第11話
あの誘拐事件以降、俺は安心して「寝る」ことができるようになった。
前世のブラック企業時代や、転生直後のような、過負荷による気絶同然のシャットダウンではない。
ふかふかのベッドの上で、心も身体も完全にリラックスした状態の、ゆっくりとした深い睡眠を取れるようになったのだ。
本能的に、この家が心から安心して居られる場所だと心身ともに理解したのだろう。
ただ、相変わらず社畜だった頃の不具合は根強く残っているようで、毎朝四時にはパチッと必ず目が覚めてしまう。もはやこれは呪いか何かの強制起動システムだと思っている。
家といえば、あの事件をキッカケに屋敷のセキュリティは超のつく厳重態勢へとアップデートされた。一時期は外部からの面会や出入りを完全に制限していたほど厳しい。
流石の誘拐犯も、今のこの鉄壁の厳戒態勢では、再度の誘拐どころか敷地内への侵入すら不可能だろう。
王都の夜会から爆速で帰ってきた家族は、俺への心配が限界突破しているらしく、毎日のように代わる代わる俺の部屋へ面会にやってくるようになった。
愛されているのはとても嬉しいのだが、自分の自由な開発時間が少し減ってしまったのだけは、贅沢な悩みだがちょっと残念である。
そんな中、俺の肉体にも大きな進展があった。
――ついに、自分の足で二足歩行ができるようになったのだ。
久しぶりに自分の意志で地面を踏みしめて歩く感覚は、前世で初めて自転車に乗れた時の記憶に似ている。行動範囲が一気に広がり、どこへでも行けるような気がしてならない。
そして、歩行と同時に進めていた魔法の検証の方だが……
あの時、水の小鳥のカメラ越しに記録していた、メアリーの使用していた雷魔法。
あれを脳内で【最適化】して発動してみたら、驚くほどすんなりと実行できてしまった。
成長によるものか、【最適化】によるものかが分からないが、脳や身体が疲れることが以前よりも更に減った様な感じがした。
肉体的成長も、魔法の成長も、ここ数日で一気にアプデされたのを実感していた。
最近では、自由に歩けるようになったおかげで、念願の図書室にはいつでもアクセスできるようになった。
暫くの間は、図書室と自室の行き帰りばかりを繰り返す引きこもり開発生活を送っていたのだが、たまにはと他の部屋も回ってみると、改めてこの屋敷の広さに驚かされる。
もちろん屋敷そのものも広大だが、外には見渡す限りの美しい庭園のようなものまで広がっており、敷地の総面積を前世の知識で換算したら、あの某有名ドームよりも広いんじゃないかと思うほどであった。
他の貴族とかもこんな感じなのかな……? いや、さすがに公爵家が特別デカい様な気がするが……
そんなことを考えながら、いつものように知識のデータ収集のため図書室に向かって廊下を歩いていると、窓の外――広大な庭の方から、ドゴォォォンッ!!と激しい爆発音のようなものが響いてきた。
ああ、またか……
きっと、クリスティ姉さんが中級魔法の詠唱訓練を唱えたのだろう。
定期的に響いてくるこの爆発音にも、俺の耳はもう完全に慣れてしまった。
爆発音の直後、今度はザーッときれいに水が流れる音がしている。あれはルクス兄さんの水魔法だな。
聞くところによると、2人はそろそろ「魔法学園」という高等機関に通う年齢らしく、今はそのための受験勉強(実技特訓)の真っ最中らしい。
図書室の本で読んだ知識によると、この世界における魔法師には、明確な「階級ランク」という仕様が存在するらしい。
まず前提として、
実戦用の初級魔法すら使えない者は、そもそもランク付けの対象にすらされない。
俺が最初に使ったような、コップに水を溜める程度の生活魔法レベルなら、この「枠外」に分類されているらしい。
そして、実戦用の『初級魔法』を実用レベルで使える人が、ようやく【 D級 】の魔法師と呼ばれる。
これは学園の入学条件に入っている必須ステータスらしく、逆に言えば、これが使えないなら魔法師として認識すらされないらしい。
次に、クリスティ姉さんたちが必死に練習している『中級魔法』を扱える人が、【 C級 】の魔法師だ。
これは目安としては、「魔法学園の卒業条件レベル」と言えるらしい。つまり、一人前の社会人魔法師としての標準スペックだ。
その上の『上級魔法』を扱えるようになると、【 B級 】に昇格する。
もしこれを学生の段階で使えるとなると、学園の主席レベルらしく、卒業後はどこに行ったとしても一生安泰の超エリート扱いだそうだ。
さらに上の『超級魔法』を使える人が、【 A級 】
学園の長い歴史を見ても、歴代で数えるほどしか存在しない本物の天才たちだ。威力としては、巨大な砦を文字通り一撃で粉砕するほどの戦略規模の魔法だとか。もしかしたら、メアリーがそうでは無いかと思っている。
最後に、世界を書き換える程の『神話級魔法』を使える人。
それが【 S級ランク 】だそうだ。
これに関してはもはや形容し難いほどの化け物で、たった1人存在するだけで国家の勢力図やパワーバランスを動かせるほどの絶対権力者らしい。国家戦力そのものとなりうるのだから、恐ろしい話である。
廊下をトコトコと歩きながら、俺はざっとそんな本の内容を思い出していた。
そう考えると、外の庭でクリスティ姉さんとルクス兄さんがやっていることは、世間一般から見れば相当レベルが高いことであるのがよくわかる。あの2人の才能なら、難なく学園に入学することが可能だろう。何せ、入学必須のD級どころか、すでにC級(中級)の練習しているのだから…
どれどれ、どんな感じで特訓してるのかな……
ちょっとした興味から、廊下の窓からひょっこりと庭を覗き込んでいたら――運悪く、クリスティ姉さんと目が合ってしまった。
「ユークー! お姉様のカッコいい魔法を見てなさい!」
俺の姿を見つけるなり、ブンブンと大きく手を振ったクリスティ姉さんは、さらに気合を入れた様子で火の魔法を放った。
だが、その力強く放たれた火の魔法は、予定していたターゲットがある庭だけに留まらず、なんと出力過剰の暴走を起こして、近くの屋敷の壁にまで少し燃え広がってしまったのだ。
「まずい……っ!?」
それを見たルクス兄さんが慌てて水の魔法を放ち、迅速な消火をしていたが、時すでに遅し。屋敷の高級な白い壁には、無惨にも黒い焦げ跡がうっすらと残ってしまっていた。
「クリスティ姉さん、魔法を使う時はもっと周囲に気をつけてください……」
ルクス兄さんが、完全に呆れ果てた顔で言い放つ。
「あはは……ごめんなさい……っ」
クリスティ姉さんは頭を掻きながらバツ悪そうに笑い、後ろに控えていた指導役の魔法師の家庭教師も「ヒエェェッ!?」と慌てた様子で壁の修復魔法を唱え始めていた。
と、その時。焦げた壁を見て反省していたはずのクリスティ姉さんが、パッと顔を輝かせて俺の方へと突撃してきた。
「そうだわ! ユークも、一緒に魔法の練習をしましょう!!」
満面の笑みで小さな手を伸ばしたクリスティ姉さんは、俺の拒否権を無視して、強引に俺の小さな身体を抱き上げて庭へと連れ出した。
まあ……前世の生活に比べれば、こんな賑やかで騒がしい日も悪くないな。
俺はあきらめて、クリスティ姉さんの腕から降ろしてもらうと、
「あい!」
と、幼児らしく無邪気にトコトコと庭の芝生を歩き始めた。
「もー、姉さん、ユークが魔法なんて使えるわけないでしょ……」
呆れ顔でツッコミを入れているルクス兄さんだったが、その口元は優しく微笑んでいた。




