第四十九話 四十七の名
第二十三話、金ヶ崎。
勘十郎は、四十七人を寺に置いていきました。
――名を、聞きませんでした。
二十年です。
天正十八年、五月。
――《《京へ、帰り着いた》》。
◆
――《《帰りの舟は、行きより辛かった》》。
淀川を上るのである。
行きは、流れに乗って下るだけだった。帰りは違う。
川舟が、《《綱で曳かれて》》、ゆっくりと遡っていく。岸を、人足が三人がかりで綱を引いて歩く。舟は、絶えず綱に引かれて震えていた。
その震えが、背中から胸へ抜ける。
――《《三日かかった》》。
◆
啓迪院に着いたとき、俺は《《舟から下ろされる力もなかった》》。
――《《戸板で運ばれた》》。
――《《そして、そのまま、十日寝込んだ》》。
◆
――《《その十日のことを、俺はよく覚えていない》》。
熱が出たらしい。足が、腿まで腫れたらしい。
宗吉が二日に一度、碗に半分の血を抜いた。
――《《ただ、《《船が浮かぶ音》》を、何度も夢に見た》》。
――《《どぉん、という、あの音である》》。
◆
――《《十一日目に、俺は起きた》》。
――《《いや、《《起こさせた》》》》。
◆
「――《《宗吉》》」
「はい」
「――《《紙と、筆だ》》」
「――《《先生。まだ、お休みに》》」
「――《《宗吉》》」
俺は、その顔を見た。
「――《《やらねばならんことが、一つある》》」
◆
――《《俺は、そう言って、そして口述した》》。
◆
――《《越前、金ヶ崎の在。》》
――《《元亀元年四月、当地の寺に、織田方の傷者四十七名を置き去りにせり。》》
――《《当時の住持、あるいはその後を継いだ者に問い合わせたし。》》
――《《知りたきは、一つのみ。》》
――《《――《《《《その者どもの、名である》》。》》》》
◆
「――《《先生》》」
宗吉が、《《筆を止めた》》。
「――《《二十年前にございます》》」
「――《《そうだ》》」
「――《《寺が、残っておりましょうか》》」
「――《《分からん》》」
◆
「――《《残っておっても、《《記録があるとは限らん》》》》」
俺は、そう言った。
「――《《あっても、《《読める者がおるとは限らん》》》》」
「……」
「――《《それでも、《《聞け》》》》」
◆
「――《《先生。……なにゆえ、今でございますか》》」
宗吉が、そう聞いた。
◆
――《《俺は、その問いに、答えを持っていた》》。
――《《六年、持っていた》》。
◆
「――《《六年前、徳川三河守どのから、書が届いた》》」
俺は、そう言った。
「――《《『負け戦の巻』だ》》」
「……」
「――《《その中に、一行あった》》」
◆
俺は、それを暗唱した。
――《《六年、覚えていた》》。
――《《暗唱できるほど、何度も読んだ》》。
◆
「――《《《《置いていかざるを得ぬ者の、名を書き残せ》》》》」
「……」
「――《《なにゆえか。……《《後で、迎えに行けるからである》》》》」
◆
「――《《俺は、書かなかった》》」
俺は、そう言った。
「――《《金ヶ崎で、四十七人の名を聞かなかった》》」
「……」
「――《《本能寺で、十四人のうち、《《一人の名しか知らん》》》》」
◆
「――《《聞く暇が、なかったからだ》》」
俺は、そう言った。
「――《《それは、《《本当に、なかった》》》》」
「……」
「――《《だが、《《その後の二十年は、あった》》》》」
◆
「――《《俺は、二十年、《《聞かなかった》》》》」
俺は、そう言った。
――《《声が、掠れていた》》。
「――《《なぜだと思う》》」
◆
「――《《宗吉。……《《怖かったのだ》》》》」
◆
「――《《名を知れば、《《その者が、人になる》》》》」
俺は、そう言った。
「――《《四十七人は、《《数》》のうちは、耐えられる》》」
「……」
「――《《だが、《《太吉》》になったら、耐えられん》》」
◆
――《《俺は、堺で、それを見た》》。
――《《船の舳先に、《《太吉丸》》と書いてあった》》。
――《《下手な字だった》》。
――《《六年目に、骨組みから落ちた男である》》。
――《《四十二だった》》。
◆
――《《俺は、その名を見て、《《泣いた》》》》。
――《《会ったこともない男の名で、泣いた》》。
――《《名には、《《そういう力がある》》》》。
◆
「――《《宗吉》》」
俺は、そう言った。
「――《《俺は、あと何月かで死ぬ》》」
「――《《先生》》」
「――《《黙って聞け》》」
◆
「――《《死ぬ前に、《《怖いことを、一つやっておきたい》》》》」
◆
――《《文は、五通出した》》。
――《《越前の寺へ。金ヶ崎の在の代官へ。敦賀の湊の商人へ。……そして、《《当時の織田の帳簿を持っておる者へ》》》》。
――《《書いたのは、宗吉と平助である》》。
――《《俺は、同じ文言を五度、口述した》》。
――《《四度目で、息が続かなくなった》》。
◆
――《《五通目には、一行足した》》。
――《《返事は、《《いつでも構い申さぬ》》。》》
――《《なれど、《《できれば、早う》》。》》
――《《これを書かせるとき、宗吉が筆を止めた》》。
――《《俺は、何も言わなかった》》。
◆
――《《返事は、六月から来はじめた》》。
――《《俺は、毎朝、門のほうへ耳を澄ませるようになった》》。
――《《患者を待つ医者ではなく、《《報せを待つ病人》》になっていた》》。
◆
――《《一通目は、《《何も分からぬ》》というものだった》》。
――《《寺は、天正三年の一向一揆で焼けていた》》。
――《《住持も、代替わりしていた》》。
――《《俺は、それを読んで、《《紙を畳んだ》》》》。
――《《当たり前である。二十年だ》》。
◆
――《《二通目は、六月の末に来た》》。
――《《《《過去帳の写し》》だった》》。
◆
――《《紙が、粗い》》。
――《《墨が、薄い》》。
――《《写した者は、《《達筆ではなかった》》》》。
――《《だが、一字ずつ、丁寧に写してあった》》。
――《《焼けた寺の、《《別の寺に残っていた控え》》だという》》。
◆
――《《元亀元年四月から六月にかけて、この寺で葬られた者、《《二十九名》》》》。
――《《うち、《《名の分かる者、十一名》》》》。
◆
俺は、その十一の名を、《《靉靆を鼻に乗せて読んだ》》。
◆
――《《源七》》
――《《久助》》
――《《弥三郎》》
――《《太郎兵衛》》
――《《甚五》》
――《《……》》
◆
――《《どれも、《《どこにでもある名だった》》》》。
――《《俺の手当所にも、同じ名の者が何人もいた》》。
――《《だが、この十一人は、《《あの寺で死んだ十一人である》》》》。
◆
――《《俺は、その紙を持ったまま、《《声を上げて泣いた》》》》。
◆
――《《二十九名、葬られた》》。
――《《つまり、《《十八名は、葬られなかった》》》》。
◆
「――《《宗吉》》」
俺は、そう言った。
「――《《これは、何を意味する》》」
◆
宗吉は、しばらく考えた。
そして、恐る恐る言った。
「――《《……別の場所で、亡くなられたか》》」
「――《《あるいは》》」
俺は、そう言った。
――《《声が、震えた》》。
「――《《《《生きた》》か、だ》》」
◆
――《《七月》》。
――《《三通目が、来た》》。
――《《俺は、その二十日ほどを、《《数えて過ごした》》》》。
◆
――《《敦賀の商人からだった》》。
――《《当時、湊で薬種を扱っていた家である》》。
――《《俺が、金ヶ崎の陣中で晒しを買った相手だ》》。
◆
――《《元亀元年、当地の寺に置かれし織田方の傷者につき。》》
――《《当時、浅井方の兵が寺を検め候。》》
――《《――《《書状があるゆえ、手出し無用と申し渡され候由。》》》》
――《《その後、傷の癒えし者より順に、故郷へ帰され候。》》
――《《人数、《《十七、八名》》と聞き及び候。》》
◆
――《《俺は、その一行を読んで、《《紙を落とした》》》》。
◆
――《《書状》》。
◆
――《《明智十兵衛光秀が、書いた》》。
――《《元亀元年四月、金ヶ崎の木立の陰で》》。
――《《手が震えて、筆先が上下しながら、書いた》》。
――《《書き終えて、その手を左手で握り潰した男である》》。
◆
――《《ここにおるは戦えぬ者ばかりである。》》
――《《武具は全て取り上げてある。》》
――《《首を取っても手柄にはならぬ。》》
――《《療養が済み次第、身柄はそちらの好きになされよ。》》
◆
――《《あのとき、あの人はこう言った》》。
――《《それがしは、これで四十七人を助けられるとは申しませぬ。》》
――《《おそらく、半分は死にましょう。あるいは、それ以上。》》
――《《なれど、半分は生きるやもしれませぬ。》》
――《《それがしにできるのは、そこまででございます。》》
◆
――《《二十九人が、死んだ》》。
――《《十七、八人が、《《生きた》》》》。
◆
――《《半分だった》》。
――《《あの人が言うた通り、《《ちょうど半分だった》》》》。
――《《二十年前に、あの人はそれを正確に見積もっていた》》。
◆
「――《《宗吉》》」
俺は、掠れた声で言った。
「――《《紙を》》」
「――《《先生、お顔の色が》》」
「――《《紙を!》》」
◆
――《《俺は、一枚の紙を取り出させた》》。
――《《二十年、書き足し続けてきた紙である》》。
――《《折り目が擦り切れて、光にかざすと透ける》》。
◆
――症例・明智十兵衛光秀。四十過ぎ。
――主訴、なし。所見、なし。ただし、この男は溜める。
――なきことこそ、危うし。
――天正四年十一月。逃げ場が、一つ減った。
――天正七年六月。「作ってさしあげてくださいませ」
――天正八年九月。処方――書くこと。月に一度の文。
――天正十年五月十五日。脈、柔らかし。――定まった。
――天正十年六月十三日。死亡。五十五歳。
――《《治せなかった。十二年、診続けて、治せなかった。これは、俺の負けである。》》
◆
――《《俺は、その下に、震える手で書いた》》。
――《《字が、読めるかどうかの字だった》》。
◆
――《《天正十八年七月。》》
――《《 元亀元年、金ヶ崎にて置き去りにせし四十七名につき。》》
――《《 ――《《十七、八名、生存を確認せり。》》》》
――《《 この者どもは、《《明智十兵衛光秀の書状によって、生きた》》。》》
――《《 俺は、この男を治せなかった。》》
――《《 ――《《だが、この男は、俺が捨てた十七人を、生かした。》》》》
――《《 ――《《どちらが医者か、分からぬ。》》》》
◆
八月。
――《《一人、来た》》。
◆
――《《啓迪院の門に、《《四十半ばの男》》が立っていた》》。
――《《日に焼けて、手が節くれ立っていた》》。
――《《百姓である》》。
――《《草鞋が、擦り切れていた》》。
――《《脚絆が、埃で白い》》。
◆
――《《そして、《《右の腿を、引きずっていた》》》》。
◆
「――《《勘十郎さまに、お目にかかりたく》》」
彼は、そう言った。
「――《《越前から、参りました》》」
◆
――《《俺は、寝床から、その男を見た》》。
――《《顔に、見覚えはなかった》》。
――《《二十年である》》。
――《《当たり前だ》》。
◆
「――《《名を、伺いたい》》」
俺は、そう言った。
◆
「――《《伊之助と申します》》」
彼は、そう答えた。
「――《《元亀元年、金ヶ崎の寺に、置かれた者にございます》》」
◆
――《《俺の胸が、《《ぐ、と締まった》》》》。
――《《発作ではなかった》》。
――《《別の何かだった》》。
◆
「――《《伊之助どの》》」
俺は、そう呼んだ。
「――《《どのようにして、それがしのことを》》」
「――《《寺に、文が参りましたゆえ》》」
彼は、そう答えた。
「――《《『名を知りたい』と、京の医者が尋ねておると》》」
◆
「――《《それを聞いて、《《歩いて参りました》》》》」
◆
「――《《越前から、歩いて》》」
「――《《さようで》》」
「――《《何日かかった》》」
「――《《九日にございます》》」
彼は、こともなげに言った。
「――《《足が、こうでございますゆえ、少し余分にかかりました》》」
◆
――《《俺は、そこで、《《言葉が出なかった》》》》。
――《《九日》》。
――《《この足で》》。
◆
――《《俺は、その男の右足を見た》》。
「――《《伊之助どの。……その足は》》」
「――《《あのときの傷にございます》》」
彼は、そう言った。
「――《《腿を、槍で裂かれました》》」
「……」
「――《《縄で縛られておりました》》」
◆
「――《《……縄は、いつ解かれた》》」
俺は、そう聞いた。
「――《《翌日にございます》》」
「――《《誰が》》」
「――《《寺の坊さまが》》」
彼は、そう答えた。
「――《《『いつ縛ったか、額に書いてある』と申されまして》》」
◆
――《《俺は、その言葉に、《《息を呑んだ》》》》。
◆
――《《額に、炭で刻を書け》》。
――《《それは、俺が三十年前に決めた作法である》》。
――《《縄を巻いた刻を書いておかねば、いつ解いてよいか分からぬからだ》》。
――《《一度に解けば、溜まった悪いものが一気に回る》》。
――《《そして、《《俺は、あの四十七人にも、それをやらせていた》》》》。
――《《いつも通りに、やらせただけである》》。
◆
「――《《坊さまが、こう申されました》》」
伊之助は、続けた。
「――《《『この者どもの額に、みな字が書いてある。……これには、意味があるはずだ』と》》」
「……」
「――《《そして、《《一人ずつ、《《ゆっくり》》縄を解かれました》》》》」
◆
――《《俺は、そこで、《《両手で顔を覆った》》》》。
◆
――《《俺は、あの寺に、《《何も残さなかったと思っていた》》》》。
――《《銭と、米と、薬と、光秀の書状だけを置いて、逃げた》》。
――《《だが。》》
――《《《《額に、字が書いてあった》》》》。
――《《四十七人の額に、俺の字が書いてあった》》。
◆
「――《《伊之助どの》》」
俺は、そう言った。
「――《《一つ、伺いたい》》」
「――《《なんなりと》》」
「――《《あの寺で、《《唄を唄うた者》》がおったか》》」
◆
――《《伊之助の顔が、《《変わった》》》》。
◆
「――《《おりました》》」
彼は、そう言った。
「――《《それが、《《おれにございます》》》》」
◆
――《《俺は、動けなくなった》》。
◆
――《《二十年前》》。
――《《金ヶ崎の手当所で、俺は四十七人に一人ずつ告げた》》。
――《《『お前を、置いていく』と》》。
◆
――《《罵倒された》》。
――《《二人に、殴られた》》。
――《《一人は、俺の袖を掴んで泣いた》》。
――《《そして、俺は、その全部を、《《顔を見ながら聞いた》》》》。
◆
――《《そして、一人が、こう言った》》。
――《《勘十郎さま。おれは、手当組の唄を覚えております。》》
――《《寺で、動けぬ者に唄を教えます。》》
――《《――そうすれば、少しは死ぬ者が減りましょう。》》
◆
「――《《伊之助どの》》」
俺は、掠れた声で言った。
「――《《あのとき、そなたは腿を裂かれておった》》」
「――《《はい》》」
「――《《そして、《《唄を教えると言うた》》》》」
「――《《はい》》」
◆
「――《《教えたか》》」
◆
――《《伊之助は、そこで、《《笑った》》》》。
「――《《教えました》》」
◆
「――《《寺で、教えました》》」
彼は、そう言った。
「――《《動ける者に、まず教えました》》」
「……」
「――《《『押さえよ、離すな覗くな』と》》」
◆
「――《《寺の坊さまが、《《書き取られました》》》》」
彼は、続けた。
「――《《『これは、覚えておかねばならぬ』と申されまして》》」
◆
「――《《それから、《《村へ帰りました》》》》」
彼は、そう言った。
「――《《足が、こうなりましたゆえ、槍は持てませぬ》》」
「……」
「――《《田を打っております》》」
◆
「――《《そして、《《村でも、唄いました》》》》」
◆
「――《《なにゆえ》》」
俺は、そう聞いた。
伊之助は、こう答えた。
「――《《村では、人がよう死にますゆえ》》」
◆
「――《《鎌で足を切る者がおります》》」
彼は、そう言った。
「――《《木から落ちる者がおります》》」
「……」
「――《《牛に踏まれる者もおります》》」
◆
「――《《そのたびに、みな慌てて、《《焼き鏝を持ってまいります》》》》」
彼は、そう言った。
「――《《おれは、それを止めました》》」
◆
「――《《『焼くな』と》》」
「……」
「――《《『押さえよ』と》》」
◆
「――《《初めは、《《誰も聞きませなんだ》》》》」
彼は、そう言った。
「――《《『足軽上がりが、何を知っておる』と》》」
「……」
「――《《なれど、《《止まりました》》》》」
「――《《血が、押さえておったら、止まりました》》」
彼は、そう続けた。
「――《《それを、三度やりましたら、《《村が変わりました》》》》」
◆
「――《《伊之助どの》》」
俺は、そう言った。
「――《《何年、それをやっておられる》》」
「――《《二十年にございます》》」
◆
「――《《何人、助けた》》」
「――《《数えておりませぬ》》」
彼は、そう答えた。
「――《《なれど、《《村では、焼き鏝を使わなくなりました》》》》」
◆
――《《俺は、そこで、《《何も言えなくなった》》》》。
◆
「――《《勘十郎さま》》」
伊之助は、そう言った。
「――《《一つ、申し上げてよろしいでしょうか》》」
「――《《……なんなりと》》」
◆
「――《《あのとき、勘十郎さまは、《《嘘をつかれませんでした》》》》」
◆
「――《《『後で迎えに来る』と、仰せになりませんでした》》」
彼は、そう言った。
「――《《『お前を、置いていく』と、はっきり仰せになりました》》」
「……」
「――《《おれは、あれを、《《二十年、覚えております》》》》」
◆
「――《《伊之助どの。……それは、恨みにござろう》》」
俺は、そう言った。
◆
「――《《いえ》》」
彼は、はっきりと言った。
◆
「――《《嘘をつかれておったら、おれは、《《待っておりました》》》》」
◆
「――《《毎日、門を見て、待っておりました》》」
彼は、そう言った。
「――《《そして、来ぬと分かったとき、《《おれは、腐っておりました》》》》」
「……」
「――《《嘘をつかれなかったゆえ、おれは、《《その日から、自分でやれました》》》》」
◆
――《《俺は、そこで、《《声を上げて泣いた》》》》。
◆
――《《三十五年、俺は嘘をつかなかった》》。
――《《それが正しいのかどうか、俺は一度も確かめられなかった》》。
――《《告げた相手は、たいてい、死んだからである》》。
◆
――《《今日、初めて、《《答えが返ってきた》》》》。
◆
「――《《伊之助どの》》」
俺は、そう言った。
「――《《一つ、《《お願いがござる》》》》」
「――《《なんなりと》》」
◆
「――《《名を、教えてくだされ》》」
◆
「――《《伊之助にございます》》」
「――《《違う》》」
俺は、首を振った。
「――《《《《残りの者どもの名》》を》》」
◆
――《《伊之助は、しばらく黙っていた》》。
そして、こう言った。
「――《《紙を、いただけますか》》」
◆
――《《その男は、《《字が書けた》》》》。
――《《寺で、坊さまに習ったのだという》》。
――《《『唄を書き取ってやるから、お前も字を覚えろ』と言われた由である》》。
◆
――《《そして、《《三日かけて、書いた》》》》。
◆
――《《縁側に紙を広げて、朝から日暮れまで書いていた》》。
――《《一人書くと、しばらく手を止める》》。
――《《そして、また書く》》。
――《《時々、庭を見ていた》》。
◆
――《《覚えている限りの、名である》》。
――《《生きた者。死んだ者。名の分からぬ者は、《《どんな顔だったか》》を書いた》》。
◆
――《《源七。近江の者。腹を刺されておった。三日目に死んだ。》》
――《《久助。尾張。足を折っておった。生きた。》》
――《《名を知らぬ若い者。左の眉に傷。よく笑うた。五日目に死んだ。》》
――《《名を知らぬ年寄り。手が震えておった。おれに水をくれた。生きた。》》
――《《……》》
◆
――《《四十七人分、あった》》。
◆
――《《俺は、それを、《《靉靆を鼻に乗せて、一つずつ読んだ》》》》。
――《《一つ読むごとに、休まねばならなかった》》。
――《《三日かかった》》。
――《《伊之助が書くのに三日、俺が読むのに三日である》》。
◆
――《《そして、読み終えた日の夜》》。
――《《俺は、《《カルテを書いた》》》》。
◆
「――《《宗吉》》」
「はい」
「――《《書け》》」
◆
――《《天正十八年八月。》》
――《《元亀元年四月、金ヶ崎にて置き去りにせし四十七名の記録。》》
――《《――《《生存を確認せし者、十七名。》》》》
――《《――《《死亡を確認せし者、二十九名。》》》》
――《《――《《不明、一名。》》》》
――《《名は、別紙に記す。》》
――《《――《《伊之助という者が、二十年、覚えていた。》》》》
◆
――《《※この者どもが生きたのは、俺の働きではない。》》
――《《 ――《《明智十兵衛の書状と、寺の住持と、そして伊之助の唄によってである。》》》》
――《《※額に刻を書く作法が、《《縄を解く順序を決めた》》。》》
――《《 ――《《俺は、それを知らずに二十年生きた。》》》》
◆
――《《俺は、そこで、《《口述を止めた》》》》。
――《《息が、切れていた》》。
◆
「――《《先生。もう、お休みに》》」
「――《《宗吉》》」
「……」
「――《《もう一行だ》》」
◆
「――《《書け》》」
◆
――《《※医者は、《《自分が蒔いた種の実を、たいてい見ずに死ぬ》》。》》
――《《 ――《《俺は、今日、一つ見た。》》》》
――《《 ――《《二十年前に、置き去りにした男が、二十年、唄を唄っていた。》》》》
――《《 ――《《焼き鏝を、使わなくなった村がある。》》》》
――《《 それだけで、十分である。》》
◆
――《《俺は、そこで筆を止めさせた》》。
――《《そして、《《眠った》》》》。
◆
――《《その晩、俺は夢を見た》》。
◆
――《《深夜二時の、医局だった》》。
――《《蛍光灯が、一つだけ点いている》》。
――《《机の上に、査読論文が積んである》》。
――《《飲みかけの缶がある》》。
――《《そして、開きっぱなしの本に、付箋が貼ってある》》。
――《《天正十年六月二日、本能寺》》。
◆
――《《俺は、その本を閉じた》》。
――《《付箋が、頁の間に挟まったままになった》》。
◆
――《《そして、こう思った》》。
――《《《《消えなかったな》》》》。
◆
――《《だが》》。
◆
――《《俺は、机の上を見た》》。
――《《『手当書』が、《《六巻、積んであった》》》》。
――《《医局の机の上に、である》》。
◆
――《《そして、その隣に、《《一枚の紙》》があった》》。
――《《伊之助が、三日かけて書いた紙である》》。
◆
――《《四十七の、名前》》。
◆
――《《俺は、それを見て、《《笑った》》》》。
◆
――《《六十三で死んだとき、俺は「歴史を変えたい」と思って死んだ》》。
――《《五十七で死ぬ今、俺は、《《四十七の名前を持っている》》》》。
◆
――《《どちらが重いか》》。
◆
――《《答えは、《《もう、出ていた》》》》。
今回は、医学の話ではありません。
書いたのは、記録することについてです。
医療の現場では、記録が繰り返し強調されます。誰に、いつ、何をしたか。処置の時刻。投与した量。搬送の経緯。
なぜそこまで書くのか。多くの場合、それは「後で誰かが読むため」です。
自分が担当を離れたあと、別の人がその記録を頼りに判断します。書いた本人は、その場にいません。効果を目にすることもありません。
作中で、額に炭で書かれた時刻が、二十年後に意味を持ちます。止血帯を巻いた時刻を記録するのは、後で治療する側が「どれだけ時間が経ったか」を知るためです。それを知らなければ、縄を解く順序も速度も決められません。
勘十郎は、そのことを二十年知りませんでした。書いた本人は、たいてい結果を見ないからです。
もう一つ。
悪い知らせを伝えるとき、曖昧にしたほうが優しいのではないか——医療の現場で、しばしば迷われる点です。
ですが、聞かされる側にとっては、必ずしもそうではありません。曖昧な言葉は、待つ時間を作ります。そして、その待つ時間が、人を消耗させることがあります。
次話、続きます。
お読みいただきありがとうございました。




