第三十八話 筆の軸
※外科処置の描写があります。
手元にあるのは、小刀一本、晒し一枚、眼鏡一つ。
明かりは、燃える寺の火だけです。
天正十年、六月二日。
夜明け前の、京の町屋の軒下である。
四条から北へ入った、名も知らぬ路地だった。両側が板塀で、道幅は人が二人並べるほどしかない。地面は土で、前夜の雨が乾ききらずに、まだ湿っていた。
東の空が、わずかに白い。
だが、明るいのはそちらではなかった。
――《《西である》》。
半刻ほど離れた本能寺が、まだ燃えている。その火が、雲の腹を赤く染めていた。
俺は、四十七の手で、小刀を握っていた。
◆
「――《《兄上。仰向けに寝てくだされ》》」
俺は、そう言った。
軒下の乾いた土の上に、兄を横たえる。
「――《《首の下に、これを》》」
俺は、自分の羽織を丸めて、その肩の下に差し入れた。
――《《顎を、上げさせるためである》》。
肩を持ち上げれば、頭が後ろへ倒れる。すると喉の前側の皮膚が張り、その下の目印が触れやすくなる。
二十七年、俺は同じことを何度もやってきた。だが、そのときは湯があり、焼酎があり、煮た布があり、押さえる手が六人いた。
今は、何もない。
「――《《動かないでくだされ》》」
俺は、その喉に指を当てた。
◆
――《《探せ》》。
顎の下から、指を滑らせる。
――《《当たった》》。
《《喉仏》》である。硬い山。男の首の、一番目立つ隆起。
そこから、さらに下へ。
――《《山を越えると、指が、ふっと沈む》》。
わずかな窪みである。爪の先ほどの幅しかない。
その下に、もう一つ、《《輪のような硬いもの》》がある。
――《《その、二つの硬いものの間》》。
指の下で、《《柔らかく凹んでいる》》一点。
「――《《ここだ》》」
◆
――《《ここでなければ、ならない》》。
これより上を切れば、声を出す弁を壊す。この人は、二度と声を取り戻さない。
これより下を切れば、太い血の管の巣に入る。喉の下には、甲状腺と、それを養う血の道が網のように走っている。あそこを切れば、《《止められない》》。
――《《この、指一本ぶんの隙間だけ》》が、安全に開けられる場所である。
俺は、左手の人差し指と中指で、その位置を《《挟んで固定した》》。
この指は、《《絶対に離さない》》。
離せば、暗闇で二度と見つけられない。喉の皮膚は、指を離した瞬間に元に戻る。目印は、触っている間だけ存在する。
◆
「――《《兄上》》」
「……」
「――《《痛うござる》》」
俺は、そう言った。
「――《《麻酔がござらぬ。焼酎もござらぬ。……そのまま、切り申す》》」
兄は、嗄れた声で言った。
その声を出すのにも、息が足りていないのが分かった。
「――《《早うせい》》」
◆
――《《明かり》》。
俺は、顔を上げた。
路地の西の口が、赤く光っている。板塀の一枚一枚が、はっきり影を落としていた。
その反射が、わずかにこちらまで届いている。
――《《それだけだった》》。
俺は、鼻の靉靆を、指で押し上げた。
――《《見えた》》。
喉の皮膚の、細かい皺まで見えた。日に灼けた首と、襟に隠れていた白い部分の、境目の線まで。
――《《一年前、俺はこれを買った》》。
針に糸が通らなくなり、与一郎に手術を渡し、そして近くが見えなくなったと認めた。ロレンソに頼んで、堺から取り寄せた。
届いた日、俺は書に目を落として、泣いた。
――《《あのとき、認めていなければ》》。
俺は、今、《《何も見えていない》》。
◆
俺は、右手の小刀を、その一点に当てた。
――《《縦ではない》》。
――《《横だ》》。
喉の前を、《《横に切る》》。
縦に切れば、刃は喉の走る向きに沿う。そのまま下へ延びれば、太い血の管を追いかけることになる。
横なら、《《避けられる》》。切り足りなければ、横に延ばせばよい。
「――《《行きまする》》」
俺は、刃を入れた。
◆
――《《皮》》。
浅く、横に。指の幅ほど。
皮膚が割れて、血が滲んだ。だが、《《噴かなかった》》。
――《《ここには、太い管がない》》。
二十七年、俺はそれを知っていた。知っていて、一度も試したことがなかった。
俺は、切った皮を、左手の指で《《左右に開いた》》。
血が、指の間を伝った。だが、拭う余裕はない。
――そして、その下に。
《《白い、膜のようなもの》》が見えた。
薄い。爪ほどの厚みもない。
――《《ここだ》》。
◆
俺は、刃先を、その膜に当てた。
――《《深く入れてはならない》》。
この膜のすぐ裏は、《《空気の通り道》》である。
その、さらに裏は――《《食い物の通る道》》だ。
二つは、紙一枚を隔てて背中合わせに走っている。深く刺せば、両方を貫く。
俺は、刃を《《寝かせた》》。
立てて刺すのではなく、寝かせて、先だけを差し入れる。
そして。
――《《ほんの、二分》》。
◆
――《《ぷつ》》。
手応えが、《《抜けた》》。
紙を破ったときの、あの感じである。
そして、次の瞬間。
――《《しゅううううう》》。
◆
――《《空気が、噴き出した》》。
傷口から、《《風が出た》》。
俺の指に、熱い息がかかった。血の混じった細かい飛沫が、手の甲に散った。
――《《通った》》。
俺は、そこで初めて、自分が呼吸を止めていたことに気づいた。
肺が、いきなり酸素を求めた。俺は、大きく息を吸って、そして噎せた。
◆
「――《《まだだ》》」
俺は、自分に言い聞かせた。
――《《ここからが、本番である》》。
このまま放っておけば、切った穴は《《すぐに塞がる》》。
皮膚も、膜も、周りの肉も、みな元に戻ろうとする。切っただけの穴は、四半刻もすれば通らなくなる。
――《《穴を、開けておかねばならない》》。
管が要る。
だが、俺の手元に、竹の管はない。
◆
俺は、懐を探った。
――《《あった》》。
《《筆》》である。
二十七年、俺はどこへ行くにも筆を持ち歩いてきた。
カルテを書くためである。
浮野の筵の脇でも、桶狭間の泥の中でも、比叡山の焼け跡でも、甲斐の水田の畦でも、俺はこれで書いた。軸は擦り減って、握るところだけ色が変わっている。
俺は、その筆を取り出した。
軸は――《《竹》》だった。
◆
俺は、穂先を歯で噛みちぎった。
毛の束が、ばらばらと落ちた。二十七年分の墨が、口の中に苦く広がった。
そして、軸の中に詰まった糊の塊を、小刀の先で掻き出した。
――《《中は、空だった》》。
筒である。
太さは、《《ちょうどいい》》。俺の小指ほど。
「――《《兄上。もう一度、痛うござる》》」
俺は、その竹の軸を、切開した穴に《《押し込んだ》》。
◆
――《《入った》》。
筆の軸の先から、《《ひゅう、ひゅう》》と音がした。
息が、そこを通っている。
俺は、晒しを裂いて、その軸を首に縛りつけた。
抜けないように。だが、締めすぎないように。緩ければ抜け、きつければ首の血の巡りを止める。
「――《《兄上。息をしてくだされ》》」
兄は――《《吸って、吐いた》》。
筆の軸から、はっきりと風が出入りした。
その音は、しばらく続いた。
◆
俺は、そこで、《《その場に崩れた》》。
軒下の板壁に背中を預けて、両手を膝の上に落とした。
――《《手が、震えていた》》。
処置のあいだ、一度も震えなかった手が、終わった瞬間から震え出していた。指先が、自分のものでないように跳ねている。
――《《いつもそうだ》》。
二十七年、いつもそうだった。桶狭間でも、長篠でも、林秀貞の腹を切ったときも。
「――《《勘十郎》》」
兄が、何か言おうとした。
だが、《《声が出なかった》》。
口だけが動いて、そこから息が漏れなかった。
◆
――《《当然だ》》。
声は、喉仏のあたりの弁を通る空気で出る。
俺は、その《《下》》に穴を開けた。
息は、弁を通らずに、筆の軸から出入りしている。弁のところを、空気が通らない。
――《《だから、喋れない》》。
「――兄上」
俺は、震える手で言った。
「――《《声は、出ませぬ》》」
兄が、俺を見た。
その眼に、初めて、はっきりとした狼狽が浮かんだ。
――《《この人が、である》》。
「――《《穴が塞がれば、また出まする》》。半月か、ひと月ほどにござる」
俺は、頭を下げた。
「――《《それまで、お許しくだされ》》」
◆
――《《その瞬間》》。
俺の左胸が、《《ぐ、と締まった》》。
俺は、思わず胸を押さえた。
――《《痛い》》。
万力で締め上げられるような。左肩から、肘へ。そして、顎へ。
――《《これは》》。
俺は、その感覚を《《知っていた》》。
二十七年前、深夜二時の医局で。査読論文の山の前で。
◆
「――《《いや》》」
俺は、首を振った。
――《《違う》》。
俺は、自分の手首に指を当てた。
脈を取った。速い。だが、《《整っている》》。
冷や汗は――《《かいている》》。だが、この状況で汗をかかない人間はいない。
――《《煙だ》》。
俺も、あの中を這ってきた。喉が焼けている。息が浅い。
それに、四十七の身体で、人一人を担いで半刻走った。
――《《それだけのことだ》》。
俺は、そう自分に言い聞かせた。
――《《言い聞かせた》》。
◆
夜が、明けた。
路地の上の空が、白から薄い青に変わっていく。だが、西の空だけは、いつまでも煤けた色をしていた。
俺は、兄に町人の小袖を着せた。近くの家の物干しから、勝手に取ったものである。
頭に頭巾を被せ、首の晒しの上から、さらに布を巻いた。
――《《首を痛めた病人》》に、見えるはずだった。
そして、俺は歩き出した。
行き先は、決まっていた。
◆
京の町は、《《起きていた》》。
だが、誰も店を開けていない。
戸を細く開けて、顔だけ出している者。荷を担いで走る者。子供の手を引いて、南へ向かう者。
そして、みな、《《西の空を見ていた》》。
黒い煙が、まだ真っ直ぐに上がっている。風がない朝だった。
「上様が」
「本能寺が」
「日向守さまが」
――《《切れ切れの言葉が、あちこちで聞こえた》》。
俺は、兄の肩を支えて、その中をゆっくり歩いた。
誰も、俺たちを見なかった。
――《《みな、空を見ていたからである》》。
◆
――《《京の東、《《啓迪院》》》》。
五年前に死んだ曲直瀬道三が、生涯をかけて作った医の学び舎である。
弟子が、百人以上いる。
そして――《《三日前、俺は与一郎をそこへ送った》》。
『手当書』を全部持たせて。
――《《一か所に置いたものは、一度の火で消える》》。
俺は、そう言った。
◆
「――《《なにゆえ、そこなのか》》」
俺は、道すがら、声の出ない兄に説明した。
喋る相手が返事をしないというのは、妙なものだった。俺は、勝手に喋り続けた。
「兄上。人を隠すのに、一番よい場所はどこか、ご存じか」
兄は、黙って俺を見た。
「――《《病人だらけの場所にござる》》」
俺は、言った。
「学び舎には、毎日、何十人という病人が来まする。首を布で巻いた者。顔を晒しで覆った者。担架で運ばれる者。……そういう者が、朝から晩まで出入りしておりまする」
俺は、続けた。
「――《《その中に一人紛れても、誰も見申さぬ》》」
◆
啓迪院は、鴨川を渡って、東山の裾にあった。
白い土塀に囲まれた、大きな屋敷である。門は開けたままで、閂もかけていない。道三先生が「病人が来るのに閉めてどうする」と言って、二十年開けたままだという。
門の内は、広い前庭になっている。そこに、既に十人ほどが座っていた。朝の診療を待つ者たちである。
俺が門をくぐったとき――《《ほとんど、倒れかけていた》》。
「――《《勘十郎さま!》》」
与一郎が、駆けてきた。
――そして、俺が担いでいるものを見て、《《その場に固まった》》。
頭巾の下の顔を。
「――《《と、殿》》」
「――《《黙れ》》」
俺は、そう言った。
「――《《声に出すな》》」
◆
与一郎は、《《さすがだった》》。
二十五年、俺の傍にいた男である。
彼は、一つも質問をしなかった。
なぜここにいるのか。なぜ首に筆が刺さっているのか。この後どうするのか。何一つ聞かなかった。
ただ、こう言った。
「――《《奥の、一番静かな部屋を空けまする》》」
「――《《頼む》》」
「――《《それと、喉を診まする》》」
彼は、俺の顔を見た。
「――《《勘十郎さまも、です》》」
◆
俺たちは、その日から、《《啓迪院の奥に籠った》》。
東の端の、書庫の隣の部屋である。窓が一つしかなく、朝しか日が入らない。
与一郎は、その部屋の前に「療養中、立入無用」の札を掛けた。学び舎では珍しいことではない。労咳の者を置くときは、いつもそうする。
俺は、兄の喉の管を、四刻ごとに掃除した。
――《《痰が詰まる》》からである。
管が詰まれば、息が止まる。この処置で人が死ぬのは、たいてい、切ったからではない。《《切った後、詰まらせるからである》》。
俺は、細い麻紐を輪にして、それを管の中に通し、痰を掻き出した。
血の混じった痰が、糸を引いて出てくる。それを桶に落とし、麻紐を洗い、また通す。
昼も夜もやった。眠っていても、四刻ごとに目が覚めるようになった。
汚い仕事である。
――《《だが、この仕事が、一番人を殺す》》。
◆
そして、《《予想通りのこと》》が起きた。
その日の夕方から、兄の首が、《《腫れはじめた》》。
外から見て分かるほど、喉の前が膨れた。晒しを巻き直そうとして、朝より指二本分ほど太くなっているのが分かった。
もし、朝に切っていなければ。
――《《この時刻に、息が止まっていた》》。
俺は、その腫れを見ながら、《《拳を握った》》。
――《《間に合った》》。
◆
三日目。
兄が、《《紙を寄越せ》》という仕草をした。
喋れないのだから、当然である。
俺は、紙と、それから――《《炭》》を渡した。
筆はない。俺の筆は、今、兄の喉に刺さっている。
――《《この国で最も力のある男が、炭の欠片で字を書いた》》。
◆
最初に書いたのは、これだった。
――《《城介は》》
◆
――《《俺は、その三文字を見て、《《息を止めた》》》》。
――《《来た》》。
――《《三日、俺はこの問いを待っていた》》。
――《《城介》》。
――《《秋田城介・織田信忠》》。
――《《この人の嫡男である》》。
――《《七年前に家督を譲られ、去年、甲斐を攻め潰した男だ》》。
――《《二十六になる》》。
◆
――《《そして、俺の甥である》》。
◆
「――《《二条にて》》」
俺は、そう答えた。
――《《嘘は、つかない》》。
「――《《妙覚寺から二条御所へ移られ、そこで戦われたと》》」
「……」
「――《《お討ち死にと、伺い申した》》」
◆
――《《炭が、止まった》》。
――《《紙の上で、止まったままだった》》。
窓から入る昼の光が、その手元を照らしていた。
――《《長い時間だった》》。
やがて、兄は書いた。
――《《いくつだ》》
「――《《二十六にござる》》」
◆
――《《兄は、それきり、何も書かなかった》》。
――《《炭を置いて、天井を見ていた》》。
◆
――《《俺は、そこで、言わねばならぬことがあった》》。
「――《《兄上》》」
「……」
「――《《それがしは、本能寺の出口を、六つ数え申した》》」
俺は、そう言った。
「――《《五月二十九日にござる。着いた日に、建物を一周して、数え申した》》」
「……」
「――《《表門。裏門。東の通用口。厩の脇。南の水路。そして、北の塀の崩れ》》」
◆
「――《《ゆえに、あの朝、迷わずに済み申した》》」
俺は、続けた。
「――《《なれど、兄上》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《それがしは、《《妙覚寺のことを、一度も考え申さなんだ》》》》」
◆
――《《半里も離れておらぬ》》。
――《《城介どのは、そこにおられた》》。
――《《俺は、五月二十九日に本能寺の出口を六つ数えながら、《《その半里先に甥がいることを、一度も勘定に入れなかった》》》》。
◆
「――《《なにゆえか、申し上げまする》》」
俺は、そう言った。
――《《言い訳ではない》》。
――《《所見である》》。
「――《《それがしは、二十七年、《《一人しか診ておりませぬ》》》》」
◆
「――《《弘治元年に、それがしは兄上の脈を取り、家督は要らぬと申し上げました》》」
俺は、続けた。
「――《《代わりに、兄上の身体を預からせていただきたいと》》」
「……」
「――《《あの日から、それがしの患者は、《《一人にござる》》》》」
◆
「――《《妻も取り申さなんだ。子も作り申さなんだ》》」
俺は、そう言った。
「――《《人を診るのに、身内がおると手元が狂うと、そう思うており申した》》」
「……」
「――《《なれど、そうではござらなんだ》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《それがしは、《《身内を、患者の勘定に入れぬ癖》》がついていたのです》》」
◆
「――《《母上のときも、そうでござった》》」
俺は、言った。
「――《《脳を診て、書き留めて、……傍で四月起きていた十三の妹を、《《一度も診なんだ》》》》」
「……」
「――《《そして今度は、《《甥を、数え忘れ申した》》》》」
◆
――《《俺は、床に額をつけた》》。
「――《《申し訳ござらぬ》》」
◆
――《《返事は、しばらく来なかった》》。
紙を繰る音がした。
そして、炭が動いた。
◆
――《《貴様は、俺を運んだ》》
――《《一人しか運べぬなら、それでよい》》
◆
俺は、顔を上げた。
兄は、次の紙に書いていた。
◆
――《《城介を数え忘れたのは、貴様ではない》》
――《《俺だ》》
◆
――《《俺は、その文字を、《《長いこと見ていた》》》》。
――《《この人は、七年前に家督を譲っている》》。
――《《そして本能寺には、《《呼ばなかった》》》》。
――《《近くに置きながら、同じ寺には入れなかった》》。
――《《そういう置き方をする人である》》。
◆
兄は、もう一枚に書いた。
――《《あれは、俺に似ておらん》》
――《《似ておらぬところが、よかった》》
◆
――《《俺は、それを読んで、《《何も言えなかった》》》》。
――《《二十七年、この人が家臣を褒めるのを、俺は数えるほどしか聞いていない》》。
――《《息子を褒めたのは、《《これが初めてだった》》》》。
◆
――《《光秀は》》
◆
――《《三枚目に、そう書いてあった》》。
俺は、答えた。
「――《《京を、押さえておりまする》》」
俺は、与一郎が集めてきた話を伝えた。
安土へ向かおうとして、瀬田の橋が焼かれて渡れず、いったん坂本へ引いたこと。
朝廷や公家に接触していること。
そして――
「――《《兄上の御遺体を、探しておるとのこと》》」
◆
俺は、続けた。
「――《《焼け跡を、幾度も掘り返しておる由にござる》》」
兄は、しばらく炭を持ったまま動かなかった。
窓から入る昼の光が、その手元を照らしていた。炭を握る指の関節が、白くなっている。
そして、書いた。
――《《見つからぬか》》
「――《《見つかっており申さぬ》》」
俺は、言った。
「――《《見つかりようが、ござらぬ》》」
◆
兄は、そこで、《《笑った》》。
声は出なかった。肩だけが揺れた。
そして、炭を走らせた。
――《《貴様の言うた通りだ》》
「……はい」
――《《骨は誰のものか分からぬ、と》》
「――《《比叡山で、見申した》》」
俺は、そう答えた。
――《《そして、その一言を口にした瞬間、俺は自分の言葉に刺された》》。
◆
――《《俺は、九年前、あの山を止められなかった》》。
止められなかったから、焼け跡を歩いた。
焼け跡を歩いたから、《《焼けた人がどうなるかを知った》》。
そして今日、《《その知識が、兄を生かした》》。
――《《これを、何と呼べばいいのか》》。
俺には、分からなかった。
◆
五日目。
兄は、《《たくさん書くようになった》》。
――《《俺は、それに驚いていた》》。
二十七年、この人は《《ほとんど喋らない人》》だった。
軍議でも、家臣の前でも、必要なことしか言わない。「うむ」と「行け」と「よい」で、大抵の用は足りた。
――《《その人が、紙の上では、恐ろしく饒舌だった》》。
◆
――《《毛利はどうなる》》
――《《羽柴は戻れるか》》
――《《柴田は北陸から動けまい》》
――《《徳川は堺だ。生きて三河へ帰れるか》》
――《《日向守は、五日で畿内を固められるか》》
――《《次から次へと、書いた》》。
一枚が埋まると、俺の膝へ押し出して、次の紙を掴む。俺が読み終える前に、もう次を書いている。
紙が足りなくなり、俺は学び舎の反古紙をかき集めた。弟子たちが練習に使った紙の裏である。
――《《この人は、喋らないのではなかった》》。
俺は、そのとき初めて気づいた。
――《《喋る速さが、頭の速さに追いつかないから、喋らなかったのだ》》。
◆
――そして、七日目。
兄は、《《まったく違うことを書いた》》。
その朝は、雨だった。窓を閉めていたので、部屋は暗かった。
――《《蘭丸は死んだか》》
俺は、答えた。
「――《《たぶん》》」
――《《たぶんとは何だ》》
「――《《遺体は、分かり申さぬ。……あの火にござる》》」
兄は、しばらく動かなかった。
そして、書いた。
――《《十八だ》》
◆
俺は、その二文字を見ていた。
――《《十八》》。
それだけだった。
その後、兄は何も書かなかった。
炭を置いて、天井を見ていた。雨の音が、屋根を叩いていた。
――《《俺は、二十七年、この人が誰かの歳を数えるのを、聞いたことがなかった》》。
佐久間を捨てたときも。林を捨てたときも。比叡山でも、長島でも、伊賀でも。
この人は、数を数えた。人数を。石高を。日数を。
――《《だが、歳は数えなかった》》。
◆
――《《四日前、この人は《《いくつだ》》と書いた》》。
――《《城介どののことである》》。
――《《実の子の齢を、《《俺に聞かねば分からなかった》》》》。
――《《そして今日、《《十八だ》》と書いた》》。
――《《近習の齢を、《《自分で知っていた》》》》。
◆
――《《俺は、その差を、《《どう書けばいいのか分からなかった》》》》。
――《《この人は、遠いものほど、よく見る》》。
――《《そして、近いものを、《《数え忘れる》》》》。
――《《――《《俺と、同じである》》》》。
◆
俺は、そこで、《《ある考えに打たれた》》。
――《《この人は、書くと、違うことを書く》》。
喋れば「是非も無し」で終わることを、書けば「十八だ」と書く。
――《《俺は、二年間、明智十兵衛にこれをやらせていた》》。
書け、と言った。書いて、燃やせ、と。
そして、あの人は書いた。書いて、書いて、そして――《《同じことしか書かなくなった》》と言って、やめた。
――《《俺は、あのとき、何を間違えたのか》》。
◆
俺は、その夜、兄の枕元で、一つのことを言った。
雨は上がっていた。窓を開けると、濡れた庭から土の匂いが上がってきた。
「――《《兄上》》」
兄が、目を開けた。
「――《《それがしは、二年ほど、明智どのと文をやりとりしており申した》》」
――《《兄の眼が、動いた》》。
「――《《月に一度、文を寄越せと申しました》》。……そして、《《必ず一行、腹の立ったことを書いてくだされ》》と」
俺は、続けた。
「――《《それがしは、それを読んで、燃やしており申した》》」
◆
兄は、上体を起こそうとした。
俺は、それを押さえた。管が抜ければ、それで終わりである。
「――《《動かないでくだされ》》」
兄は、炭を掴んだ。
そして、震える手で書いた。右腕はまだ使えない。左手の、歪んだ字である。
――《《なぜ言わなかった》》
「――《《医者ゆえにござる》》」
俺は、そう答えた。
「患者が医者に話したことは、《《医者の中で死にまする》》。……それを破れば、二度と誰も、医者に本当のことを言わなくなり申す」
◆
兄は、しばらく俺を睨んでいた。
そして、書いた。
――《《何が書いてあった》》
俺は、答えた。
「――《《雪と、馬と、使者と、碁の相手にござる》》」
「……」
「――《《それと、去年の十一月に、一度だけ》》」
俺は、そこで一度、息を吸った。
「――《《伊賀の御下知は、正しき戦とは思われぬ、と》》」
◆
――《《長い沈黙があった》》。
灯明の芯が焦げて、光が一度小さくなった。
俺は、頭を下げた。
「――《《それがしは、それを燃やし申した》》」
「……」
「――《《そして、その日、兄上に嘘をつき申した》》」
俺は、額を床につけた。
板の冷たさが、額に伝わった。
「――《《お斬りくだされ》》」
◆
――《《返事は、来なかった》》。
俺は、しばらく額をつけたままでいた。
紙の擦れる音がしていた。
そして、顔を上げると。
兄は、《《炭で、紙に何か書いていた》》。
その紙を、俺の前に押し出した。
◆
――《《俺なら、燃やした》》
◆
俺は、その文字を、何度も読んだ。
「……兄上」
兄は、次の紙に書いた。
――《《貴様は医者だ。医者がそれをやめたら、誰も医者に本当のことを言わなくなる》》
――《《それは、俺の得にならん》》
俺は、思わず笑ってしまった。
――《《この人は、最後まで、この人だった》》。
◆
そして、兄は、もう一枚に書いた。
――《《だが、勘十郎》》
――《《貴様は、俺に言うべきだった》》
――《《医者としてではない》》
――《《弟としてだ》》
◆
俺は、その文字を見て――
《《何も言えなかった》》。
――《《その通りだった》》。
俺は、二年間、「医者だから言えない」という理屈に隠れていた。
だが、あの文を読んだとき、俺が本当にすべきだったのは。
――《《兄に告げることでも、燃やすことでもなかった》》。
――《《坂本へ行って、あの人の前に座ることだった》》。
二年前に一度だけ、俺はそれをやった。
三日居座って、生活を見て、歯を見て、脈を取って、そして「どうすればよろしいのでしょうか」と言わせた。
――《《それを、もう一度やればよかった》》。
あの十一月の文が届いたとき、俺は駕籠を出せばよかった。京から坂本まで、丸一日である。
俺は、それをしなかった。
文で済ませた。
◆
「――《《兄上》》」
俺は、そう呼んだ。
「――《《それがしは、二十七年、《《人に会いに行くこと》》を仕事にして参りました》》」
兄が、俺を見た。
「村に疫が出れば、行き申した。敵地に赤子がおると聞けば、行き申した。半兵衛どのが倒れれば、播磨まで毎日通い申した。……三方ヶ原で負けた徳川どのにも、浜松まで行き申した」
俺は、拳を握った。
「――《《なれど、明智どのには、文で済ませ申した》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《それが、それがしの過ちにござる》》」
◆
兄は、しばらく俺を見ていた。
そして、炭を取り、こう書いた。
――《《まだ生きておる》》
「……え」
――《《あの男も、貴様も、俺もだ》》
兄は、次の紙に書いた。
――《《ならば、まだ会いに行ける》》
◆
俺は、その文字を見つめた。
――《《会いに行く》》。
――《《明智十兵衛光秀に》》。
この期に及んで、この人は、《《それを言うのか》》。
「――兄上。それは」
兄は、《《手を上げて、俺を制した》》。
そして、書いた。
――《《勘十郎》》
――《《俺は、あと十一日で天下を失うか、取り返すかだ》》
――《《どちらでも、俺は動く》》
――《《貴様は、どうする》》
◆
俺は、その問いに、答えられなかった。
――《《俺は、何のためにここにいるのか》》。
二十七年、俺は本能寺を消すために生きてきた。
――《《消えなかった》》。
変は起きた。寺は焼けた。蘭丸は死んだ。十四人を置いてきた。千代丸の手を、一度だけ握って離した。
だが。
――《《兄は、生きている》》。
――《《俺の目の前で、炭で字を書いている》》。
◆
「――《《兄上》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《船の話を、覚えておられまするか》》」
兄は、俺を見た。
「六月一日の夜にござる。……《《この国を平らげたら、船を作る》》と」
俺は、言った。
「――《《それがしは、あれが聞きとうござった》》」
俺は、続けた。
「二十七年、それがしは、《《人が死なぬ世》》を作りたいと思うて生きて参りました。……なれど、それがし一人では、村一つを直すのが精一杯にござる」
俺は、頭を下げた。
「――《《兄上に、生きていただかねばなり申さぬ》》」
◆
兄は、炭を取った。
そして、書いた。
――《《ならば、治せ》》
――《《声が出ぬのでは、話にならん》》
俺は、笑った。
――《《笑って、そして涙が出た》》。
「――《《御意にござる》》」
◆
その夜、俺は久しぶりに、カルテを開いた。
筆は、兄の喉にある。
だから、炭で書いた。
――《《ひどい字だった》》。
◆
天正十年 六月二日〜九日 京・啓迪院
症例・織田上総介信長、四十九歳。
右肘に槍創。主要血管・神経の損傷なし。
――《《および、気道熱傷》》。
六月二日、寅の刻。輪状甲状間膜を切開。
――目印:喉仏の下、指が沈む一点。その下に硬き輪あり。その間。
――《《切開は横に。縦に切れば、太い血管を追うことになる。》》
――膜を切る際、刃を深く入れるべからず。裏に食道あり。
――《《管に、筆の軸を用いた。》》二十七年持ち歩いたものである。
――《《明かりは、燃える寺の火のみ。》》
――《《靉靆がなければ、見えなかった。》》
同日夕刻、頸部の腫脹著明。
――《《朝に切っていなければ、この刻に窒息していた。》》
管の閉塞に注意。四刻ごとに痰を除去すべし。
――《《この汚れ仕事を怠ると、人が死ぬ。》》
発声不能。――《《輪の下に穴を開けたゆえ。》》
閉鎖まで、半月から一月。
※三日目、最初に問われたのは《《城介どののこと》》であった。
――《《二条御所にて討死。二十六歳。》》
――《《「いくつだ」と問われた。実の子の齢を、俺に聞かねば分からなかった。》》
――《《俺は、五月二十九日に本能寺の出口を六つ数えた。》》
――《《なれど、半里先の妙覚寺を、一度も勘定に入れなかった。》》
――《《二十七年、俺は一人しか診ておらぬ。》》
――《《母上のときも、傍で四月起きていた十三の妹を診なかった。》》
――《《身内を、患者の勘定に入れぬ癖がついていたのである。》》
――《《兄上の言――「城介を数え忘れたのは、貴様ではない。俺だ」》》
「あれは、俺に似ておらん。似ておらぬところが、よかった」
※本人、筆記にて意思を伝う。
――《《驚くほど饒舌である。》》
――《《この人は、喋らぬのではなかった。》》
《《喋る速さが、頭の速さに追いつかぬのだ。》》
――《《「蘭丸は死んだか」「十八だ」》》
二十七年、この人が誰かの歳を数えるのを聞いたことがなかった。
――《《近習の齢は知っており、実の子の齢は知らなかった。》》
――《《この人は、遠いものほどよく見る。そして近いものを数え忘れる。》》
――《《俺と、同じである。》》
※明智の件、告白せり。
――「俺なら、燃やした」
――「だが、貴様は俺に言うべきだった。医者としてではない。弟としてだ」
――《《そして、俺の本当の過ちは、そこではなかった。》》
――《《文で、済ませたことだ。》》
症例・織田勘十郎(俺)、四十七歳。
――《《左胸部に絞扼感。左肩から顎への放散。冷汗。》》
――《《煙と、疲労によるものと思われる。》》
――《《……たぶん。》》
今回は、気道確保の処置を書きました。
喉仏(甲状軟骨)に指を当て、そこから下へ滑らせると、指がふっと沈む場所があります。その下にもう一つ硬い輪(輪状軟骨)があり、その二つの間の膜——ここが、緊急時に気道を確保する場所です。
この位置でなければなりません。これより上を切れば発声に関わる部分を損傷し、これより下には太い血管や甲状腺があります。
切開は横方向に行います。縦に切ると、下方に走る血管に沿ってしまうためです。
そして膜を切る際、刃を深く入れてはいけません。気管のすぐ裏側には食道があり、貫通させると重大な合併症になります。
処置後は、開けた穴を保つ管が必要です。放置すると組織が戻って閉じてしまいます。
なお、この方法で気道を確保すると、声は出せなくなります。声帯は切開部より上にあるため、空気が声帯を通らなくなるからです。
もう一つ重要なのが、管の管理です。分泌物が詰まれば、せっかく開けた気道が塞がります。定期的な吸引を怠ると、処置そのものが無意味になります。地味で汚れる作業ですが、これを怠って亡くなる方がいます。
次話、続きます。
お読みいただきありがとうございました。
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## 補足:この話の設計
**筆の軸**
- 主人公は二十七年間、どこへ行くにも筆を持ち歩いてきました。カルテを書くためです。
- その筆の穂先を噛みちぎり、竹の軸を気道に差し込む。書くための道具が、兄の呼吸路になります。
- そして以後、信長は炭で字を書くことになります。「この国で最も力のある男が、炭の欠片で字を書いた」。




