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転生軍医、織田信勝 ―本能寺を消す処方箋―  作者: 東雲 諒杏
第五章 元亀の膿瘍(第23〜27話)

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第二十三話 なきことこそ危うし

第五章「元亀の膿瘍」開幕です。


 ※負傷者を置き去りにする描写があります。


 元亀元年四月、金ヶ崎。

 そして今回、あの男が初めて姿を見せます。

 元亀元年、四月。


 織田軍は、越前にいた。


 朝倉義景を討つ、という名目である。


 実際のところは、上洛の命に応じぬ朝倉を叩いて、天下布武の印が飾りでないことを示す戦だった。


 順調だった。


 二十日に敦賀へ入り、二十五日に手筒山てづつやま城を落とし、翌日には金ヶかねがさき城がくだった。


 手当所も、うまく回っていた。


 運び込まれた者、百八十七人。死んだ者、九人。


 俺は、その数字を書き付けながら、少しだけ気を緩めていたのだと思う。


 ――《《北へ進めば、朝倉の本拠・一乗谷》》。


 このまま行けば、越前は落ちる。


          ◆


 四月二十八日、昼。


 俺は、金ヶ崎城下に据えた手当所で、腕の骨を継いでいた。


 そこへ、伝令が飛び込んできた。


 ――顔が、真っ白だった。


「勘十郎さま。……お、お知らせが」


「言え。手は止めん」


「――《《浅井備前守あざいびぜんのかみさまが、御謀反》》」


 俺の手が、止まった。


          ◆


 浅井長政。


 北近江の主で、兄の妹・いちの方の夫である。


 同盟者だ。


 その男が、《《背後を塞いだ》》。


 ――挟撃。


 前方には朝倉。背後には浅井。そして俺たちは、敵地の奥深くにいる。


 撤退路は、《《一本しかない》》。


「……全軍、退くのだな」


「はい。すでに殿は」


「兄上は」


「――《《すでに、お発ちになりました》》」


 俺は、目を閉じた。


 ――それでいい。


 総大将は、真っ先に逃げるべきだ。そこに恥はない。ここで信長が死ねば、織田は消える。


「与一郎! 喜三郎! 手当組を全員集めろ!」


          ◆


 手当所には、負傷者が《《百四十六人》》いた。


 俺は、その筵の列を、端から端まで歩いた。


 ――そして、《《数えた》》。


 自分の足で歩ける者。五十八人。


 肩を貸せば歩ける者。四十一人。


 ――《《動かせぬ者》》。


 四十七人。


 俺は、その数字を頭の中で転がした。


 担架一つに、担ぎ手が四人要る。交代を含めればもっと要る。四十七人を運ぶには、《《二百人近い人手》》がいる。


 俺の手当組は、この陣に百二十人しかいない。


 しかも、これから山越えだ。険しい山道を、雨の中、追撃を受けながら。


 平地の道ですら、担架は歩兵の三倍の時間を食う。


 ――《《全員は、運べない》》。


 運ぼうとすれば、隊列が伸びて、遅れて、そして《《全員が浅井に追いつかれる》》。


          ◆


「勘十郎さま」


 与一郎が、俺の顔を見て言った。


 この弟子は、もう二十三である。俺の顔色だけで、何を考えているか分かるようになっていた。


「――《《四十七人を、どうなさいます》》」


 俺は、答えられなかった。


 十二年前、浮野で俺は筵を三つに分けた。


 あのとき、三つ目の筵に置いたのは、《《何をしても助からぬ者》》だった。


 だが、今、目の前にいる四十七人は――


 《《治れば、生きる者たちだ》》。


 腿を裂かれた男。足の骨を折った男。腹を刺されて、それでも三日持ちこたえている男。


 運びさえすれば、俺は治せる。


 ――運べないだけだ。


          ◆


「――織田勘十郎さまで、ござろうか」


 背後から、静かな声がした。


 振り返ると、鎧姿の男が立っていた。


 四十過ぎ。中背。痩せている。


 顔立ちは端正で、髭をきちんと整えている。鎧は泥だらけだが、《《着付けが乱れていない》》。


 この混乱の中で、それが妙に目についた。


「――いかにも」


明智十兵衛光秀あけちじゅうべえみつひでと申しまする」


 男は、丁寧に一礼した。


 ――俺の全身が、ぴりりとした。


 明智光秀。


 美濃の出。もとは朝倉に仕え、次に足利義昭に仕え、そして今は義昭と信長の双方に仕えている、いわば両属の身である。


 そして、十二年後――


 俺は、その顔をまじまじと見た。


 どこにでもいそうな、実直な中年の武士だった。


殿しんがりを仰せつかりました」


 光秀は、静かに言った。


「木下藤吉郎どの、池田勝正どのと、それがしの三隊にて。……全軍が退くまで、ここを支えまする」


「――そうか」


「つきましては、《《手当所のことを伺いたく》》」


          ◆


 俺は、正直に数字を告げた。


 百四十六人。歩ける者五十八。支えれば歩ける者四十一。


 そして――動かせぬ者、四十七。


 光秀は、黙って聞いていた。


 聞き終えると、彼はこう言った。


「――《《四十七人を、置いていく》》と」


「……そうなる」


 俺は、そう言うのが精一杯だった。


「運べば、隊列が遅れる。遅れれば、追いつかれる。追いつかれれば、《《全員が死ぬ》》」


「――さようでござろうな」


 光秀は、あっさりと頷いた。


 俺は、この男に少し腹が立った。


 あまりにも、あっさりしすぎている。


「明智どの。四十七人にござるぞ」


「存じております」


「そのうち三十人ほどは、《《運びさえすれば助かる》》。腿を裂かれた者、骨を折った者。傷そのものは、大したことがない」


「――存じております」


 光秀は、俺を見た。


 その眼は、驚くほど静かだった。


「勘十郎さま。……それを承知のうえで、なお運べぬ。それが戦にございます」


          ◆


 俺は、拳を握った。


「――ならば、俺が残る」


「なんと」


「四十七人と一緒に残る。この場で治療を続ける。……浅井が来たら、《《降る》》」


「勘十郎さま」


「浅井備前守は、道理の分かる男と聞く。負傷者と医者を斬るような真似はすまい。それに、俺は織田の一門だ。人質としての値打ちがある。四十七人の命と引き換えなら、悪い取引ではあるまい」


 与一郎が、青ざめて俺の袖を掴んだ。


「勘十郎さま! それは!」


「――《《なりませぬ》》」


 光秀が、はっきりと言った。


「明智どの」


「あなたさまが浅井の手に落ちれば、上総介さまはどうなさると思われますか」


 俺は、口をつぐんだ。


「――《《取り返しに来られます》》」


 光秀は、静かに言った。


「あの方は、来られます。この状況で、軍を返して。……そして、《《その一事で織田は滅びまする》》」


          ◆


 俺は、その場に立ち尽くした。


 ――言い返せなかった。


 この男の言う通りだ。


 兄は来る。俺のために来る。「貴様、俺より先に死ぬな」と言った男だ。


 俺が敵に落ちたと知れば、あの人は理屈を捨てる。


 そして――織田家が終わる。


「……では、どうしろと」


 俺は、掠れた声で言った。


「四十七人を、ここに転がして、《《黙って行けと》》」


「――いえ」


 光秀は、そこで初めて、少し声を変えた。


「一つ、手がございます」


          ◆


「この城下から半里ほど北に、《《寺がございます》》」


 光秀は、地面に絵図を描きはじめた。


 驚くほど正確な絵図だった。この男は、来て三日の土地の地形を、完全に頭に入れている。


「小さな寺ですが、堂が二つあり、井戸がございます。……それがし、昨日そこの住持と話をいたしました」


「昨日?」


「はい」


「――《《なぜ》》」


 光秀は、当たり前のように言った。


「万一のときに、負傷者を預けられる場所を探しておりました」


 俺は、言葉を失った。


 ――この男は、勝っている最中に、《《負けたときの手配をしていた》》のだ。


          ◆


「寺に預けまする」


 光秀は、続けた。


「銭を置き、米を置き、薬を置く。そして――《《書状を残しまする》》」


「書状」


「浅井備前守どの宛にございます。『ここにおるは戦えぬ者ばかりである。武具は全て取り上げてある。首を取っても手柄にはならぬ。療養が済み次第、身柄はそちらの好きになされよ』と」


 俺は、その意味を理解するのに、少し時間がかかった。


「――《《捕虜として、扱わせる》》のか」


「はい」


「浅井が、その通りにするとは限らんぞ」


「限りませぬ」


 光秀は、認めた。


「なれど、《《何もせずに置いていくより、生き残る者は増えまする》》」


 彼は、俺を見た。


「勘十郎さま。……それがしは、これで四十七人を助けられるとは申しませぬ。おそらく、半分は死にましょう。あるいは、それ以上」


「……」


「なれど、《《半分は生きるやもしれませぬ》》。それがしにできるのは、そこまででございます」


          ◆


 俺は、その提案に乗った。


 乗るしかなかった。


 ――そして、そこからの半刻が、俺の人生で最も長い半刻だった。


 俺は、四十七人の一人ひとりに、自分で告げた。


 他人にやらせるわけには、いかなかった。


「――お前を、置いていく」


 そう言った。


 誤魔化さなかった。「後で迎えに来る」とも言わなかった。嘘は、この場面でこそ一番いけない。


「寺に運ぶ。銭と米と薬を置く。浅井宛の書状も置く。……お前たちは、《《武具を持たぬ怪我人》》として扱われる。たぶん、多くは殺されん」


 罵倒された。


 二人に、殴られた。


 一人は、俺の袖を掴んで泣き、一人は「見捨てるのか」と叫び、そして一人は――


 こう言った。


「……勘十郎さま。おれは、《《手当組の唄》》を覚えております」


 腿を裂かれた、若い足軽だった。


「寺で、動けぬ者に唄を教えます。……そうすれば、少しは死ぬ者が減りましょう」


 俺は、その男の手を握った。


 握って、《《何も言えなかった》》。


          ◆


 寺への移送は、光秀の隊がやった。


 殿を務める部隊が、である。


 自分たちの命を削って稼いだ時間を、彼らは負傷者を運ぶことに使った。


 俺は、最後の一人を送り出した後、手当所の跡地に一人で立っていた。


 筵が四十七枚、空のまま雨に濡れていた。


 ――そして。


 俺は、《《それ》》を見た。


          ◆


 寺の門の外。


 誰もいない木立の陰に、明智光秀が立っていた。


 彼は、書状を書き終えたばかりの筆を持っていた。


 ――その手が。


 《《震えていた》》。


 尋常な震え方ではない。筆先が、はっきりと上下していた。


 彼は、それを見つめていた。


 そして、左手で右手首を掴み、《《ぐっと握りしめて、止めた》》。


 息を、一つ吐いた。


 それから、筆を仕舞い、鎧の埃を払い、襟を直した。


 顔を上げたとき――


 《《その顔には、何の表情もなかった》》。


          ◆


「――明智どの」


 俺は、思わず声をかけていた。


 光秀は、ゆっくりと振り返った。


 そして、いつもの丁寧な一礼をした。


「勘十郎さま。お発ちくださいませ。もう時がございませぬ」


「……ああ」


 俺は、その顔を見た。


 ――さっきの震えが、嘘のようだった。


「明智どの」


「はい」


「――《《お身体は、悪くないか》》」


 光秀は、きょとんとした。


「は?」


「今、手が震えておられた」


 彼の表情が、一瞬だけ、《《止まった》》。


 ほんの一瞬である。まばたき一つ分。


 そして、次の瞬間には、穏やかな笑みになっていた。


「――お恥ずかしい。冷えたようでございます」


「そうか」


「四月とはいえ、越前は冷えまする。……それがし、寒さに弱うございましてな」


 ――《《嘘だ》》。


 俺は、そう思った。


 だが、それを言う言葉を、俺は持たなかった。


          ◆


 朽木くつき越えは、地獄だった。


 道はない。獣道である。雨が降り出し、山肌は泥になり、隊列は千切れた。


 夜になって、冷えた。


 ――《《来る》》。


 俺は、それを知っていた。桶狭間で学んだ。


「与一郎! 喜三郎! 全員に触れて回れ! 脇の下と腹だ!」


「――《《この雨は、敵だ》》!」


 俺は、十年前と同じことを叫んだ。


 濡れた小袖を剥がせ。乾いた布で包め。火を焚け。焚けぬなら人で温めろ。


 喜三郎が、木の足で山道を這いずり回りながら、若い連中を怒鳴りつけていた。


「聞け餓鬼ども! 《《濡れた布は、温めねえ》》! 脱がせろ! 抱け! 身分の話は生きてる奴がしろ!」


 ――十年前、桶狭間の泥の中で、権蔵が言った台詞そのままだった。


 あの男は、去年、病で死んだ。


 だが、《《言葉は残っていた》》。


          ◆


 京に辿り着いたのは、四月三十日である。


 兄は、無事だった。


 わずか十騎ほどで、朽木元綱の領内を駆け抜けてきたという。


 俺が到着したと聞くと、信長は、政務を放り出して奥から出てきた。


 そして、俺の顔を見るなり、こう言った。


「――遅い」


「……申し訳ござらぬ」


「何人残した」


 俺は、答えた。


「四十七人」


「そうか」


 兄は、それだけ言った。


 責めなかった。慰めもしなかった。


 しばらくして、こう聞いた。


「――《《置いてくるとき、何と言うた》》」


「『お前を、置いていく』と」


「嘘は」


「つき申さなんだ」


 信長は、しばらく黙っていた。


 そして、俺の肩を、一度だけ叩いた。


 ――それだけだった。


          ◆


 その夜。


 俺は、京の宿で『手当書』を開いた。


 そして、新しい項を書いた。


 これまでで、《《一番書きたくない項》》だった。


  ――《《一、退き戦のこと。》》

  ――《《 全ての傷者を運ぶことは、できぬ。》》

  ――《《 運べば隊が遅れ、遅れれば全員が死ぬ。これは事実である。》》

  ――《《 ゆえに、あらかじめ決めておくべし。》》

  ――《《  一、歩ける者は歩かせよ。杖を配れ。》》

  ――《《  二、支えれば歩ける者には、人を付けよ。担架より速い。》》

  ――《《  三、動かせぬ者は――寺か、村か、堂に預けよ。》》

  ――《《    銭と米と薬を置き、《《敵将宛の書状を添えよ》》。》》

  ――《《    「武具は取り上げた。首を取っても手柄にならぬ」と記すべし。》》

  ――《《 (この策、明智十兵衛光秀どのの案である)》》

  ――《《  ※勝ち戦の最中に、負けたときの預け先を探しておくべし。》》

  ――《《    ――前日に探しておられた。》》

  

  ――《《一、置いていくときは、本人に、己の口で告げよ。》》

  ――《《 「後で迎えに来る」と言うべからず。》》

  ――《《 殴られる。それでよい。》》


          ◆


 筆を置いて、俺はしばらく灯明を見ていた。


 ――そして、もう一枚、紙を取り出した。


 カルテである。


 俺は、そこにこう書いた。


  元亀元年 四月 金ヶ崎

  症例・明智十兵衛光秀。四十過ぎ。


 そこで、筆が止まった。


 ――何を書けばいい。


 俺は、あの男の何を見た。


 脈は取っていない。舌も見ていない。腹にも触れていない。


 診察らしいことは、何一つしていない。


 だが。


 俺は、あの木立の陰を思い出した。


 震える右手。それを左手で握りつぶすようにして止めた指。


 息を一つ。襟を直す。そして――《《何の表情もない顔》》。


 あの男は、四十七人を置いていく手配を、完璧にやってのけた。


 寺を探し、住持と話をつけ、書状を用意し、自分の隊に運ばせた。


 誰よりも合理的に、誰よりも人道的に。


 ――そして、《《一度も、感情を出さなかった》》。


 俺は、十四年、人の身体を診てきた。


 そして知っている。


 膿というものは、《《出せる場所があるうちは、溜まらない》》。


 傷が開いていれば、膿は流れ出す。塞がった傷の奥で、逃げ場を失ったとき――


 それは、《《溜まる》》。


 俺は、筆を取った。


 そして、こう書いた。


  ――《《主訴、なし》》。

  ――《《所見、なし》》。

  ――《《ただし、この男は溜める。》》

  ――《《  己の内に、逃げ場を作らぬ。》》

  ――《《  ――なきことこそ、危うし。》》

  残り、十二年。


          ◆


 俺は、その紙を、しばらく見つめていた。


 ――十二年後。


 この男が、兄を討つ。


 だが今夜、俺の頭にあったのは、そのことではなかった。


 俺の頭にあったのは、あの震える手のことだった。


(――《《あれは、病ではない》》)


 俺は、そう思った。


(あれは、《《人として当たり前のもの》》だ)


(四十七人を置いていって、手が震えぬほうがおかしい。……俺だって震えた)


(俺は震えて、《《それを与一郎に見せた》》。だから俺は、まだ大丈夫だ)


(――だが、あの男は)


 俺は、灯明を吹き消した。


 暗闇の中で、俺はもう一度、あの光景を思い浮かべた。


 誰にも見られていないと思って、震える手を握りつぶした男。


 ――《《あれを、十二年やり続けたら、人はどうなる》》。


 答えは、俺の知っている歴史の中に、書いてあった。


金ヶ崎の退き口は、織田信長が生涯で最も死に近づいた瞬間の一つとされます。


 越前へ攻め入った織田軍の背後で、同盟者であったはずの浅井長政が離反しました。前方に朝倉、背後に浅井。信長はわずかな供回りで朽木越えを敢行し、京へ逃げ延びています。殿を務めたのは木下藤吉郎、明智光秀、池田勝正らと伝わります。


 今回、医学的な新知識はほとんど出てきません。代わりに書いたのは、撤退時の負傷者の扱いです。


 担架による搬送は、一人につき担ぎ手が四人、交代を含めればそれ以上を必要とします。険しい山道であればなおさらです。全員を運ぼうとすれば隊列は伸び、追撃を受け、結果として全員が失われる。これは残酷ですが、算術の問題です。


 現代の災害医療や軍事医療にも、この考え方は残っています。限られた搬送能力をどう配分するか——歩ける人は歩かせ、支えれば歩ける人には人を付け、そして動かせない人をどうするか。


 作中で光秀が提案した「寺に預け、敵将宛の書状を添える」という方法は、実際に近い発想が戦国期の記録に見られます。武具を取り上げた負傷者を殺しても手柄にならない、という論理は、当時の首取りの慣習を逆手に取ったものです。


 そして、勝ち戦の最中に負けたときの預け先を探しておく——これは現代の災害計画でいう事前準備そのものです。


 次話も元亀の動乱です。


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