第9話
暫く、書けてませんでしたがまた今日から再開したいと思います。
「なんか……めちゃくちゃ揺れてないすか……?」
馬車に乗る男達も異常を検知したようだ。
ガタガタ、ゴトゴトという馬車の規則正しい振動とは明らかに違う、大地の底から響くような地鳴り。
しかも、その不穏な揺れは、秒単位でどんどんと大きくなってきている。
「地震にしてはおかしいす……。それに、耳を劈くような音と、刺すような魔力は何なんだ!?」
肌をチクチクと刺すどころか、細胞の一つ一つが悲鳴を上げるような圧倒的密度の魔圧。
近づけばより鮮明に伝わってくる
水魔法で作り出した小鳥に意識を置いた。
このままだったら、俺もこの馬車ごと木っ端微塵になりそうだな…
地平線の彼方から、凄まじい衝撃波で地面をクレーター状に爆砕しながら、一直線にこちらへ猛スピードで突っ込んでくる『何か』が見えた。
それが距離を詰めてくる度、ビリビリと空気を震わせる。
完全にこちら――この馬車を目がけて、誘導ミサイルの如き精密さで飛んできている。
もちろん、御者台に座っていた黒い服の男たちも、素人目に見てもパニックを起こしたように慌てた声で会話を叫び始めた。
『な、なんだァあの化け物みたいな魔力は!? おい、こっちに真っ直ぐ突っ込んできてやすよ!』
『クソが、このままだとぶつかります……! 人質ごとやられてしまいます…!』
『急げ、ガキを持って避けますよ……ッ!』
『はい……っ!』
焦り、上ずった声が聞こえた直後、ババババッと激しい足音が荷台に響いた。
次の瞬間、急な浮遊感と共に、俺の入ったバスケットが乱暴に持ち上げられる。
そのまま男たちに抱えられ、俺はパッキングされた状態のまま、凄まじい勢いで馬車から飛び降りさせられた。
そんな背後の大パニックなど知る由もない馬は、男たちが飛び降りた後も、そのまま真っ直ぐに道を突き進んでいってしまった。
―― 次のコンマ数秒の間。
突っ込んできた『何か』が、時速数百キロの速度を維持したまま、無人の馬車目がけて寸分の狂いもなく直撃した。
――ドオォォォォォンッ!!!!
鼓膜が破れんばかりの大爆音。
爆風と共に周囲一帯に凄まじい土煙と、ジリジリと放電する雷のような光が激しく舞っていた。
やがて、猛烈な白煙が少しずつ落ち着いてくると、先ほどまで俺を運んでいた頑丈な馬車や荷物、木箱の数々が、文字通り跡形もなく粉砕され、ボロボロの残骸となって四散していたのだ。
「ヒヒーンッ!」と、直撃の手前で運良く外れて難を逃れた馬だけが、恐怖に怯えた声を上げて、そのままどこかへ一目散に立ち去ってしまった。
「……ッ、何なんだ全く、クソが……!」
「どっかのバカが、迎撃用の高火力魔法でも放ちやがったんかよ……!」
俺を抱える男たちが、腰を抜かしたように座り込みながらボソボソと毒づく。
彼らの視線の先、ボロボロになった馬車の残骸の中心――まだ熱気の残る土煙の奥から、一つの『黒い影』がゆっくりと蠢いているのが見えた。
俺は馬車の屋根から吹き飛ばされつつも、空中に避難をさせていた小鳥の視界で、その残骸の中心を凝視した。
弾道ミサイルか隕石の衝突だと思っていたが、捉えたその影の輪郭は……驚くべきことに、ただの『一人の人間』だった。
一直線に、生身の人間が馬車に飛び込んできたのか……!? 流石に無事なはずが――
小鳥の映像には、あれだけの爆発の渦中にありながら、埃ひとつない綺麗な姿をした、どこか見慣れたシルエットが映し出された。
あれは……どこか、もの凄く見覚えのある「メイド服」を着た人だったような……。
さらに土煙がさらさらと晴れていき、その影が完全に正体を現した。
俺の脳内で、今日一番のエラーを出した。
そこに立っていたのは、見覚えがないどころか、毎日顔を合わせている『その人』だった。
…メ、メアリー……!?
だが、そこにいたのは、俺の知っている姿ではなかった。
普段の彼女からは想像もつかないような、完全に別のシステムに切り替わったかのような横顔。
いつもなら、俺を見るだけで目尻を下げ、笑顔が絶えない優しい顔をしている彼女が……今は、触れた者すべてを凍りつかせるような、冷徹極まりない目をしている。その端正な顔立ちには、一切の感情が見えなかった。
なぜ、という疑問よりも先に、彼女の身体から全方位に放射される、思考すら掻き攫うほどの圧倒的な『魔力の圧』が、恐怖で俺の体を動けなくした。
声を出そうとしても、出せない。本能的な生存本能が「やばい」とアラートを鳴らし続ける。そんな底知れない恐怖があった。
感情の消えた声で、メアリーがぽつりと、低く呟いた。
「貴方たちですね……。ユークリッド様を連れ去ったのは。……我が主は、何処ですか」
そのあまりのプレッシャーに、黒服の男たちも一瞬気圧されたようだったが、すぐに懐の武器を握り直して虚勢を張るように怒鳴り返した。
「あ、あんた誰すか! 人の馬車をあんなめちゃくちゃにしときながら謝罪の一言もないんすか! それに、ユークリッド様だかなんだか知らねえが、そんなガキのことは知りやせんね! さっさと、弁償金だけ置いてどっか行ってくださいよ!」
「……馬車に関しては、すみませんでした」
メアリーは感情を一切交えずに、淡々と、機械的に応じる。
「ですが、ユークリッド様は返していただきます」
俺の知ってるメアリーじゃない……
こんな絶対零度の、冷たい声で拒絶する彼女の姿は一度も見たことがなかった。
恐怖から来る生理現象だろう。気がつくと、籠の中で俺の小さな身体はガタガタと震え始めていた。
その時、メアリーの冷徹な視線が、男が抱えるバスケットへと向けられた。
俺の震えによって、上にかぶせてある麻布が不自然に揺れているのを、彼女が見逃すはずもなかった。
「――そこですか」
一瞬だった。
小鳥で捉えていたはずのメアリーの姿が、空間からパッと消滅した。
え――
そう思った直後、俺の身体がふわりと宙に浮き、心地よい重力に包まれて揺れた。
うわっ、と声を上げる間すらなかった。
気がつくと、俺は籠の中から引きずり出され、優しく、しかし絶対に離さないという強い力で、誰かの腕の中に抱きとめられていたのだ。
ハッと見上げる。
そこにあったのは、先ほどの冷たい氷の目でも、凍てつくような無機質な声の主でもなかった。
俺と目が合ったその瞬間、両目から涙をポロポロと溢れさせた、どこまでも温かみのある顔。間違えようがない、俺の知っているメアリーであった。
「ユークリッド様ぁ……っ!! ご無事で……ご無事で良かったです……ぅう!!」
彼女は慌てたように、俺の小さな手足を優しくさすりながら、「お怪我はありませんか!? どこか痛いところは!? 苦しくなかったですか!?」と、涙と鼻水で顔をめちゃくちゃにしながら確認し始めた。
……あ、良かった。いつもの、ちょっと暑苦しいくらいに優しいメアリーだ
それじゃあ、帰りますよ……と、メアリーが俺を愛おしそうに抱き直した、その時だった。
「――簡単に引き渡すわけにはいかないんすよ……」
背後から、低くドスの利いた声が響く。
小鳥のカメラで捉えると、黒い服の男の全身から、粘り気のあるドス黒い魔力がドロドロと溢れ出していた。明らかに尋常な雰囲気ではない。
「お前も手を貸せ。手伝うっすよ……」
「で、でも、あんなおっかないメイド……戦えないですよ……!」
もう一人の男は完全に弱気なようだ。
それもそうだ、馬車を生身で木っ端微塵に破壊した上に、自分たちが認知すらできない速度で人質を奪取した化け物だ。戦おうと思う方が狂っている。
しかし、主導権を握る男は冷酷に言い放った。
「いいや、お前は従うすね……。従え……」
男の中に薄気味悪い魔力を流し込みながら、相方の目を覗き込む。
――目を合わせた途端、弱気だった男の目のハイライトが、瞬時にすうっと消失した。
「……はい……」
さっきまで慌てふためいていたはずの男が、感情の消えた声で、静かに、人形のように返事をした。
何だあれ……これも何かの魔法なのか……!?
ユークリッドが戦慄した瞬間、人形と化した男が、一切の躊躇なくこちらへ向かって鋭く襲いかかってきた。その身のこなしは、先ほどまでの人間とは明らかに違う、リミッターを外されたバグそのものの動き。
しかし、メアリーは振り返ることすらしない。
ただ、俺の耳をその優しい手でそっと塞ぎながら、襲いかかる影に向けて、空いた片手の指先を向けた。
「……感動の再会を、邪魔しないでいただけませんか?」
大気が、パチパチと高電圧の拒絶反応を起こす。
「精霊よ、我が指先に集え。不届きなる抵抗を焼き切り、一瞬にて粉砕せよ。――『ライトニング・ボルト』」
メアリーの指先から放たれたのは、一般的な『電撃』などという生温かいものではなかった。
それは極限まで圧縮され、さながら要塞を破壊する大砲のように、圧倒的な威力と密度を誇る「紫電の激流」だった。
ゴオォォォォォンッ!!!と、雷の音が遅れて響く。
何も発することなく突撃してきた男は、メアリーの規格外の雷撃に直撃した一瞬で、悲鳴を上げる間もなく文字通り『灰』と化して消え去った。
「ひっ……!? な、何なんすか…あんたは……!」
術をかけていた黒服のリーダー格の男が、その光景に目玉が飛び出んばかりに驚愕し、ガタガタと腰を抜かした。
「こんな魔法、見たことねえ……! こんなはずじゃなかった、すぐに上に報告を――」
慌てふためき、必死に逃げ出そうとする男。
だが、今の状況でメアリーが簡単に逃す訳もなかった。
「まさか、あんたは…」
メアリーが冷たく指先をもう一度振る。
パチリ、と閃光が走った。
男が叫ぶよりも早く、再び放たれた無慈悲な雷撃により、その身体は「消滅」した。
不法侵入した男達の完全消去…これがあのメアリー…?
「さぁ、ユークリッド様。今度こそお家に帰りますよ」
振り返ったメアリーは、いつの間にかいつもの聖母のような優しい笑みを浮かべていた。
張り詰めていた緊張の糸が、彼女の温もりと優しい声によって、一気に解けてしまったのだ。
腕の中で、俺の小さな身体がコクコクと前後に揺れる…
「おや、ふふふ。寝てしまったのね……。おやすみなさい、私の可愛い天使様」
シャットダウンしていく意識の中で、俺はメアリーの心地よい腕の中で、今度こそ深い、本当の眠りへと落ちていき、静かに意識を失った。
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