第二話 甘い塩湯
塩だけでも、砂糖だけでも駄目。両方あって初めて水は身体に入る――という話です。
「……塩と、甘葛、にございますか」
侍女――そなたの名は、と聞くと「すず、にございます」と答えた――は、明らかに困惑していた。
「病み上がりのお身体に、塩気の強いものは障りましょう。粥をお持ちいたしますが」
「粥もいずれ食う。だが今は、水だ」
俺は、彼女に理解できる言葉を探した。
――腸管上皮のSGLT1という輸送体は、ナトリウムとブドウ糖を同時に取り込む共輸送体だ。だから食塩と糖を一緒に飲ませてやると、水の吸収効率が跳ね上がる。二十世紀後半、途上国の下痢症で数百万の子どもを救った「世紀の発見」、経口補水療法の原理である。
……などと言っても、通じるはずがない。
「すず。塩だけの水は、腸が水を受け取らぬ。甘いだけの水も同じだ。《《塩と甘味、両方あって初めて、水は腹から身体へ沁みる》》。これは南蛮の医の術だ」
嘘は言っていない。前世まるごとを「南蛮」と呼ぶなら。
すずは半信半疑のまま、しかし主命に逆らわず、湯を沸かしに立った。
その間、俺は仰向けのまま自分の身体を診察した。
脈拍――速い。百を超えている。手首の血管はぺしゃんこで、指で押した皮膚がゆっくりとしか戻らない。口の中は乾いて、舌が紙やすりのようだ。
(中等度の脱水だな。三日も高熱で寝ていれば当然だ)
現代なら細胞外液を点滴すれば三十分で楽になる。だが、ここには輸液も、点滴ルートも、生理食塩水もない。
あるのは、竈と、湯と、塩と、甘葛だけだ。
(――それで、いい)
妙な感慨があった。
俺は現代医療の頂点で四十年やってきた。ロボット支援手術も、術中迅速病理も、集中治療室も使えた。
だが医療の本質は、そのどれでもない。
《《目の前の人間の身体で、いま何が起きているかを見抜くこと。》》
《《そして、手元にあるもので、それを是正すること。》》
道具が消えただけだ。医者は消えていない。
「お持ちいたしました」
すずが運んできた椀を、俺は震える手で受け取った。
ぬるい。塩気がわずかにあり、後から甘みが追いかけてくる。旨いとは、とても言えない。
だが、干からびた身体に、それは驚くほど染みた。
半刻ほどかけて、三杯。
やがて、脈が落ち着いてきた。舌が湿ってきた。頭の芯にかかっていた靄が、少しずつ晴れていく。
(効いた。……当たり前だが、効いた)
俺は、天井を見上げて息を吐いた。
効いたということは、この身体の生理学は、俺の知っている生理学と同じだということだ。ナトリウムポンプも、圧受容体反射も、凝固カスケードも、五百年前だろうと同じ法則で動いている。
ならば、俺の四十年は、無駄にならない。
「すず」
「はい」
「この城の者に触れを出せ。《《飲み水は必ず一度煮ること》》。井戸から汲んだままの水を飲むな。特に、腹を下している者、熱のある者、幼子。それから――」
俺は言葉を切って、彼女の顔を見た。
すずは、じっと俺を見返していた。その眼には、困惑ではなく、別のものがあった。
「……勘十郎さま。お言葉が、変わられました」
「そうか」
「はい。前は、もっと……」
言いかけて、慌てて口をつぐむ。
俺は苦笑した。前の勘十郎がどんな話し方をしていたのか、記憶にはあるが、身体に馴染まない。母に甘え、家老に持ち上げられ、兄を「うつけ」と侮っていた二十歳前の若者。その口調で喋る気には、どうしてもなれなかった。
「熱に浮かされているあいだ、長い夢を見た」
俺は、これから何度も使うことになる嘘を、初めて口にした。
「人の身体の仕組み、病の正体、傷の治し方。医の道の夢だ。……四十年ぶんも見た気がする。目が覚めたら、それが全部、頭に残っていた」
すずは、息を呑んだ。
この時代の人間にとって、それは「神仏の託宣」に近い話だっただろう。実際、俺はその誤解を利用するつもりでいた。
なぜなら、俺には時間がない。
弘治元年。西暦一五五五年。
《《稲生の戦いまで、あと一年。》》俺が兄に殺されるまで、あと三年。
そして――《《本能寺まで、あと二十七年》》。
カルテの一枚目に、俺は心の中で日付を書き込んだ。
主病名は、決まっている。
(症例・日本国。主訴、戦国乱世。既往、応仁の乱以来の慢性内戦――)
(そして予後を決定づける最大の合併症が、天正十年六月二日)
執刀医は、俺だ。
術前カンファレンスを、たった今、始める。
腸の細胞には「ナトリウムと糖を、必ず二つセットで運び込む扉」があります。だから塩と糖を一緒に飲ませると、水の吸収が跳ね上がる。これが経口補水液(ORS)の原理です。
点滴のない場所で、竈と塩と甘味だけで作れる。だからこそ、この処方は世界を変えました。
次話、いよいよ「大うつけ」が登場します。




