第十一話 手当ての唄
三百人に医術を教えることになりました。
ただし、そのうち字が読めるのは十一人です。
永禄三年、三月。
東から届く報せは、日を追うごとに具体的になっていった。
駿河、遠江、三河――三国から兵が集まりつつある。総勢二万五千と称する。実数はそれより少ないだろうが、それでも織田の動員限界の、五倍は下るまい。
清洲城の空気は、日ごとに重くなった。
そんな中、俺は城の裏庭で、三百人を並ばせていた。
――全員、戦えない者たちである。
六十を越えた老兵。片足を引きずる者。目の悪い者。荷駄しか担げぬ人足。それと、十四、五の小者ども。
浮野で俺が借り受けた三百人。そのまま「手当組」と名付けて、俺の下に置かせてもらった。
「よし。今日から、お前たちを《《医者にする》》」
三百人が、ぽかんとした顔をした。
◆
「――勘十郎さま。それは、言い過ぎというものでは」
傍らで、与一郎が小声で言った。
十六になった。背が伸び、声も変わり、俺の助手として一通りのことはできるようになっている。
「言い過ぎだな」
俺はあっさり認めた。
「だが、こうも言える。――《《俺一人では、次の戦で人が死ぬ》》」
「……」
「浮野で運ばれてきたのは二百七十一人だ。俺は二刻のあいだ手を止めなかった。それでもだ」
俺は、三百人を見渡した。
「今度、東から来るのは二万五千だぞ。もし本気でぶつかれば、傷を負う者は千を超える。……俺は、千人を診られん」
与一郎が、息を呑んだ。
「だから、増やす」
俺は言った。
「腹を開ける医者は増やせん。あれは十年かかる。……だが、《《死なせぬだけの手》》なら、十日で覚えられる」
◆
俺が教えることに決めたのは、四つだけである。
欲張らなかった。三百人の素人に十のことを教えれば、十とも忘れる。四つなら、四つとも残る。
「――《《一の手。血を止める》》」
俺は、地面に胡座をかいた男の腕を掴んだ。
「傷から血が出ておったら、まず何をする」
「え、えぇと……薬を」
「違う。《《押さえる》》」
俺は、男の腕に布を当て、体重をかけて押した。
「布を当てて、上から力いっぱい押さえろ。指ではない、掌だ。骨に押しつけるつもりで押せ。そして――《《離すな》》」
「離す、な」
「よく血が止まったか確かめようと、途中で覗くやつがいる。あれが一番いかん。せっかく固まりかけたものが剥がれる。押さえたら、俺が来るまで押さえ続けろ」
俺は指を二本立てた。
「それでも噴き出す傷がある。腕や足が、ざっくり裂けたときだ。そのときは《《縛る》》」
俺は、太い紐と短い棒を掲げた。
「傷より心の臓に近い側を、こう縛って、棒を差して、ねじる。血が止まるまでねじる。生半可では止まらん、《《本人が悲鳴を上げるくらい》》締めろ」
「ひ、悲鳴」
「そして――ここからが肝心だ」
俺は、声を落とした。
「縛ったら、《《いつ縛ったかを、必ず本人の額か胸に書け》》。炭でいい。日と、およその刻をだ」
「なにゆえ」
「縛った先の手足は、血が通わなくなる。長く放っておけば、《《その手足は死ぬ》》。二刻を越えると危うい。だから運ばれた先の医者が、いつ縛られたのかを知らねばならん」
男たちが、真剣な顔で頷いた。
――止血帯を巻いた時刻を記録する。
現代の救急でも徹底されている手順を、俺は炭で額に書かせることにした。
◆
「――《《二の手。息の道を開ける》》」
俺は、一人を仰向けに寝かせた。
「よいか。倒れて、呼びかけても答えぬ者がおる。血も出ておらん。傷も浅い。……こういう者が、《《何もせずに死ぬ》》」
「なにゆえに」
「気を失うと、舌の付け根が落ちて、喉を塞ぐ。血や吐いたものが喉に溜まっても出せん。……そのまま静かに、溺れるように死ぬ」
俺は、寝かせた男の肩と腰を掴み、ごろりと横向きに転がした。
そして、上になった膝を軽く曲げ、頭の下に腕を差し入れて、少しだけ顎を反らせた。
「これだけだ」
「……これだけ、にございますか」
「これだけだ。《《横向きにする》》。それで舌は落ちず、吐いたものは口から流れ出る」
俺は、三百人を見回した。
「傷の手当ては分からんでもいい。薬も要らん。……戦場で気を失っておる者を見たら、《《まず横向きに転がせ》》。それだけで、お前たちは人を殺さずに済む」
◆
「――《《三の手。運ぶ》》」
これが、一番揉めた。
「担架は二人一組。息を合わせろ。『いち、に』で持ち上げる。……そして、《《どの向きで運ぶか》》が違う」
俺は指を折った。
「顔が真っ白で、脈が速く、汗が冷たい者。――こいつは血が足りぬ。《《足を高く》》して運べ」
「顔が赤く、頭を打っておる者。息が荒い者。――こちらは《《頭を高く》》だ。足を上げるな、余計に悪くなる」
「腹を刺された者。――膝を立てさせろ。腹の力が抜けて、少し楽になる」
「首や背を打った者。――《《動かすな》》。板に乗せて、丸太のように、身体をひとつのまま転がして乗せろ。首だけ動かすと、その場で足が利かなくなる」
「難しゅうございます」
誰かが、正直に言った。
「――そうだな」
俺は認めた。
実際、難しい。ここまでで、すでに素人の許容量を超えている。
◆
「――《《四の手。水と、清潔》》」
最後は、簡単だった。
「甘い塩湯を作れ。割合は覚えろ。これは何度も作らせたな」
「へえ」
「布は必ず煮る。素手で傷に触るな。触るなら、まず手を洗え。……そして、飯を握る者と、傷を触る者を《《同じにするな》》」
――ここまで。
俺は、四つを板に書き出した。
しかし書き出した瞬間に、致命的なことに気がついた。
三百人のうち、字が読める者は――
数えてみたら、《《十一人》》だった。
◆
その晩、俺は自室で頭を抱えていた。
絵を描くことにした。
止血の絵。横向きの絵。担架の向きの絵。
だが、絵にも限界がある。「二刻」も「割合」も、絵にはならない。
行灯の下で、俺が下手な絵と格闘していると、廊下から声がした。
「――勘十郎どの。まだ起きておいでか」
顔を上げて、俺は慌てて姿勢を正した。
帰蝶さま。兄の正室である。
美濃の蝮・斎藤道三の娘。年は俺と同じくらい。
この人が、俺は少し苦手だった。理由は単純で、《《目が兄と同じ種類》》だからだ。
「これは、義姉上。夜分に」
「殿が、笑うておられましたよ。『勘十郎が、絵を描いて唸っておる』と」
「……お耳が早い」
帰蝶さまは、断りもなく部屋に入り、俺の描いた紙をひょいと取り上げた。
しばらく眺めて、言った。
「下手ですね」
「……面目ない」
「これは何を描いたものです」
「気を失うた者を、横向きにしろ、と」
「あら」
帰蝶さまは、意外そうに眉を上げた。
「それは、産屋でもいたします」
俺は、顔を上げた。
「――なんと」
「産で気を失うた女子を、そのままにしておくと、吐いたもので息が詰まると。……老いた産婆は、みな知っておりますよ。誰に教わったわけでもなく」
俺は、しばらく言葉が出なかった。
(――《《経験は、正しい答えに辿り着く》》)
理屈は知らずとも、無数の死を見た者は、正しい形に行き着くことがある。
「義姉上。それがしは今、字の読めぬ三百人に、これを覚えさせようとしております」
「三百」
「はい。板に書いても、読める者が十一人しかおりませなんだ」
帰蝶さまは、紙を置いて、こちらを見た。
そして、こともなげに言った。
「――《《唄になさいませ》》」
「は?」
「字の読めぬ者に物を覚えさせるとき、この国の者はみな唄にいたします。田植え唄も、糸繰り唄も、数え唄も、そうでございましょう」
俺は、口を開けたまま固まった。
……なんてことだ。
俺は、四十年間、医学教育というものを見てきた。教科書、講義、実習、シミュレーション。そのどれもが《《字の読める人間を前提としている》》。
字が読めぬ者に医療を教えたことなど、俺は一度もなかった。
「義姉上」
「はい」
「――お力を、お貸しいただきたい」
帰蝶さまは、ふ、と口の端を上げた。
やはり、この人は兄と同じ顔で笑う。
◆
三日後、清洲城の裏庭に、間の抜けた唄が響いていた。
――ひとつ、押さえよ 離すな覗くな
――ふたつ、寝た者 横向けよ
――みっつ、白けりゃ 足あげろ
赤けりゃ 頭をあげてやれ
――よっつ、煮た布 洗うた手
塩と甘みの 湯を飲ませ
――しめて、縛ったその刻を
額に書いて 忘れるな
節は、帰蝶さまが尾張の古い田植え唄から拝借してきたものだった。
三百人が、鍬を担ぐような調子で、これを大声で唄いながら庭を練り歩く。
傍から見れば、完全に狂った光景である。
通りかかった家老が、露骨に顔をしかめて去っていった。
だが俺は、庭の隅で腕を組みながら、静かに震えていた。
――《《これが、教育だ》》。
十日で、三百人全員が唄えるようになった。
字が読めるかどうかなど、何の関係もなかった。
◆
四月、俺は抜き打ちの調練をやった。
夜中に半鐘を鳴らし、「負傷者が四十人出た」と触れさせ、手当所を立ち上げさせる。
――結果は、悲惨だった。
湯が沸くまでに一刻かかった。担架が足りず、取り合いになった。筵を三つに分ける指示が徹底されず、全員が最初の筵に運ばれ、そこで山になった。止血帯を巻いた者はいたが、《《額に刻を書いた者は一人もいなかった》》。
俺は、集まった三百人の前で、こう言った。
「――これでは、三十人死ぬ」
しん、となった。
「唄は覚えた。手も覚えた。だが《《段取り》》がない。段取りとは、誰が何を先にやるかだ」
俺は、その場で役目を割り振った。
湯を沸かす組、十人。これは戦の始まる前から沸かし続ける。
担架組、百人。五十組。持ち場を決め、そこから動かない。
布と糸の組、二十人。煮て、乾かして、包む。それだけをやる。
水配りの組、三十人。塩湯を作り、前線に運ぶ。
そして――《《筵分けの組、十人》》。
「この十人が、一番大事だ」
俺は、選んだ十人を前に出させた。
「運ばれてきた者を見て、赤か、白か、木陰かを決める。俺の代わりに決めるのだ」
「……そんな恐ろしいこと、我らには」
「できる」
俺は言い切った。
「見るのは三つだけだ。《《息をしているか。血が噴いているか。呼べば答えるか》》。この三つで、ほとんど決まる」
――呼吸、出血、意識。
これが、後の世で災害医療の第一次選別に使われる考え方の、核心である。
「答えられぬ者、息の荒い者、血の噴いておる者は赤。歩ける者は白。……そして」
俺は、一度言葉を切った。
「息をしておらん者は、木陰だ」
十人は、青い顔で頷いた。
俺は、その一人一人の肩を叩いた。
「怖いか」
「……は、はい」
「怖くていい。俺も怖い」
俺は正直に言った。
「間違えることもある。俺も間違える。……だが、《《誰も決めなければ、全員が死ぬ》》。それだけは覚えておけ」
◆
二度目の抜き打ちは、五月に入ってすぐだった。
湯は、鐘が鳴る前から沸いていた。
担架は取り合いにならなかった。持ち場が決まっていたからだ。
筵は三つに分かれ、赤い布と白い布が飛び交い、止血帯の巻かれた腕の持ち主の額には、《《炭で刻が書かれていた》》。
半刻で、四十人分の手当てが回った。
俺は、腕を組んだまま、それを見ていた。
――俺は、一度も口を出さなかった。
(……できている)
じわりと、腹の底が熱くなった。
二年半前、俺は末森の一室で目を覚まし、ただ一人で「甘い塩湯を持て」と言った。
今、三百人が、俺の指図なしで動いている。
道三先生。
――俺は、渡しはじめております。
◆
その夜、俺は縁側で酒を舐めていた。
珍しく、兄が隣に座った。手には瓢箪。
「勘十郎。庭で妙な唄を聞いたぞ」
「……お耳汚しを」
「よい唄だ」
信長は、瓢箪を傾けながら言った。
「兵どもが、飯を炊きながら唄うておった。『ひとつ、押さえよ』と」
俺は、思わず酒を吹き出しそうになった。
「手当組ではない者が、にございますか」
「そこらじゅうだ。あれは移る」
――《《唄は、伝染する》》。
俺は、天を仰いだ。
紙は焼ける。人は死ぬ。だが唄は、人の口から口へ、勝手に移っていく。
俺が死んだ後も、たぶん、あれだけは残る。
「兄上」
「なんだ」
「今川は、いつ動きまするか」
信長は、瓢箪を置いた。
庭の暗がりを見つめたまま、静かに言った。
「――もう、動いておる」
俺は、盃を置いた。
「五月には、境目の砦にかかるだろう。丸根、鷲津。……あのあたりから来る」
「兄上のお考えは」
「まだない」
嘘だ、と俺は思った。
この男には、たいてい、もうある。
だが言わない。言えば漏れる。漏れれば死ぬ。
「勘十郎」
「はい」
「貴様は後ろだ。手当所を、街道沿いに置け。……前には出るな」
「――兄上」
「貴様が死ぬと、《《唄が止まる》》」
俺は、返す言葉を失った。
兄は瓢箪を掴んで立ち上がり、去り際に、こう言い残した。
「二十年後の話をする男が、二十日後に死ぬな」
◆
その夜、俺はカルテにこう書いた。
永禄三年 四月
手当組三百、編成成る。
教うるは四つのみ。押さえる・横向ける・運ぶ・煮る。
字を読める者、十一人。ゆえに――唄にせり。
(考案・帰蝶さま。医学は、産屋の婆たちに負けていた)
筵を分ける役、十人。名を記す。この者どもは、俺の代わりに人を選ぶ。
残り、二十二年。
筆を置いた。
東の空が、やけに静かだった。
――五月十九日まで、あと一月。
今回、勘十郎が教えた四つは、いずれも現代の応急処置でそのまま教えられている内容です。
止血は、まず直接圧迫。掌で、骨に押しつけるように、そして離さない。「止まったか確認しようとして覗く」のが最もいけない、というのも実際に指導されるとおりです。それでも止まらない四肢の出血には止血帯を使いますが、巻いた時刻の記録が絶対条件になります。血流を止めた先の組織は時間とともに壊死するため、後で治療する側は「いつ巻かれたか」を知らなければ判断できません。額や胸に書く、というのは実際の災害現場でも行われる方法です。
意識のない人を横向きにする——回復体位といいます。装備も知識も要らず、それでいて最も多くの命を救う手技かもしれません。意識を失うと舌の付け根が落ちて気道を塞ぎ、嘔吐物も排出できなくなります。外傷がなくても、これだけで人は亡くなります。
搬送時の体位を出血性ショックと頭部外傷で変える点、脊椎損傷が疑われる場合に体を一本の丸太のように保って動かす(ログロール)点も、現在の標準です。
そして「呼吸・出血・意識」の三点で選別する考え方は、災害医療の第一次トリアージの骨格そのものです。
最後に、帰蝶さまの唄について。
文字を持たない共同体が知識を保存し継承する方法は、世界中どこでも歌でした。田植え唄も、数え唄も、船乗りの唄も、すべて記憶装置です。医学教育というものが「字の読める人間」を暗黙の前提にしてきたことに、主人公はここで初めて気づかされます。産婆たちが経験だけで回復体位に辿り着いていた、という場面も同じ主題です。
次話で第一章が終わります。そして、五月十九日が来ます。
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