第四十話 残ったもので生きる
ひと月と八日。
――声を、返します。
天正十年、七月。
――《《俺は、患者だった》》。
梅雨が明けていた。
啓迪院の東の一室は、朝しか日が入らない。だが、そのぶん昼を過ぎると熱が籠もった。板戸を開け放しても、風が抜けない。
外では、蝉が鳴いている。六月の終わりに一匹だけ鳴いていたものが、今は数え切れなかった。
俺は、その音を、一日じゅう聞いていた。
◆
「――《《勘十郎さま。厠は、それがしがお連れいたします》》」
「――《《一人で行ける》》」
「――《《なりませぬ》》」
与一郎は、譲らなかった。
この男は、俺が寝床から半身を起こしただけで、部屋の隅から立ち上がる。
「――《《壁に手をついて歩いておられるではございませぬか》》」
「――《《壁があるのだから、つけばよかろう》》」
「――《《それを、《《歩けておらぬ》》と申しまする》》」
◆
――《《この弟子は、俺に似すぎた》》。
二十五年、俺は自分の言葉を、この男に浴びせ続けてきた。
――《《寝ておれ》》。
――《《無理をするな》》。
――《《後ほど休む、と言う者ほど、後ほどが来ぬ》》。
その全部が、《《俺に返ってきていた》》。
「――《《与一郎》》」
「はい」
「――《《俺は、医者だ》》」
「――《《今は、患者にございます》》」
◆
――《《俺は、患者として、ひどく出来が悪かった》》。
安静にしろと言われれば起き上がり、食えと言われれば残し、寝ろと言われれば書き物をした。
三十年、俺は患者にそういうことを言われ続けてきた側である。「先生、あの人がまた起きております」と、何百回、報告を受けたことか。
――《《言われる側になって、初めて分かった》》。
――《《寝ているというのは、《《恐ろしいこと》》だ》》。
◆
寝ていると、考えてしまう。
天井の木目を三度辿り終えると、そこから先が長い。
あの十四人のこと。
筵の上で笑った、十六の小姓のこと。額に炭で刻を書いたのに、俺はその意味を使わせてやれなかった。
――《《明智十兵衛のこと》》。
起きて働いていれば、考えずに済む。手が動いていれば、頭は目の前の傷だけを見る。
――《《だから、患者は起き上がる》》。
三十年、俺はそれを「言うことを聞かぬ患者」と呼んできた。
――《《違った》》。
◆
俺は、その日、『手当書』にこう書き足した。
筆を持つと、右手がすぐに疲れた。三行書いて、休んだ。
――《《一、寝ておれと言うても聞かぬ患者のこと。》》
――《《 あれは、言うことを聞かぬのではない。》》
――《《 ――《《寝ていると、考えてしまうのである。》》》》
――《《 ゆえに、ただ「寝ておれ」と言うだけでは足りぬ。》》
――《《 ――《《傍にいて、話しかけよ。》》》》
――《《 考える隙を、埋めてやることが手当てである。》》
◆
――《《そして、それを書いている俺の傍に、一日じゅう座っている男がいた》》。
声の出ない男である。
この人は、何も言わない。ただ、そこにいる。俺が筆を止めて天井を見はじめると、紙を寄越して、どうでもいいことを書く。
――《《飯 は 食 え》》
――《《字 が 曲 が っ て お る》》
――《《考える隙を、埋めていた》》。
俺が書いた条文を、この人はすでにやっていた。
◆
七月十日。
俺は、兄の首の管に指をかけた。
筆の軸は、もう三度替えてある。最初のものより、指一本ぶん細い。
「――《《兄上。今日、試しまする》》」
兄は、頷いた。
「――《《管を、指で塞ぎ申す》》」
俺は、言った。
「――《《そうすると、息は、《《口と鼻を通るしかなくなり申す》》》》」
「……」
「――《《喉の腫れが引いておれば、通りまする》》。引いておらねば――《《苦しくなり申す》》」
俺は、その顔を見た。
「――《《苦しければ、すぐに手を上げてくだされ。離しまする》》」
◆
俺は、管の先を、指で塞いだ。
――《《一》》。
――《《二》》。
――《《三》》。
兄の胸が、上下した。
――《《口と鼻で、息をしている》》。
――《《四》》。
――《《五》》。
俺は、その顔を見ていた。眉の動きを見た。首の筋の張り具合を見た。
――《《苦しがっていない》》。
部屋の外で、弟子が薬研を挽いている音がしていた。その音が、やけに大きく聞こえた。
◆
――《《十》》。
俺は、指を離した。
「――《《いかがでござる》》」
兄は、頷いた。
そして、《《もう一度やれ》》という仕草をした。
俺は、また塞いだ。
――《《今度は、五十数えた》》。
その間、兄は一度も手を上げなかった。
――《《通っている》》。
◆
「――《《兄上》》」
俺は、指を塞いだまま言った。
「――《《声を、出してみてくだされ》》」
◆
兄は、口を開いた。
――《《何も、出なかった》》。
息が漏れる音だけがした。空気が、どこにも当たらずに抜けていく音である。
俺の背中が、《《冷たくなった》》。
――《《まさか》》。
――《《声を出す弁を、傷つけたか》》。
◆
俺は、その場で必死に考えた。
――《《いや》》。
俺は、輪の《《下》》を切った。声の弁は、その《《上》》にある。刃は、二分しか入れていない。
傷つけていないはずだ。
――《《だが、ひと月使っていない》》。
声を出す仕組みも、《《使わねば衰える》》。
膝と同じだ。腕と同じだ。黒田官兵衛どのの膝は、一年曲げたままで固まった。
――《《ひと月、動かさなかった弁が、いきなり動くはずがない》》。
◆
「――《《兄上。もう一度》》」
俺は、そう言った。
「――《《息を、たっぷり吸うてから》》」
兄は、大きく息を吸った。
肩が上がり、胸が膨らんだ。
そして――《《吐きながら、口を動かした》》。
◆
――《《か》》
◆
――《《音が、出た》》。
掠れて、ひび割れて、ほとんど息のような音だった。
だが。
――《《出た》》。
◆
兄は、もう一度、息を吸った。
今度は、目を閉じていた。
そして。
◆
「――《《かん、じゅう、ろう》》」
◆
――《《俺は、その場で、崩れた》》。
管を塞いでいた指が、勝手に離れた。
◆
――《《ひと月と八日である》》。
この人の声を聞かなかったのは、二十七年で初めてだった。
二十七年前、末森城の一室で、この人は俺を「勘十郎」と呼んだ。二十二の、うつけと呼ばれていた男が。
それから、何千回、そう呼ばれたか分からない。
――《《数えたことなど、一度もなかった》》。
「――《《兄上》》」
俺は、その手を握った。
――《《手が、震えていた》》。
例によって、《《俺の手が》》である。
「――《《かん、じゅうろう》》」
兄は、掠れた声で、もう一度言った。
「――《《なぜ、貴様が、泣く》》」
◆
管を抜いたのは、その二日後である。
抜いた穴に、煮た布を当てて押さえた。
――《《数日で、塞がる》》。
声は、日に日に戻った。
最初の三日は、囁き声だった。息を吸って、押し出すようにして、やっと聞き取れる。
五日目には、普通に話せるようになった。
――ただし、《《以前より低く、少し嗄れていた》》。
「――《《元には、戻り申さぬかもしれませぬ》》」
俺は、正直に言った。
「――《《構わん》》」
兄は、そう言った。
「――《《どうせ、俺の声を聞く者は、もうおらん》》」
◆
――《《それが、この一月の総括だった》》。
外の話は、毎日入ってきた。
与一郎が、朝と夕に町へ出る。薬種を買いに行く体である。そして、帰ってくると、その日に聞いたことを一つずつ報告した。
――《《清洲会議で、三法師さまが跡目に決した》》。
――《《領地が、分けられた》》。
――羽柴筑前守。山城、河内、丹波。
――柴田修理亮。越前に加え、長浜。
――丹羽五郎左。若狭に加え、近江二郡。
――池田勝入。摂津。
――《《そして、明智の旧領は、羽柴と、他の者に分けられた》》。
――《《坂本も》》。
俺は、その一行を、口に出さずに聞いた。
あの城の、どの部屋からも比叡山が見えた。
◆
「――《《葬儀の話が、進んでおるそうにござる》》」
俺は、そう報告した。
「――《《羽柴筑前守が、大徳寺にて》》」
「……」
「――《《盛大に、やるつもりのようにござる》》」
兄は、しばらく黙っていた。
寝床の上で胡座をかき、膝の上に手を置いている。痩せて、袖が余っていた。
そして、嗄れた声で言った。
「――《《猿が、か》》」
「……はい」
「――《《まあ、あれはそういう男だ》》」
◆
俺は、その言い方に、少し驚いた。
「――《《兄上。お腹立ちでは》》」
「――《《なぜ立つ》》」
兄は、こともなげに言った。
「――《《俺が死んだと思うておるのだ。……葬儀を出すのは、当たり前だろう》》」
「……」
「――《《それに、あれは俺の葬儀を出したいのではない》》」
彼は、続けた。
「――《《俺の葬儀を《《出せる者》》になりたいのだ》》」
◆
――《《この人は、変わっていない》》。
人の腹の底を、《《寸分違わずに読む》》。
そして、それを《《責めない》》。
――《《利用するだけだ》》。
「――《《勘十郎》》」
「はい」
「――《《俺が今、出ていったら、どうなる》》」
◆
――《《来た》》。
俺は、その問いを、一月待っていた。
問われる日が来ることは、分かっていた。この人が、ただ寝ているはずがない。
俺は、姿勢を正した。壁に凭れたまま、それでも背筋を伸ばした。
そして、答えた。
「――《《割れまする》》」
◆
「――《《なぜだ》》」
「――《《まず、誰も信じ申さぬ》》」
俺は、言った。
「本能寺は焼け、遺骸は出ませなんだ。……そして今、《《葬儀の支度が進んでおりまする》》」
「……」
「そこへ、痩せて、髭が伸びて、首に穴の跡のある男が現れて『俺だ』と申しても」
俺は、続けた。
「――《《影武者と言われまする》》」
◆
「そして、《《本物だと分かった後のほうが、悪うござる》》」
俺は、言った。
「兄上。今、この国の主だった者は、みな《《兄上が死んだ前提で》》動いておりまする」
「……」
「領地を受け取り、跡目を決め、姻戚を組み直し、そして――《《それぞれの明日を、組み上げ直しておる》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《そこへ兄上が戻られれば、《《その全部が、ひっくり返りまする》》》》」
◆
「――《《それを喜ぶ者と、困る者が出まする》》」
俺は、続けた。
「そして――《《困る者のほうが、たぶん多うござる》》」
「……」
「――《《割れまする》》」
俺は、はっきりと言った。
「――《《山崎で終わったはずの戦が、もう一度、初めから始まりまする》》」
◆
兄は、しばらく黙っていた。
開け放した戸の向こうで、蝉が鳴いていた。
そして、こう聞いた。
「――《《勘十郎。それは、医者の見立てか》》」
「――《《いえ》》」
俺は、首を振った。
「――《《これは、《《ただの人の言うこと》》にござる》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《なれど、医者の見立ても、ござる》》」
◆
「――《《言え》》」
「――《《兄上のお身体にござる》》」
俺は、そう言った。
「右の肘は、《《元には戻り申さぬ》》。刀は握れましょう。なれど、《《弓は引けませぬ》》」
――《《この人は、弓の名手だった》》。
本能寺の朝、湯帷子のまま、左手を動かさずに右手だけで弦を引いていた。あの引き方は、もうできない。
「喉は塞がりまする。声も戻りまする。……なれど、《《煙を吸うた肺は、少し傷んでおりまする》》」
俺は、続けた。
「――《《これから、坂を登れば息が切れまする》》」
◆
「そして――《《四十九にござる》》」
俺は、言った。
「兄上。二年前、それがしは佐久間どのと林どのの一件で申し上げました」
「……覚えておる」
「――《《人は必ず働けなくなる。歳を取るとは、予備の力が減ってゆくことにござる》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《そして、それは兄上にも起こり申す》》」
◆
「兄上。仮に今戻られて、割れた国をもう一度平らげるとしたら」
俺は、言った。
「――《《十年、かかりまする》》」
「……」
「その十年、兄上は馬に乗り、陣を張り、湯漬けを掻き込み、夜通し書状を読むことになりまする」
俺は、はっきりと言った。
「――《《四十九から、五十九まで、それをやれば》》」
俺は、言った。
「――《《七十までは、生きられませぬ》》」
◆
長い沈黙があった。
やがて、兄は、嗄れた声で笑った。
「――《《くく》》」
声が壊れているので、笑い声も壊れていた。
「……兄上」
「――《《貴様、それを言いに来たのか》》」
彼は、俺を見た。
「――《《二十七年前から、ずっと同じことしか言うておらんな》》」
「――《《同じことしか、申し上げており申さぬ》》」
俺は、頷いた。
「――《《七十まで生きていただく。それだけにござる》》」
◆
「――《《では聞くが》》」
兄は、こう言った。
「――《《俺が今のまま、ここで生きておって、《《何になる》》》》」
◆
――《《それが、この人の本題だった》》。
俺は、それを分かっていた。
この人は、死ぬのが怖いのではない。
――《《意味なく生きるのが、怖いのだ》》。
二十七年前、俺はこの人を「退屈という病に罹った男」と見立てた。あの見立ては、今も生きている。
「兄上」
「なんだ」
「――《《一つ、伺ってもよろしいか》》」
◆
「――《《六月一日の夜、兄上は、それがしに仰せになりました》》」
俺は、そう言った。
「――《《天下を獲って、その先に何をなさるおつもりかと、それがしが伺うたときにござる》》」
兄の眼が、《《動いた》》。
「――《《覚えておられまするか》》」
「……」
「――《《船だ、と仰せになりました》》」
◆
「――《《この国を平らげたら、南蛮の船を作る》》」
俺は、続けた。
「――《《堺と、博多と、九州の湊を全部使う》》」
「……」
「――《《そして、《《出る》》》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《俺は、この国が狭い、と》》」
◆
兄は、しばらく黙っていた。
そして、こう言った。
「――《《言うたな》》」
「――《《伺い申した》》」
「……」
「――《《兄上》》」
俺は、身を乗り出した。胸が締まったが、構わなかった。
「――《《船を作るのに、天下は、要り申すか》》」
◆
――《《部屋が、静かになった》》。
蝉の声だけが、外から入ってきていた。
兄は、俺を見ていた。
――《《あの、乾いた眼だった》》。
「……なんだと」
「――《《船を作るのに、この国の主である必要が、ございましょうか》》」
俺は、言った。
「――《《銭は、ござる》》」
◆
「兄上。それがしは、二十七年、兄上のお傍で数字を見て参りました」
俺は、続けた。
「堺の今井。博多の島井。……あの者どもは、兄上を《《個人として》》知っております。信頼しておるのは、織田家ではのうて、《《兄上ご自身》》にござる」
「……」
「そして、南蛮寺のロレンソどのは、《《この一月、我らを匿うておりまする》》」
俺は、言った。
――《《正しくは、匿ってはいない》》。
あの男は、俺が本能寺の朝に訪ねたとき、何も聞かずに人払いをした。そして、この学び舎への使いを出した。それだけである。
だが、それだけで十分だった。
「――《《南蛮の船に、《《道》》はござる》》」
◆
「――《《そして、名は要り申さぬ》》」
俺は、言った。
「――《《船を出すのに、織田上総介である必要は、ござらぬ》》」
「……」
「――《《銭を出す者と、絵図を描く者と、人を動かす者。……その三つがあればよろしい》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《兄上は、その三つを、《《全部お持ちにござる》》》》」
◆
兄は、長いこと黙っていた。
やがて、こう言った。
「――《《勘十郎》》」
「はい」
「――《《貴様、それを、いつから考えておった》》」
俺は、正直に答えた。
「――《《六月三日にござる》》」
「――《《翌日か》》」
「――《《はい》》」
俺は、言った。
「――《《兄上の喉に、筆の軸を刺した、その翌日にござる》》」
◆
兄は、《《笑った》》。
嗄れた、低い笑いだった。
「――《《医者というのは、恐ろしいな》》」
「……」
「――《《人が死にかけておるあいだに、《《その先の暮らし方を考えておる》》》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《それが、医者の仕事にござる》》」
◆
「――《《兄上》》」
俺は、そう言った。
「――《《治すというのは、《《元に戻すこと》》ではござらぬ》》」
「……」
「――《《元には、戻り申さぬ》》」
俺は、自分の胸を押さえた。
「――《《それがしの心の臓も、一部死に申した。もう戻り申さぬ》》」
「……」
「――《《なれど、《《これから何ができるかは、変わり申さぬ》》》》」
◆
「喜三郎は、足を一本失い申した」
俺は、言った。
「二十二年前にござる。……木の足を七本作り申した。六本目で、あの男は座り込んで泣きました」
「……」
「そして今、あの男は八百人に医術を教えており申す。……木の足で杖をつきながら、若い連中を怒鳴りつけておりまする」
俺は、続けた。
「弥五郎は、生まれつき病がちで、槍が持てませなんだ」
「……」
「――《《なれど、竹中どのの覚書を、十年書き続け申した》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《人は、失うたもので生きるのではござらぬ》》」
俺は、言った。
「――《《残ったもので、生きるのです》》」
◆
兄は、長いこと、俺を見ていた。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
――《《まだ、少しふらついていた》》。
ひと月寝ていた身体である。壁に手をついて、一度、体勢を立て直した。
彼は、窓のほうへ歩いていった。
啓迪院の、東向きの小さな窓である。
外には、京の町屋の屋根が並んでいる。瓦のない、板と草の屋根が、低く続いていた。
――《《その向こうに、山がある》》。
東山である。夏の日を受けて、緑が濃い。
◆
兄は、しばらくそれを見ていた。
背中しか見えなかった。痩せて、肩の骨が小袖の上から分かるほどになっている。
そして、振り返らずに、こう言った。
「――《《勘十郎》》」
「はい」
「――《《貴様、船に乗れるか》》」
◆
俺は、《《答えられなかった》》。
――《《乗れない》》。
俺は、それを知っていた。
半年、あるいは一年は、坂も登れない。
そして――《《いつ、次が来るか分からない》》。
海の上で、あれが来たら。
柳の皮を噛んで、上体を起こして、そして――《《それで終わりだ》》。
医者も、蔵も、湯もない。板一枚下は、海である。
◆
「――《《兄上》》」
俺は、そう言った。
「――《《それがしは、乗れませぬ》》」
兄は、振り返らなかった。
「――《《たぶん、二度と乗れませぬ》》」
俺は、続けた。
「――《《そして、それがしは、《《残ってやることがござる》》》》」
◆
「――《《言え》》」
「――《《学び舎にござる》》」
俺は、そう言った。
「――《《ここにござる》》」
俺は、床を指した。板の間の、俺が寝ているこの場所を。
「――《《啓迪院》》。曲直瀬道三先生が、生涯をかけて作られた場所にござる」
「……」
「――《《十四年前、先生と約定いたし申した》》」
俺は、言った。
「――《《『十四年経ったら、ここへ来い』と。……『女と赤子の巻を書け』と》》」
◆
「――《《ちょうど、十四年にござる》》」
俺は、そう言った。
――《《先生は、指を折って数えられた》》。
あのとき、六十二であった。俺は三十六だった。
「――《《先生は、五年前に亡くなられました》》」
「……」
「――《《なれど、弟子が百人おりまする》》」
俺は、続けた。
廊下の向こうで、若い声がしていた。誰かが、誰かに叱られている。薬の分量を間違えたらしい。
「――《《そして、それがしの手元には、『手当書』が十二部ござる》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《散らさねばなりませぬ》》」
◆
「兄上。それがしは、二十七年、《《一人ずつ治して》》参りました」
俺は、言った。
「兵を。民を。産む女を。赤子を。……そして、兄上を」
「……」
「――《《なれど、それがしは、あと何人治せましょうか》》」
俺は、自分の胸を押さえた。
「――《《この心の臓で》》」
◆
「――《《ゆえに、《《医者を作りまする》》》》」
俺は、そう言った。
「――《《それがしが百人治すより、百人の医者を作るほうが、《《万人治せまする》》》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《それが、それがしの残った仕事にござる》》」
◆
兄は、しばらく窓の外を見ていた。
そして、振り返った。
――《《その顔は、笑っていた》》。
「――《《勘十郎》》」
「はい」
「――《《貴様、また置いていくのか》》」
◆
――《《俺は、その言葉に、胸を抉られた》》。
――《《置いていく》》。
金ヶ崎の四十七人。
本能寺の十四人。
千代丸の手を、俺は一度だけ握って、離した。
そして――
「――《《兄上》》」
「――《《冗談だ》》」
兄は、そう言った。
――《《この人が、冗談を言った》》。
二十七年で、初めてだった。
――《《俺は、それに気づくのに、少し時間がかかった》》。
◆
兄は、寝床の傍へ戻ってきた。
そして、俺の前に、《《胡座をかいて座った》》。
「――《《勘十郎》》」
「はい」
「――《《俺は、船を見に行く》》」
◆
「――《《堺だ》》」
彼は、言った。
「――《《今井宗久に会う。……あれは、俺の顔を知っておる》》」
「……はい」
「――《《そして、南蛮の船を見る》》」
彼は、続けた。
「――《《作れるかどうか、この眼で見る》》」
◆
「――《《兄上。危のうござる》》」
俺は、言った。
「――《《顔を知る者が、堺には大勢おりまする》》」
「――《《知っておる》》」
兄は、こともなげに言った。
「――《《だが、《《死んだ男の顔を、誰も探しておらん》》》》」
彼は、少し笑った。
「――《《人はな、勘十郎。《《おらぬはずのものは、見えん》》のだ》》」
◆
――《《それは、たぶん、正しかった》》。
俺は、二十七年、それを医者として見てきた。
――《《ないと思っているものは、見えない》》。
与一郎は、労咳だと思って診察室に入り、そして労咳の証拠しか見なかった。
産婆は、四十年、肩の嵌った子を九人死なせた。
――《《膝を胸に引きつければよいと、誰も教えなかったからだ》》。
◆
「――《《勘十郎》》」
「はい」
「――《《一つ、頼みがある》》」
兄は、そう言った。
「――《《なんなりと》》」
「――《《俺の身体だ》》」
◆
俺は、顔を上げた。
「――《《二十七年前、貴様は俺の身体を預かると言うた》》」
兄は、言った。
「――《《俺は、承知した》》」
「……はい」
「――《《その約定は、まだ生きておるな》》」
「――《《生きており申す》》」
◆
「――《《ならば、書け》》」
兄は、そう言った。
「――《《俺の身体の、扱い方だ》》」
彼は、続けた。
「――《《何を食い、何を食わず、いつ寝て、いつ起きるか。何をやってはならぬか。……どうなったら、貴様のところへ戻ればよいか》》」
俺は、その言葉を聞いて、《《息を呑んだ》》。
「――《《兄上》》」
「――《《書け》》」
兄は、言った。
「――《《俺は、それを持っていく》》」
◆
――《《俺は、二十七年、それをやってきた》》。
三百人に唄を教え、八百人に育て、書を五巻書き、写しを散らした。
――《《渡す》》ということを。
そして今、この人が。
――《《持っていく、と言っている》》。
俺は、その言葉を、二十七年待っていた気がした。
◆
「――《《承知いたしました》》」
俺は、そう答えた。
そして、こう付け足した。
「――《《ただし、兄上》》」
「なんだ」
「――《《書いたものは、《《読まねば効き申さぬ》》》》」
兄は、笑った。
「――《《読むわ》》」
「――《《ほんとうにござるか》》」
「――《《貴様の書いたものは、《《たいてい後で役に立つ》》》》」
◆
――《《それは、二十六年前、蚊帳を五百張買うたときに、この人が言った言葉だった》》。
あのとき、家老衆は笑った。蚊が病を運ぶなどと、と。
そして、砦の兵は溶けなかった。
◆
天正十年 七月 京・啓迪院
七月十日、管の閉塞試験。五十を数えて呼吸可。
――《《発声、初回は不能。》》
――《《原因は弁の損傷にあらず。ひと月使わざりしゆえの衰えなり。》》
※膝と同じである。使わぬものは、衰える。
――《《二度目、深く吸わせてより発声。成功。》》
七月十二日、抜管。孔は数日にて閉鎖。
声、五日で回復。――《《ただし、以前より低く、やや嗄れる。》》
――《《元には戻らぬ。》》
症例・織田上総介信長、四十九歳。
右肘――可動域制限。刀は握れる。《《弓は引けぬ。》》
肺――煙による損傷あり。労作時息切れ。
――《《予備の力が、減っている。》》
症例・織田勘十郎(俺)、五十歳。
――《《船には乗れぬ。》》
※『手当書』に加筆。
――《《寝ておれと言うても聞かぬ患者は、言うことを聞かぬのではない。》》
――《《寝ていると、考えてしまうのである。》》
――《《傍にいて、話しかけよ。考える隙を埋めてやることが手当てである。》》
※三十年、俺はこれを「言うことを聞かぬ患者」と呼んでいた。
――《《違った。》》
※そして、俺がこれを書いているあいだ、
――《《声の出ぬ男が、一日じゅう傍に座って、どうでもいいことを書いていた。》》
――《《人は、失うたもので生きるのではない。残ったもので生きる。》》
兄上――《《堺へ。船を見に行く。》》
俺――《《ここに残る。医者を作る。》》
――《《残り、二十一年。》》
今回は、気管切開からの離脱について書きました。
管を抜く前に必ず行うのが、閉塞試験です。管を指や栓で塞ぎ、口と鼻から呼吸できるかを確認します。塞いだ状態で一定時間問題なく呼吸でき、かつ発声もできれば、抜去が可能と判断されます。
そして、作中で勘十郎が一瞬青ざめた「声が出ない」という現象について。
輪状甲状間膜切開では、声帯より下に穴を開けるため、声帯そのものは損傷しません。ですが、長期間その部分を通る呼吸をしていなかった場合、いきなり声が出ないことがあります。
理由は単純で、使わなかったものは衰えるからです。膝でも腕でも同じことが起こります。声を出す仕組みも例外ではありません。深く息を吸ってから、意識的に発声を試みることで、多くは回復します。
声質が以前と変わることもあります。低くなる、嗄れる——完全に元通りにはならないことが少なくありません。
もう一つ、今回書き加えた項目について。
「安静にしてください」と言っても守らない患者さんは、どの医療現場にもいます。多くの場合、それは不真面目だからではありません。
横になって天井を見ていると、考えてしまうのです。起きて動いていれば考えずに済むことを、考えてしまう。だから起き上がる。
ですから、安静を指示するだけでは足りません。傍にいること、話しかけること、考える隙間を埋めること——それ自体が治療になります。
次話、続きます。
お読みいただきありがとうございました。




