁も飲め。苦いが我慢しろ」


 城中では、これが「勘十郎さまの膝叩き」と呼ばれるようになった。


 最初は薄気味悪がっていた兵も、そのうち順番待ちの列を作るようになった。跳ねると嬉しいらしい。


 ある日、その列の最後尾に、見覚えのある大男が並んでいた。


 権蔵――半月ばかりで槍を持てるようになった、あの足軽組頭である。


「なんだ権蔵。お前は麦を食っておろう」


「へえ。ですが、跳ねるところを見とうござって」


 俺は、笑ってしまった。


          ◆


 そして三月みつきの後。


 白飯の組、二百人。足の萎えを訴えた者、十一名。膝の反応が消えていた者、二十九名。


 麦飯の組、二百人。足の萎えを訴えた者、一名。膝の反応が消えていた者、三名。


 ――一名の内訳は、隠れて白飯を買い食いしていた者だった。


 数を書き付けた紙を、俺は清洲の広間に置いた。


 信長は、それを長いこと眺めていた。


 武将たちが息を殺す中、彼はやがて顔を上げ、こう言った。


「勘十郎」


「はい」


「貴様の申した通りになったな」


「……はい」


「ならば、織田の飯は変える」


 あっさりしたものだった。


 この男には、面目もしがらみもない。《《数が正しければ、正しい》》。ただそれだけだ。


 俺は、この兄のこういうところが――たぶん、生涯で一番好きだったのだと思う。


「兄上。もう一つ、お願いが」


「なんだ」


「兄上ご自身の飯も」


 信長の眉が、初めて、あからさまに動いた。


「……俺は湯漬けでよい」


「白い飯を湯で流し込む。脚気になれと申されるようなものにござる」


「戦の前は、あれが早い」


「麦飯でも湯は注げまする」


「味が落ちる」


「命よりは軽うござる」


 しばらく、兄弟で睨み合った。


 家老たちが、青い顔で息を止めていた。天下の織田上総介に飯の中身で説教する人間など、この世に一人しかいない。


 やがて、信長は、ふん、と鼻を鳴らして横を向いた。


「……三日に一度だ」


「毎日」


「五日に二度」


「毎日」


「勘十郎、貴様」


「兄上」


 俺は、真顔で言った。


「それがしは、《《兄上に七十まで生きていただく》》と申し上げた。約定にござる」


 信長は、俺を睨みつけた。


 それから、なぜか、ふっと笑った。


「――麦を炊け」


 小姓が慌てて走り出す。


 俺は、心の中で一つ、カルテに書き込んだ。


  弘治二年 冬

  症例・織田上総介信長。二十四歳。

  主食を麦飯へ変更。本人の同意、辛うじて得たり。

  残り、二十六年。


 ――白い飯が兵を殺す。


 この国が、それを本当に理解するまで、あと三百年かかる。


 だが俺は、三百年を待つ気がなかった。


脚気はビタミンB1(チアミン)の欠乏で起こります。米を白く精げるときに削り落とされる糠の部分に、それが最も多く含まれているためです。


 作中の与一郎が起こしたのは「衝心脚気」と呼ばれる型で、末梢の血管が緩みきり、心臓が異常な量の血を送り続けた末に力尽きるものです。全力疾走を昼夜続けさせられるようなもの、と言えば近いかもしれません。数日で死に至りますが、B1を補うと数時間で劇的に改善します。医学の中でも、これほど劇的に効く治療は多くありません。


 膝を叩いて反応を見る診察は、実際に明治期の日本陸軍が脚気の集団検診に使っていた方法です。膝の反射が消えるのは、この病のかなり早い徴候です。


 そして今回の山場である「四百人をくじで二組に分け、飯だけを変えて比べる」という手法。これは三百年後の明治十七年、海軍軍医・高木兼寛が二隻の軍艦を同じ航路に出して実証した、日本医学史に残る実験の原型です。ちなみに当時、陸軍でこれに真っ向から反対したのが、軍医であり文豪でもあった森鷗外でした。結果、日露戦争で陸軍は二万七千人を脚気で失っています。


 次話から、勘十郎の医術は城の中を出て、尾張の村々へ向かいます。


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