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転生軍医、織田信勝 ―本能寺を消す処方箋―  作者: 東雲 諒杏
第一章 尾張診療録(第1話〜第12話)

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第五話 柴田権六の渇き

史実では、この年に稲生の戦いが起きます。織田信勝が兄に敗れ、二年後に殺される、その始まりの年です。

弘治二年、夏。


 ――史実で、稲生いのうの戦いが起きる年である。


 その日、俺は末森城の一室に呼び出された。


 待っていたのは、二人の男だった。


 ひとりは林秀貞はやしひでさだ。織田家筆頭家老。細い眼をした、如才じょさいない老獪ろうかいな男である。


 もうひとりは――でかい。


 六尺近い巨躯きょくを窮屈そうに折り畳んで座っている。日焼けした四角い顔、太い眉、てのひらは熊のようだ。


 柴田権六勝家しばたごんろくかついえ。二十代の終わり。


 のちに「鬼柴田」「かかれ柴田」と呼ばれ、そして史実では、《《この俺を兄に売る男》》である。


「勘十郎さま。近頃のご評判、それがしどもの耳にも届いておりまする」


 林秀貞が、み手をするように切り出した。


「傷を治し、えきを鎮め、兵を生かす。まことに、御家の宝にござる」


「恐れ入る」


「――さればこそ、申し上げたきことがござる」


 来た。


 俺は膝の上で手を握った。


「三郎さま……いや、上総介かずさのすけさまの近頃のお振る舞い、ご存じの通りにござる。うつけの噂は美濃にも駿河にも聞こえておりまする。亡き弾正忠さまの弔いにも、あの装束で参られ、位牌に抹香を投げつけた。……あれで、織田を保てましょうや」


「……」


「家中の総意にござる。《《勘十郎さまこそ、織田の家督を継がれるべきだ》》」


 史実の織田信勝は、ここでうなずいた。


 そして稲生で敗れ、二年後、清洲城で兄に誘い出されて殺された。密告したのは、いま目の前で黙って座っている、この大男だ。


 俺は、深く息を吸った。


「秀貞殿。権六殿」


 そして、頭を下げた。


「――お断りいたす」


 林秀貞の細い眼が、わずかに開いた。


「な……勘十郎さま」


「聞いていただきたい。それがしの《《見立て》》を」


 俺は顔を上げた。ここからが、四十年ぶんのプレゼンテーションだ。


「兄上は、うつけではござらぬ」


「しかし」


「兄上が野山を駆け回るのは、地形を頭に刻んでおられるからだ。どの谷が雨でつぶれ、どの丘から何が見えるか。あれは遊びではない、下調べにござる」


「……」


「兄上が鉄砲に狂うのは、次の戦の形が見えているからだ。あと十年もせぬうちに、槍働きの数より、鉄砲の数が国を決め申す。そのとき、堺と繋がっておらぬ大名は、皆滅びる」


 俺は指を折った。


「兄上が町人や職人と親しくされるのは、銭と物の流れを掴んでおられるからだ。津島つしま熱田あつたみなとを押さえた織田が、なぜ守護代の分家風情から成り上がれたか。秀貞殿、貴殿がいちばんご存じであろう」


 林秀貞が、口を閉じた。


「そして――」


 俺は、声を落とした。


「それがしが兄上に弓を引けば、どうなるか。勝っても負けても、織田は真っ二つに割れる。割れたところへ、東から今川、北から斎藤が来る。……《《尾張は、一年で消えまする》》」


「それは……」


「秀貞殿。貴殿が本当に守りたいのは、織田家か。それとも、林家の家格にござるか」


 筆頭家老の顔が、みるみる強張こわばった。


 ――さて。


 俺は、視線を横へ滑らせた。


 柴田勝家は、ここまで一言も喋っていない。腕を組み、太い眉を寄せ、じっと畳をにらんでいる。


 この男が、鍵だ。


 史実で信勝を担ぎ、史実で信勝を裏切り、そしてその後、信長の下で二十五年間、鬼のように戦い続けた男。忠義の使い所を、探している男。


 俺は、この男を《《診る》》ことに決めた。


「権六殿」


「……なんでござる」


「ひとつ、お尋ねしたい」


 俺は、まっすぐにその眼を見た。


「《《近頃、水を飲んでも、飲んでも、渇きませぬか》》」


 勝家の眉が、動いた。


「夜中に、何度もかわやに立たれよう。それも、たいそうな量が出る。……朝、口の中が乾ききって、貼りついておりませぬか」


「――」


「よく食う。人一倍食う。なのに、この一年で身体が締まった。腹の肉が落ちたと、周りに言われませぬか」


 勝家の腕が、ほどけた。


「そして、かすり傷の治りが、昔よりずっと遅い。ももや尻に、小さなれ物ができては、なかなか癒えぬ。……違いますか」


 部屋が、静まり返った。


 巨漢が、額に汗を浮かべていた。夏の暑さのせいだけではない。


「なぜ……それを」


 多飲、多尿、口渇、体重減少、易感染性。


 問診だけで立つ診断。糖尿病である。この時代の言葉なら、飲水病いんすいびょう


 藤原道長を殺し、平清盛を苦しめた病だ。


「権六殿。それは飲水病にござる」


 俺は、静かに告げた。


「身体に取り込んだ甘みが、血の中にあふれて、行き場を失う病だ。溢れた甘みは、小便に混じって身体の外へ出てゆく。そのとき水を道連れにする。だから小便が増え、身体が渇き、いくら食っても痩せてゆく」


「……治るのか」


「――放っておけば」


 俺は、答えをずらした。


「まず、眼がかすみ申す。次に、足の指の先がしびれ、感じなくなる。感じぬから傷に気づかぬ。気づかぬ傷が腐り、黒くなり、足を落とすことになる。膿がまわれば、それで終わりだ。……五年か、七年か。《《戦場ではなく、寝床で死になさる》》」


 柴田勝家という男が、生涯でもっとも恐れたのは、おそらく死ではない。


 役に立たずに終わることだ。


「だが」


 俺は、身を乗り出した。


「《《それがしなら、その日を遠くへ追いやれる》》」


「……なに」


「飲水病は、消せぬ。だが、進みを緩めることはできる。食を変え、量を変え、身体を動かし、傷を毎日改める。それだけで、五年が二十年になり申す。二十年あれば、権六殿は――」


 俺は、言葉を切った。


「――二十年後の戦場に、立っておられる」


 勝家の喉仏のどぼとけが、ごくりと動いた。


「まず、白飯を減らされよ。麦とあわを混ぜ、豆を食え。汁物と菜を先に食い、飯は最後に、ゆっくり噛んで食え。酒は減らせ。甘葛は断て。毎日、具足をつけて歩け。……それと」


 俺は、少し声を和らげた。


「毎朝、足の裏と指の間を、ご自分の眼で見よ。傷がないか、赤くなっていないか。爪は深く切るな。……足が腐るのは、いつも《《気づかなかった小さな傷》》からにござる」


「……勘十郎さま」


 大男が、初めて俺を名で呼んだ。


「なにゆえ、それがしに、そこまで」


 俺は、少し考えてから、正直に答えた。


「《《医者だからだ》》」


「は」


「それがしの前で、病んでいる人間が座っている。ならば診る。それだけにござる。……謀反の相談ではなく、養生の相談をなされよ、権六殿。それがしは兄上の弟であり、医者であり、それ以外の何者にもなり申さぬ」


 勝家は、しばらく畳を睨んでいた。


 それから、六尺の巨躯を折り曲げて、床に額をつけた。


「……お恥ずかしゅうござる」


「顔を上げられよ」


いな。……それがし、この一年、己が身に何が起きておるか分からず、夜中に何度も目を覚まし、ひとりで震えており申した。人には言えぬ。言えば、腑抜ふぬけと思われる」


 そうだろうな、と俺は思った。


 病を隠して死んでいく男を、俺は現代でも、うんざりするほど見てきた。


「……勘十郎さま。この権六、家督のこと、二度と申しませぬ」


「うむ」


「それと」


 顔を上げた勝家の眼は、赤かった。


「――その、麦飯の炊き方は、いかほどの割合で」


 俺は、笑ってしまった。


          ◆


 その年、《《稲生の戦いは、起きなかった》》。


 林秀貞は不服そうだったが、勝家が動かなければ兵は集まらない。謀反は、火のつく前に立ち消えた。


 後日、俺は清洲城に呼び出された。


 信長は縁側に胡座あぐらをかき、庭を見たまま、俺を待っていた。


 誰が話したのかは、聞くまでもない。史実で信勝を売った男が、今度は、売る内容を変えただけだ。


「勘十郎」


「はい」


「柴田が泣いておったぞ」


「……はあ」


「あの熊が、俺の前で、麦飯の話をしながら泣いた」


 信長は、庭石に向かって干し柿の種を吐いた。


「貴様、家督は要らぬと言うたな」


「申しました」


「なぜだ。母上は貴様を推しておる。家老どもも貴様につく。兵を挙げれば、勝てたかもしれんぞ」


 試されている、と思った。


 俺は、正直に答えることにした。俺の持っている札のうち、いちばん強い一枚を切る。


「兄上。それがしには、天下を獲る才がござらぬ」


「ほう」


「それがしにできるのは、《《目の前の一人を死なせぬこと》》だけだ。国を作ることも、人を率いることも、それがしには向いておらぬ。……なれど」


 俺は、兄の横顔に向かって言った。


「兄上には、それができる。それがしは、それをこの眼で見たい。だから、それがしは兄上を生かす。それが、この身体の使い道にござる」


 長い沈黙があった。


 やがて信長は、庭を見たまま、ぽつりと言った。


「勘十郎」


「はい」


「《《貴様、俺より先に死ぬな》》」


 ――胸を、突かれた。


 この男が、他人に向かってこういう類の言葉を吐くことは、生涯を通じて、ほとんどなかったはずだ。


 俺は、深く頭を下げた。


御意ぎょい。……兄上こそ、それがしより先に、死なれませぬよう」


「阿呆。俺は人間五十年で十分だ」


「五十では足りませぬ」


 俺は、顔を上げた。


「六十でも足りぬ。《《兄上には、七十まで生きていただく》》。そのために、それがしがおりまする」


 信長は、初めてこちらを向いた。


 あの乾いた眼が、ほんの少しだけ、湿ったように見えた。


 ――気のせいかもしれない。


          ◆


 その夜、俺は末森城の自室で、紙を広げた。


 カルテを、書き始めることにしたのだ。


 筆で、ぎこちなく、こう記した。


  弘治二年 夏

  症例・織田上総介信長。二十三歳。現在、健。

  家督相続の障害を除去せり。

  主たる予後規定因子は、身体にあらず。家臣の心にあり。

  予定される最悪の転帰――天正十年六月二日。

  残り、二十六年。


 筆を置いて、俺は蝋燭ろうそくの火を見つめた。


 あの謀反は、一日で起きたのではない。


 二十六年かけて、少しずつ溜まっていく膿だ。積もった屈辱、擦れ違った期待、切り捨てられた面目。それが一夜にして破裂する。


 膿は、溜まってから切るのでは遅い。


 《《溜めさせないことこそ、外科の理想だ。》》


 そして俺は、まだその男の顔さえ知らない。


 明智十兵衛光秀が、織田家の門を叩くのは――もう少し、先の話である。


 執刀まで、二十六年。


 術前カンファレンスは、まだ始まったばかりだった。

多飲・多尿・口渇・体重減少・傷が治りにくい。この五つが揃えば、問診だけで糖尿病がほぼ診断できます。当時の日本では「飲水病」と呼ばれ、藤原道長を苦しめた病として知られていました。

 インスリンのない時代、勘十郎に打てる手は食事と運動と足の観察だけです。しかしそれでも、進行は確実に遅くなる。「治せない病でも、寿命は延ばせる」というのが、この作品の裏テーマのひとつです。


 第一章「尾張診療録」は第十二話まで続きます。次話からは、脚気との戦いが始まります。

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