第15話
白を基調とした厳かな装束を纏った男が、我がアレクサンド公爵家のお屋敷へとやってきた。
「ベルゴ公爵、お久しぶりです」
「久しいな……今も元気でやっているようで良かった」
「本当に、その節はお世話になりました。おかげさまで、無事に司祭になることができました」
出迎えた父上と男の会話を聞く限り、どうやらただのビジネスライクな顔見知りというわけではなさそうだ。
「父上、知り合いなんですか?」
俺が尋ねると、父上はいつものデレデレ顔を少し引っ込め、懐かしむように目を細めた。
「ああ。昔、ちょっとした縁で助けたことがあってね。それこそ、ユークが生まれるもっと前の話さ」
すると、その司祭の男がその場にしゃがみ込み、俺と視線の高さを同じように合わせて穏やかに話し始めた。
「ご挨拶が遅れました。初めまして、ユークリッド様。私は『ソレイル教』の司祭マリウスと言います。ベルゴ公爵には、いつも大変お世話になっております」
爽やかな笑顔で自己紹介してくれたマリウスに、俺も丁寧に応じる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一通り挨拶を済ませると、「よしっ」と小さく気合を入れて、マリウスは鑑定の儀のセッティングに取り掛かった。
「一時間ほどお時間をいただきます。その間、ユークリッド様はごゆっくりされていてくださいね」
本を読んで概要は知っていたものの、実際の儀式がどのような手順で行われるのか、興味が尽きない。俺は彼が鑑定の儀の準備をする様子を、じっと観察することにした。
テキパキと魔法袋から精密な台座を取り出し、補助パーツらしき柱を立て、最後に対象のデータを書き出すための「本」をセットしていくマリウス。
だが、作業に夢中になりすぎているのか、彼は俺の熱い視線に全く気がついていない。
「……もうちょっと右かな? うーん、なかなか左右対称は難しいなぁ……」
そんな独り言を呟きながら唸っている。図書室の専門書には儀式の詳細な設営仕様まで記載されていなかったため、気になった俺は思わず声をかけた。
「これって、全部必要なの?」
「えっ……!?」
不意に背後から話しかけられたマリウスは、ビクッと一瞬体勢を崩しそうになりながら勢いよく振り向いた。
「ユ、ユークリッド様……! いらしたのですか、驚きました……!」
「気になっちゃって。……邪魔だったかな?」
「滅相もございません! これはですね、実は魔力の伝導率を均一にするための配置でして、この柱がですね――」
驚かせてしまったお詫びのつもりだったのだが、マリウスは職人気質なスイッチが入ったのか、準備で忙しいはずなのに事細かにシステムの仕組みを説明してくれた。
「……という感じなんです! すみません、つい夢中になって語ってしまって……」
「いえ、すごく興味深かったです。……そういえば、父上とはどういうご縁だったんですか?」
解説のお礼を言いつつ、気になっていたことをさりげなく聞いてみる。するとマリウスは少し照れくさそうに微笑んだ。
「昔、私は孤児だったんです。その私に対して、ベルゴ様が手を差し伸べてくださったんです。幸運にも私に魔法の才能があったようで、こうしてまっとうに生きて司祭をやっていられるのも、すべてはベルゴ様のおかげなのです」
それは、俺にとってかなり意外な事実だった。
家ではあんな激甘パパだが、一歩外に出れば冷静沈着、仕事一筋の冷徹な人間。領地運営や王族との交渉、他領への警戒など、綺麗事だけでは生き残れない厳しい世界だからこそ、彼は「情」よりも「実利」を最優先するタイプだと思い込んでいたのだ。
そんな父上の、泥臭くも温かい一面を知ることができて、なんだか少し嬉しくなった。
「さて、セッティング完了です! 一緒にベルゴ様を呼びに行きましょうか」
「はい!」
マリウスの作業終了の合図とともに、俺たちは父上の待つ応接間へと向かった。
「お待たせ致しました。ユークリッド様の鑑定の儀の準備が整いました。」
父は少し緊張しているのか強張っていた。
「向かうとしよう。」
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鑑定の儀
「これより、鑑定の儀を執り行います。ユークリッド様、こちらへ」
部屋の明かりが落とされ、台座に据えられた本が微かに光を放つ。
「はい……」
指定された位置に立つと、ドクドクと心臓の鼓動が耳の奥まで響くのが分かった。自分の能力や仕様はある程度把握しているつもりだったから、緊張などしないと思っていたのだが……いざ始まるとなると、案外緊張するもんだな。
「それでは、こちらの本に両手を置いてください」
言われた通りに本へ触れると、マリウスが自身の魔力を練り上げ、俺の頭へとそっと手を置いた。
「固有魔法――『鑑定』、発動」
その詠唱が響いた瞬間、台座の本が勝手に開き、もの凄い勢いでページがペラペラと捲られ始めた。まるで超高速でコマンドが書き込まれていくかのように、文字が次々と刻まれていく。
やがてマリウスの魔力の高まりが収まると、勢いよく捲られていた本がパタンと静かに閉じた。
「……これで、鑑定の儀を終了します」
「ふぅ……」と大きく一息ついたマリウスが、優しく微笑みながら本を差し出す。
「さあ、ユークリッド様の能力がこの中に記録されています。まずはご自身の手でお読みになってください」
本の表紙には、金色の文字で『アレクサンド・ユークリッド』と印字されていた。俺の個人データベースそのものだ。
緊張しながらページを開くと、そこには前世のゲーマー人生でも見覚えのある、だが同時に、圧倒的に「見覚えのない」異常な文字列が広がっていた。
【名前】 アレクサンド・ユークリッド
【年齢】 三歳
【種族】 人間(転生者)
【レベル】 1
【HP】 10 / 10
【MP】 9508 / 12000
【固有魔法】
《最適化》 《雷魔法》 《&@“:¥/>€|€》
【称号】
《社畜戦士》 《異世界からの転生者》 《雷帝の守護》
【魔法適正】
火属性:C / 水属性:B / 風属性:– / 土属性:− / 光属性:− / 闇属性:A+
「……何これ……。」
明らかに異常な箇所がいくつもある。
3歳(レベル1)の時点で4桁を遥かにオーバーしている異常なMP、1人1個のはずの固有魔法が複数、不可解な称号、そして最悪なことに、最もおぞましいとされる「闇属性」の魔法適正が『A+』を叩き出している。
正直、訳が分からない。
ただ、前世の修羅場をくぐってきた直感が、脳内でアラートを鳴らしていた。
(これ、絶対に見せちゃいけないステータスだ……!)
もちろん、人並み以上に魔法が使えることは望んでいた。だが、周囲を恐怖に陥れるような『化け物』になりたかったわけじゃない。もしこれを見たとき、両親や兄姉、そしてメアリーはどんな反応をするだろうか。異端として処分されるのか、それとも怯えられるのか。そう考えると、怖くて仕方がなかった。
完全にフリーズして震えている俺の様子を見て、後方に控えていた父ベルゴと、母ヴェルディアがそっと声をかけてきた。
「ユークリッド……たとえ、どんな結果だとしても、お前は私の最愛の息子だ」
「そうよ、ユーク……どんな結果だとしても、私たちの愛は変わらないわ」
二人は、俺のフリーズぶりを見て、よほど鑑定結果が悪かったのだと勘違いしたらしい。ひどく優しい言葉をかけてくれた。
……いや、むしろそっちの「無能判定」だった方が、幾分かマシだったよ! これ、真逆じゃん……!
悲痛な叫びを心の中で訴え、冷や汗を流していた、その時――。
俺の視界に、突如として見慣れた半透明の「ウィンドウ」がポップアップした。
──『最適化』がアクティベート中です──
──ステータスを最適化し、各項目の【表示 / 非表示】を選択可能にします。──
(ありがとう、俺の固有魔法……!! 命の恩人だ、これでもう化け物とならなくて済む……!)
自分のユニークスキルに向けて、一生足を向けて寝られないと本気で誓った。俺は脳内で超高速のデータ改ざんを行い、ステータスを大幅に削って偽装してから、本当に消えているのかドキドキしつつ両親へと本を差し出した。
「はい……」
【名前】 アレクサンド・ユークリッド
【年齢】 三歳
【種族】 人間
【レベル】 1
【HP】 10 / 10
【MP】 950 / 1200
【固有魔法】
《最適化》 《雷魔法》
【称号】
《雷帝の守護》
【魔法適正】
火属性:C / 水属性:B / 風属性:– / 土属性:− / 光属性:− / 闇属性:−
ユークリッドから手渡された本を捲った瞬間、ベルゴとヴェルディアは揃って絶句し、次の瞬間には驚愕の声を上げた。
「これは……一体どういうことだ……!」
「そんな……これは……」
「なんという魔力量……! それに、固有魔法を二つも持っているだと……!?」
「それに、あなた、この固有魔法って……あのメアリーの……」
二人は何度も何度もそのページを確認し、しばらくの間、脳の処理が追いつかないといった様子で完全にフリーズしてしまった。やがて、ベルゴは意を決したようにマリウスに向き直り、低く緊迫した声をかけた。
「マリウス。これは、絶対に秘匿しなければならなくなった。ここで見たことは、ここだけの出来事にしてくれ……!」
そっと手渡された本に目を通したマリウスは、一度目を大きく見開いた後、深く納得したように頷いた。
「なるほど……。確かにこれは、絶対に外部に漏らしてはいけない数値ですね。……しかしベルゴ様、王国にはすべての鑑定結果を中央へ共有する法的な義務があります」
少し焦った声でベルゴが答える。
「わかっている……! しかし、このことが上に知られれば、ユークは間違いなく国に徴用され、過酷な運命を背負うことになる……!」
ヴェルディアも悲痛な表情で言葉を重ねた。
「あなた……どうにかならないの……。このことが本当なら、あんな幼い子がすぐにでも王都に引き離されてしまうわ……」
マリウスはしばらく目を閉じ、何かを覚悟したように息を吐くと、静かに答えた。
「……考えがあります」
ごくり、と喉を鳴らして彼は言葉を続けた。
「このまま正規の鑑定を提出すれば、ユークリッド様はすぐにでも王都へ召集され、戦士としての訓練を受けることになるでしょう。――四年です。四年間だけ、私がソレイル教の管理データを改ざんします」
「改ざんだと……!?」
ベルゴが衝撃に目を見開く。
「マリウス、そんな国家反逆にも等しい不正がバレてみろ、お前はただじゃ済まないぞ……!」
「ええ……極刑は免れないでしょうね。しかし、ベルゴ様。私には、あなたに一生かかってもお返しできないほどの恩があります。……私がこうして司祭になれたのも、すべてはこの日のために神が仕組まれた運命だったのかもしれません」
(やばい……なんかめちゃくちゃ大事になってきた……!)
元々は「これくらい削っておけば並の天才だろう」と思って変更した『最適化データ』だったのだが、この世界の基準を知らないが故に偽装後ですら足りなかったようだ。一度見せてしまった以上、ここからさらに数値を弄れば余計に怪しまれて大騒ぎになる。自分の見通しの甘さに冷や汗が出る。
「父上……母上……」
思わず、不安が口をついて出てしまった。
それを見たベルゴが素早く俺の前にしゃがみ込み、力強く両肩を包み込む。
「ユーク……いや、ユークリッド。よく聞くんだ。この能力のことは、絶対に誰にも言ってはならないよ。兄のルクスや、姉のクリスティ、弟のメルデスにすらだ」
ヴェルディアも涙を浮かべながら、優しく俺の頬に手を添えた。
「ユーク、あなたは特別な才能を持って生まれてきたの。私たちはあなたが息子であることを心から誇りに思うわ。だけど……だからこそ、誰にも言ってはダメよ……」
「わかりました……」
不安を隠せない俺を、二人は優しく、そして温かく抱きしめてくれた。
「これだけは忘れないでくれ、ユーク。どんなお前であっても、私たちは心から愛しているよ」
「愛しているわ、私たちの宝物」
耳元で囁かれるその声は、冷え切った俺の心を包み込むように温かかった。
少し場が落ち着いたところで、マリウスが感嘆の息を漏らしながら話し始める。
「それにしても……これほどの才をこの歳で秘めているお方を、私は初めて見ました。……ベルゴ様、データの上書きで四年間の猶予は何とか隠し通しますが、学園へ入学するタイミングで、再び国営の『再鑑定の儀』を迎えることになります。それまでに、どうか出来る限りの教育と、身を守るための鍛錬を施してあげてください」
ベルゴが厳かに頷く。
「ああ……本当にありがとう、マリウス。何かあればすぐに私に連絡をくれ。私も全力を尽くそう。」
すると、ヴェルディアが少し重い空気を変えようとするように、明るい声で言った。
「それにしても、ユークにちょうどいい魔法の先生がすぐ近くにいてくれて助かったわね」
(ん……先生? 誰のことだ?)
しばらくして、魔導具の片付けを終えたマリウスたちが教会へと戻る時間になり、俺たちは玄関まで見送りに出た。
馬車に乗り込む間際、マリウスが何かを思い出したように俺を振り返って声をかけた。
「ユークリッド様。その『鑑定の本』は、これからのステータスの変化を自動で更新して見ることができます。あなた様のこれからの成長を、遠くから応援しております!」
そうして、父上と最後の固い握手を交わした後、マリウスを乗せた馬車はアレクサンド公爵邸を静かに旅立っていった。
残されたお母様は、完全に空気を切り替えるようにパチンと両手を叩いた。
「さあ! 今日はユークの三歳のお祝いですもの、とびきりのご馳走を用意させましたわ……!」
その日の夜は、大きな秘密を共有した三人で、いつになくアットホームで穏やかな時間を過ごしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
深夜。アレクサンド公爵邸、執務室。
コンコンコン、と静まり返った廊下に扉を叩く音が響く。
「ベルゴ様、失礼いたします」
夜遅くまで書類仕事に追われていたベルゴが、手元の万年筆を止めて顔を上げた。
「……夜分遅くにすまないな、メアリー」
「いえ、いつでもご命令と有れば…」
お人形のように整った無表情のまま、一礼して部屋に入ってきたのは、我が家の専属メイド・メアリーだった。
ベルゴは組んだ両手の上に顎を乗せ、少しの間を置いてから、重々しく、しかし確かな信頼を込めて本題を切り出した。
「今回お前を呼んだのは、他でもない。頼みがあるのだ。……ユークの『魔法の指南役(先生)』をしてくれないか?」
「…………」
「…………」
静寂が部屋を支配する。
主人の突飛な要求に対して、常に完璧な対応を誇る最強のメイドが、その時――完全にフリーズしていた。
「……え……?」
メアリーの口から、聞いたことがない、呆然とした素の音声が漏れ出していた。




