第二十七話 一番静かな五つ
※落城、肉親の死、子どもの心的外傷を扱います。
天正元年九月、小谷城。
城から、女たちが出されました。
天正元年。
その年、いくつもの物が終わった。
七月、将軍足利義昭が京を追われた。二百四十年続いた室町の幕府が、静かに消えた。
八月、越前一乗谷が焼けた。朝倉義景は自害した。
――《《一乗谷は、三日燃えた》》と聞いた。
俺は、その報せを岐阜で聞いた。
二年前の九月に、俺は比叡山の焼け跡を歩いた。あの甘い匂いを、まだ覚えている。
今度は、行かなかった。
行けなかった、というほうが正しい。
◆
九月、小谷。
浅井備前守長政の籠る城を、織田軍が完全に包囲していた。
城は、上下二つに分かれている。上に父の久政、下に長政。その間を、木下藤吉郎が夜襲で断ち切った。
もう、終わりだった。
――そして、九月一日。
城から、《《女たちが出された》》。
◆
「――勘十郎さま!」
与一郎が、手当所へ駆け込んできた。
「お市さまが。……姫さま方と一緒に、城を出られました」
俺は、立ち上がった。
――《《市》》。
――《《俺の、妹である》》。
六年前、浅井との同盟のために嫁いだ。そして三年前、その浅井が兄を裏切った。
――《《金ヶ崎》》。
俺が四十七人を置いてきた、あの戦の原因を作った家に、彼女はいた。
「――《《娘御は》》」
「三人にございます」
与一郎が言った。
「上が五つ、下が四つ、それと――」
「それと」
「――《《生まれたばかりの赤子が、一人》》」
◆
俺は、陣所の一角に急ごしらえの部屋を作らせた。
周りを筵で囲い、火鉢を入れ、湯を沸かした。
――そして、彼女たちが来た。
お市の方は、二十七ほどだった。
髪は乱れ、小袖は汚れ、そして――《《背筋が、まっすぐだった》》。
俺は、それを見て少し息を呑んだ。
夫が今まさに死のうとしている城から出てきた女が、背筋を伸ばして歩いていた。
その後ろに、三人。
上の子――《《茶々《ちゃちゃ》》》という。五つ。
次が《《初》》。四つ。
そして乳母に抱かれた、《《江》》。生まれて数月。
◆
俺は、その場に膝をついた。
そして、名乗ろうとして――《《やめた》》。
――《《名乗る相手ではない》》。
「――《《兄上さま》》」
彼女のほうが、先に言った。
◆
――《《六年ぶりである》》。
永禄十年、この人が浅井へ嫁ぐ日に、俺は門のところまで見送った。あのとき二十一。
それより前は、同じ家にいた。
俺がこの身体に入ったとき、この人は九つだった。母が倒れたとき、十三だった。
――《《四月、鈴を膝に置いて夜通し起きていた娘である》》。
あのとき俺は、その脈を取らなかった。
◆
「――《《市どの》》」
俺は、そう呼んだ。
――《《その名を呼んだのは、《《あの四月以来である》》》》。
「――《《身体を、診させていただく》》」
お市の方は、俺を見た。
そして、静かに言った。
「――《《娘たちから》》」
「承知いたしました」
「わたくしは、後で結構にございます」
「――《《いえ》》」
俺は、頭を下げたまま言った。
「――《《母御が倒れたら、娘御は終わりにござる》》」
彼女の眉が、動いた。
◆
「――《《それは、そなたが一番よう知っておろう》》」
俺は、そう言った。
――《《十四年前の話である》》。
母が倒れ、この娘が鈴を膝に置いて夜通し起きていた、あの四月のことだ。
――《《そして、俺は、そのとき、そなたを診なんだ》》。
――《《それを、俺は今日まで言わずにいる》》。
◆
「順序は、娘御からで結構にござる。なれど、《《必ず、御自身も診させていただく》》。……それだけは、お約束いただきたい」
しばらくして、彼女は小さく頷いた。
◆
まず、赤子から診た。
江。生まれて数月。
――軽い。
抱いた瞬間に分かった。この月齢にしては、明らかに軽い。
乳母の乳の出が、悪くなっていたのだという。籠城中、まともに食えなかったからだ。
俺は、口の中を見た。舌が乾いている。泣いても涙が少ない。
「――脱水にござる。だが、重篤ではござらぬ」
俺は、乳母を見た。
「そなたも診る。……乳が出ぬのは、そなたが食えておらぬからだ。そなたに食わせるのが、この子への一番の薬にござる」
次に、四つの初。
この子は、泣いた。俺を見て、火鉢を見て、知らない顔を見て、大声で泣いた。
――《《よろしい》》。
俺は、内心でそう思った。
脈を取り、腹を触り、痩せ具合を見た。栄養は足りていないが、身体は動く。
この子は、大丈夫だ。
◆
そして、茶々。
――《《俺の、姪である》》。
――《《妹が産んだ子を、俺は、この日、初めて見た》》。
五つの姉は、部屋の隅に座っていた。
――《《泣いていなかった》》。
背筋を伸ばし、膝に手を置き、まっすぐ前を見ている。
母親そっくりの座り方だった。
「――茶々さま」
俺は、名を呼んだ。
返事はなかった。
「診ても、よろしゅうござるか」
返事はない。
だが、抵抗もしなかった。俺が手を取ると、されるがままに任せた。
脈。速い。だが力はある。
瞳。――《《俺を、見ていない》》。
俺の顔のあたりを見ているのだが、《《焦点が、俺に合っていない》》。
俺は、指を一本立てて、ゆっくり左右に動かしてみた。
――目が、追わない。
◆
「――与一郎」
俺は、静かに言った。
「はい」
「この姫は、どこか悪いと思うか」
「いえ……脈も、熱も、傷も」
「――そうだな。身体は、悪くない」
俺は、茶々の小さな手を離した。
「だが、《《一番悪い》》」
与一郎が、はっとした。
「――《《一番静かな者》》」
「そうだ」
俺は言った。
「二年前に、山で教えたな。……泣き喚いておる者は、たいてい助かる。黙って動かぬ者に、先に行け、と」
「はい」
「――《《これは、火傷ではない》》」
俺は、五つの少女の顔を見た。
「だが、《《理屈は同じ》》だ」
◆
俺は、お市の方に向き直った。
「お市さま。この姫は、この数日、何をご覧になりましたか」
彼女は、答えなかった。
「――言いにくければ、結構にござる」
「……いえ」
彼女は、静かに口を開いた。
「城が、焼けるのを見ました」
「……」
「祖父が――久政どのが、腹を切られるのを、廊下で」
俺は、目を閉じた。
「そして父が、《《この子を抱いて、離さなかった》》」
お市の方の声が、初めて揺れた。
「離してくださいませと申しても、離さぬのです。半刻ほど。……そして、いきなり、《《ぱっと離して》》、行けと」
◆
「――お市さま」
俺は、言った。
「この姫は、病んではおられませぬ」
「……なれど、口をききませぬ」
「はい。しばらく、きかぬかもしれませぬ。夜、うなされるかもしれませぬ。……あるいは、《《赤子のように戻る》》やもしれませぬ」
「戻る、と」
「小便を漏らす。指をしゃぶる。一人で寝られなくなる。……四つの妹より、幼くなることがござる」
俺は、続けた。
「それは、《《壊れたのではござらぬ》》」
「……」
「五つの子が、あれだけのものを見て、《《正気を保つための、身体の仕組み》》にござる」
◆
「――治りまするか」
お市の方が、聞いた。
「時がかかりまする」
俺は、正直に言った。
「なれど、《《治す手立てはござる》》。しかも、薬は要り申さぬ」
「なにを、すればよろしいのでしょう」
俺は、指を四本立てた。
「一つ。《《同じ場所で、同じ刻に、同じことをさせる》》」
「……同じこと」
「朝、同じ刻に起こす。同じものを食わせる。同じ人が世話をする。同じ場所で寝かせる。……《《明日が読める》》ということが、この姫にとって一番の薬にござる」
俺は続けた。
「二つ。《《同じ人を、傍に置く》》。人を替えぬこと。乳母でも、侍女でも、誰でもよい。……ただし、《《毎日、同じ顔》》であること」
「三つ。――《《遊ばせること》》」
お市の方が、顔を上げた。
「遊ぶ、でございますか」
「はい。人形でも、石でも、砂でもよい。……子は、《《遊びの中で、見たものを繰り返す》》」
俺は言った。
「怖い遊びをするやもしれませぬ。人形を焼く真似をしたり、殺す真似をしたり。……そのとき、止めてはなりませぬ」
「――なにゆえ」
「《《それが、外へ出しておるところ》》ゆえにござる」
俺は、静かに言った。
「出せぬものを抱えた者は、内側から壊れまする。……この姫は、口では言えませぬ。ゆえに、《《遊びで出す》》。それを取り上げれば、行き場がなくなり申す」
◆
「――そして、四つ目」
俺は、そこで少し間を置いた。
「これが、一番大事にござる」
「……はい」
「――《《お市さまが、平気な顔をなさること》》」
彼女の顔が、こわばった。
「子は、大人の顔を見て、《《世の中が安全かどうかを決めまする》》」
俺は言った。
「大人が震えておれば、子は『まだ危ない』と思いまする。大人が普通に飯を食い、普通に笑うておれば、子は『もう終わった』と思いまする」
「……」
「――ゆえに、お市さまには、《《演じていただかねばなり申さぬ》》」
◆
お市の方は、しばらく黙っていた。
そして、こう言った。
「――勘十郎さま」
「はい」
「わたくしは、《《夫を、置いてきました》》」
俺は、黙っていた。
「一緒に死のうと申しました。長政さまは、笑われました。……そして、娘たちを連れて行けと」
彼女の膝の上で、拳が白くなっていた。
「わたくしは、これから、《《夫を殺す兄のもとへ帰る》》のでございます」
俺は、頭を下げた。
「――申し訳ござらぬ」
「なにゆえ、あなたさまが」
「……」
「――そして、《《平気な顔をせよ》》と、あなたさまは仰せになる」
俺は、顔を上げた。
そして、はっきりと言った。
「――《《残酷なことを申しております》》」
◆
「お市さま。それがしが申し上げているのは、《《平気になれ》》ということではござらぬ」
俺は言った。
「《《娘御の前でだけ、平気な顔をせよ》》と申しております」
「……」
「そして――《《娘御のおらぬところでは、崩れていただきたい》》」
彼女の眼が、揺れた。
「泣いていただきたい。喚いていただきたい。恨んでいただきたい。……それがしでも、侍女でも、誰でも構い申さぬ。《《一人、そういう相手を持っていただきたい》》」
俺は、続けた。
「膿は、出せる場所があるうちは、溜まり申さぬ。……なれど、逃げ場がのうなったとき」
俺は、拳を握った。
「――《《どこか、思わぬところで破れまする》》」
◆
お市の方は、そこで初めて――
《《顔を、両手で覆った》》。
声は、出さなかった。
肩だけが、揺れていた。
俺は、その前に座ったまま、何も言わなかった。
与一郎が、そっと襖を閉めた。
――そして、部屋の隅で。
五つの茶々が、《《じっと母を見ていた》》。
その眼が、初めて、《《何かを追った》》。
◆
城が落ちた後、俺には、もう一つ仕事があった。
――《《籠城明けの兵と民》》である。
城から出てきた者、周辺の村から逃げ込んで解放された者。合わせて数百人。
みな、痩せていた。
三月近く、まともに食っていない。腹が凹み、肋が浮き、目が落ち窪んでいる。
そして――織田の兵たちは、《《親切だった》》。
「食え! いくらでも食え!」
「握り飯だ、持っていけ!」
「――《《待て》》!」
俺は、飛び込んで、その手を止めた。
◆
「勘十郎さま! なにゆえ止められる!」
若い兵が、俺に食ってかかった。
「この者ら、三月食うておらんのですぞ! 食わせて何が悪い!」
「――《《死ぬ》》」
俺は、はっきりと言った。
「な」
「長く飢えた者に、いきなり腹一杯食わせると――《《三日のうちに、ころりと死ぬ》》」
周りの兵たちが、ざわめいた。
「そんな阿呆な」
「――俺は、それを見てきた」
俺は言った。
――前世で、である。
長期の飢餓状態にあった患者に、急に十分な栄養を与えると、身体の中の釣り合いが一気に崩れる。
飢えているあいだ、身体は「少ない食い物で生き延びる形」に作り変わっている。そこへ、いきなり大量の食い物が入る。
すると、身体の中のあるものが、血の中から一斉に細胞の中へ吸い込まれ、《《血の中が、空になる》》。
結果、心の臓が乱れ、息が浅くなり、力が入らなくなり、そして――止まる。
助けたつもりが、殺す。
俺の時代でも、これで人が死んでいた。
◆
「よいか、全軍に触れよ」
俺は、大声で言った。
「――《《飢えた者に、腹一杯食わせるな》》!」
「では、どういたせば」
「《《薄い粥を、少しずつ》》だ」
俺は、指を折った。
「一日目は、重湯に近い薄い粥を、椀に半分。それを日に四度。……それだけだ」
「そんなもので」
「二日目に、少し濃くする。三日目に、また少し。……《《七日かけて、普通の飯に戻す》》」
俺は、続けた。
「それと、《《味噌汁を必ずつけろ》》。具は要らん、汁だけでいい。それと、麦の煎じ汁か、糠の汁を飲ませろ」
――塩と、そして脚気を防ぐもの。
飢えた身体には、その両方が枯れている。
「腹が減っておると訴えても、《《やるな》》。恨まれても、やるな。……七日耐えれば、後は好きに食える」
◆
この触れは、渋々ながら守られた。
俺の言うことは、この頃には、織田の陣中で疑われなくなっていた。
――そして、七日目。
俺は、数を数えた。
小谷から出てきた者、四百三十一人。
そのうち、この七日で死んだ者――《《六人》》。
うち四人は、隠れて握り飯を食っていた者だった。
俺は、その数字を紙に書いて、しばらく見つめた。
――《《四人は、俺が触れを徹底できなかったから死んだ》》。
◆
九月一日、浅井長政、自害。
享年二十九。
その報せを、俺はお市の方には自分で告げた。
彼女は、聞き終えると、深く頭を下げて、こう言った。
「――《《お伝え、ありがとうございました》》」
そして、部屋を出ていった。
娘たちのいる部屋へ。
――《《背筋を、伸ばして》》。
◆
年が明けた。
天正二年、正月。
岐阜城で、盛大な宴が開かれた。
俺は、末席にいた。
――そして、《《それ》》が運ばれてきた。
三つの、黒い塗り物。
台に乗せられ、金箔で飾られている。
最初、俺は何かの器かと思った。
だが、形を見て――《《背筋が凍った》》。
――《《頭蓋骨》》である。
朝倉義景。浅井久政。浅井長政。
三人の首を、漆で塗り固め、金箔を置き、《《飾り物》》にしたものだった。
◆
広間に、どよめきが起きた。
笑う者がいた。手を叩く者がいた。
「めでたい」と言う者がいた。
俺は、動けなかった。
――《《この中の一つは》》。
この中の一つは、四月前に、五つの娘を半刻抱きしめて離さなかった男の頭だ。
その娘は、今、この城の奥にいる。
俺は、上座を見た。
兄は――
《《笑っていなかった》》。
だが、《《眉一つ、動かしていなかった》》。
いつも通りの顔で、盃を傾け、家臣の話に頷いていた。
――《《平気だった》》。
◆
俺は、宴の途中で座を立った。
廊下に出て、庭に降りて、暗いところまで歩いて、そして、しゃがみ込んだ。
吐きはしなかった。
ただ、しばらく動けなかった。
「――勘十郎さま」
与一郎が、追ってきていた。
「……ああ」
「お戻りになりませぬか」
「――《《戻る》》」
俺は、立ち上がった。
「戻るとも。……あそこは、俺の兄の宴だ」
俺は、袴の埃を払った。
「与一郎」
「はい」
「――二年前、俺は兄上に『平気になるな』と言われた」
「……はい」
「兄上は、こうも言われた。『俺は、平気になる』と」
俺は、暗い庭を見た。
「――《《なられた》》」
◆
「勘十郎さま」
与一郎が、静かに言った。
「……それは、悪いことでございますか」
俺は、しばらく考えた。
「――分からん」
俺は、正直に答えた。
「平気にならねば、あの人はここまで来られなかった。平気にならねば、決められぬことが山ほどある。……俺だって、筵を三つに分けるときは、平気な顔をしておる」
「……」
「だが、与一郎」
俺は、言った。
「――《《俺は、あそこで笑えなかった》》」
「……はい」
「それだけは、まだ残っておる」
俺は、宴の明かりのほうへ歩き出した。
「――それだけは、まだ残っておる」
◆
その夜遅く、俺は自室で筆を執った。
――そして、書きあぐねた。
カルテには、いつも通り書けばいい。
だが今夜、書かねばならないことが、もう一つあった。
俺は、知っている。
あの部屋の隅で、母を見つめていた五つの娘。
――《《茶々》》。
あの子は、生き延びる。長く生き延びる。
そして四十年ほど後、大坂の城で、《《もう一度、城が焼けるのを見る》》。
今度は、《《外へ出されない》》。
――俺は、それを知っている。
俺は、筆を持ったまま、長いこと動かなかった。
そして。
結局、こう書いた。
――《《症例・茶々。五歳。》》
――《《 身体に異常なし。脈良好。外傷なし。》》
――《《 言葉なし。追視なし。》》
――《《 ――処方に薬を要せず。》》
――《《 一、明日が読めるようにしてやること。》》
――《《 二、同じ人が世話をすること。》》
――《《 三、遊ばせること。何を演じても止めぬこと。》》
――《《 四、母が、この子の前でだけ平気な顔をすること。》》
――《《 (そして、見えぬところで崩れること)》》
そして、最後の一行を、俺はこう書いた。
――《《この子が、二度目の城を見ずに済む世を、俺は作りたい。》》
筆を置いた。
――《《残り、八年》》。
今回は二つのことを書きました。
一つ目は、飢えた人に食べさせるときの危険についてです。
長く飢餓状態にあった人に、急に十分な食事を与えると、命に関わることがあります。再栄養症候群と呼ばれます。
飢えている間、体は少ないエネルギーで生き延びる状態に切り替わっています。そこへ急に糖質が入ると、血液中のリンやカリウム、マグネシウムが一斉に細胞内へ取り込まれ、血中濃度が急落します。結果として心不全、不整脈、呼吸筋の脱力、意識障害が起こり、亡くなることがあります。ビタミンB1の欠乏も重なります。
助けようとした行為が人を殺す——第二次大戦後の解放時にも、飢餓状態の人々に食糧を与えた結果、多くの犠牲が出たことが知られています。
対処は、少量から始めて数日から一週間かけて増やすこと。そしてビタミンB1を先に補うこと。作中で麦や糠の煎じ汁を飲ませているのは、これに当たります。
二つ目は、子どもの急性ストレス反応です。
強い恐怖を体験した幼い子どもは、必ずしも泣き叫びません。むしろ、黙り込み、表情を失い、視線が動かなくなることがあります。年齢が下がるほど、言葉ではなく行動に現れます。おねしょが戻る、指しゃぶりが始まる、一人で眠れなくなる——これらは退行と呼ばれ、壊れたのではなく、耐えるための反応です。
回復に必要なのは薬ではありません。予測可能な日常、変わらない養育者、そして遊びです。
子どもは遊びの中で体験を再現します。怖い場面を人形で繰り返すことがあり、大人はぎょっとしますが、それは処理の過程であって、止めるべきものではありません。
そして最も重要なのが、周囲の大人の状態です。子どもは大人の表情を見て、世界がまだ危険かどうかを判断します。だから大人は、子どもの前では落ち着いていなければならない——そして、見えないところで崩れる相手を持たなければなりません。
次話、天正二年。時代は長篠へ向かいます。
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