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転生軍医、織田信勝 ―本能寺を消す処方箋―  作者: 東雲 諒杏
第一章 尾張診療録(第1話〜第12話)

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第四話 焼き鏝を捨てよ

※戦傷の処置描写があります。血液・手術描写が苦手な方はご注意ください。

 半月後。


 尾張と美濃の境で起きた小競り合いから、負傷兵が担ぎ込まれてきた。


 城の庭は、すでに騒然としていた。


 むしろの上に転がされているのは、足軽組頭の男である。三十半ばか。左の太腿ふとももに矢を受け、やじりは抜いたものの、血が止まらない。巻いた布はとうに真っ赤で、下の土が黒く濡れている。


 男の顔色は、ろうのように白かった。唇も白い。額に玉の汗。


(顔面蒼白、冷汗、頻脈――《《出血性ショック》》だ。もう千五百は出ている)


 そして、傍らでは下男が、真っ赤に焼けた鉄の棒を火から引き抜こうとしていた。


 ――焼灼止血しょうしゃくしけつ。この時代の、そして西洋でも十六世紀まで主流だった、傷口を焼いて血を止める方法である。


「待て!」


 俺は駆け込んで、その腕をつかんだ。


「その焼きごてを、置け」


「な……勘十郎さま! 血を止めねば、この者は死にまする!」


「焼けば、《《もっと死ぬ》》」


 俺は言い切った。


 焼灼は確かに一時的に血は止まる。だが高熱で周囲の組織を広範囲に殺す。壊死えしした肉は細菌の培地になる。数日後に高熱、悪臭、そして敗血症。この時代の戦傷死の多くは、傷そのものではなく、この経過を辿たどる。


 奇しくも同じ十六世紀のフランスで、軍医アンブロワーズ・パレが同じ結論に達している。焼くな、くくれ、と。


 ならば、尾張でやって悪い道理はない。


「湯を沸かせ! ぐらぐらと煮立てて、それを冷ませ! 布も、糸も、はさみも、全部いっぺん煮ろ! 絹糸だ、細くて丈夫なやつを持て! それから酒――南蛮渡りの強い酒があるはずだ、あるだけ持て!」


「酒を、飲ませるので?」


「飲むのではない。《《傷にかける》》」


 周囲がざわめいた。酒は貴重品である。それを傷にぶちまけると言われれば、正気を疑われて当然だ。


 俺は組頭の傍らに膝をつき、まず傷口の上流――鼠径部そけいぶを、拳で強く圧迫した。大腿動脈の走行を、身体が覚えている。


 じわり、と出血が細くなった。


「よし。……お前、名は」


「……ご、権蔵、にござ……」


「権蔵。聞け。お前は死なん。《《俺が死なせん》》」


 俺は、四十年間、何百回と言ってきた台詞せりふを、五百年前の庭で言った。


          ◆


 煮沸した湯が冷めるまでの間、俺は指示を飛ばし続けた。


 筵を厚く敷き、権蔵の足を高く上げる。腹に血を集めるためだ。輸血ができない以上、体位で稼ぐしかない。


 意識があるうちに、例の甘い塩湯を少しずつ飲ませる。腸から水分を吸わせて、循環血液量を稼ぐ。原始的な経口輸液だ。


 そして俺自身は、井戸端で、爪の間まで念入りに手を洗った。


「勘十郎さま。何を、そんなに……」


「《《手だ》》」


 俺は言った。


「目に見えぬほど小さな虫がおる。土にも、ふんにも、人の手にもおる。この虫が傷に入ると、肉が腐り、熱が出て、人が死ぬ。……煮れば死ぬ。強い酒でも死ぬ。よく洗っても、だいぶ落ちる」


 病原微生物の存在が証明されるのは三百年後、パスツールとコッホによってである。


 だが俺は、その三百年を待つ気がなかった。


 神仏のたたりだの物の怪だのと説明されるより、「目に見えぬ小虫」のほうが、よほど実用的で、よほど正確な嘘だ。


          ◆


 処置に入る。


 まず冷ました煮沸湯で、傷を大量に洗い流す。泥、布の繊維、砕けた骨片。異物は全部出す。《《洗浄こそが最良の消毒》》というのは、いつの時代も変わらない。


 次に酒を傷の周囲へ。組頭がうめいた。悪いが、麻酔がない。


 鼠径部の圧迫を緩めさせ、俺は傷を開いて出血源を探した。


 ――あった。


 拍動性に噴き出す、一本の血管。大腿深動脈の枝だろう。


「押さえろ、そこだ。動くな」


 煮沸した絹糸を、鑷子せっしで血管の下に回し、二重に結ぶ。結紮けっさつ


 止まった。


 嘘のように、視野が静かになった。


「……お、お止まりに」


「もう一本ある。黙って持っていろ」


 小さな枝をもう一本括り、それから傷の中を再度洗浄する。汚染した組織を鋏で切り取る。デブリードマンだ。


 最後に、創縁を寄せて縫合する。ただし、《《きつく閉じすぎない》》。


 汚染創を密閉すれば、内部でうみが溜まる。だから隙間を残し、そこに煮沸した細い布を差し込んでおく。滲出液しんしゅつえきの逃げ道――ドレーンである。


 煮沸した布で覆い、その上から包帯。


 顔を上げると、庭が静まり返っていた。


 二十人ほどの家人と兵が、誰ひとり喋らずに、それを見ていた。


 そして、その一番後ろに、腕を組んで立っている茶筅髷ちゃせんまげの男がいた。


 いつから見ていたのか。


 信長は、何も言わなかった。


          ◆


「よいか、権蔵付きの者ども。ここからが本番だ」


 俺は、集まった者たちに向き直った。


「《《傷を覆う布は、毎日、煮た布に替えよ》》。触れる前に必ず手を洗え。傷を素手で触るな。膿が出たら、臭ったら、熱が出たら、夜中でもすぐに俺を呼べ。……治すのは、この場の術ではない。これからの二十日だ」


 ――そして、権蔵は、死ななかった。


 三日目、微熱は出たが、それきりだった。七日目には粥を食い、十日目には冗談を言い、二十日目には杖をついて庭を歩いた。四十日目には、槍を持って走っていた。


 焼灼されていれば、広範囲の組織壊死から敗血症で、まず助からなかった男である。


 噂は、火のように城下を駆けた。


 ――末森の勘十郎さまは、傷を焼かずに治す。


 ――煮た布と、煮た糸と、南蛮の酒で、死人を歩かせる。


 ――あれは、医の神がいたのだ。


 俺は、その噂を訂正しなかった。訂正する暇もなかった。


 その日から、末森城には人が並ぶようになったからである。


傷口を焼いて止血する「焼灼止血」は、十六世紀まで洋の東西を問わず標準的な治療でした。血は止まりますが、周囲の組織が広範囲に死に、そこが細菌の温床になって、数日後に敗血症で亡くなる。

 これを「焼くな、血管を糸で括れ」と変えたのが、同じ十六世紀フランスの軍医アンブロワーズ・パレです。近代外科の父と呼ばれています。

 勘十郎は奇しくも、同じ時代に、地球の反対側で同じ結論を実行したことになります。


 次話、ついに稲生の戦い――が、起きません。

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― 新着の感想 ―
描写から1556年頃だと思いますが焼酎の存在とか不正確なのは仕方がないのかな?
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