第三十一話 死ぬ者にしかできぬこと
※飢餓と、それによる死の描写があります。
第十七話で、勘十郎は二十一歳の若者にこう告げました。
「三十六前後で、たぶん、終わる」
あれから十五年です。
天正七年、五月。
播磨、三木。
俺は、生涯で最も見たくないものを、毎日見ていた。
――《《飢えた城》》である。
◆
別所長治の籠る三木城を、羽柴筑前守秀吉の軍が囲んで、一年二か月が過ぎていた。
力攻めは、しない。
周りに《《付城》》を二十以上築き、堀を掘り、柵を並べ、そして――《《城へ入る道を、全部塞いだ》》。
兵糧を、断つ。
人の言う《《干殺し》》である。
城の中には、兵だけではない。近在から逃げ込んだ百姓が、女が、子が、老人がいる。
――《《七千とも、八千とも聞いた》》。
◆
俺は、その包囲陣の中に手当所を張っていた。
――《《やることが、なかった》》。
戦闘がないのだから、傷者が出ない。
出るのは、包囲側の兵の腹下しと、風邪と、切り傷くらいのものである。
俺は、毎日、城を見ていた。
そして、《《城から出てくる者》》を診ていた。
◆
夜になると、城から人が這い出してくる。
多くは、女子供だった。
柵を越えようとして矢に射られる者もいる。捕らえられる者もいる。
――そして、《《捕らえられた者が、俺のところへ運ばれてきた》》。
最初に運ばれてきた女を見たとき、俺は診断を誤りかけた。
――《《太っていた》》のだ。
いや、正確には、《《腹と足が、ぱんぱんに膨れていた》》。
「――勘十郎さま。この者、飢えておるはずでは」
与一郎が、怪訝な顔をした。
「腹が、こんなに」
「――《《飢えておる》》」
俺は、その腹に指を押しつけた。
――《《ぼこりと凹んで、戻らなかった》》。
◆
「与一郎。よく見ておけ」
俺は言った。
「人が飢えると、《《痩せる》》。腹が凹み、肋が浮き、頬がこける。……それが、初めのうちだ」
「……はい」
「だが、もっと飢えると――《《膨れはじめる》》」
俺は、その腹の凹みを指した。
「これは、肉ではない。《《水》》だ」
「水」
「身体の中の水を、血の管の中に留めておく仕組みがある。……その仕組みを作るものが、《《食い物からしか作れん》》」
俺は、続けた。
「長く食わねば、それが作れなくなる。すると水が血の管から染み出して、腹に溜まり、足に溜まる」
俺は、女の顔を見た。
――目が、こちらを見ていない。
「そして、もう一つ」
「……はい」
「――《《何も、感じなくなる》》」
◆
俺は、その女に、名を聞いた。
答えなかった。
子はいるか、と聞いた。
答えなかった。
――だが、俺が握り飯を見せると。
《《眼だけが、動いた》》。
「――与一郎。覚えておけ」
俺は、静かに言った。
「飢えると、《《人は、まず心が止まる》》」
「……」
「泣かなくなる。怒らなくなる。恥ずかしがらなくなる。……子が泣いておっても、母が動かん」
俺は、拳を握った。
「――《《それは、母が薄情なのではない》》」
◆
俺は、その日から、羽柴の陣中で言い続けた。
――《《城が落ちたときの、備えをしてくれ》》と。
「勘十郎さま。落ちてからで、よろしゅうござろう」
若い侍が、そう言った。
「――《《落ちてからでは、殺す》》」
俺は、六年前の小谷を思い出しながら言った。
「飢えきった者に、いきなり飯を食わせると、三日で死ぬ。……小谷で、四人死なせた」
「そんな阿呆な」
「――《《俺は、それを見た》》」
俺は、繰り返した。
「薄い粥を、少しずつ。七日かけて戻す。……それを、《《城が落ちる前から、支度しておいてくれ》》」
俺は、頭を下げた。
「――《《釜を、五十用意していただきたい》》」
◆
そして、その頃。
俺は、《《もう一人の患者》》を、毎日診ていた。
◆
竹中半兵衛は、平井山の陣所にいた。
――《《立てなくなっていた》》。
三十六である。
十五年前、稲葉山城で初めて会ったとき、彼は二十一だった。俺はあのとき、「三十六前後で終わる」と告げた。
――《《ぴたりだった》》。
医者として、これほど当たってほしくない見立ては、なかった。
「――勘十郎さま」
彼は、床の上から言った。
声は、まだ澄んでいた。
「今日も、来てくださいましたか」
「――《《毎日来る》》と言うた」
「京へお戻りにならずとも」
「――《《戻らん》》」
◆
俺は、その背中に耳を当てた。
――右。全域。左。上と、そして今は《《下も》》。
肺が、両側とも、蜂の巣のようになっている。
打診をするまでもなかった。
脈は、速くて浅い。指を離すと、脈が触れなくなるほど弱い。
俺は、その痩せた手首を握って、言った。
「――半兵衛どの」
「はい」
「――《《近い》》」
「――《《存じております》》」
◆
彼は、少し笑った。
「勘十郎さま。それがし、十五年前に伺いました。三十六前後だと」
「……」
「あれを聞いて、それがしは十五年を割り振りました」
半兵衛は、天井を見た。
「初めの五年で、書を読みました。次の五年で、筑前どのを助けて美濃と近江をやりました。……そして最後の五年で、播磨を」
彼は、目を細めた。
「――《《割り振れたのは、あなたさまのおかげにございます》》」
「――やめてくれ」
俺は、そう言った。
言ってから、自分の声が震えているのに気づいた。
「――《《俺は、余命を告げただけだ》》。何も治しておらん」
「勘十郎さま」
半兵衛は、こちらを見た。
「――《《時をくださるのは、治すことと同じにございます》》」
◆
三日後。
俺が陣所に入ると、半兵衛は、いつになく背を起こしていた。
枕元に、《《人払いがしてあった》》。
「――勘十郎さま。近う」
俺は、その傍に座った。
「――《《お願いが、ございます》》」
彼は、そう言った。
そして、その内容を聞いて、俺は――《《息が止まった》》。
◆
「――《《松寿丸どのを、匿っております》》」
俺は、しばらく声が出なかった。
「……半兵衛どの」
「黒田官兵衛どのの、ご嫡男にございます。十一におなりです」
――《《知っている》》。
黒田官兵衛孝高。播磨の姫路の主で、羽柴秀吉の軍師である。
半年前、荒木村重が謀反を起こしたとき、官兵衛は説得のために有岡城へ乗り込み――《《そのまま、帰ってこなかった》》。
信長は、官兵衛が寝返ったと判断した。
そして、人質として預かっていた息子の首を刎ねよと命じた。
「――《《殿の命に、背かれたのか》》」
「はい」
半兵衛は、こともなげに言った。
「首を刎ねたと報告いたしました。……偽首を出しまして」
「――《《見つかれば、竹中の家は潰れる》》」
「潰れましょうな」
彼は、少し笑った。
「――なれど、それがしは、《《潰れる前に死にまする》》」
◆
「なにゆえだ」
俺は、聞いた。
「――《《なにゆえ、そんなことを》》」
「二つございます」
半兵衛は、指を立てた。
「一つ。それがしは、官兵衛どのが裏切ったとは思うておりませぬ」
「……」
「あの方が寝返るなら、《《嫡男を人質に置いたまま行くはずがない》》。……あれは、説得に行って、そのまま捕らわれたのでございましょう」
俺は、頷いた。
――《《正しい》》。
「二つ目は」
半兵衛は、そこで声を落とした。
「――《《十一の子を、殺したくなかった》》」
◆
「それは、理屈にはなり申さぬ」
彼は、続けた。
「主命に背く理由としては、《《話にならぬ》》ものにございます」
「……」
「なれど勘十郎さま。それがしは、あと幾日かで死にまする」
彼は、俺を見た。
「――《《死ぬ者にしかできぬことが、この世にはございます》》」
俺は、その言葉を聞いて、しばらく動けなかった。
「――《《それがしに、何をしろと》》」
「――《《知っていていただきたい》》」
半兵衛は、そう言った。
◆
「それだけか」
「それだけにございます」
「……」
「秀吉どのには、申しておりませぬ。あの方は、知れば庇おうとなさる。庇えば、あの方まで危うくなりまする」
彼は、続けた。
「弥五郎は、子の居場所を知っております。なれど、あれは病がちで、いつまで保つか分かりませぬ」
「――だから、俺か」
「はい」
半兵衛は、頭を下げた。
「――《《それがしが死んだ後、もし官兵衛どのが生きて帰られたら》》」
「……」
「――《《伝えていただきたい》》。ご子息は、生きておられると」
◆
「――もし、帰らなかったら」
俺は、聞いた。
「そのときは」
半兵衛は、少し考えた。
「――《《どこかで、育ててやってくださいませ》》」
彼は、そう言った。
「名を変えて、家を変えて、なんでも構いませぬ。……《《医者にでも、なされば》》」
俺は、思わず笑ってしまった。
笑って、そして、目のあたりが熱くなった。
「――《《承知した》》」
俺は言った。
「――《《俺が、知っておく》》」
◆
六月に入った。
半兵衛は、もう座れなくなっていた。
喀血が、増えた。
一度に椀半分ほど出るようになり、そのたびに息が浅くなった。
俺は、上体を高くして寝かせ、部屋を静かにし、水を絶やさぬようにした。
それ以外に、できることが《《一つもなかった》》。
◆
六月十二日の夜。
俺は、彼の傍にいた。
与一郎と、弥五郎もいた。
――弥五郎は、二十七になっていた。相変わらず痩せていて、冬になると寝込む。だが生きていた。
彼は、半兵衛の枕元で、十年間書き続けた覚書の束を抱えていた。
「――勘十郎さま」
半兵衛が、掠れた声で言った。
「はい」
「――《《一つ、伺ってもよろしいか》》」
「なんでも」
「――《《明智どのは、いかがです》》」
◆
俺は、息を呑んだ。
――十五年前。
稲葉山の城で、この男は言った。
――上総介さまは、人を道具として使いこなされる。
――道具は壊れませぬ。なれど、人は壊れまする。
あれから、十五年。
「――《《去年、奥方を亡くされた》》」
俺は、そう答えた。
「……さようで」
「病で倒れられて、それがしと道三先生とで診た。……身体は、治した」
俺は、続けた。
「――《《それ以外は、治せなんだ》》」
半兵衛は、しばらく黙っていた。
そして、こう聞いた。
「――《《逃げ場は、ございますか》》」
俺は、答えられなかった。
◆
「――勘十郎さま」
「……はい」
「――《《作ってさしあげてくださいませ》》」
彼は、そう言った。
「あの方は、ご自分では作れませぬ。……作れる立場に、おられませぬ」
「……」
「ゆえに、《《外から、誰かが作るしかございませぬ》》」
俺は、その痩せた手を握った。
「――半兵衛どの。それは、医者の仕事か」
彼は、少し笑った。
そして、はっきりと言った。
「――《《あなたさまの仕事にございます》》」
◆
夜半を過ぎて、彼の息が変わった。
深く、そして間隔が開いていく。吸って、止まって、また吸う。
俺は、その手を握ったまま、動かなかった。
与一郎が、静かに泣いていた。
弥五郎は、覚書を胸に抱えたまま、震えていた。
そして。
――《《天正七年六月十三日》》。
竹中半兵衛重治、死去。
享年三十六。
俺が十五年前に告げた通りだった。
◆
夜明けに、羽柴秀吉が来た。
小男は、部屋に入るなり、《《その場に崩れた》》。
声を上げて泣いた。
人目も憚らず、鼻水を垂らして、子供のように泣いた。
――俺は、それを見て、少し救われた。
この男は、《《出せる》》。
だから、たぶん、壊れない。
◆
「――勘十郎さま」
泣き終わった後、秀吉は言った。
「あの人は、最後に何か言うておりましたか」
俺は、しばらく黙った。
――松寿丸のことは、言えない。
「――《《明智どのを案じておられた》》」
俺は、そう答えた。
これは、嘘ではない。
「明智さまを?」
秀吉は、きょとんとした。
「なにゆえで。あの方とは、そう深い付き合いも」
「――《《人を診る目をお持ちの方ゆえ》》」
俺は、そう言った。
秀吉は、意味が分からぬという顔をしていた。
――それでいい、と俺は思った。
◆
十月。
三木城は、まだ落ちなかった。
だが、城の中では、《《人が牛馬を食い、草を食い、土を食っている》》という話が、逃げてくる者の口から出はじめた。
俺は、釜を五十、用意させた。
そして、薄粥の作り方と、七日かけて戻す手順を、羽柴の陣中に《《唄で》》配った。
――喜三郎が、また節をつけた。
――ひとつ、《《飢えた奴には いきなり食わすな》》
――ふたつ、《《薄い粥から 椀に半分》》
――みっつ、《《七日かけて 戻すのだ》》
――よっつ、《《味噌汁つけろ 麦の汁も》》
――いつつ、《《隠れて食うな 死ぬからだ》》
◆
十一月。
――《《有岡城が、落ちた》》。
荒木村重は、城を捨てて逃げていた。
そして、その落城の混乱の中から――
《《一人の男が、担ぎ出された》》。
◆
俺は、その報せを聞いた瞬間、馬を走らせた。
――《《黒田官兵衛》》。
一年近く、《《土牢に入れられていた》》という。
運び出されたとき、彼は自分では歩けなかった。
髪はほとんど抜け、身体じゅうが腫れ物だらけで、そして――
《《左の膝が、曲がったまま伸びなくなっていた》》。
◆
俺が診たとき、彼は意識があった。
四十三である。
――《《眼だけが、恐ろしく生きていた》》。
「――織田勘十郎と申しまする」
俺は、そう名乗った。
「医者にござる。……診させていただく」
男は、掠れた声で言った。
「……勘十郎、さま」
「はい」
「――《《倅は》》」
◆
俺は、その手を握った。
そして、言った。
「――《《生きておられる》》」
黒田官兵衛の顔が、《《ぐしゃりと崩れた》》。
この男は、一年間、狭い土牢の中で、息子が首を刎ねられたと信じて生きていた。
「――誰が」
「――《《竹中半兵衛どのにござる》》」
俺は言った。
「殿の命に背き、偽首を出し、匿われた。……五月まで、それがしがそれを知る唯一の者にござった」
「――半兵衛どのは」
俺は、答えた。
「――《《六月十三日に、亡くなられ申した》》」
◆
――男は、声を上げなかった。
ただ、天井を見上げて、《《ずっと、涙を流していた》》。
俺は、その間に、身体を診た。
全身の皮膚に、湿疹と潰瘍。日に当たっていない皮膚は、青白く薄い。
髪と眉が抜けている。
そして、左膝。
――《《固まっている》》。
伸ばそうとしても、途中で止まる。硬い抵抗がある。
一年間、狭い牢の中で、膝を曲げたまま座り続けた結果である。
◆
「――官兵衛どの」
俺は、正直に言った。
「この膝は、《《完全には戻り申さぬ》》」
「……」
「一年、曲げたまま置かれた関節は、中で《《くっついてしまいまする》》。無理に伸ばせば、切れて、かえって悪くなる」
俺は、続けた。
「――なれど」
「……」
「《《少しは、戻り申す》》」
俺は、その膝に手を当てた。
「毎日、《《痛くない範囲で、少しずつ》》曲げ伸ばしをする。焦らず、毎日。……三月やって、指一本分。半年やって、指二本分」
「――《《歩けまするか》》」
「歩けまする」
俺は、はっきりと言った。
「引きずりまする。走るのは、たぶん無理にござる。……なれど、《《歩けまする》》」
◆
官兵衛は、しばらく黙っていた。
そして、こう言った。
「――《《軍師は、走らずともよろしゅうございます》》」
俺は、思わず笑った。
「――そのようで」
「勘十郎さま」
「はい」
「――《《一つ、教えていただきたい》》」
彼は、俺を見た。
その眼が、《《鋭くなった》》。
「――《《半兵衛どのは、なにゆえ、それがしを信じられたのでしょう》》」
◆
俺は、答えた。
「――『嫡男を人質に置いたまま裏切る者はおらぬ』と」
「……それだけで」
「それだけにござる」
俺は言った。
「――そして、もう一つ」
「……」
「――《《十一の子を、殺したくなかった》》と」
黒田官兵衛は、目を閉じた。
そして、掠れた声で言った。
「……理屈に、なっておりませぬな」
「――《《なっており申さぬ》》」
俺は、頷いた。
「あの方も、そう仰せでした。『主命に背く理由としては、話にならぬ』と」
俺は、続けた。
「そして、こうも」
「……」
「――《《死ぬ者にしか、できぬことがある》》と」
◆
その夜、俺は姫路の宿でカルテを開いた。
そして、二つの症例を書いた。
――《《症例・竹中半兵衛重治。三十六歳。》》
――《《 天正七年六月十三日、播磨平井山の陣中にて死去。》》
――《《 初診より十五年二か月。》》
――《《 告げたる余命――「三十六前後」。》》
――《《 ――《《当たった。》》》》
――《《 治療、なし。処方――食う、寝る、日に当たる、風を通す、寝所を分かつ。》》
――《《 この五つで、十五年を得たり。》》
――《《 ――《《時をくださるのは、治すことと同じにございます》》》》
――《《 (本人の言)》》
次に、こう書いた。
――《《症例・黒田官兵衛孝高。四十三歳。》》
――《《 約一年の土牢拘禁。》》
――《《 全身の皮膚潰瘍、脱毛、栄養不良、著しい筋の萎縮。》》
――《《 ――左膝関節の拘縮。伸展制限、著明。》》
――《《 《《一年曲げたまま置かれた関節は、中で癒着する。》》》》
――《《 処方――毎日、痛みの出ぬ範囲で、少しずつ。焦るべからず。》》
――《《 三月にて指一本、半年にて指二本。》》
――《《 ――《《完全には戻らぬ。なれど、歩ける。》》》》
そして、最後に。
俺は、六年前から書き足し続けているあの紙を、もう一度取り出した。
――症例・明智十兵衛光秀。
――主訴、なし。所見、なし。ただし、この男は溜める。
――天正四年十一月。逃げ場が、一つ減った。
俺は、その下に書いた。
――《《天正七年六月。》》
――《《 ――「作ってさしあげてくださいませ。あの方は、ご自分では作れませぬ」》》
――《《 (竹中半兵衛、臨終の言)》》
――《《 ――《《それは、医者の仕事か、と問うた。》》》》
――《《 「あなたさまの仕事にございます」と、答えられた。》》
残り、三年。
今回は三つのことを書きました。
一つ目は、飢餓の身体の変化です。
人は飢えると痩せます。ですが、飢餓が長く続くと、逆に腹や足が膨れてくることがあります。飢餓浮腫と呼ばれます。
血液中の水分を血管内に保つ働きをするタンパク質が、食事から作れなくなるためです。すると水が血管の外へ滲み出し、腹水となり、下肢に溜まります。飢えているのに膨れて見える——見た目に反する状態が、飢餓の重症度を示しています。
もう一つ、飢餓は心にも現れます。無関心、無感動、感情の消失。泣かない、怒らない、子が泣いていても動かない。これは薄情になったのではなく、生存のためにエネルギー消費を切り詰めた結果です。
二つ目は、長期の拘禁による関節拘縮です。
関節は、動かさないでいると硬くなります。数週間で動きが制限され、数か月から一年に及べば、関節内部で組織同士が癒着し、完全な回復は望めなくなります。
治療は、痛みの出ない範囲で毎日少しずつ動かすこと。無理に伸ばすと組織が損傷し、かえって悪化します。三か月で指一本分、半年で指二本分——気の遠くなるような速度ですが、それが確実な方法です。
黒田官兵衛が有岡城の幽閉後、足を引きずるようになったことは、史実として伝わっています。
三つ目は、結核の終末期です。作中の描写に、特別な解説は要らないと思います。
次話、天正八年。信長の家臣団に、大きな変動が起こります。
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