第四十三話 直すときに覚える
文が、三通来る暮らしになりました。
堺から二通、京の寺から一通です。
天正十一年、九月。
――《《文が、三通来る暮らしになった》》。
月の初めの三日ほどに、まとめて届く。
俺は、それを縁側で読むのを習いにしていた。九月の京は、朝晩だけ涼しい。庭の萩が咲きはじめていた。
◆
一通目は、《《与一郎》》からである。
堺から、月に一度。
紙は、いつも同じ。堺で一番安い漉き返しである。この男は、そういうところを変えない。
中身は、《《診療記録》》だった。
◆
――《《九月分。》》
――《《脈、整。硬さは変わらず。》》
――《《右肘――曲げ伸ばし、毎朝百回。可動域、一寸ほど広がり候。》》
――《《歩行――一日、二里ほど。息切れは、坂にてのみ。》》
――《《飯――麦を混ぜており候。ただし、湯漬けを掻き込む癖は直らず候。》》
――《《 「二十七年直らなかったものが、一年で直るか」と仰せられ候。》》
◆
俺は、そこで笑った。
――《《そうだろうな》》。
あの人は、湯漬けを三杯掻き込んで、椀を置くのと同時に立ち上がる。二十七年、そうだった。
◆
――《《以下、それがしの分にて候。》》
――《《今月、腹の立ちしこと。》》
――《《 ――《《あの方が、それがしの言うことを聞かぬこと。》》》》
――《《 「勘十郎の言うことなら聞く」と仰せられ候。》》
――《《 ――《《同じことを申しておるのに候。》》》》
◆
俺は、その一行を読んで、《《声を上げて笑った》》。
――《《そして、胸が痛んだ》》。
――《《近頃、笑うと痛む》》。
笑うと、息が入る。息が入ると、心の臓が急かされる。それだけのことである。
だが、笑うたびに胸を押さえる医者というのは、我ながら間の抜けた図だった。
◆
二通目は、《《兄》》からである。
――《《字が、大きくなっていた》》。
いや、正確には――《《以前より小さくなっていた》》。
――《《靉靆を、買ったらしい》》。
俺は、それに気づいて、また笑いそうになった。
◆
――《《勘十郎。》》
――《《船は、まだ浮かばぬ。》》
――《《図面が、手に入らぬ。》》
――《《南蛮人は、鉄砲は売る。時計も売る。硝子も売る。》》
――《《――だが、《《船の作り方は、教えぬ》》。》》
――《《あれは、売り物ではないらしい。》》
◆
――《《今井宗久に、金は出させた。》》
――《《船大工は、二十人集めた。》》
――《《南蛮船を、湊で三月見た。外から。》》
――《《内側を、見せぬ。》》
◆
――《《今月、腹の立ちしこと。》》
――《《 ――《《船の内側を、見せぬこと。》》》》
◆
俺は、その一行を、《《長いこと見ていた》》。
――《《この人が、書いている》》。
――《《俺の出した処方を、守っている》》。
二十七年、この人が誰かに指図されて何かを続けたことなど、《《一度もなかった》》。
湯漬けを減らせと言えば、そのときだけ減らした。翌日には元に戻っていた。
――《《それが、月に一度、文を書いている》》。
◆
俺は、返事を書いた。
――《《養生の話だけでは、書かない》》。
――《《一方通行には、しない》》。
◆
――《《兄上。》》
――《《船の内側のことにござる。》》
――《《それがしの見立てを申し上げまする。》》
――《《南蛮人が図面を出さぬのは、意地悪ではござらぬ。》》
――《《――《《あれは、彼らの国の、命綱にござる。》》》》
◆
――《《ゆえに、《《買う》》のではなく、《《作らせる》》のがよろしいかと。》》
――《《壊れた南蛮船を、直させるのです。》》
――《《嵐で傷んだ船が、必ず年に何隻か、湊に入りまする。》》
――《《直すには、内側を開けねばなり申さぬ。》》
――《《船大工二十人に、《《直させてくだされ》》。》》
――《《――《《人は、直すときに、一番よく覚えまする。》》》》
◆
俺は、そう書いた。
――《《医者と、同じである》》。
書を読んでも、腹の中は分からない。
俺は、南蛮寺で人の身体の絵を見た。あれは正確だった。だが、あの絵で腹が開けられるかというと、そうではない。
――《《開けた者だけが、覚える》》。
◆
――《《今月、それがしの腹の立ちしこと。》》
――《《 ――《《坂を、登れぬこと。》》》》
――《《 啓迪院の裏に、小さな坂がござる。》》
――《《 薬草を植えておりまして、それがし、そこへ行きとうござる。》》
――《《 ――《《行けませぬ。》》》》
――《《 弟子どもが、駕籠を出すと申しまする。》》
――《《 ――《《駕籠で薬草を見に行く医者が、どこにおりましょうや。》》》》
◆
三通目は、《《茶々さま》》からである。
――《《最初の文は、九月に来た》》。
紙も、墨も、上等なものだった。字は、女の手だが、はっきりしている。
◆
――《《勘十郎さまへ。》》
――《《先日は、ありがとうございました。》》
――《《寺の暮らしは、静かでございます。》》
――《《妹たちは、達者にしております。》》
――《《初は、よく喋ります。江は、まだ幼うございます。》》
――《《食は、少しずつ進むようになりました。》》
――《《布を噛んで寝ております。慣れませぬが、続けております。》》
◆
――《《今月、腹の立ちましたこと。》》
――《《 ――《《ございませぬ。》》》》
◆
――《《俺は、その一行を見て、《《紙を置いた》》》》。
――《《来たか》》。
◆
――《《明智十兵衛も、六月にそう書いてきた》》。
――《《「今月、腹が立ちしこと、これなく候」》》。
あのとき、俺はその一行を見て眉をひそめた。そして――《《判じかねた》》。
――《《そして、判じかねたまま、放っておいた》》。
次の月には、また馬の話が書いてあった。俺は、それで安心した。
◆
俺は、その日のうちに返事を書いた。
――《《一月置かなかった》》。
――《《茶々さまへ。》》
――《《文、拝受いたし候。》》
――《《ご立派な文にござる。字が美しゅうござる。》》
――《《――《《なれど、一つ、申し上げまする。》》》》
◆
――《《「腹の立つことがない」というのは、《《ほとんどの場合、嘘にござる》》。》》
――《《人は、一月生きて、腹の立つことが一つもないということは、ござらぬ。》》
――《《――《《ゆえに、それは「なかった」のではなく、「書けなかった」のにござる。》》》》
◆
――《《書けぬのには、理由がござる。》》
――《《一つ。書けば、その相手に悪いと思う。》》
――《《二つ。書くほどのことではないと思う。》》
――《《三つ。――《《書いたら、自分が嫌な人間だと思われると、怖い。》》》》
◆
――《《茶々さま。》》
――《《それがしは、五十一の病人にござる。》》
――《《そして、《《嫌な人間》》にござる。》》
◆
俺は、そこで筆を止めた。
庭で、鵙が鳴いた。
――《《書くと決めた》》。
――《《一方通行には、しない》》。
◆
――《《今月、それがしの腹の立ちしこと。》》
――《《 ――《《弟子どもが、それがしに気を遣うこと。》》》》
――《《先日、講義の途中で息が切れ申した。》》
――《《すると弟子どもが、いっせいに「先生、お休みください」と申しまする。》》
――《《――《《腹が立ち申した。》》》》
――《《休みたくて休むのではござらぬ。休まねば喋れぬのです。》》
――《《それを、《《労わられる》》というのが、たまらなく腹立たしゅうござる。》》
◆
――《《これは、《《見苦しい怒り》》にござる。》》
――《《弟子どもは、正しゅうござる。それがしが間違うております。》》
――《《――《《それでも、腹が立ち申した。》》》》
――《《ゆえに、書きました。》》
◆
――《《茶々さまからの二通目には、一行あった》》。
十月の文である。俺は、封を切るときに指が急いた。
――《《今月、腹の立ちましたこと。》》
――《《 ――《《初が、母上の話をすること。》》》》
――《《 あの子は、まだ十でございます。》》
――《《 「母上は」と申すたびに、わたくしは、なぜか腹が立ちます。》》
――《《 ――《《これは、ひどいことでございましょうか。》》》》
◆
俺は、その文を読んで、《《目を閉じた》》。
――《《効いている》》。
俺は、返事にこう書いた。
――《《ひどくは、ござらぬ。》》
――《《人は、《《まだ泣けぬうちに、泣ける者を見ると、腹が立ちまする》》。》》
――《《それは、妬みではござらぬ。》》
――《《――《《「なぜ、そちらは出せるのか」という怒りにござる。》》》》
――《《茶々さま。》》
――《《いずれ、泣けまする。》》
――《《そのときには、初さまに腹を立てなくなり申す。》》
◆
十月。
――《《啓迪院に、《《産婆が来た》》》》。
◆
六十がらみの女だった。
朝から歩いてきたらしく、脚絆に泥がついていた。玄関で草鞋を脱がずに、そこに膝をついた。
俺は、その顔を知らなかった。
だが、名乗りを聞いて、《《背筋が伸びた》》。
「――《《尾張の、とめの弟子にございます》》」
◆
「――《《とめどのは》》」
「――《《一昨年、亡くなりました》》」
女は、そう言った。
「――《《七十四にございました》》」
「……」
「――《《最後の三年は、目が見えませなんだ》》」
彼女は、続けた。
「――《《なれど、《《手だけで、取り上げておられました》》》》」
「――《《手だけで》》」
「――《《さようでございます》》」
女は、そこで自分の掌を見た。節くれ立った、大きな手である。
「――《《『目は、もともと大して役に立たぬ』と申しておられました》》」
◆
――《《俺は、その言葉を聞いて、しばらく動けなかった》》。
――《《二十四年前》》。
岐阜城の裏庭で、俺は十四人の産婆を集めた。
初日は、一言も教えなかった。ただ、六刻、《《聞き続けた》》。
日が暮れて、灯りを入れて、それでも聞いた。
そして、あの老婆は、最後に俺に言った。
――《《それだけのことで、よかったのでございますか》》。
九人、肩の引っかかった子を死なせてきた、と。
――《《四十年、それを背負っていた女だった》》。
◆
「――《《とめどのは、《《唄を作られましたか》》》》」
俺は、そう聞いた。
「――《《はい》》」
女は、頷いた。
そして、《《その場で口ずさんだ》》。
節が外れていた。だが、言葉は正確だった。
◆
――《《ひとつ、手を洗え 爪の間まで》》
――《《ふたつ、へその緒 刃物は煮ろ》》
――《《みっつ、生まれた子 拭いて温めよ》》
――《《よっつ、血が止まらねば 乳を吸わせよ》》
――《《いつつ、肩がつかえたら――》》
――《《 《《引くな。膝を胸へ引きつけろ》》》》
◆
――《《俺は、それを聞いて、《《泣いた》》》》。
――《《近頃、よく泣く》》。
――《《歳のせいだ》》と、俺は思うことにしている。
◆
「――《《先生》》」
女は、そこで表情を変えた。
――《《ここまでが、挨拶だったのだ》》。
「――《《本日は、《《お願いに参りました》》》》」
「――《《言われよ》》」
「――《《近くの村に、腹の大きな女がおりまする》》」
彼女は、早口で言った。
「――《《八月ほどにございます。……三日前から、吐いて、食えず、そして》》」
◆
「――《《昨日から、《《おかしなことを申しまする》》》》」
◆
俺は、立ち上がった。
「――《《弟子を、全員呼べ》》」
◆
村へ行ったのは、若い弟子たち八人である。
――《《俺は、行かなかった》》。
行けなかった。
代わりに、《《駕籠で村の入口まで行き、そこで待った》》。
――《《情けない》》。
だが、それが今の俺だ。
◆
村は、啓迪院から一里半ほどのところにあった。
稲刈りが終わったばかりで、田は刈り株だけになっている。畦道に、藁が積んであった。
俺は、村の入口の地蔵堂の脇に駕籠を下ろさせ、そこに座っていた。
――《《村の家並みが、二町ほど先に見える》》。
産屋がどれかは、分からない。
◆
半刻ほどして、一番若い弟子が走ってきた。
二十歳になったばかりの、《《宗吉》》という男である。
畦道を、転びそうになりながら走ってくる。着物の裾が泥だらけだった。
「――《《先生!》》」
「――《《落ち着け。……見立てを言え》》」
◆
「――《《二十五、六の女にございます。腹は、八月ほど》》」
宗吉は、息を切らしながら言った。
「――《《三日前から、吐いて、食えませぬ。今朝から、《《うわ言》》を申しております》》」
「――《《熱は》》」
「――《《ございませぬ》》」
「――《《痙攣は》》」
「――《《起こしておりませぬ》》」
◆
「――《《見立ては》》」
「――《《《《子癇》》かと存じます》》」
宗吉は、そう答えた。
「――《《腹の大きな女が、うわ言を申し、痙攣を起こす病にございます。……『手当書』の五巻に》》」
「――《《書いてある》》」
俺は、頷いた。
「――《《それで》》」
◆
「――《《なれど》》」
宗吉は、そこで言い淀んだ。
「――《《言え》》」
「――《《合わぬところが、ございます》》」
◆
――《《俺は、その一言に、《《心の中で拳を握った》》》》。
――《《いい弟子だ》》。
――《《『合わぬところがある』と言える者は、十人に一人もおらん》》。
「――《《言うてみろ》》」
「――《《まず、《《むくみが、ほとんどございませぬ》》》》」
宗吉は、指を折った。泥のついた指である。
「――《《頭が痛いとも、目がちらつくとも申しておりませぬ》》」
「――《《うむ》》」
「――《《そして――《《黄色うございます》》》》」
◆
――《《来た》》。
「――《《どこがだ》》」
「――《《目の白いところと、手の肌が》》」
宗吉は、そう言った。
「――《《うっすらと、黄色う》》」
◆
「――《《宗吉》》」
俺は、そう呼んだ。
「はい」
「――《《それは、《《子癇ではない》》》》」
◆
「――《《子癇は、身体じゅうがむくみ、頭が痛み、目がちらつき、そして痙攣する》》」
俺は、言った。
「――《《黄色くはならん》》」
「……」
「――《《黄色くなるのは、《《肝が壊れておる》》ということだ》》」
◆
「――《《宗吉。走って戻れ》》」
俺は、そう言った。
「――《《そして、《《一つ、試せ》》》》」
「――《《何を》》」
「――《《甘い湯を、飲ませろ》》」
◆
「――《《甘い、湯》》」
「――《《甘葛でも、蜂蜜でもいい。湯に、たっぷり溶かせ》》」
俺は、言った。
「――《《飲み込めぬなら、匙で、口の端から少しずつ入れろ。……むせさせるな。顎を上げさせて、少量ずつだ》》」
「……はい」
「――《《そして、《《四半刻、様子を見ろ》》》》」
◆
「――《《先生。それで、何が分かるのでございますか》》」
宗吉が、聞いた。
――《《この男は、走り出す前に、必ず理由を聞く》》。
俺は、答えた。
「――《《うわ言が、《《止まれば》》》》」
◆
「――《《その女の身体には、《《甘みが足りておらん》》ということだ》》」
俺は、そう言った。
「――《《宗吉。人の身体は、飯を食わずとも、しばらくは頭が回る》》」
「……」
「――《《なぜだと思う》》」
「――《《……存じませぬ》》」
「――《《肝が、《《甘みを作っておる》》からだ》》」
◆
「――《《人の肝には、《《甘みが蓄えられておる》》》》」
俺は、言った。
「食わぬときは、肝がそれを溶かして、血に流す。……そうやって、頭に甘みを送り続けておる」
「……」
「――《《ゆえに、肝が壊れると、《《まず、頭が回らなくなる》》》》」
俺は、続けた。
「――《《うわ言を申すのは、そのためだ》》」
◆
「――《《走れ》》」
俺は、そう言った。
「――《《甘い湯だ》》」
◆
宗吉が、また畦道を走っていった。
俺は、地蔵堂の脇で、それを見ていた。
――《《日が、傾きはじめていた》》。
刈り株の田に、影が長く伸びている。どこかで、鴉が鳴いていた。
――《《四半刻》》。
その四半刻が、《《異様に長かった》》。
◆
――《《俺は、二十七年、待つ側になったことがほとんどない》》。
いつも、自分の手が動いていた。血を押さえ、糸を締め、額に刻を書いていた。
――《《待つというのは、こういうことか》》。
俺は、そこで、《《患者の家族のことを考えていた》》。
二十七年、俺は何千人の家族を、部屋の外に座らせてきた。
――《《あの者どもは、みな、この四半刻を過ごしていたのだ》》。
◆
――《《四半刻後》》。
宗吉が、《《転がるように》》戻ってきた。
今度は、本当に一度転んだ。膝から泥だらけである。
「――《《先生!》》」
「――《《言え》》」
「――《《止まりました!》》」
彼は、叫んだ。
「――《《うわ言が、止まりました! 名を呼ぶと、答えます!》》」
◆
――《《俺は、目を閉じた》》。
――《《決まりだ》》。
◆
「――《《宗吉。よく聞け》》」
俺は、そう言った。
「――《《これは、《《腹の大きな女の、肝が急に壊れる病》》だ》》」
「……」
「――《《なにゆえ壊れるかは、それがしにも分からん》》」
俺は、正直に言った。
「――《《だが、《《腹の子が育ちきる頃に起きる》》。それは、確かだ》》」
◆
「――《《先生。どう手当てすれば》》」
宗吉が、聞いた。
俺は、答えた。
「――《《薬は、ない》》」
「……」
「――《《肝を治す薬を、それがしは持っておらん》》」
俺は、続けた。
「――《《だが、《《治し方は、ある》》》》」
◆
「――《《産ませろ》》」
◆
「――《《え》》」
「――《《子を、出せ》》」
俺は、そう言った。
「――《《この病は、《《腹の子が出れば、止まる》》》》」
「――《《なにゆえでございます》》」
「――《《分からん》》」
俺は、また正直に言った。
「――《《なぜかは、分からん。……だが、《《出れば、止まる》》。それだけは分かっておる》》」
◆
「――《《宗吉。産婆どのを呼べ》》」
俺は、言った。
「――《《八月であれば、子は、たぶん生きて出る》》」
「……」
「――《《そして、母も生きる》》」
俺は、続けた。
「――《《だが、《《待てば、両方死ぬ》》》》」
◆
「――《《陣痛が来ておらぬなら、《《乳首を吸わせろ》》》》」
俺は、そう言った。
「――《《赤子がおらぬなら、《《本人に、揉ませろ》》。あるいは、産婆が》》」
「……」
「――《《それで、腹が張ってくる》》」
俺は、言った。
「――《《二十四年前、尾張の産婆どもに教わったことだ》》」
――《《俺が教えたのではない》》。
――《《あの十四人が、俺に教えたのだ》》。
◆
「――《《それと、《《甘い湯を、絶やすな》》》》」
俺は、続けた。
「――《《四半刻ごとだ。夜通しだ》》」
「……」
「――《《甘みが切れれば、また頭が回らなくなる。……そして、《《次は、戻らんかもしれん》》》》」
◆
俺は、その晩、村の入口で待った。
弟子が二人、駕籠の脇に残った。夜具を持ってこさせて、駕籠の中で背中を起こして寝た。
地蔵堂の軒に、蜘蛛の巣が張っていた。月の光で、それが銀色に見えた。
――《《二度、村のほうから声が聞こえた》》。
女の声である。何を言っているかは分からない。
――《《俺は、それを聞いていた》》。
◆
――《《子が生まれたのは、夜半を過ぎた頃だった》》。
小さかったが、《《泣いた》》。
――《《そして、母も生きた》》。
三日目には、黄色みが引きはじめた。
七日目には、粥を食った。
◆
俺は、村へは入らなかった。
――《《入れなかった》》。
報せを、駕籠の中で受け取った。
「――《《先生》》」
宗吉が、そう言った。夜通し起きていたはずだが、目だけは光っていた。
「――《《なにゆえ、《《来られなかった》》のでございますか》》」
◆
――《《俺は、その問いに、少し驚いた》》。
――《《責めているのではない》》。
――《《本当に、聞いている》》。
「――《《宗吉。それがしは、坂を登れん》》」
俺は、そう答えた。
「――《《村までは、平らな道であった》》」
「――《《駕籠から降りて、家まで歩けば、《《息が上がる》》》》」
俺は、言った。
「――《《息の上がった医者が、産屋の前で座り込んでおったら、どうなる》》」
◆
「――《《産婆どのが、それがしを心配する》》」
俺は、続けた。
「――《《産婦を診るべき手が、《《それがしに向く》》》》」
「……」
「――《《それは、《《害》》だ》》」
◆
「――《《宗吉》》」
俺は、そう言った。
「――《《医者の一番大事な仕事は、《《自分が邪魔になっておらぬかを知ること》》だ》》」
「……」
「――《《俺は、今日、《《邪魔だった》》》》」
俺は、少し笑った。
「――《《だから、来なかった》》」
◆
「――《《先生》》」
宗吉は、そう言った。
そして、こう続けた。
「――《《それがしは、それを、《《できませぬ》》》》」
「――《《ほう》》」
「――《《行きとうなりまする》》」
彼は、俯いた。
「――《《駆けつけて、自分の手で診とうなりまする》》」
◆
俺は、その言葉に、しばらく黙っていた。
そして、こう答えた。
「――《《それでよい》》」
「……は」
「――《《俺も、二十七年、そうだった》》」
俺は、言った。
「――《《行けるうちは、行け》》」
俺は、駕籠の縁に手を掛けた。
「――《《行けなくなってから、考えればよい》》」
◆
その夜、俺は『手当書』に、新しい項を書いた。
――《《五巻目。女と赤子の巻》》である。
◆
――《《一、腹の大きな女の、肝が急に壊れる病のこと。》》
――《《 産み月に近づいた頃に起こる。八月から十月に多し。》》
――《《 症――吐く。食えぬ。腹の上のほうが痛む。》》
――《《 ――《《そして、黄色くなる。》》》》
――《《 ――《《やがて、うわ言を申す。》》》》
――《《 ※子癇との違い。》》
――《《 子癇――むくみ強く、頭痛あり、目がちらつき、痙攣す。黄色くならぬ。》》
――《《 この病――むくみ乏しく、《《黄色くなる》》。痙攣は必ずしも起こらぬ。》》
――《《 ※見分けの決め手。》》
――《《 ――《《甘い湯を飲ませよ。》》》》
――《《 うわ言が止まれば、この病である。》》
――《《 ――肝が壊れ、甘みを作れなくなっておるゆえ。》》
――《《 手当て――薬なし。》》
――《《 ――《《産ませよ。》》》》
――《《 子が出れば、止まる。理由は知らぬ。だが、止まる。》》
――《《 陣痛来らずば、乳首を刺激せよ。》》
――《《 ――《《そして、甘い湯を四半刻ごとに、夜通し。》》》》
――《《 ※待てば、母子ともに死ぬ。》》
◆
俺は、そこで筆を止めた。
そして、その項の最後に、こう書き足した。
――《《※この病を、それがしは名づけられぬ。》》
――《《 なにゆえ肝が壊れるのか、なにゆえ子が出れば止まるのか、分からぬ。》》
――《《 ――《《ゆえに、分からぬまま書き残す。》》》》
――《《 (曲直瀬道三先生の教えである)》》
――《《 ――《《いつか、誰かが、理由を見つける。》》》》
◆
十二月。
――《《堺から、文が来た》》。
その朝は、雪だった。俺は、火鉢の前でそれを開いた。
◆
――《《勘十郎。》》
――《《船を、直させた。》》
――《《嵐で舵を折った南蛮船が、十月に入った。》》
――《《船大工二十人で、二月かけて直した。》》
――《《――《《内側を、全部見た。》》》》
◆
――《《骨組みが、まるで違う。》》
――《《あれは、《《魚の骨》》のような組み方をしておる。》》
――《《我らの船は、板を並べて縫うておるが、あちらは骨を先に組んで、その上に板を張る。》》
――《《ゆえに、大波で捩れても、割れぬ。》》
◆
――《《船大工どもが、図を描いた。》》
――《《四十七枚ある。》》
◆
――《《今月、腹の立ちしこと。》》
――《《 ――《《ない。》》》》
――《《 ――《《これは、本当にない。》》》》
――《《 ――《《だが、貴様が「ないと書くのは嘘だ」と言うだろうから、書いておく。》》》》
――《《 ――《《嬉しかった。》》》》
◆
――《《俺は、その最後の一行を、《《何度も読んだ》》》》。
――《《この人が、「嬉しかった」と書いた》》。
二十七年、俺はこの人が自分の感情を口にするのを、《《数えるほどしか聞いていない》》。
「面白い」は、何度か聞いた。
だが、「嬉しい」は――《《一度もなかった》》。
◆
俺は、返事を書いた。
――《《手が冷えて、字が固くなった》》。
――《《兄上。》》
――《《おめでとうござる。》》
――《《――《《人は、直すときに一番よく覚えまする。》》》》
――《《医者も、船も、同じにござる。》》
――《《今月、それがしの腹の立ちしこと。》》
――《《 ――《《ござらぬ。》》》》
――《《 ――《《それがしも、本当にござらぬ。》》》》
――《《 ――《《嬉しゅうござった。》》》》
◆
天正十一年 九月〜十二月
文、三通の暮らしとなる。
与一郎(診療記録)/兄上(船)/茶々さま。
――《《いずれも、一方通行にはせぬ。》》
――《《俺のしくじりも、書く。》》
※茶々さま、九月の文に「腹の立つことなし」と書かれたり。
――《《明智十兵衛と、同じ文言である。》》
――《《今度は、放っておかなかった。その日のうちに返事を書いた。》》
――《《返事に、俺の「見苦しい怒り」を書いた。》》
――《《十月の文には、一行あった。》》
※尾張のとめどの、一昨年逝去。七十四歳。
――《《最後の三年は盲目。それでも、手だけで取り上げていた由。》》
――《《「目は、もともと大して役に立たぬ」と申されていたとのこと。》》
――《《唄が、残っていた。》》
症例・二十五、六の妊婦。八月。
嘔吐/食思不振/心窩部痛/《《黄疸》》/意識混濁。
むくみ乏しく、頭痛・眼症状・痙攣なし。――《《子癇にあらず。》》
――《《甘い湯にて意識回復。=肝が甘みを作れておらぬ。》》
処置――《《分娩》》。乳首刺激にて陣痛誘発。甘い湯を四半刻ごと、夜通し。
――母子ともに生存。
――《《なにゆえ肝が壊れるか、なにゆえ子が出れば止まるか、分からぬ。》》
――《《分からぬまま、書き残す。》》
※俺は、村へ入らなかった。地蔵堂の脇で、夜通し待った。
――《《息の上がった医者は、産屋の前で邪魔になる。》》
――《《医者の一番大事な仕事は、自分が邪魔になっておらぬかを知ることである。》》
――《《ただし、宗吉には「行けるうちは行け」と言うた。》》
十二月、堺より。――《《船の内側を見た。図、四十七枚。》》
――《《「嬉しかった」と書いてこられた。》》
――《《二十七年で、初めてである。》》
今回の症例は、妊娠後期に起こる急性の肝障害です。
妊娠末期、多くは第三三半期に発症します。嘔吐、食欲不振、みぞおちの痛みで始まり、黄疸が現れ、進行すると意識障害に至ります。母児ともに命に関わる、産科の緊急事態です。
診断上、最も重要な鑑別が子癇や重症の妊娠高血圧腎症です。症状が重なるためですが、いくつか手がかりがあります。子癇では強いむくみ、頭痛、視覚の異常が前面に出て、黄疸は目立ちません。一方この病態では、黄疸が現れます。
そして現代の診療で決定的な所見とされるのが、著しい低血糖です。
肝臓は、食事をしていない間も血糖を保つために、蓄えた糖を放出し、また新たに糖を作り出しています。この働きが失われると、血糖が下がり、脳が働かなくなります。意識障害の正体は、これです。
作中では血糖を測れませんから、代わりに「甘い湯を飲ませて意識が戻るか」を見ています。診断と治療を兼ねた方法で、原理としては現在の対応と変わりません。
そして治療について。この病態に対する薬はありません。唯一の根本的治療は、妊娠を終わらせること——つまり分娩です。
なぜ出産すると改善するのか、その機序は今もすべては解明されていません。ですが、確実に改善します。そして、待てば母子ともに失われます。
次話、続きます。
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