第十七話 道具は壊れぬ
二十一歳の若者が、十六人で稲葉山城を落としました。
勘十郎は、口説きに行くのではありません。
診に行きます。
永禄七年、二月。
その報せが清洲に届いたとき、俺は最初、聞き間違いだと思った。
「――稲葉山城が、《《十六人に乗っ取られた》》?」
「はっ。斎藤家の家臣、竹中半兵衛重治と申す者が、舅の安藤守就と共謀し、わずかな手勢で城内に入り込み、龍興さまを城から追い出したとのこと」
俺は、思わず与一郎と顔を見合わせた。
――知ってはいた。
史書に残る、有名な事件である。二十一歳の青年が、十六人で難攻不落の稲葉山城を落とした。
だが、実際に同じ時代に生きて、その報せを受け取ると――《《まるで現実感がない》》。
◆
信長の反応は、極めて分かりやすかった。
「――欲しい」
彼は、報せを聞いた瞬間にそう言った。
「城もだが、《《男が欲しい》》」
「兄上」
「十六人で稲葉山を取る男だ。三万の兵より使い道がある。……勘十郎、行け」
「――は?」
「城を寄越せ、あるいは織田に来い、と説け。望みは何でも聞くと言え。所領でも、女でも、茶器でも」
俺は、しばらく黙っていた。
それから、正直に言った。
「兄上。それがしは、口説きには参りませぬ」
「なに」
「――《《診に、参りまする》》」
信長の眉が上がった。
「病んでおるのか、その男は」
「たぶん」
俺は答えた。
――知っているのだ。
竹中半兵衛重治は、この十五年後、播磨の陣中で死ぬ。三十六歳である。
死因は、労咳と伝わる。
「兄上。それがしは、口説きに失敗するかもしれませぬ」
「構わん」
信長は、あっさりと言った。
「その代わり、《《何を診たかを、俺に話せ》》」
◆
稲葉山城は、山だった。
麓から見上げると、ほとんど崖である。これを十六人で取ったというのが、なおさら信じ難い。
俺は与一郎だけを連れ、丸腰で登った。
薬箱を一つ提げていた。それが唯一の荷物である。
城門で、槍を持った若い侍に止められた。
「――織田の使者か」
「いや」
俺は答えた。
「《《医者だ》》」
男は、ぽかんとした。
「竹中半兵衛どのに、お目にかかりたい。……近頃、血を吐いておられると聞いた」
◆
通された部屋は、驚くほど質素だった。
城主の間ではない。城の隅の、小さな部屋である。書物が積まれ、火鉢が一つ。
その前に、若い男が座っていた。
――色が、白い。
病的なほど白い。だが顔色が悪いのとは違う。頬にだけ、うっすらと紅がさしている。
細い。骨の形が分かるほど細い。
そして、静かだった。
人が入ってきても、驚きもせず、警戒もせず、ただこちらを見た。
「――織田勘十郎さまと伺いました」
声が、思いのほか低く、澄んでいた。
「竹中半兵衛と申します。……使者のお方が、なにゆえ薬箱を」
「使者ではない」
俺は、その場に座った。
「兄には、城を寄越せと説けと言われた。……だが、それは後でいい」
俺は、薬箱を横に置いた。
「先に、《《診せてくれ》》」
◆
半兵衛は、しばらく俺を見ていた。
やがて、口の端が、わずかに上がった。
「……変わったお方でございますな」
「よく言われる」
「なにゆえ、それがしが病んでおると」
「顔だ」
俺は言った。
「頬の紅は、火鉢のせいではない。額に脂汗が浮いておる。声は澄んでおるが、《《息継ぎが短い》》。さっきから四度、言葉の途中で息を継いだ」
半兵衛の眼が、初めて、少し動いた。
「――それから、そこの手拭い」
俺は、彼の脇に畳まれた布を指した。
「畳んで隠しておられるが、《《端に赤いものが染みておる》》」
◆
長い沈黙の後、半兵衛は静かに言った。
「……お診せいたしましょう」
彼は、自分から小袖の前をはだけた。
肋が浮いていた。
俺は、まず脈を取った。速い。細い。
次に、掌を額に当てた。微熱がある。夕方に上がる類の熱だ。
「夜中に、汗をかかれるか」
「――かきます」
半兵衛は、驚いたように言った。
「寝間着を絞れるほどに。それも、寒い夜ほど」
「咳は」
「三年ほど、ずっと」
「血を吐いたのは、いつからだ」
「……半年前から。初めは痰に筋が混じる程度でしたが、先月、初めて、まとまった量を」
俺は、頷いた。
――全部、揃っている。
長く続く咳。夕方の微熱。寝汗。痩せ。そして喀血。
◆
「――背中を見せてくれ。それと、しばらく喋るな」
俺は、半兵衛の背後に回った。
そして、彼の背中に、《《自分の耳を直接当てた》》。
「……勘十郎さま?」
「喋るな。大きく息を吸って、吐け。……もう一度」
与一郎が、後ろで戸惑っているのが分かった。
――聴診器というものは、まだない。
あれが生まれるのは、二百五十年ほど先だ。フランスの医者が、若い婦人の胸に耳を当てるのを憚って、紙を丸めて筒にしたのが始まりだという。
だから今、俺にできるのは、原始の形――《《直接、耳を当てる》》ことだけである。
右の背中、肩甲骨の上のあたり。
――そこに、《《あった》》。
息を吸い込むときの、しゃりしゃりという、細かく擦れるような音。
健やかな肺なら、そこは静かに風が通るだけだ。
俺は、次に、指で背中を叩きはじめた。
中指を背中に押し当て、その関節を、もう一方の中指で軽く叩く。
こんこん。
場所を変える。こんこん。
また変える。――《《ごつ、ごつ》》。
「……何をしておられます」
「音を聞いておる」
俺は答えた。
「空気の入った樽は、叩くと軽く響く。中身の詰まった樽は、鈍く響く。……人の胸も同じだ」
――これも、後の世の医者が、酒屋の親父が樽を叩いて中身を測るのを見て思いついたと伝わる。
俺は、右の上のほうを、もう一度叩いた。
明らかに、鈍い。
左は、澄んで響く。
◆
俺は、半兵衛の前に戻って座った。
彼は、小袖の前を合わせながら、静かに待っていた。
「――伺いましょう」
その一言に、覚悟が滲んでいた。
俺は、まっすぐに言った。
「《《労咳だ》》」
半兵衛は、目を伏せた。
驚きはなかった。ただ、確かめた、という顔だった。
「――やはり」
「右の肺の、上のほうが傷んでおる。左は、まだきれいだ」
「上、でございますか」
「この病は、肺の上のほうから始まることが多い」
俺は言った。
「なぜかは知らん。だが、そうなっておる。……ゆえに、初めのうちは息苦しさが出ん。上のほうは、そもそもあまり使っておらんからだ。気づいたときには、もう三年経っておる」
「――まさに、三年でございます」
半兵衛は、かすかに笑った。
◆
「勘十郎さま」
「なんだ」
「――《《あと、どれほど生きられましょう》》」
部屋が、静まり返った。
与一郎が、息を呑む音がした。
俺は、この問いに、四十年で何百回と答えてきた。
そして、そのたびに、答え方を間違えてきた。
――多くの医者は、この問いに嘘をつく。優しさのつもりで、曖昧にする。
だが、期限を知らされなかった患者は、《《やり残す》》。
「――正直に言っていいか」
「そのために伺いました」
「では言う」
俺は言った。
「この病は、ゆっくり進む。今日明日どうなるものではない。……お前さんは、たぶん、《《十年から十五年》》は生きる」
半兵衛の眉が、わずかに動いた。
「それは……存外、長うございますな」
「そう思うか」
「はい」
「――《《三十六だ》》」
俺は言った。
「今二十一なら、三十六前後。……そのくらいで、たぶん、終わる」
◆
半兵衛は、長いこと黙っていた。
やがて、彼は、火鉢の炭を見ながら言った。
「――ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いではない」
「いえ」
彼は、顔を上げた。
その表情は、驚くほど穏やかだった。
「《《十五年ある》》と分かりました。それは、大変に有難いことでございます」
「……」
「人はみな、明日死ぬかもしれぬと思うて生きております。それはそれで正しい。……なれど」
半兵衛は、静かに言った。
「《《十五年で終わると分かっておれば、十五年で終わる仕事を選べまする》》」
俺は、返す言葉がなかった。
――この男は。
この男は、たった今、俺が渡した死刑宣告を、《《設計図》》に変えた。
◆
「治す手立ては、ございますか」
「――ない」
俺は、正直に言った。
「この病を根から絶つ手立てを、それがしは持っておらん」
「では、なにゆえ診に来られました」
「《《遅くはできる》》」
俺は、指を折った。
「一つ。よく食え。米だけではない、豆と、魚と、卵。この病は、身体が痩せると一気に進む。《《食うことが薬だ》》」
「二つ。よく寝ろ。夜更かしをするな。無理をした翌月に、必ず悪くなる」
「三つ。日に当たれ。晴れた日は、外に出て日光を浴びろ。……理屈は言えんが、これは効く」
実際、抗結核薬が生まれるまでの数百年間、人類がこの病に対して持っていた唯一の武器がこれだった。
栄養、安静、日光、そして新鮮な空気。
それだけで、治る者は治り、治らぬ者も長く生きた。
「四つ。部屋の風を通せ。締め切った部屋に、長くおるな」
「――五つ」
俺は、そこで一度言葉を切った。
これを言うのが、一番つらい。
「五つ。……《《人と、寝所を分けろ》》」
◆
半兵衛の顔が、初めて、はっきりと変わった。
「――それは」
「この病は、《《移る》》」
俺は言った。
「咳をしたときに、目に見えぬほど細かい飛沫が飛ぶ。それが空気の中を漂う。……同じ部屋に長くおれば、吸い込む」
「……」
「触れて移るのではない。器を分けても、あまり意味はない。《《同じ空気を吸うことが、いかん》》」
俺は、続けた。
「特に、狭い部屋。締め切った部屋。長く一緒にいる者。……あんたが今、この城で共にしておる十六人だ」
半兵衛は、動かなくなった。
その白い顔から、さらに血の気が引いた。
「――勘十郎さま」
「なんだ」
「それがしは、三年、咳をしております」
「……ああ」
「その三年、それがしは、多くの者と同じ部屋で軍議をし、同じ陣屋で寝ておりました」
彼の手が、震えはじめた。
「――《《それがしは、人を》》」
「半兵衛」
俺は、遮った。
「知らなかったことで、人は責められん」
――六年前、中村の三助に言ったのと、同じ言葉だった。
「知る手立てが、なかったのだからな。……だが、今、あんたは知った。ここから先は、違う」
半兵衛は、しばらく震えていた。
やがて、彼は深く息を吐いて、頭を下げた。
「――ご教示、痛み入りまする」
その日のうちに、彼は寝所を城の一番端の部屋に移し、常に窓を開け放つよう命じたという。
◆
用件を切り出したのは、日が傾いてからだった。
「――半兵衛どの。兄の言葉を伝える」
「はい」
「城を織田に渡せ。あるいは、織田へ来い。望みは何でも聞く、と」
半兵衛は、静かに首を振った。
「――お断り申し上げます」
「理由を聞いても」
「城は、返します」
彼は言った。
「《《龍興さまに》》」
俺は、眉を上げた。
「乗っ取ったのではないのか」
「乗っ取りましてございます」
半兵衛は、少し笑った。
「なれど、欲しかったのは城ではございませぬ。……主君に、《《これほど容易く城が落ちる》》ということを、お見せしたかった」
「――諫言か」
「はい。斎藤家は、内から腐っております。家臣を軽んじ、遊興に耽り、諫める者を遠ざける。……このままでは、いずれ他家に食われまする」
「その通りだと思うが」
「ゆえに、《《それがしが先に食うて見せた》》」
――なるほど。
俺は、この男の頭の作りに、感嘆した。
「だが、それが分かる主君なら、そもそも腐らん」
「――仰せの通りでございます」
半兵衛は、あっさりと認めた。
「たぶん、無駄でございましょう。……なれど、家臣として、やらぬわけには参りませなんだ」
◆
俺は、立ち上がった。
半年後、この男は本当に城を返し、そして美濃を去る。斎藤家は三年後に滅ぶ。
俺は、それを知っている。
「――半兵衛どの」
「はい」
「兄の話は、断られた。それでいい。……だが、一つだけ」
俺は、薬箱から一冊の写しを取り出した。
『手当書』である。
「これを置いていく。あんたの病のことも、後ろのほうに書いてある。……人にやってもいい。写してもいい」
半兵衛は、それを両手で受け取った。
そして、しばらく表紙を見つめてから、こう言った。
「勘十郎さま。ひとつ、お返しをさせていただいてもよろしいか」
「返せるものなど、あるまい」
「――ございます」
彼は、顔を上げた。
その眼が、初めて、《《軍師の眼》》になった。
◆
「勘十郎さまは、病を診るお方でございます」
「そうだ」
「それがしは、《《人を診まする》》」
半兵衛は、静かに言った。
「上総介さまのことを、少しばかり」
俺は、腰を下ろし直した。
「言ってくれ」
「あのお方は、天下を取られましょう」
半兵衛は、断定した。
「桶狭間を聞き、墨俣を聞き、そして今、弟君がこうして山を登ってこられた。……あの家中には、《《他家にないものが揃っております》》」
「……」
「なれど」
彼は、そこで言葉を切った。
そして、こう続けた。
「――上総介さまは、《《人を、道具として使いこなされる》》」
俺の背中に、冷たいものが走った。
「道具は、よく研げばよく切れまする。使えぬ道具は捨て、よい道具は重んじる。理に適っておりまする。……そして、あのお方は、それを《《恐ろしく上手になさる》》」
「……」
「なれど、勘十郎さま」
半兵衛は、まっすぐに俺を見た。
「――《《道具は、壊れませぬ》》」
◆
「……なんだと」
「刀は、折れても恨みませぬ。鍬は、捨てられても泣きませぬ。……道具とは、そういうものでございます」
彼は、静かに言った。
「なれど、《《人は、壊れまする》》」
部屋が、しんとした。
「使われ、研がれ、重んじられ、そしてある日、要らぬと言われる。……その日まで、人はよく働きまする。よく働くほど、その日が来たときに」
半兵衛は、そこで初めて、目を伏せた。
「――《《壊れまする》》」
俺は、動けなかった。
「勘十郎さま。あのお方のお身体は、たぶん、あなたさまが守られましょう。あなたさまがおられるのですから」
「……」
「なれど、《《壊れた人》》は、医者では治りませぬ」
――俺は、二年半前に、清洲の縁側で書いたカルテを思い出していた。
主たる予後規定因子は、身体にあらず。家臣の心にあり。
俺は、それを自分で書いた。八年前に。
だが今、目の前の二十一歳の若者は、《《たった一日、俺と話しただけで》》、同じ結論に辿り着いていた。
◆
山を下りながら、与一郎が言った。
「勘十郎さま。……あのお方は、なにゆえ、あんなことを」
「――餞別だ」
俺は答えた。
「俺が、あの人に十五年をやった。だから、あの人は俺に《《一番大事なことを一つ》》くれた」
「……」
「等価だ。いや、たぶん、貰いすぎた」
俺は、振り返って、稲葉山を見上げた。
夕陽の中に、黒い城影が立っていた。
あの中に、余命十五年の若者がいる。
――そして俺は、あの男が三十六で死ぬまでに、何度でも会いに行くことになるだろう。
治せないと分かっていて、それでも診に行く。
医者とは、たぶん、そういう仕事だ。
◆
永禄七年 二月 稲葉山
症例・竹中半兵衛重治、二十一歳。
三年に及ぶ咳、夕の微熱、盗汗、痩せ、喀血。
右上肺に湿った擦れ音。打診にて濁音。左は清明。
――《《労咳》》。根治の術なし。
処方――食う。寝る。日に当たる。風を通す。寝所を分かつ。
余命、およそ十五年と告げたり。
この男、それを《《設計図》》として受け取れり。
※以下、彼の言。忘れざるべし。
「道具は壊れぬ。なれど、人は壊れる」
残り、十八年。
労咳、つまり結核です。
特徴的なのは、長く続く咳、夕方に上がる微熱、寝間着を絞れるほどの寝汗、体重減少、そして喀血。この組み合わせが揃えば、現代の医師でも真っ先にこの病を疑います。
そして結核は、肺の上のほうから始まることが多い病です。理由は完全には分かっていませんが、肺の上部は酸素濃度が高く、リンパの流れが乏しいことが関係していると考えられています。厄介なのは、肺の上部はもともとあまり使われていないため、そこが傷んでも息苦しさが出にくいことです。気づいたときには、もう何年も経っている——半兵衛が三年咳をしていた、という設定はそこから来ています。
作中で勘十郎が行った二つの診察について。
背中に直接耳を当てるのは、聴診器が発明される以前の方法です。ルネ・ラエンネックが紙を丸めて筒にしたのが一八一六年ですから、勘十郎の時代の二百五十年後になります。彼が筒を思いついたのは、若い女性患者の胸に直接耳を当てることを憚ったから、と伝えられています。
胸を叩いて音の違いを聞く打診は、レオポルト・アウエンブルッガーが一七六一年に体系化しました。彼の父が宿屋を営んでおり、酒樽を叩いて中身の残量を確かめるのを見て育ったことが着想の元だといわれます。空気の入った部分は軽く響き、水や膿や固まった組織が詰まった部分は鈍く響く——この原理は今も変わりません。
治療については、抗結核薬が登場する二十世紀半ばまで、人類はこの病に対して有効な薬を持っていませんでした。栄養、安静、日光、新鮮な空気——サナトリウム療法と呼ばれるこの方針だけが武器でした。そしてこれは、実際に多くの命を延ばしました。
空気を介してうつる病である、という点も重要です。触れて伝わるのではなく、同じ空気を吸うことで伝わります。ですから食器を分けることにはあまり意味がなく、部屋と換気こそが要になります。
次話も、美濃です。
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