外伝一「島虫」(三) 乳の下
男の医者には、見られないものがあります。
――《《女は、四人来た》》。
◆
――《《いずれも、飯炊きの女である》》。
――《《一番年嵩は、《《なつ》》という五十がらみの女だった》》。
◆
「――《《お医者さま》》」
なつは、腕を組んで、わたしを睨みつけた。
「――《《何をせよと仰せで》》」
◆
「――《《病んだ三人の身体を、《《隅々まで見ていただきたい》》》》」
わたしは、そう言った。
◆
「――《《隅々》》」
「――《《さようにござる》》」
「――《《どこまで》》」
「――《《全部にござる》》」
◆
――《《なつの眉が、《《吊り上がった》》》》。
◆
「――《《お医者さま。……それは、《《人のすることでございますか》》》》」
◆
「――《《人のすることにござる》》」
わたしは、そう答えた。
◆
「――《《なつどの。それがしは昨日、《《男を十四人、裸にし申した》》》》」
わたしは、そう言った。
「――《《下帯まで外させ申した》》」
「……」
「――《《そして、《《陰嚢の裏まで見申した》》》》」
◆
「――《《なにゆえ、そこまで》》」
なつが、そう聞いた。
◆
「――《《《《そこに、あったからにござる》》》》」
◆
――《《わたしは、そう言った》》。
◆
「――《《一人、陰嚢の裏に、黒いかさぶたがござった》》」
わたしは、続けた。
「――《《本人も、知り申さなんだ》》」
「……」
「――《《もし、それがしが《《そこを見なんだら》》、その男は『痕のない者』として数えられており申した》》」
◆
「――《《なつどの》》」
わたしは、頭を下げた。
「――《《それがしは、女子の身体を見られませぬ》》」
「……」
「――《《ゆえに、《《見ていただきたい》》》》」
◆
――《《なつは、しばらく黙っていた》》。
――《《そして、こう聞いた》》。
◆
「――《《何を、探せばよろしいので》》」
◆
――《《わたしは、その一言に、《《ようやく息を吐いた》》》》。
◆
「――《《描き申す》》」
◆
――《《わたしは、紙に、それを描いた》》。
◆
――《《径五分の、黒い円》》。
――《《その周りに、赤い輪》》。
◆
「――《《これにござる》》」
わたしは、そう言った。
「――《《かさぶたのように見えまする。……なれど、《《剥がれませぬ》》》》」
「……」
「――《《触ると、《《硬うござる》》》》」
◆
「――《《そして、《《痛くも痒くもござらぬ》》》》」
わたしは、そう続けた。
「――《《ゆえに、本人は気づいておりませぬ》》」
◆
「――《《どこを、探せばよろしいので》》」
なつが、そう聞いた。
◆
「――《《男どもで、見つかった場所を申し上げまする》》」
わたしは、指を折った。
◆
「――《《腋の下。両方》》」
「――《《臍のまわり》》」
「――《《腰の、帯が当たるあたり》》」
「――《《股の付け根。両方》》」
「――《《尻の割れ目》》」
「――《《膝の裏》》」
◆
「――《《そして、女子であれば――《《乳の下》》を》》」
◆
――《《なつの表情が、《《変わった》》》》。
◆
「――《《乳の下》》」
「――《《さようにござる》》」
わたしは、そう言った。
「――《《男には乳がござらぬ。……なれど、女子にはござる》》」
「……」
「――《《汗が溜まり、そして――《《着物で隠れておりまする》》》》」
◆
「――《《なつどの。……それがしの見立てでは、《《この痕は、汗の溜まる、柔らかいところにできまする》》》》」
わたしは、そう言った。
「――《《ゆえに、女子には、《《男とは違う場所にできておるはず》》にござる》》」
◆
――《《なつは、しばらく紙を見ていた》》。
――《《そして、こう言った》》。
◆
「――《《お医者さま》》」
「はい」
「――《《一つ、伺ってもよろしいですか》》」
「――《《なんなりと》》」
◆
「――《《これを見つけたら、《《あの三人は助かるのですか》》》》」
◆
――《《わたしは、《《答えられなかった》》》》。
◆
――《《先生は、こう言われた》》。
――《《『分からぬときは、分からぬと言え』》》。
◆
「――《《助かりませぬ》》」
わたしは、そう答えた。
◆
「――《《見つけても、治す手立てはござらぬ》》」
わたしは、続けた。
「――《《あの三人が助かるかどうかは、《《それがしには、決められませぬ》》》》」
◆
「――《《では、なにゆえ》》」
なつが、そう聞いた。
◆
「――《《まだ、《《刺されておらぬ者》》がおるゆえにござる》》」
わたしは、そう言った。
◆
「――《《この普請場に、三百人おりまする》》」
わたしは、続けた。
「――《《倒れたのは、十九人にござる》》」
「……」
「――《《《《残る二百八十人が、まだ刺されておりませぬ》》》》」
◆
「――《《その者どもを、《《刺させぬため》》にござる》》」
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――《《なつは、《《長いことわたしを見ていた》》》》。
――《《そして、紙を受け取った》》。
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「――《《湯を、沸かしてくださいまし》》」
彼女は、そう言った。
◆
「――《《どうせ裸にするなら、《《身体を拭いてやります》》》》」
◆
――《《女たちは、半刻で戻ってきた》》。
◆
「――《《お医者さま》》」
なつが、そう言った。
「――《《ございました》》」
◆
「――《《どこに》》」
◆
「――《《三人とも、《《乳の下》》でございました》》」
◆
――《《わたしは、その場で、《《拳を握った》》》》。
◆
「――《《三人とも》》」
「――《《三人ともでございます》》」
なつは、そう言った。
「――《《右が二人、左が一人》》」
「……」
「――《《径は、お描きになった通り。……《《爪の先ほど》》でございました》》」
◆
「――《《本人どもは》》」
「――《《驚いておりました》》」
なつは、そう答えた。
「――《《『そんなものがあったのか』と》》」
◆
――《《わたしは、その報せを聞いて、《《座り込んだ》》》》。
◆
――《《男は、腋・臍・股・腰・尻》》。
――《《女は、《《乳の下》》》》。
◆
――《《着物の形が、違うのだ》》。
◆
――《《男の人足は、《《下帯一つで働く》》》》。
――《《女は、《《小袖を着たまま働く》》》》。
◆
――《《ゆえに、《《虫が潜り込む場所が、違う》》》》。
◆
「――《《弥兵衛!》》」
わたしは、そう叫んだ。
「――《《書け!》》」
◆
――《《一、痕を探す場所は、《《着物の形によって違う》》。》》
――《《 男(下帯一つ)――腋・臍・腰・股・尻・膝の裏。》》
――《《 女(小袖)――《《乳の下》》・腋・腰・股。》》
――《《 ――《《ゆえに、女子には女子が見るべし。》》》》
――《《 男の医者が「見られぬ」と言うて済ますは、《《怠慢である》》。》》
――《《 ――《《見る者を、《《作れ》》。》》》》
◆
――《《その日から、わたしは《《数え直した》》》》。
◆
――《《倒れた十九人のうち、生きている十七人(うち三人は女)》》。
――《《痕が見つかった者――《《十六人》》》》。
――《《見つからぬ者――《《一人》》》》。
◆
――《《その一人を、わたしは《《三度、隅々まで見た》》》》。
――《《それでも、見つからなかった》》。
◆
「――《《弥兵衛》》」
わたしは、そう言った。
「――《《一人、見つからん》》」
「……はい」
「――《《これを、どう考える》》」
◆
――《《弥兵衛は、しばらく考えた》》。
――《《そして、こう答えた》》。
◆
「――《《……《《痕が消えた》》のではございませぬか》》」
◆
「――《《ほう》》」
「――《《かさぶたは、いずれ剥がれまする》》」
彼は、そう言った。
「――《《その者が倒れたのは、《《一番早う》》ございました》》」
「……」
「――《《ならば、《《刺されたのも、一番早い》》はずでございます》》」
◆
――《《わたしは、その答えに、《《笑った》》》》。
◆
「――《《弥兵衛》》」
「はい」
「――《《お前、《《医者になれ》》》》」
◆
「――《《は》》」
「――《《京へ来い》》」
わたしは、そう言った。
「――《《啓迪院は、《《誰でも入れる》》》》」
◆
――《《次にやることは、《《決まっていた》》》》。
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「――《《弥兵衛。もう一度、絵図だ》》」
わたしは、そう言った。
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「――《《だが今度は、《《持ち場ではない》》》》」
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「――《《倒れた十九人に、《《一つずつ聞け》》》》」
わたしは、指を折った。
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「――《《一、《《倒れる何日か前に、河原へ入ったか》》》》」
「――《《二、《《入ったとすれば、どこか》》》》」
「――《《三、《《そこで、何をしたか》》》》」
「――《《四、《《どれほどおったか》》》》」
◆
「――《《宗吉さま。……なにゆえ、河原でございますか》》」
弥兵衛が、そう聞いた。
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「――《《虫は、《《草におる》》からだ》》」
わたしは、そう答えた。
◆
「――《《この普請場を、見ろ》》」
わたしは、堤を指した。
「――《《土は掘り返され、草は刈られておる》》」
「……」
「――《《《《虫の住むところが、ない》》》》」
◆
「――《《だが、《《河原には、腰ほどの草が生えておる》》》》」
わたしは、そう言った。
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「――《《弥兵衛。……もう一つ、聞け》》」
◆
「――《《《《倒れる、何日前か》》を》》」
◆
――《《それは、三日かかった》》。
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――《《熱でうわ言を言う者からは、聞けない》》。
――《《ゆえに、《《回復しかけている者》》と、《《同じ小屋の仲間》》から聞いた》》。
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――《《そして、《《紙が、埋まった》》》》。
◆
「――《《宗吉さま》》」
弥兵衛が、震える手でそれを差し出した。
「――《《……《《揃いました》》》》」
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――《《わたしは、それを見た》》。
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――《《十九人中、十七人が、倒れる前に河原へ入っていた》》。
――《《入っていない二人は、《《本人が答えられぬ者》》であり、仲間の記憶も曖昧だった》》。
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――《《そして、《《場所》》である》》。
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――《《十七人のうち、《《十四人》》が、同じ場所を挙げた》》。
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――《《《《中洲》》である》》。
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――《《この春の洪水で、《《新しく現れた中洲》》があった》》。
――《《葦と柳が生い茂り、《《人の背丈ほどの草が生えている》》》》。
◆
――《《そこの草を刈って、《《堤の土留めに使っていた》》》》。
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「――《《何日前だ》》」
わたしは、そう聞いた。
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「――《《それが、妙でございます》》」
弥兵衛は、そう言った。
「――《《ばらばらでございます。……五日前の者もおれば、十二日前の者も》》」
◆
「――《《それでいい》》」
わたしは、そう言った。
◆
「――《《は》》」
「――《《《《五日から十二日》》の間に、《《収まっておる》》》》」
わたしは、そう言った。
「――《《四日前の者はおらん。……十五日前の者もおらん》》」
「……」
「――《《《《病には、《《間》》がある》》》》」
◆
「――《《刺されてすぐ、熱は出ん》》」
わたしは、続けた。
「――《《五日から十二日、《《何も起きぬ日が続く》》》》」
「……」
「――《《そして、《《突然、来る》》》》」
◆
――《《わたしは、そこで、《《背筋が冷えた》》》》。
◆
「――《《弥兵衛》》」
「はい」
「――《《ということは、《《今この瞬間》》》》」
◆
「――《《《《すでに刺されておって、まだ熱の出ておらぬ者》》がおる》》」
◆
――《《わたしは、立ち上がった》》。
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「――《《戸倉どのを呼べ!》》」
わたしは、そう叫んだ。
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「――《《中洲の草刈りを、《《今日、止めさせろ》》!》》」
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「――《《それと、《《ここ十二日のうちに中洲へ入った者を、全員数えろ》》!》》」
今回の中心は二つです。
一つは、刺し口の分布が衣服によって変わることです。
下帯一枚で働く男性と、小袖を着たまま働く女性とでは、虫が潜り込む経路が異なります。ですから探すべき場所も変わります。作中で女性患者の三人全員が乳房の下に刺し口を持っていたのは、そのためです。
この着眼は、「男の医者だから女性は診られない」という限界を、「では見る者を作ればよい」と反転させることで得られました。本編第二十二話で、産屋に入れなかった主人公が産婆に教えたのと同じ構造です。
もう一つが、潜伏期という概念です。
刺されてから発症するまで、五日から十四日ほどかかります。この間、患者はまったく元気です。
これは二つの意味を持ちます。ひとつは、患者自身が原因と結果を結びつけられないこと。「二週間前に草むらに入ったこと」と「今日の高熱」が繋がりません。
もうひとつが、より深刻です。すでに刺されていて、まだ発症していない人が存在するということです。
次話で完結します。
お読みいただきありがとうございました。




