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転生軍医、織田信勝 ―本能寺を消す処方箋―  作者: 東雲 諒杏
外伝四「白い小便」 

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外伝四「白い小便」(一) 象の脚

※外伝です。慶長六年、呂宋(現在のフィリピン)が舞台となります。

  視点人物は、太吉丸に乗って海へ出た弟子・与一郎です。


  ※身体の変形についての描写を含みます。

慶長六年、四月。


 呂宋ルソン


 日本を出て、十年になる。わたしは五十八になっていた。


 太吉丸は、この島の湊に三年繋いである。船底の板を、南蛮の木で張り替えているのだ。日本の松では、この海の虫に食われるのだという。


 じいさまは、それを六十七になって知った。


「木が違えば、船が違う」


 そう言って、ひどく機嫌がよかった。船大工を集めて、削り屑の匂いを一つずつ嗅がせていた。


          ◆


 この島には、日本人の町がある。


 湊から半里ほど内に入ったところで、竹と椰子やしの葉でいた家が二百軒ばかり並んでいる。数百人、多いときで千に近いという。


 商人。船乗り。浪人。そして、切支丹キリシタン


 伴天連追放の後、この地へ流れてきた者である。


 わたしは、その町で医者をやっていた。船の医者では、人が足りぬ。


 四月のある日、万作まんさくがわたしを呼びに来た。


 五十二になっていた。十年前、肥前の山中から連れ出した船大工である。


「与一郎さま」


 彼は、汗を拭きながら言った。この島の四月は、日本の真夏より暑い。


六助ろくすけどのが、《《歩けなくなりました》》」


 六助。この町に二十年おる商人である。五十がらみ。堺の出だと聞いていた。


「いつからだ」


「それが、《《ずっと前から》》でございます」


 万作はそう言った。


「なれど、今日、とうとう立てなくなったと」


          ◆


 六助の家は、町の外れにあった。


 戸が、閉まっていた。


 この暑さで、戸を閉めきっている。それだけで、わたしは足を速めた。


「六助どの。……与一郎にござる」


 返事がない。


 軒の下で、椰子の葉が乾いた音を立てていた。


「開けまするぞ」


          ◆


 中は、暗かった。


 外の光が強すぎて、しばらく何も見えなかった。土間に薬草を煎じた跡があり、酸っぱい匂いがした。


 目が慣れると、男が床に座っていた。


 いや――座らされていた。立てないのだ。


「六助どの」


「来られましたか」


 六助は、顔を上げなかった。


「脚を、診せていただきたい」


「……お見せできませぬ」


「なにゆえ」


「《《人のものでは、ございませぬゆえ》》」


 わたしは、その場に膝をついた。土間の土が、湿って冷たかった。


「六助どの」


 わたしはそう言った。


「わたしは、四十年、人の身体を見て参りました。腐った脚も、焼けた顔も、腹から出た腸も見申した」


「――《《人でないものを、見たことがござらぬ》》」


          ◆


 六助は、しばらく動かなかった。


 そして、掛け物をめくった。


 わたしは息を呑んだ。


 右の脚が、丸太だった。


 膝から下が、太腿より太い。足首がない。脚と足が、一本の柱になっている。


 そして、皮が。


 厚く、硬く、深い皺が刻まれていた。その皺の底が、汗で光っている。


 象の脚のようだった。


 わたしは南蛮の書で、象の絵を見たことがある。まさに、あれだった。


「左は」


 わたしはそう聞いた。


「左は、なんともございませぬ」


 六助はそう答えて、左の脚を見せた。


 普通の脚だった。痩せた、五十男の脚である。


          ◆


 わたしは、その場で頭の中が回りはじめた。


 ――片脚だけ。


 これが、重い。


 先生は、こう教えられた。


 ――一、《《左右で違うものは、身体の外に元がある》》。左右で同じものは、身体の中に元がある。


 飯が足りねば、両脚が腫れる。心の臓が弱れば、両脚が腫れる。腎が壊れれば、両脚が腫れる。


 だが、これは片脚だけである。


「六助どの。……いつからにござる」


「十四、五年前でございましょうか」


 わたしは顔を上げた。


「十五年」


「はじめは、ただの腫れでございました」


 六助はそう言った。暗がりの中で、声だけがはっきりしていた。


「夕方になると、脚がだるうなって、少し腫れる。朝には、引いておりました」


「それから」


「だんだん、《《朝も引かなくなりました》》」


          ◆


 わたしは、その脚に触れた。


 硬い。皮の下に、板が入っているようだった。


 親指で、力いっぱい押した。


 凹まなかった。


 これも、重い所見である。


 水が溜まった腫れは、押せば凹む。先生は、心の臓が弱られたとき、ご自分の脛を押して弟子に見せられた。あれは、凹んで、戻らなかった。


 だが、これは、凹みもしない。


「六助どの。……熱は出まするか」


「出まする」


「どれくらいの間で」


「年に、五度か六度」


「熱だけにござるか」


「いえ」


 六助は、顔をしかめた。


「《《痛みまする》》」


「どこが」


「股の付け根から、《《脚のほうへ》》」


          ◆


 わたしは、動きを止めた。


「六助どの。今、《《股から脚のほうへ》》と申されたか」


「さようで」


「《《逆ではござらぬか》》」


 わたしはそう聞いた。


「足の指を切って腫らした者は、足首、脛、膝と、上へ上がってまいる。赤い筋が、《《下から上へ走る》》。それが、腫れ物の道理にござる」


 六助は、首を振った。


「違いまする。《《上から、下へ》》」


「股の付け根が、まず痛みまする」


 彼はそう言った。


「そこが腫れて、赤い筋が、膝のほうへ降りてまいります。そして、熱が出まする」


          ◆


 わたしは、その場で紙を出した。


「万作。書け」


 万作は、戸口に立ったまま入ってこようとしなかった。わたしが手招きすると、ようやく土間に入ってきた。


  ――一、脚の腫れる病のこと。

   一、《《片脚のみ》》。

   二、《《押しても凹まぬ》》。

   三、皮が厚く硬く、深き皺を刻む。象の脚のごとし。

   四、年に数度、熱の発作あり。

   五、《《その痛みは、股より膝へ、上から下へ走る》》。


  ――※腫れ物の赤き筋は、《《下から上へ》》上がるものである。

   ――《《これは、逆である》》。


「与一郎さま」


 万作がそう言った。


「なにゆえ、向きがそんなに大事なので」


「万作」


 わたしはそう答えた。


「《《病は、道を通る》》。道を通るものは、向きがある。向きが逆なら、《《別の道を通っておる》》」


          ◆


 わたしは、そこで六助にもう一つ聞いた。


「六助どの。……妙なことを伺いまする。小便は、《《何色にござるか》》」


 六助が、初めてわたしの顔を見た。


 そして、長いこと黙っていた。戸の隙間から差し込む光が、その頬の上を横切っていた。


「六助どの」


「……見られまするか」


「見申す」


 碗が、差し出された。


 わたしはそれを、戸口へ持っていって明かりにかざした。


 そして、手が止まった。


 白かった。


 黄色でも、赤でもない。牛の乳のようだった。


「これは、いつからにござる」


「七、八年前から」


「毎日にござるか」


「いえ」


 六助はそう答えた。


「《《脂っこいものを食うた翌朝が、ひどうございます》》」


          ◆


 わたしは碗を置いた。


 そして、土間に両手をついた。


「六助どの」


「はい」


「わたしは、《《この病を存じませぬ》》」


「書にも、ござらぬ。師も、見ておりませぬ」


 六助は、笑った。乾いた笑いだった。


「さようでございましょう」


「なれど」


 わたしは顔を上げた。


「《《祟りではござらぬ》》」


 六助の顔から、笑いが消えた。


「なにゆえ、そう申されます」


「小便が白いゆえにござる」


 わたしはそう答えた。


「そして――脂っこいものを食うた翌朝に、ひどい」


「祟りは、《《食うたもので濃くなり申さぬ》》」


          ◆


 六助は、しばらく黙っていた。


 そして、声を上げて泣いた。


 わたしは、その泣き声が収まるまで、土間に座っていた。


 二十年、誰にも見せなかった脚である。

外伝四の題材は、リンパ系フィラリア症です。


 蚊が媒介する寄生虫が、リンパ管に住みつくことで起こります。慢性化すると脚や陰嚢、乳房が著しく肥大し、皮膚が厚く硬化します。その外観から象皮病と呼ばれてきました。


 この病は東南アジアに広く分布しますが、日本にも存在しました。九州南部、四国南部、南西諸島が流行地で、根絶が確認されたのは一九七〇年代です。


 今回、与一郎が最初に注目したのは、片脚だけであるという点です。


 全身性の原因——栄養不良、心不全、腎障害——による浮腫は、通常は両脚に出ます。片側だけであれば、その脚から先の局所に原因があると考えます。


 もう一つが、押しても凹まないことです。単純に水が溜まっているだけであれば、指で押すと凹みます。凹まないのは、長年のうちに組織そのものが線維化しているためです。


 次話、決定的な所見が出てきます。


 お読みいただきありがとうございました。

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