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転生軍医、織田信勝 ―本能寺を消す処方箋―  作者: 東雲 諒杏
第六章 長篠、死なない軍隊(第28〜32話)

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第三十一話 死ぬ者にしかできぬこと

※飢餓と、それによる死の描写があります。


 第十七話で、勘十郎は二十一歳の若者にこう告げました。

 「三十六前後で、たぶん、終わる」


 あれから十五年です。

 天正七年、五月。


 播磨、三木みき


 俺は、生涯で最も見たくないものを、毎日見ていた。


 ――《《飢えた城》》である。


          ◆


 別所長治べっしょながはるの籠る三木城を、羽柴筑前守秀吉の軍が囲んで、一年二か月が過ぎていた。


 力攻めは、しない。


 周りに《《付城つけじろ》》を二十以上築き、堀を掘り、柵を並べ、そして――《《城へ入る道を、全部塞いだ》》。


 兵糧を、断つ。


 人の言う《《干殺ひごろし》》である。


 城の中には、兵だけではない。近在から逃げ込んだ百姓が、女が、子が、老人がいる。


 ――《《七千とも、八千とも聞いた》》。


          ◆


 俺は、その包囲陣の中に手当所を張っていた。


 ――《《やることが、なかった》》。


 戦闘がないのだから、傷者が出ない。


 出るのは、包囲側の兵の腹下しと、風邪と、切り傷くらいのものである。


 俺は、毎日、城を見ていた。


 そして、《《城から出てくる者》》を診ていた。


          ◆


 夜になると、城から人が這い出してくる。


 多くは、女子供だった。


 柵を越えようとして矢に射られる者もいる。捕らえられる者もいる。


 ――そして、《《捕らえられた者が、俺のところへ運ばれてきた》》。


 最初に運ばれてきた女を見たとき、俺は診断を誤りかけた。


 ――《《太っていた》》のだ。


 いや、正確には、《《腹と足が、ぱんぱんに膨れていた》》。


「――勘十郎さま。この者、飢えておるはずでは」


 与一郎が、怪訝な顔をした。


「腹が、こんなに」


「――《《飢えておる》》」


 俺は、その腹に指を押しつけた。


 ――《《ぼこりと凹んで、戻らなかった》》。


          ◆


「与一郎。よく見ておけ」


 俺は言った。


「人が飢えると、《《痩せる》》。腹が凹み、肋が浮き、頬がこける。……それが、初めのうちだ」


「……はい」


「だが、もっと飢えると――《《膨れはじめる》》」


 俺は、その腹の凹みを指した。


「これは、肉ではない。《《水》》だ」


「水」


「身体の中の水を、血の管の中に留めておく仕組みがある。……その仕組みを作るものが、《《食い物からしか作れん》》」


 俺は、続けた。


「長く食わねば、それが作れなくなる。すると水が血の管から染み出して、腹に溜まり、足に溜まる」


 俺は、女の顔を見た。


 ――目が、こちらを見ていない。


「そして、もう一つ」


「……はい」


「――《《何も、感じなくなる》》」


          ◆


 俺は、その女に、名を聞いた。


 答えなかった。


 子はいるか、と聞いた。


 答えなかった。


 ――だが、俺が握り飯を見せると。


 《《眼だけが、動いた》》。


「――与一郎。覚えておけ」


 俺は、静かに言った。


「飢えると、《《人は、まず心が止まる》》」


「……」


「泣かなくなる。怒らなくなる。恥ずかしがらなくなる。……子が泣いておっても、母が動かん」


 俺は、拳を握った。


「――《《それは、母が薄情なのではない》》」


          ◆


 俺は、その日から、羽柴の陣中で言い続けた。


 ――《《城が落ちたときの、備えをしてくれ》》と。


「勘十郎さま。落ちてからで、よろしゅうござろう」


 若い侍が、そう言った。


「――《《落ちてからでは、殺す》》」


 俺は、六年前の小谷を思い出しながら言った。


「飢えきった者に、いきなり飯を食わせると、三日で死ぬ。……小谷で、四人死なせた」


「そんな阿呆な」


「――《《俺は、それを見た》》」


 俺は、繰り返した。


「薄い粥を、少しずつ。七日かけて戻す。……それを、《《城が落ちる前から、支度しておいてくれ》》」


 俺は、頭を下げた。


「――《《釜を、五十用意していただきたい》》」


          ◆


 そして、その頃。


 俺は、《《もう一人の患者》》を、毎日診ていた。


          ◆


 竹中半兵衛は、平井山ひらいやまの陣所にいた。


 ――《《立てなくなっていた》》。


 三十六である。


 十五年前、稲葉山城で初めて会ったとき、彼は二十一だった。俺はあのとき、「三十六前後で終わる」と告げた。


 ――《《ぴたりだった》》。


 医者として、これほど当たってほしくない見立ては、なかった。


「――勘十郎さま」


 彼は、床の上から言った。


 声は、まだ澄んでいた。


「今日も、来てくださいましたか」


「――《《毎日来る》》と言うた」


「京へお戻りにならずとも」


「――《《戻らん》》」


          ◆


 俺は、その背中に耳を当てた。


 ――右。全域。左。上と、そして今は《《下も》》。


 肺が、両側とも、蜂の巣のようになっている。


 打診をするまでもなかった。


 脈は、速くて浅い。指を離すと、脈が触れなくなるほど弱い。


 俺は、その痩せた手首を握って、言った。


「――半兵衛どの」


「はい」


「――《《近い》》」


「――《《存じております》》」


          ◆


 彼は、少し笑った。


「勘十郎さま。それがし、十五年前に伺いました。三十六前後だと」


「……」


「あれを聞いて、それがしは十五年を割り振りました」


 半兵衛は、天井を見た。


「初めの五年で、書を読みました。次の五年で、筑前どのを助けて美濃と近江をやりました。……そして最後の五年で、播磨を」


 彼は、目を細めた。


「――《《割り振れたのは、あなたさまのおかげにございます》》」


「――やめてくれ」


 俺は、そう言った。


 言ってから、自分の声が震えているのに気づいた。


「――《《俺は、余命を告げただけだ》》。何も治しておらん」


「勘十郎さま」


 半兵衛は、こちらを見た。


「――《《時をくださるのは、治すことと同じにございます》》」


          ◆


 三日後。


 俺が陣所に入ると、半兵衛は、いつになく背を起こしていた。


 枕元に、《《人払いがしてあった》》。


「――勘十郎さま。近う」


 俺は、その傍に座った。


「――《《お願いが、ございます》》」


 彼は、そう言った。


 そして、その内容を聞いて、俺は――《《息が止まった》》。


          ◆


「――《《松寿丸まつじゅまるどのを、かくまっております》》」


 俺は、しばらく声が出なかった。


「……半兵衛どの」


「黒田官兵衛どのの、ご嫡男にございます。十一におなりです」


 ――《《知っている》》。


 黒田官兵衛孝高。播磨の姫路の主で、羽柴秀吉の軍師である。


 半年前、荒木村重が謀反を起こしたとき、官兵衛は説得のために有岡ありおか城へ乗り込み――《《そのまま、帰ってこなかった》》。


 信長は、官兵衛が寝返ったと判断した。


 そして、人質として預かっていた息子の首を刎ねよと命じた。


「――《《殿の命に、背かれたのか》》」


「はい」


 半兵衛は、こともなげに言った。


「首を刎ねたと報告いたしました。……偽首を出しまして」


「――《《見つかれば、竹中の家は潰れる》》」


「潰れましょうな」


 彼は、少し笑った。


「――なれど、それがしは、《《潰れる前に死にまする》》」


          ◆


「なにゆえだ」


 俺は、聞いた。


「――《《なにゆえ、そんなことを》》」


「二つございます」


 半兵衛は、指を立てた。


「一つ。それがしは、官兵衛どのが裏切ったとは思うておりませぬ」


「……」


「あの方が寝返るなら、《《嫡男を人質に置いたまま行くはずがない》》。……あれは、説得に行って、そのまま捕らわれたのでございましょう」


 俺は、頷いた。


 ――《《正しい》》。


「二つ目は」


 半兵衛は、そこで声を落とした。


「――《《十一の子を、殺したくなかった》》」


          ◆


「それは、理屈にはなり申さぬ」


 彼は、続けた。


「主命に背く理由としては、《《話にならぬ》》ものにございます」


「……」


「なれど勘十郎さま。それがしは、あと幾日かで死にまする」


 彼は、俺を見た。


「――《《死ぬ者にしかできぬことが、この世にはございます》》」


 俺は、その言葉を聞いて、しばらく動けなかった。


「――《《それがしに、何をしろと》》」


「――《《知っていていただきたい》》」


 半兵衛は、そう言った。


          ◆


「それだけか」


「それだけにございます」


「……」


「秀吉どのには、申しておりませぬ。あの方は、知ればかばおうとなさる。庇えば、あの方まで危うくなりまする」


 彼は、続けた。


「弥五郎は、子の居場所を知っております。なれど、あれは病がちで、いつまで保つか分かりませぬ」


「――だから、俺か」


「はい」


 半兵衛は、頭を下げた。


「――《《それがしが死んだ後、もし官兵衛どのが生きて帰られたら》》」


「……」


「――《《伝えていただきたい》》。ご子息は、生きておられると」


          ◆


「――もし、帰らなかったら」


 俺は、聞いた。


「そのときは」


 半兵衛は、少し考えた。


「――《《どこかで、育ててやってくださいませ》》」


 彼は、そう言った。


「名を変えて、家を変えて、なんでも構いませぬ。……《《医者にでも、なされば》》」


 俺は、思わず笑ってしまった。


 笑って、そして、目のあたりが熱くなった。


「――《《承知した》》」


 俺は言った。


「――《《俺が、知っておく》》」


          ◆


 六月に入った。


 半兵衛は、もう座れなくなっていた。


 喀血が、増えた。


 一度に椀半分ほど出るようになり、そのたびに息が浅くなった。


 俺は、上体を高くして寝かせ、部屋を静かにし、水を絶やさぬようにした。


 それ以外に、できることが《《一つもなかった》》。


          ◆


 六月十二日の夜。


 俺は、彼の傍にいた。


 与一郎と、弥五郎もいた。


 ――弥五郎は、二十七になっていた。相変わらず痩せていて、冬になると寝込む。だが生きていた。


 彼は、半兵衛の枕元で、十年間書き続けた覚書の束を抱えていた。


「――勘十郎さま」


 半兵衛が、掠れた声で言った。


「はい」


「――《《一つ、伺ってもよろしいか》》」


「なんでも」


「――《《明智どのは、いかがです》》」


          ◆


 俺は、息を呑んだ。


 ――十五年前。


 稲葉山の城で、この男は言った。


  ――上総介さまは、人を道具として使いこなされる。


  ――道具は壊れませぬ。なれど、人は壊れまする。


 あれから、十五年。


「――《《去年、奥方を亡くされた》》」


 俺は、そう答えた。


「……さようで」


「病で倒れられて、それがしと道三先生とで診た。……身体は、治した」


 俺は、続けた。


「――《《それ以外は、治せなんだ》》」


 半兵衛は、しばらく黙っていた。


 そして、こう聞いた。


「――《《逃げ場は、ございますか》》」


 俺は、答えられなかった。


          ◆


「――勘十郎さま」


「……はい」


「――《《作ってさしあげてくださいませ》》」


 彼は、そう言った。


「あの方は、ご自分では作れませぬ。……作れる立場に、おられませぬ」


「……」


「ゆえに、《《外から、誰かが作るしかございませぬ》》」


 俺は、その痩せた手を握った。


「――半兵衛どの。それは、医者の仕事か」


 彼は、少し笑った。


 そして、はっきりと言った。


「――《《あなたさまの仕事にございます》》」


          ◆


 夜半を過ぎて、彼の息が変わった。


 深く、そして間隔が開いていく。吸って、止まって、また吸う。


 俺は、その手を握ったまま、動かなかった。


 与一郎が、静かに泣いていた。


 弥五郎は、覚書を胸に抱えたまま、震えていた。


 そして。


 ――《《天正七年六月十三日》》。


 竹中半兵衛重治、死去。


 享年三十六。


 俺が十五年前に告げた通りだった。


          ◆


 夜明けに、羽柴秀吉が来た。


 小男は、部屋に入るなり、《《その場に崩れた》》。


 声を上げて泣いた。


 人目も憚らず、鼻水を垂らして、子供のように泣いた。


 ――俺は、それを見て、少し救われた。


 この男は、《《出せる》》。


 だから、たぶん、壊れない。


          ◆


「――勘十郎さま」


 泣き終わった後、秀吉は言った。


「あの人は、最後に何か言うておりましたか」


 俺は、しばらく黙った。


 ――松寿丸のことは、言えない。


「――《《明智どのを案じておられた》》」


 俺は、そう答えた。


 これは、嘘ではない。


「明智さまを?」


 秀吉は、きょとんとした。


「なにゆえで。あの方とは、そう深い付き合いも」


「――《《人を診る目をお持ちの方ゆえ》》」


 俺は、そう言った。


 秀吉は、意味が分からぬという顔をしていた。


 ――それでいい、と俺は思った。


          ◆


 十月。


 三木城は、まだ落ちなかった。


 だが、城の中では、《《人が牛馬を食い、草を食い、土を食っている》》という話が、逃げてくる者の口から出はじめた。


 俺は、釜を五十、用意させた。


 そして、薄粥の作り方と、七日かけて戻す手順を、羽柴の陣中に《《唄で》》配った。


 ――喜三郎が、また節をつけた。


  ――ひとつ、《《飢えた奴には いきなり食わすな》》


  ――ふたつ、《《薄い粥から 椀に半分》》


  ――みっつ、《《七日かけて 戻すのだ》》


  ――よっつ、《《味噌汁つけろ 麦の汁も》》


  ――いつつ、《《隠れて食うな 死ぬからだ》》


          ◆


 十一月。


 ――《《有岡城が、落ちた》》。


 荒木村重は、城を捨てて逃げていた。


 そして、その落城の混乱の中から――


 《《一人の男が、担ぎ出された》》。


          ◆


 俺は、その報せを聞いた瞬間、馬を走らせた。


 ――《《黒田官兵衛》》。


 一年近く、《《土牢に入れられていた》》という。


 運び出されたとき、彼は自分では歩けなかった。


 髪はほとんど抜け、身体じゅうが腫れ物だらけで、そして――


 《《左の膝が、曲がったまま伸びなくなっていた》》。


          ◆


 俺が診たとき、彼は意識があった。


 四十三である。


 ――《《眼だけが、恐ろしく生きていた》》。


「――織田勘十郎と申しまする」


 俺は、そう名乗った。


「医者にござる。……診させていただく」


 男は、掠れた声で言った。


「……勘十郎、さま」


「はい」


「――《《せがれは》》」


          ◆


 俺は、その手を握った。


 そして、言った。


「――《《生きておられる》》」


 黒田官兵衛の顔が、《《ぐしゃりと崩れた》》。


 この男は、一年間、狭い土牢の中で、息子が首を刎ねられたと信じて生きていた。


「――誰が」


「――《《竹中半兵衛どのにござる》》」


 俺は言った。


「殿の命に背き、偽首を出し、匿われた。……五月まで、それがしがそれを知る唯一の者にござった」


「――半兵衛どのは」


 俺は、答えた。


「――《《六月十三日に、亡くなられ申した》》」


          ◆


 ――男は、声を上げなかった。


 ただ、天井を見上げて、《《ずっと、涙を流していた》》。


 俺は、その間に、身体を診た。


 全身の皮膚に、湿疹と潰瘍。日に当たっていない皮膚は、青白く薄い。


 髪と眉が抜けている。


 そして、左膝。


 ――《《固まっている》》。


 伸ばそうとしても、途中で止まる。硬い抵抗がある。


 一年間、狭い牢の中で、膝を曲げたまま座り続けた結果である。


          ◆


「――官兵衛どの」


 俺は、正直に言った。


「この膝は、《《完全には戻り申さぬ》》」


「……」


「一年、曲げたまま置かれた関節は、中で《《くっついてしまいまする》》。無理に伸ばせば、切れて、かえって悪くなる」


 俺は、続けた。


「――なれど」


「……」


「《《少しは、戻り申す》》」


 俺は、その膝に手を当てた。


「毎日、《《痛くない範囲で、少しずつ》》曲げ伸ばしをする。焦らず、毎日。……三月やって、指一本分。半年やって、指二本分」


「――《《歩けまするか》》」


「歩けまする」


 俺は、はっきりと言った。


「引きずりまする。走るのは、たぶん無理にござる。……なれど、《《歩けまする》》」


          ◆


 官兵衛は、しばらく黙っていた。


 そして、こう言った。


「――《《軍師は、走らずともよろしゅうございます》》」


 俺は、思わず笑った。


「――そのようで」


「勘十郎さま」


「はい」


「――《《一つ、教えていただきたい》》」


 彼は、俺を見た。


 その眼が、《《鋭くなった》》。


「――《《半兵衛どのは、なにゆえ、それがしを信じられたのでしょう》》」


          ◆


 俺は、答えた。


「――『嫡男を人質に置いたまま裏切る者はおらぬ』と」


「……それだけで」


「それだけにござる」


 俺は言った。


「――そして、もう一つ」


「……」


「――《《十一の子を、殺したくなかった》》と」


 黒田官兵衛は、目を閉じた。


 そして、掠れた声で言った。


「……理屈に、なっておりませぬな」


「――《《なっており申さぬ》》」


 俺は、頷いた。


「あの方も、そう仰せでした。『主命に背く理由としては、話にならぬ』と」


 俺は、続けた。


「そして、こうも」


「……」


「――《《死ぬ者にしか、できぬことがある》》と」


          ◆


 その夜、俺は姫路の宿でカルテを開いた。


 そして、二つの症例を書いた。


  ――《《症例・竹中半兵衛重治。三十六歳。》》

  ――《《 天正七年六月十三日、播磨平井山の陣中にて死去。》》

  ――《《 初診より十五年二か月。》》

  ――《《 告げたる余命――「三十六前後」。》》

  ――《《         ――《《当たった。》》》》

  ――《《 治療、なし。処方――食う、寝る、日に当たる、風を通す、寝所を分かつ。》》

  ――《《 この五つで、十五年を得たり。》》

  ――《《  ――《《時をくださるのは、治すことと同じにございます》》》》

  ――《《     (本人の言)》》


 次に、こう書いた。


  ――《《症例・黒田官兵衛孝高。四十三歳。》》

  ――《《 約一年の土牢拘禁。》》

  ――《《 全身の皮膚潰瘍、脱毛、栄養不良、著しい筋の萎縮。》》

  ――《《 ――左膝関節の拘縮。伸展制限、著明。》》

  ――《《  《《一年曲げたまま置かれた関節は、中で癒着する。》》》》

  ――《《  処方――毎日、痛みの出ぬ範囲で、少しずつ。焦るべからず。》》

  ――《《      三月にて指一本、半年にて指二本。》》

  ――《《  ――《《完全には戻らぬ。なれど、歩ける。》》》》


 そして、最後に。


 俺は、六年前から書き足し続けているあの紙を、もう一度取り出した。


  ――症例・明智十兵衛光秀。

  ――主訴、なし。所見、なし。ただし、この男は溜める。

  ――天正四年十一月。逃げ場が、一つ減った。


 俺は、その下に書いた。


  ――《《天正七年六月。》》

  ――《《 ――「作ってさしあげてくださいませ。あの方は、ご自分では作れませぬ」》》

  ――《《  (竹中半兵衛、臨終の言)》》

  ――《《 ――《《それは、医者の仕事か、と問うた。》》》》

  ――《《    「あなたさまの仕事にございます」と、答えられた。》》

  残り、三年。


今回は三つのことを書きました。


 一つ目は、飢餓の身体の変化です。


 人は飢えると痩せます。ですが、飢餓が長く続くと、逆に腹や足が膨れてくることがあります。飢餓浮腫と呼ばれます。


 血液中の水分を血管内に保つ働きをするタンパク質が、食事から作れなくなるためです。すると水が血管の外へ滲み出し、腹水となり、下肢に溜まります。飢えているのに膨れて見える——見た目に反する状態が、飢餓の重症度を示しています。


 もう一つ、飢餓は心にも現れます。無関心、無感動、感情の消失。泣かない、怒らない、子が泣いていても動かない。これは薄情になったのではなく、生存のためにエネルギー消費を切り詰めた結果です。


 二つ目は、長期の拘禁による関節拘縮です。


 関節は、動かさないでいると硬くなります。数週間で動きが制限され、数か月から一年に及べば、関節内部で組織同士が癒着し、完全な回復は望めなくなります。


 治療は、痛みの出ない範囲で毎日少しずつ動かすこと。無理に伸ばすと組織が損傷し、かえって悪化します。三か月で指一本分、半年で指二本分——気の遠くなるような速度ですが、それが確実な方法です。


 黒田官兵衛が有岡城の幽閉後、足を引きずるようになったことは、史実として伝わっています。


 三つ目は、結核の終末期です。作中の描写に、特別な解説は要らないと思います。


 次話、天正八年。信長の家臣団に、大きな変動が起こります。


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