外伝一「島虫」(二) 見苦しいということ
遺体の腋の下に、黒いかさぶたがありました。
――《《それは、《《小さかった》》》》。
◆
――《《径、五分ほど》》。
――《《黒い》》。
――《《いや、《《黒褐色》》である》》。
――《《乾いて、《《かさぶたのように》》なっている》》。
◆
――《《そして、《《その周りが、赤い》》》》。
――《《輪のように、赤みが取り巻いていた》》。
◆
わたしは、それに指を触れた。
――《《硬い》》。
――《《周りの皮膚とは、明らかに《《別のもの》》だった》》。
◆
「――《《宗吉さま。それは》》」
弥兵衛が、覗き込んできた。
「――《《……傷でございましょうか》》」
◆
「――《《分からん》》」
わたしは、そう答えた。
「――《《だが、《《ここは、腋の下だ》》》》」
◆
「――《《弥兵衛。……お前、腋の下を怪我したことがあるか》》」
「――《《……ございませぬ》》」
「――《《わたしもない》》」
わたしは、そう言った。
◆
「――《《腋の下は、《《まず、傷のつかぬ場所》》だ》》」
わたしは、続けた。
「――《《鍬も当たらん。石も当たらん。……《《腕で、常に隠れておる》》》》」
◆
「――《《なれば、これは何だ》》」
◆
――《《わたしは、その場で、《《決めた》》》》。
◆
「――《《弥兵衛。囲いの者を、《《全員、脱がせろ》》》》」
◆
「――《《は》》」
「――《《全員だ》》」
わたしは、そう言った。
「――《《下帯まで、外させろ》》」
◆
「――《《宗吉さま。それは、その》》」
弥兵衛が、明らかに怯んだ。
「――《《みな、病人にございます》》」
「――《《知っておる》》」
「――《《その者らを、《《裸に》》》》」
「――《《そうだ》》」
◆
「――《《なれど》》」
弥兵衛は、言い淀んだ。
「――《《……《《見苦しゅうございます》》》》」
◆
――《《わたしは、その言葉を聞いて、《《手を止めた》》》》。
◆
――《《見苦しい》》。
◆
――《《わたしは、その言葉を、《《どこかで聞いた》》》》。
◆
――《《先生の書に、あった》》。
――《《『手当書』第五巻、《《女と赤子の巻》》》》。
◆
――《《産婆どもは、「見苦しい」と言うた。》》
――《《わたしも、「見苦しい」と思うた。》》
――《《――《《その「見苦しい」で、女が死ぬ。》》》》
◆
「――《《弥兵衛》》」
わたしは、そう呼んだ。
「はい」
「――《《見苦しいと、誰が困る》》」
◆
「――《《は》》」
「――《《見苦しいと思うのは、《《見る側》》だ》》」
わたしは、そう言った。
「――《《病人は、《《熱で、それどころではない》》》》」
◆
「――《《見苦しいと言うて、見なんだら、どうなる》》」
わたしは、続けた。
「――《《わたしは、この六日、《《見苦しいから見なかった》》》》」
「……」
「――《《そして、《《伊八が死んだ》》》》」
◆
――《《弥兵衛は、俯いた》》。
◆
「――《《弥兵衛》》」
わたしは、そう言った。
「――《《書け》》」
◆
「――《《は》》」
「――《《今から言うことを、書け》》」
◆
――《《一、《《羞恥は、診察を殺す》》。》》
◆
「――《《書いたか》》」
「――《《……書きました》》」
「――《《続けろ》》」
◆
――《《 見苦しいと思うのは、見る側である。》》
――《《 病人は、それどころではない。》》
――《《 ――《《見なんだ結果は、《《見た結果より、必ず醜い》》。》》》》
◆
「――《《弥兵衛。脱がせろ》》」
◆
――《《十四人を、脱がせた》》。
――《《男ばかりである》》。
◆
――《《抵抗した者が、三人いた》》。
――《《熱があるのに、《《下帯を掴んで離さなかった》》》》。
◆
「――《《許せ》》」
わたしは、そのたびにそう言った。
「――《《これは、《《お前を助けるためだ》》》》」
◆
――《《そして、わたしは、《《一人ずつ、隅々まで見た》》》》。
◆
――《《首の後ろ》》。
――《《耳の裏》》。
――《《腋の下、両方》》。
――《《乳の下》》。
――《《臍の中》》。
――《《腰の帯の位置》》。
――《《股の付け根、両方》》。
――《《陰嚢の裏》》。
――《《尻の割れ目》》。
――《《膝の裏》》。
――《《足の指の間》》。
◆
――《《一人に、《《四半刻かかった》》》》。
◆
――《《そして、《《見つかった》》》》。
◆
――《《一人目。左の腋の下》》。
――《《二人目。臍の、すぐ横》》。
――《《三人目。股の付け根》》。
――《《四人目。……見つからない》》。
◆
――《《五人目。腰の、帯が当たるあたり》》。
――《《六人目。陰嚢の、裏》》。
◆
――《《わたしは、六人目のそれを見つけたとき、《《声を上げそうになった》》》》。
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――《《《《そこは、誰も見ない》》》》。
◆
――《《本人ですら、見ない場所である》》。
◆
――《《日が暮れる頃、わたしは数えた》》。
◆
――《《十四人中、《《十一人》》に、黒いかさぶたがあった》》。
――《《三人には、見つからなかった》》。
◆
「――《《宗吉さま》》」
弥兵衛が、震える声で言った。
「――《《これは、何でございますか》》」
◆
「――《《分からん》》」
わたしは、そう答えた。
「――《《だが、《《分かることが、三つある》》》》」
◆
「――《《一つ。《《みな、同じ形をしておる》》》》」
わたしは、そう言った。
「――《《径五分。黒褐色。周りが赤い。……《《十一人とも、寸分違わぬ》》》》」
◆
「――《《二つ。《《痛くも痒くもない》》》》」
わたしは、続けた。
「――《《さっき、全員に聞いた。……《《誰一人、そこに何かあることを知らなんだ》》》》」
◆
「――《《三つ》》」
わたしは、そこで一度、言葉を切った。
「――《《できておる場所が、《《決まっておる》》》》」
◆
「――《《腋。臍。股。腰の帯のあたり。陰嚢の裏。乳の下》》」
わたしは、指を折った。
「――《《弥兵衛。……この場所に、《《何か共通のものがあるか》》》》」
◆
――《《弥兵衛は、しばらく考えた》》。
――《《そして、こう言った》》。
◆
「――《《……《《着物で、隠れる場所》》でございます》》」
◆
「――《《それだけか》》」
「――《《それと》》」
彼は、そう言った。
「――《《《《柔らこうございます》》》》」
◆
――《《わたしは、その言葉に、《《拳を握った》》》》。
◆
――《《そうだ》》。
◆
――《《手の甲でもない》》。
――《《脛でもない》》。
――《《額でもない》》。
◆
――《《《《皮の薄い、柔らかいところ》》である》》。
――《《そして、《《汗が溜まるところ》》である》》。
◆
「――《《弥兵衛》》」
わたしは、そう言った。
「――《《何かが、《《刺した》》のだ》》」
◆
「――《《刺した、と》》」
「――《《そうだ》》」
◆
「――《《蚊か、蚋か、《《もっと小さい何か》》か》》」
わたしは、続けた。
「――《《それが、着物の中へ潜り込み、《《柔らかいところを刺した》》》》」
「……」
「――《《そして、《《刺されたところが、こうなった》》》》」
◆
「――《《宗吉さま。……なれど、蚊に刺されても、こうはなりませぬ》》」
「――《《そうだ》》」
わたしは、頷いた。
「――《《ゆえに、《《蚊ではない》》》》」
◆
「――《《何か、《《別のもの》》だ》》」
◆
――《《その夜、わたしは、《《十四年前の記憶》》を掘り返していた》》。
◆
――《《先生が、まだ元気だった頃である》》。
――《《わたしは、二十歳になったばかりだった》》。
◆
――《《先生は、講堂で、こう言われた》》。
◆
――《《瘧は、《《蚊が運ぶ》》。》》
――《《悪い気ではない。沼から立つ瘴気でもない。》》
――《《――《《病んだ者の血を吸うた蚊が、次の者を刺すときに移す。》》》》
◆
――《《証は、立てられぬ。》》
――《《ゆえに、《《証の立たぬまま書き残す》》。》》
――《《――《《いつか、誰かが、理由を見つける。》》》》
◆
――《《わたしは、その言葉を、《《十四年ぶりに思い出していた》》》》。
◆
――《《先生は、《《蚊》》を見つけられた》》。
◆
――《《ならば、これは》》。
◆
――《《《《蚊ではない、別の何か》》である》》。
◆
――《《翌朝、わたしは戸倉どのを呼んだ》》。
◆
「――《《戸倉どの。……分かったことがござる》》」
「――《《おお》》」
彼は、身を乗り出した。
「――《《なんでござる》》」
◆
「――《《三つ、申し上げまする》》」
わたしは、そう言った。
◆
「――《《一つ。《《これは、祟りではござらぬ》》》》」
◆
――《《戸倉どのの顔が、《《止まった》》》》。
◆
「――《《病んだ者の身体に、《《黒いかさぶたがござる》》》》」
わたしは、そう言った。
「――《《十四人のうち、十一人に》》」
「……」
「――《《径五分。黒褐色。周りが赤い。……《《十一人とも、同じ形にござる》》》》」
◆
「――《《祟りは、《《同じ形の痕を残しませぬ》》》》」
◆
「――《《二つ》》」
わたしは、続けた。
「――《《この病は、《《人から人へは、移らぬと存じまする》》》》」
◆
「――《《なにゆえ、そう申される》》」
戸倉どのが、そう聞いた。
◆
「――《《それがしは、六日、あの囲いの中で寝ており申した》》」
わたしは、そう答えた。
「――《《手も洗わずに、病人の身体を触っており申した》》」
「……」
「――《《《《それがしは、病んでおりませぬ》》》》」
◆
「――《《それと、《《病人の世話をした五人も、病んでおりませぬ》》》》」
わたしは、続けた。
「――《《赤痢であれば、とうに移っております》》」
◆
「――《《なれど、それは》》」
戸倉どのは、言い淀んだ。
「――《《まだ、日が浅いだけかもしれませぬぞ》》」
◆
「――《《さようにござる》》」
わたしは、あっさり認めた。
「――《《ゆえに、《《確かとは申しませぬ》》》》」
「……」
「――《《なれど、《《この病を、《《刺されて起こる病》》と考えれば、辻褄が合いまする》》》》」
◆
「――《《刺された者だけが病み、《《刺されぬ者は、いくら世話をしても病まぬ》》》》」
◆
――《《戸倉どのは、《《長いこと黙っていた》》》》。
――《《そして、こう聞いた》》。
◆
「――《《三つ目は》》」
◆
わたしは、頭を下げた。
◆
「――《《三つ目は――《《治す手立てが、ござらぬ》》ということにござる》》」
◆
――《《わたしは、そう言った》》。
――《《言わねばならなかった》》。
◆
「――《《それがしは、この病の名を存じませぬ》》」
わたしは、続けた。
「――《《薬も存じませぬ》》」
「……」
「――《《倒れた者を、《《治すことはできませぬ》》》》」
◆
――《《戸倉どのの肩が、《《落ちた》》》》。
◆
「――《《では、京から来ていただいた意味が》》」
◆
「――《《ござる》》」
わたしは、はっきりと言った。
◆
「――《《倒れた者は、治せませぬ》》」
わたしは、そう言った。
「――《《なれど――《《これから倒れる者を、減らすことはできまする》》》》」
◆
「――《《どうやって》》」
◆
「――《《《《刺された場所を、突き止めまする》》》》」
◆
――《《わたしは、そう言った》》。
◆
「――《《十一人に、痕がござる》》」
わたしは、続けた。
「――《《痕があるということは、《《どこかで刺された》》ということにござる》》」
「……」
「――《《ならば――《《どこで刺されたかを、逆に辿れまする》》》》」
◆
「――《《戸倉どの。人を、貸していただきたい》》」
わたしは、頭を下げた。
◆
「――《《それと――《《女子の手が、要りまする》》》》」
◆
「――《《女子、でござるか》》」
戸倉どのが、怪訝な顔をした。
◆
「――《《飯を炊く女が、三人倒れております》》」
わたしは、そう言った。
◆
「――《《その者どもの身体を、《《それがしは、見られませぬ》》》》」
ツツガムシ病の診断において、決定的な所見が刺し口です。
刺された部位に、直径五ミリから一センチほどの黒い痂皮ができます。周囲に赤い縁取りを伴い、硬く、剥がれません。
最大の特徴は、痛みも痒みもないことです。ですから患者本人は、その存在にまったく気づいていません。
そして、ツツガムシは衣服に覆われた柔らかい部位を好みます。腋窩、鼠径部、臍周囲、腰、陰嚢、乳房下——普段は誰も見ない場所です。
つまりこの病の診断とは、高熱に苦しむ患者を全裸にし、体表を隈なく観察することにほかなりません。
現在でも、この病を疑ったときに医師が最初にすることは、刺し口を探すことです。見つければ診断はほぼ確定し、見逃せば分かりません。
次話、女性の患者をどうするかという問題が出てきます。
お読みいただきありがとうございました。




