第三十六話 決めるのをやめた
天正十年五月十五日、徳川家康が安土に着きました。
接待役は、明智日向守光秀。
――残り、十八日です。
天正十年、五月十五日。
徳川三河守家康が、安土に着いた。
武田討伐の功を賞し、駿河一国を与えられての、お礼言上である。
――そして、その接待役を仰せつかったのが、《《明智日向守光秀》》だった。
◆
俺は、その三日を、《《ずっと光秀を見ていた》》。
――《《見事だった》》。
御馬揃えのときと、同じである。
膳の順序。座の配置。庭の花。香の焚き方。返礼の品。
何百という要素が、一つの狂いもなく組み上がっていた。
――《《そして、本人は、ほとんど眠っていなかった》》。
◆
二日目の夜、俺は廊下で光秀を捕まえた。
「――明智どの」
「これは、勘十郎さま」
彼は、丁寧に一礼した。
――《《いつも通りだった》》。
「――《《文を、拝見しており申す》》」
「……はい」
「――《《腹の立つことがなくなった、と書いてこられた》》」
「――さようでございます」
光秀は、微笑んだ。
「――《《穏やかになりましてございます》》」
◆
「――《《脈を、取らせていただきたい》》」
「今でございますか」
「――《《今にござる》》」
俺は、その手首を掴んだ。
光秀は、抵抗しなかった。
――《《廊下の、蝋燭の下で》》。
俺は、その脈に指を当てた。
そして。
――《《俺の指が、止まった》》。
◆
――《《柔らかい》》。
二年前、俺はこの人の脈を「縄のように硬い」と書いた。
押しても潰れなかった。血の道に、絶えず力がかかっていた。
――今。
俺の指の下で、その血の管は、《《ふわりと潰れた》》。
――《《柔らかい》》。
俺は、その手を離した。
そして、言った。
「――《《口を、開けてくだされ》》」
◆
光秀は、少し笑って、口を開けた。
俺は、靉靆を鼻に乗せ、蝋燭を近づけた。
――奥歯は、相変わらず平らだった。
だが。
――《《新しい削れが、ない》》。
俺は、次に、その顎に指を当てた。
「――噛んでみてくだされ」
光秀が歯を食いしばる。
――《《筋が、細くなっていた》》。
二年前は、指の下で岩のように隆起した咬筋が、《《明らかに、痩せている》》。
◆
「――《《明智どの》》」
「はい」
「――《《近頃、眠れておられるな》》」
光秀は、少し驚いた顔をした。
「――《《よく分かりますな》》」
彼は、微笑んだ。
「――《《ここ二月ほど、驚くほどよく眠れておりまする》》」
◆
――《《俺の背筋を、氷が滑り落ちた》》。
二年である。
二年、俺はこの人を治そうとしてきた。
書けと言い、文を寄越せと言い、腹の立ったことを一行書けと言った。
――《《そして今、この人は治っている》》。
脈が柔らかい。歯ぎしりが止まっている。咬筋が痩せている。よく眠れている。
――《《医者として、これは成功である》》。
だが。
◆
――《《俺は、二十六年、人の身体を診てきた》》。
そして、知っている。
《《人が、急に楽になることがある》》。
長く苦しんでいた者が、ある日を境に、穏やかになる。表情が和らぐ。よく眠る。食も進む。
周りの者は喜ぶ。「よくなられた」と言う。
――だが、医者は、そこで《《ぞっとする》》。
なぜなら。
――《《人は、迷っているあいだが、一番苦しい》》からだ。
◆
迷いは、身体を灼く。
行くべきか、退くべきか。言うべきか、黙るべきか。耐えるべきか、やめるべきか。
その《《どちらでもない状態》》が、人の身体を最も痛めつける。
歯を食いしばらせ、肩を固め、血の道を締め、胃を荒らし、眠りを奪う。
――そして。
《《決めた瞬間に、それが全部、消える》》。
行くと決めた者は、眠れる。
退くと決めた者も、眠れる。
――《《どちらでもいい。決めさえすれば、身体は楽になる》》。
◆
「――《《明智どの》》」
俺は、廊下の暗がりで、そう呼んだ。
「はい」
「――《《何を、お決めになりました》》」
◆
光秀は、《《微笑んだままだった》》。
「――《《決める、とは》》」
「――《《脈が、柔らこうござる》》」
俺は、言った。
「二年前、貴殿の脈は縄のようでござった。歯は毎晩鳴っておった。顎の筋は岩のようで、肩は板のようで、明け方には胃が痛んでおられた」
「……」
「――《《それが、全部、消えており申す》》」
俺は、続けた。
「そして、《《よく眠れておられる》》」
「――養生の甲斐にございましょう」
「――《《違う》》」
俺は、はっきりと言った。
「――《《養生では、二月でここまで戻り申さぬ》》」
◆
長い沈黙があった。
廊下の蝋燭が、じじ、と鳴った。
やがて、光秀は言った。
「――勘十郎さま」
「はい」
「――《《それがしは、何も決めておりませぬ》》」
彼は、静かに言った。
「――《《ただ、《《決めるのをやめた》》のでございます》》」
◆
「……どういう意味にござる」
「――《《考えるのを、やめました》》」
光秀は、そう言った。
「二年、それがしは書いておりました。あなたさまに言われた通り、紙に書いて、読み返して、燃やしておりました」
「……はい」
「――《《そのうちに、《《同じことしか書かなくなり申した》》》》」
彼は、少し笑った。
「毎月、同じことを書いておるのです。同じ苛立ちを、同じ言葉で。……三月ほど前に、それに気づきまして」
「……」
「――《《ああ、これは、《《書いても変わらぬのだ》》と》》」
◆
俺は、その場に立ち尽くした。
――《《俺の処方が、この人を追い込んだ》》。
書くことで、この人は自分の苛立ちを《《見た》》。
毎月、書いて、読み返して、燃やして。
そして――《《それが、二年間、まったく変わっていないこと》》を、自分の字で、繰り返し確認してしまった。
――《《見えなければ、耐えられたかもしれないものを》》。
俺が、《《見えるようにした》》。
「――明智どの」
俺の声は、掠れていた。
「――《《それがしの、過ちにござる》》」
「――《《いえ》》」
光秀は、静かに首を振った。
「――《《あなたさまだけが、それがしに聞いてくださいました》》」
◆
彼は、深く一礼した。
「――《《明日も、早うございますゆえ》》」
そして、廊下を去っていった。
背筋が、まっすぐだった。
――《《襟が、乱れていなかった》》。
◆
五月十七日。
――《《それ》》は、あっけなく起きた。
備中から、羽柴筑前守の使者が到着した。
毛利の主力が出てきた。至急、援軍を賜りたい、と。
兄は、その場で決めた。
「――《《日向守》》」
広間に控えていた光秀が、平伏した。
「――《《接待は、丹羽五郎左に代われ》》」
「……」
「――《《貴様は、坂本へ戻り、支度をして、中国へ発て》》」
◆
――《《それだけだった》》。
後の世に、いろいろな話が伝わっている。
膳の魚が腐っていて、兄が激怒したという話。
欄干に頭を打ちつけられたという話。
丹波と近江を召し上げられ、代わりに《《まだ敵地である》》出雲・石見を「切り取り次第」と言い渡されたという話。
――俺が見た限り、《《そのようなことは、起きなかった》》。
兄は、上機嫌ですらあった。
ただ、《《三日かけて準備した接待の役を、途中で外した》》。
それだけである。
◆
そして、それだけで――《《十分だった》》。
俺は、その場を見ていて、《《分かってしまった》》。
兄にとって、これは《《人事》》である。
最も有能な将を、最も重要な戦線へ回す。接待などは、誰にでもできる。
――《《褒美のつもりですら、あったかもしれない》》。
だが。
光秀にとって、これは。
――《《三日、寝ずに組み上げたものを、人前で取り上げられた》》ということである。
そして、その理由は説明されなかった。
◆
俺は、平伏したままの光秀の背中を見ていた。
――《《動かなかった》》。
やがて、彼は顔を上げた。
そして、《《いつも通りの、完璧な礼》》をした。
「――《《承知いたしましてございます》》」
――《《一分の乱れもなかった》》。
俺は、それを見て――《《絶望した》》。
◆
その夜。
俺は、徳川家康の部屋に呼ばれた。
四十一になっていた。
二十年前、清洲で初めて会ったときの、瞬きの少ない若者は、恰幅のいい大名になっていた。
「――勘十郎さま。お久しゅうございます」
「三河守どの。……いや、今は」
「――《《家康と、名を改めました》》」
彼は、微笑んだ。
「――《《書は、また厚くなりましてございます》》」
◆
彼が出してきた『手当書』は、《《三倍の厚さ》》になっていた。
俺は、それを開いた。
――《《見たこともない項が、いくつもあった》》。
――《《駿河の海にて、魚の毒に当たりし者のこと》》。
――《《雪山にて、指の色の変わりし者のこと》》。
――《《産後、乳の張りて熱を出す者のこと》》。
――《《年寄りが、夜中に厠へ立ちて転ぶを防ぐこと》》。
俺は、最後の項を見て、思わず笑った。
「――《《三河守どの。これは》》」
「――《《一番、人が死んでおります》》」
家康は、真顔で言った。
「戦でも、病でもございませぬ。……《《夜中に厠へ立って、転んで、腰を折る》》。それで寝たきりになり、そのまま」
彼は、続けた。
「あなたさまが仰せになったことにございます。『この国で一番多く死んでおるのは、戦で死ぬ者ではない』と」
◆
「――家康どの」
俺は、その書を閉じた。
「はい」
「――《《一つ、伺ってもよろしいか》》」
「なんなりと」
「――《《明智どのを、どう見られる》》」
◆
家康の表情が、《《消えた》》。
俺は、この男のこの顔を、初めて見た。
「……なにゆえ、それを」
「――《《医者として、伺っておる》》」
家康は、しばらく黙っていた。
そして、こう言った。
「――《《今日、あの方が平伏しておられるのを見ました》》」
「……」
「――《《背中が、動きませなんだ》》」
彼は、静かに言った。
「――《《わたくしは、三方ヶ原で負けた日、震えておりました》》」
◆
「勘十郎さま。あのとき、あなたさまはわたくしに仰せになりました」
家康は、続けた。
「――《《言えぬことを言える相手を、一人作れ》》と」
「……はい」
「わたくしは、作りました。……絵にも描かせました。今でも持っております」
彼は、そこで俺を見た。
「――《《あの方には、それが、おありでしょうか》》」
俺は、答えられなかった。
「――《《二年、それがしが務めており申した》》」
俺は、そう言った。
「――《《そして、今日、失敗いたした》》」
◆
家康は、長いこと黙っていた。
そして、こう言った。
「――勘十郎さま」
「はい」
「――《《わたくしは、明日、堺へ参ります》》」
「……」
「――《《上様に勧められましてな。物見遊山にございます》》」
彼は、そこで一度、言葉を切った。
「――《《供は、三十人ほどにございます》》」
俺は、その顔を見た。
――《《この男は、何かを察している》》。
「……家康どの」
「――《《勘十郎さま》》」
彼は、俺を遮った。
「――《《くれぐれも、お気をつけくださいませ》》」
◆
五月二十六日。
明智光秀は、坂本を発ち、丹波亀山へ入った。
中国出陣の支度である。
そして二十七日、彼は――《《愛宕山へ登った》》。
◆
俺は、その報せを安土で聞いた。
「――《《愛宕》》」
「はい。戦勝祈願とのことにございます」
与一郎が言った。
「――《《籠られた、と》》」
「……何日」
「――《《二晩》》」
俺は、目を閉じた。
――《《おみくじを、三度引かれた》》という話も、後に伝わる。
一度目は凶。二度目も凶。三度目に、ようやく。
――《《俺は、それを知っている》》。
◆
二十八日、愛宕山西坊で、連歌の会が催された。
発句は、明智日向守光秀。
――《《ときは今 あめが下しる 五月哉》》
――《《時は今、雨が下る五月であるよ》》。
――あるいは。
――《《土岐は今、天が下を治める五月であるよ》》。
土岐は、明智の本姓である。
――俺は、この句を、五百年後の教科書で読んだ。
そして、こう習った。
――《《これは、謀反の意を詠み込んだものである》》と。
――だが、俺は今、それを《《違う読み方》》で読んでいる。
◆
(――《《あの人は、決めていない》》)
俺は、そう思った。
脈が柔らかかった。よく眠れていた。
それは、《《決めた》》からだと、俺は思った。
だが、あの人は言った。
――《《決めるのをやめたのでございます》》。
――《《考えるのを、やめました》》。
俺は、その意味を、ずっと考えていた。
◆
(――《《あの人は、《《流れに任せた》》のだ》》)
俺は、そう結論した。
二年間、書いて、読み返して、燃やして、そして何も変わらなかった。
この人は、《《自分で決めることを、諦めた》》。
――《《機会が来たら、そのときに手が動く》》。
――《《来なければ、来ないでいい》》。
そういう状態に、この人は入った。
だから、眠れる。
だから、脈が柔らかい。
――《《そして、それが一番、危うい》》。
◆
なぜなら。
――《《機会は、来るからだ》》。
◆
五月二十九日。
――《《兄が、安土を発った》》。
京へ、上るという。
中国出陣の支度のためである。
供は。
――《《百に、満たなかった》》。
「――《《兄上》》」
俺は、出立の直前、その馬前に飛び出した。
◆
「――なんだ」
「――《《京へは、お発ちにならぬほうがよろしゅうござる》》」
兄は、馬上から俺を見下ろした。
「――理由は」
俺は、答えられなかった。
――《《言えるはずが、なかった》》。
「五百年後の書物にそう書いてあるから」とは、言えない。
「明智の脈が柔らかいから」とも、言えない。
言ったところで、《《何の証にもならない》》。
「――《《ご不例の兆しがござる》》」
俺は、そう言った。
――《《嘘だった》》。
二度目の嘘である。
◆
「――ほう」
兄は、面白そうに言った。
「どこが悪い」
「――《《脈にござる》》」
俺は、必死に続けた。
「近頃、硬うござる。この時期に無理をなさると、卒中を起こす恐れがござる。……安土でひと月、養生していただきたい」
信長は、しばらく俺を見下ろしていた。
そして、こう言った。
「――《《勘十郎》》」
「はい」
「――《《貴様は、二十七年、俺に嘘をついたことがない》》」
◆
俺は、《《言葉を失った》》。
「……兄上」
「今日、初めて嘘をついたな」
「――」
「――《《なにゆえだ》》」
◆
俺は、その場に膝をついた。
そして、地面に額をつけた。
「――《《申し上げられませぬ》》」
「……」
「――《《なれど、お願い申し上げまする》》」
俺は、額をつけたまま言った。
「――《《京へ、お発ちくださいますな》》」
◆
長い、長い沈黙があった。
周りの供の者たちが、息を呑んでいるのが分かった。
やがて。
兄は、こう言った。
「――《《発つ》》」
俺は、顔を上げた。
「――《《兄上》》!」
「勘十郎」
兄は、馬上から俺を見た。
あの、乾いた眼で。
「――《《俺は、二十七年、貴様の言うことを聞いてきた》》」
「……」
「麦を食えと言われて食うた。井戸を埋めろと言われて埋めた。蚊帳を五百張買えと言われて買うた。……全部、《《理由を聞いて、納得したから》》だ」
彼は、続けた。
「――《《今日は、理由がない》》」
◆
俺は、何も言えなかった。
「勘十郎。貴様が理由を言えぬというなら、それは仕方あるまい。……《《言えぬまま持っておれ》》と言うたのは、俺だ」
兄は、手綱を引いた。
「――《《だが、俺も、理由なしには動かん》》」
◆
俺は、立ち上がった。
そして、叫んだ。
「――《《ならば、それがしも参りまする》》!」
◆
兄が、振り返った。
「――なに」
「――《《京へ、お供いたす》》」
俺は、言った。
「兄上のお身体を診るのが、それがしの役目にござる。……二十七年前に、そう約定いたしました」
「……」
「――《《ご不例の兆しがあると申し上げた以上、傍におらねばなり申さぬ》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《お連れくだされ》》」
◆
信長は、しばらく俺を見ていた。
そして、《《笑った》》。
喉の奥で鳴らすような、短い笑いだった。
――二十七年前、末森城で初めて聞いたのと、同じ笑い方だった。
「――《《来い》》」
「――《《はっ》》」
「――ただし勘十郎」
彼は、馬を進めながら言った。
「――《《宿は、狭いぞ》》」
◆
俺は、その背中を見送ってから、与一郎を呼んだ。
「――《《与一郎》》」
「はい」
「――《《俺は、京へ行く》》」
「お供いたします」
「――《《ならん》》」
俺は、そう言った。
「え」
「――《《お前は、安土に残れ》》」
◆
「勘十郎さま。それは」
「与一郎」
俺は、その肩を掴んだ。
「――《《手当書は、どこにある》》」
「……蔵に。正本と、写しが十二部」
「――《《それを、全部持って、坂本へ行け》》」
「――《《坂本、にございますか》》」
「――《《いや》》」
俺は、首を振った。
――《《坂本は、駄目だ》》。
「――《《京の、道三先生のところへ行け》》」
◆
「道三先生は、五年前にお亡くなりに」
「――《《啓迪院がある》》」
俺は、言った。
「先生が作られた学び舎だ。弟子が百人おる。……そこへ、書を全部持って行け」
「……勘十郎さま」
「――《《そして、写させろ》》」
俺は、続けた。
「百部でも、二百部でもいい。書けるだけ書かせろ。そして――《《散らせ》》」
「散らす、と」
「――《《一か所にまとめて置くな》》」
俺は、はっきりと言った。
「――《《一か所に置いたものは、一度の火で消える》》」
◆
与一郎の顔が、《《蒼白になった》》。
「勘十郎さま。……それは」
「――《《万一の備えだ》》」
俺は、そう言った。
「――《《医者は、いつも最悪を考えておる》》。それだけだ」
与一郎は、しばらく俺を見ていた。
そして、こう聞いた。
「――《《勘十郎さまは、お戻りになりますか》》」
◆
俺は、答えなかった。
答えられなかった。
「――《《与一郎》》」
「……はい」
「――《《お前は、いい医者になった》》」
俺は、そう言った。
「二十五年前、清洲の廊下で倒れておった小姓だ。……俺が足を持ち上げてやった」
「――覚えております」
「あのとき、お前は俺に泣きながら礼を言うた」
俺は、少し笑った。
「――《《今のお前は、俺より縫うのがうまい》》」
◆
「――勘十郎さま」
「行け」
俺は、その背中を押した。
「――《《書を、散らせ》》」
◆
天正十年 五月
五月十五日、徳川家康、安土着。接待役・明智日向守。――《《見事であった。》》
五月十七日、接待役を解かれ、中国出陣を命ぜらる。
――《《平伏したまま、背中が動かなかった。》》
症例・明智十兵衛光秀。
脈――《《柔らかい》》。二年前は縄のごとくであった。
咬筋――《《痩せている》》。新しい歯の削れなし。
睡眠――《《二月ほど、驚くほどよく眠れる》》由。
――《《医者としては、成功である。》》
――《《そして、これほど恐ろしい所見はない。》》
※人は、迷っているあいだが最も苦しい。
迷いは歯を削り、肩を固め、脈を締め、眠りを奪う。
――《《決めた瞬間に、それが全部消える。》》
――《《どちらに決めても、消える。》》
※本人の言――「決めるのをやめました」「考えるのをやめました」
「毎月、同じことしか書かなくなり申した」
「――ああ、これは書いても変わらぬのだ、と」
――《《俺の処方が、この人に「変わらぬ」ことを見せてしまった。》》
五月二十九日、兄上、京へ発つ。供、百に満たず。
――《《止められなかった。》》
――《《二十七年で、二度目の嘘をついた。すぐに見破られた。》》
――《《同道を願い、許された。》》
与一郎に、『手当書』を持たせ、啓迪院へ向かわせた。
――《《一か所に置いたものは、一度の火で消える。》》
残り、四日。
今回の中心は、「良くなること」の恐ろしさです。
長く強い緊張状態にあった人の体には、はっきりした変化が現れます。歯ぎしり、咬筋の発達、硬い脈、頸肩部の硬直、浅い睡眠、胃の不調。
そして、それらが急に消えることがあります。
周囲は喜びます。よくなった、と。ですが、経過を追ってきた者は、そこで不安になることがあります。
人が最も消耗するのは、迷っている間です。行くべきか退くべきか、言うべきか黙るべきか——その宙吊りの状態が、体を最も痛めつけます。そして決断した瞬間、その負荷は消えます。
問題は、どちらに決めても消えるということです。
体の緊張がほどけたことは、その人が良い方向へ向かったことを意味しません。何かが定まった、という事実だけを示します。
医療の現場でも、長く思い悩んでいた方が突然穏やかになり、身辺を整理しはじめる、という変化は注意深く見られています。
もう一つ。作中で光秀が語った「毎月、同じことしか書かなくなった」について。
書くことによって感情を整理する方法は有効ですが、万能ではありません。書いても状況が何一つ変わらない場合、書く行為はその不変を確認し続ける作業になり得ます。見えなければ耐えられたかもしれないものが、見えるようになる。
勘十郎の処方は、効きました。そして、効いたことによって別の結果を生みました。
次話——六月二日です。
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